心不全にはどういった原因があるか?高血圧症、不整脈、心筋梗塞、狭心症など
心不全は心臓の機能が低下して、全身のバランスが崩れた状態を指します。心機能が低下する理由はさまざまです。高血圧症や不整脈などの持病から低下することもあれば、感染などの突発的な原因から低下することもあります。
このページでは心不全が低下する原因について説明します。
目次
1. 心不全の原因となる病気
心不全の原因となる病気はたくさん存在します。例えば心筋梗塞(しんきんこうそく)による心不全は有名ですが、心臓以外の病気(COPDや貧血など)の影響を受けて心不全になることがあります。
冠動脈 疾患(心筋梗塞、狭心症など)- 高血圧症
- 心臓弁膜症(大動脈弁狭窄症、僧帽弁閉鎖不全症など)
- 心筋症(拡張型心筋症、肥大型心筋症、アルコール性心筋症など)
- 不整脈
- 感染性心内膜炎
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
- 睡眠時無呼吸症候群(SAS)
- 肺高血圧症
- 糖尿病
- 貧血
- 甲状腺機能亢進症
これらのいずれも心不全の原因になりえます。中でも冠動脈疾患、高血圧症、心臓弁膜症、心筋症の割合が多いです。この章では心不全の原因となる病気の概要と治療のやり方について詳しく説明します。
2. 冠動脈疾患(心筋梗塞、狭心症など)
心臓は全身や肺に血液を送る大事な働きをしています。そんな心臓も自分が動くために栄養が必要ですので、全身に送る血液の一部を心臓に戻しています。
栄養や酸素を含んだ血液を心臓に送る血管を冠動脈と言います。冠動脈は右に1本(右冠動脈)と左に2本(左前下行枝、左回旋枝)存在し、心臓の全体に血液が届けられるようになっています。
この冠動脈が
冠動脈の狭窄(きょうさく)によって起こる心筋の酸欠によって胸痛などの
- 胸痛(痛みや締め付けられる感じなど)
- 胸部違和感
- 肩の痛み
- みぞおちの痛み
- 歯の痛み
多くの場合にこれらの症状は数分から数十分で消えてしまいます。
冠動脈が狭くなりかけの頃は、身体が動いたときに症状が出現します。これを労作性(ろうさせい)狭心症と言います。動いたときに全身に血液を送るために心臓の仕事量が増えることで、相対的に酸欠が起こるため狭心症の症状が出現します。しかし、さらに病状が進行すると動いていなくても狭心症の症状が出てくるようになります。この状態を不安定狭心症と言い、心筋梗塞の前触れですので病院で診てもらう必要が出てきます。
狭心症(労作性狭心症、不安定狭心症、冠攣縮性狭心症)
労作性狭心症も不安定狭心症もニトロ製剤(硝酸薬)がよく効きます。ニトロ製剤を使うと冠動脈が広がることで心臓への血流が増えるため、狭心症の症状がなくなります。(詳しくは「心不全に用いられる治療薬」を参考にして下さい。)しかし、安静にしていても症状が出る場合には、ニトロ製剤を使用して改善したことで安心せずに、必ず医療機関にかかるようにして下さい。
また、安静時に狭心症の症状が出る病気に冠攣縮性(かんれんしゅくせい)狭心症というものがあります。別名で異型狭心症とも言います。これは動脈硬化で冠動脈が狭くなるわけではなく、冠動脈が痙攣(攣縮)することで一時的に狭くなる病気です。この病気も冠動脈を広げるニトロ製剤がよく効きます。また、カルシウムチャネル拮抗薬を使用することで冠攣縮性狭心症に予防効果が得られることが分かっています。
心筋梗塞
急性心筋梗塞は心臓への血流が途絶えることで、心筋が
心筋梗塞になると
冠動脈疾患による心不全について
冠動脈疾患になると心機能が低下することがあります。
慢性的 に心臓に対する血流が足りなくなることで、心筋の動きが悪くなる- (心筋梗塞に至った場合に)心筋が壊死する
- 残存した心筋が壊死した心筋の分も働くようになるため、心筋のリモデリング(心筋が肥大したり左室の内腔が大きくなったりする変化)が起こる
これらのことが原因となって心機能が低下して心不全が起こります。心不全が起こった場合には、冠動脈の血流がさらに低下しないための治療や心不全を悪化させないようにする治療を行います。具体的には次の治療薬を用います。
- 冠動脈の血流低下を予防する治療薬
抗血小板薬 :バイアスピリン®、プラビックス®、プレタール®など- 脂質
代謝 異常改善薬:リピトール®、クレストール®、リバロ®など - 硝酸薬:ニトロール®、アイトロール®など
- カルシウムチャネル拮抗薬:アムロジン®など
- 心不全を悪化させないようにする治療薬
- ACE阻害薬:レニベース®など
- アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB):ブロプレス®、ディオバン®、アジルバ®など
- βブロッカー:インデラル®、テノーミン®、アーチスト®など
- 硝酸薬:ニトロール®、アイトロール®など
- カルシウムチャネル拮抗薬:アムロジン®など
これらの薬についてもっと詳しく知りたい人は「心不全に対して行う治療にはどんなものがあるか:治療薬について」を参考にしてください。
3. 高血圧症
高血圧症は心不全の原因となりますし、心不全を悪化させる要素の一つと考えられています。高血圧があると心室の筋肉がオーバーワークとなりリモデリングを起こすと考えられています。我が国の研究であるJCARE-CARD(Japanese Cardiac Registry in CHF-Cardiology)では心不全と高血圧症は多くの確率で
*HFpEF:
HFrEF:左心室の動きが低下している心不全(左室駆出率<40%)
高血圧に合併した心不全の治療薬は、次のようなものが使用されます。
- ACE阻害薬:レニベース®など
- アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB):ブロプレス®、ディオバン®、アジルバ®など
- βブロッカー:インデラル®、テノーミン®、アーチスト®など
- 利尿薬:アルダクトン®、ラシックス®など
アルドステロン 拮抗薬:セララ®- カルシウムチャネル拮抗薬:アムロジン®など
これらを用いて血圧を下げて心不全の治療を行いますが、状況によってどの程度まで血圧を下げたほうが良いのか目安が決まっています。
【心不全の患者の背景と目標血圧】
背景 | 病院での血圧 | 自宅での血圧 |
65歳未満 | 130/85mmHg未満 | 125/80mmHg未満 |
65歳以上 | 140/90mmHg未満 | 135/85mmHg未満 |
糖尿病のある人 | 130/80mmHg未満 | 125/75mmHg未満 |
慢性腎臓病のある人 | 130/80mmHg未満 | 125/75mmHg未満 |
心筋梗塞後の人 | 130/80mmHg未満 | 125/75mmHg未満 |
脳血管障害のある人 | 140/90mmHg未満 | 135/85mmHg未満 |
上の表で自分に当てはまる背景の数字を目標にして下さい。しかし、血圧は下がりすぎると立ちくらみや意識消失を起こしますので、下げれば下げるだけ良いというわけではありません。血圧手帳をつけながら自分のベストの血圧を探すようにして下さい。
参考文献
・Effects of atrial fibrillation on long-term outcomes in patients hospitalized for heart failure in Japan. A report from the Japanese cardiac registry of heart failure in cardiology (JCARE-CARD). Circ J 2009; 73: 2084-90
・日本循環器学会ほか, 急性心不全治療
・日本循環器学会ほか, 慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版)
4. 心臓弁膜症
心臓は全身や肺に一定のリズムで血液を送ります。そのためには一定方向に血液が流れなければならないため、逆流防止弁が心臓内に4か所あります。この4つを
弁膜症は心不全の原因になりやすいです。心臓から肺や全身に効率よく血液が送れなくなるため、ロスする分を心臓がより頑張ることによって補おうとしますが、この頑張りによって心臓がバテてしまうことで心不全が起こります。JCARE-CARD(Japanese Cardiac Registry of heart failure in cardiology)では心不全が悪くなった人(心不全増悪患者)の27.7%は弁膜症を合併していたと報告されています。
心不全を起こす弁膜症の中でも特に気をつけなければならないのは急性弁膜症と呼ばれる、今まで異常がなかった人が突然弁膜症になる病気です。ここで問題となるのは次の2つの弁膜症です。
これらの弁膜症は非常に重要です。もう少し詳しく説明します。
急性大動脈弁閉鎖不全症
急性大動脈弁閉鎖不全症は大動脈解離(StanfordⅠ型)や感染性心内膜炎、外傷などで起こります。大動脈弁閉鎖不全症が急性で起こった場合は命に関わります。可及的速やかな手術を行い救命する必要があります。冠動脈の血流低下を伴いやすいために、冠動脈疾患の有無に関してもチェックが必要です。
急性僧帽弁閉鎖不全症
急性僧帽弁閉鎖不全症は感染性心内膜炎や心筋梗塞によって起こりやすいです。僧帽弁は本来、左心室の血液が
急性大動脈弁閉鎖不全症も急性僧帽弁閉鎖不全症も
急性に起こる弁膜症は非常に急を要する病気ですが、急性の弁膜症でなくても弁膜症は心不全を起こすため注意が必要です。各々の特徴について次の段落で説明します。
大動脈弁狭窄症
左心室から全身に血液を送るおおもとの血管(上行大動脈)と左心室の間にある逆流防止弁を大動脈弁といいます。この大動脈弁が石灰化などによって狭くなる病気を大動脈弁狭窄症といいます。
大動脈弁が狭くなると、心臓は全身に血流を送るために強く押し出さなければならなくなります。そのため心臓はいつもより多くの仕事をするようになります。この状態がずっと続くと心臓はバテてきてしまうため心不全が起こります。
大動脈弁が狭くなる程度が強くなると、心不全になりやすくなるばかりか、胸痛や
大動脈弁狭窄症によって心不全が起こってしまうと、平均で2年程度しか生きられないことが分かっています。そのため、状況を見ながら手術のタイミングを図るのが大切です。大動脈弁狭窄症の治療中に息切れ・胸痛・失神が出てきた場合には、必ず主治医に報告するようにしてください。
大動脈弁閉鎖不全症
左心室から全身に血液を送るおおもとの血管(上行大動脈)と左心室の間にある大動脈弁がうまく機能しなくなり、血液の逆流が起こる状態を大動脈弁閉鎖不全症といいます。
急性の大動脈弁閉鎖不全症は上で述べた通り緊急の病気です。慢性の大動脈弁閉鎖不全症では薬物療法(血管拡張薬、利尿薬、強心薬など)を行いますが、急性心不全が起こってしまった場合には手術(大動脈弁置換術)が検討されます。高齢者や心機能が著しく低下(左室駆出率が25%未満)している人は手術のあとに状態が改善しにくいことが分かっているため、手術の要否に関して慎重に検討する必要があります。
僧帽弁狭窄症
左心房と左心室の間にある逆流防止弁を僧帽弁と言います。僧帽弁が狭くなって血液が流れにくくなる状態が僧帽弁狭窄症です。リウマチ熱が原因となることが多いですが、リウマチ熱自体が少なくなっているため僧帽弁狭窄症も減っています。
狭窄の程度が軽い場合には特に症状が出ませんが、不整脈を合併すると心不全になることがあります。また、狭窄の程度が進むにつれて心臓の負担が大きくなり心不全に至ります。
治療法は軽症であれば心臓の負担を軽くする薬や不整脈を抑える薬を使用しながら様子見しますが、病状が進行した場合にはカテーテル治療(PTMC:経皮的僧帽弁交連切開術)や手術(僧帽弁置換術)を行います。
僧帽弁閉鎖不全症
左心房と左心室の間にある僧帽弁の機能が低下して、血液が左心室から左心房へ逆流する状態を僧帽弁閉鎖不全症と言います。心筋梗塞やリウマチ熱、僧帽弁逸脱症が原因で起こることが多いです。
逆流が軽度の場合には特に症状を感じませんが、心房細動が起こると
軽症の場合には心臓の負担を軽くする薬や不整脈を抑える薬を使用しながら様子見しますが、病状が進行した場合に手術(僧帽弁置換術)やカテーテル治療(マイトラクリップ®)を行います。
手術では機能の低下した弁を取り除いて新しい弁と取り替えます。その際に使用する弁には生体弁と機械弁があります。これらは一長一短なのでその特色を押さえてどちらが使用されるかが判断されます。(詳しくは「心不全に対して行う治療にはどんなものがあるか:薬物以外の治療」を参考にして下さい。)
肺動脈弁狭窄症
- 弁上狭窄
- 弁狭窄
- 弁下狭窄
肺動脈弁狭窄症の原因として最も多いのは
肺動脈弁が狭くなると右心室から肺に血液が流れにくくなるため、血流を維持するために右心室はいつも以上に仕事をする必要が出てきます。そうした状態が続くと心臓は疲弊していき心不全に至ります。
軽症の場合には治療を行わずに様子を見ることになります。症状が出てきた場合や生まれつき心臓にさまざまな異常がある場合には手術やカテーテル治療を行います。手術には肺動脈弁を切開して広げるタイプや肺動脈を形成するタイプがあり、状況によって最適な方法が選択されます。カテーテル治療は血管に入れた細い管を用いて、肺動脈弁を風船で押し広げる治療です。
肺動脈弁閉鎖不全症
右心室と肺動脈の間にある逆流防止弁である肺動脈弁の機能が低下して、血液が右心室方向に逆流する状態を肺動脈閉鎖不全症といいます。原因は肺高血圧症が最も多く、その他には感染性心内膜炎や先天性などがあります。
肺動脈弁閉鎖不全症ではあまり症状が出ませんが、進行すると浮腫みや疲労が出現します。また、肺高血圧症がある場合には息切れや失神、胸痛が起こることがあります。
治療は原因となっている病気の治療を行うことが基本ですが、重症になると肺動脈弁を置換する手術が必要になることがあります。
三尖弁狭窄症
軽症であれば特に症状はありませんが、症状が進行すると浮腫みや疲労感などが出現します。
治療には心臓の負担を軽くする薬(利尿薬、血管拡張薬、抗アルドステロン薬など)を用いますが、まれに手術が必要なくらい重症になることがあります。
三尖弁閉鎖不全症
右心房と右心室の間にある逆流防止弁である三尖弁の機能が低下して、血液が逆流する病気を三尖弁閉鎖不全症と言います。原因はリウマチ熱・感染性心内膜炎・先天性・外傷・肺高血圧症などです。
軽症であれば症状は出現しません。状態が悪くなると浮腫みや
症状がない段階では特に治療の必要はありませんが、出現したときには利尿薬などを用いて治療します。さらに状態が悪化した場合には手術(
連合弁膜症
複数の弁の機能が低下している状態を連合弁膜症と言います。連合弁膜症になると心臓の状態を正常に保つのが難しくなるため、心不全が改善するのが難しいです。そのため、根本治療として手術が必要になる場合が多いです。
5. 心筋症
心筋症は心臓の筋肉(心筋)に何らかの異常がある状態を指します。心筋梗塞においても心筋への血流が途絶えることで心筋に異常が起こりますが、明らかな心筋梗塞の場合は心筋症とはいいません。厳密には明らかな原因がないのに心筋に異常がある状態を心筋症といいます。
心筋症は主に次の3つになります。
各々についてもう少し詳しくみていきましょう。
拡張型心筋症
高血圧症や冠動脈疾患、心臓弁膜症が背景にないのに心臓が拡大して収縮できなくなる病気を拡張型心筋症と言います。原因は明らかになっていませんが、拡張型心筋症を持つ人の家族では5%の確率で拡張型心筋症が起こっていたという全国調査があるため、何らかの遺伝子の影響が考えられています。
拡張型心筋症では左心室の機能が低下するため左心不全が起こります。そのため、呼吸困難感・動悸・脈の乱れ・胸痛が起こります。さらに進行すると右心不全も起こるため、浮腫・腹水などが見られるようになります。
症状が軽いうちは薬物療法を行います。用いられる主な治療薬は次のものになります。
- ACE阻害薬
- 利尿薬(スピロノラクトンがメイン)
- アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬:ARB
- β遮断薬
- 抗不整脈薬
抗凝固薬 (血栓 予防のため)
これ以外には
症状が悪化した場合には根治治療として手術が行われることがあります。手術は次のいずれかが選択されます。
- 心臓移植
- 左室形成術(バチスタ手術など)
どちらの手術でも身体にとても大きな負担になるため、状況が手術に適しているのかについて慎重に検討しなければなりません。手術には良い点や懸念される点があります。自分が手術を受けられるのかについて知りたい方はよく主治医と相談してみて下さい。
肥大型心筋症
肥大型心筋症は心臓の筋肉が分厚くなることで、心臓が拡がりにくくなる病気です。さらに2つのタイプに分かれます。
- 左室流出路が狭くなるタイプ
- 左室流出路が狭くならないタイプ
左室流出路が狭くなるタイプでは、心臓が収縮する時に血液を全身に送りにくくなるため、さらに心臓に負担がかかります。
軽症であれば特に症状はありませんが、病状が進行すると息切れ・動悸・めまい・胸部の圧迫感などを感じるようになります。左室流出路が狭くなるタイプでは症状が進行すると脳への血流が減ってしまうため、失神を起こすことがあるため注意が必要です。不整脈を合併することが多く、その場合には脈の乱れを感じます。
過激な運動は心臓への負担が大きくかかるため、軽い運動以上の負荷はかけないようにする必要があります。症状が現れた場合にはβ遮断薬やカルシウムチャネル拮抗薬、ACE阻害薬などを用いて治療します。また、不整脈がある場合には抗不整脈薬(アミオダロンなど)を用います。
症状が強い場合や治療の効果が見られない場合には手術が行われることがあります。手術では心筋を切除して状態の改善を図ります。また、経皮的中隔心筋焼灼術(PTSMA:Percutaneous Transluminal Septal Myocardial Ablation)という、身体の負担が軽い治療法が試みられる場合もあります。
参考文献
・日本循環器学会, 肥大型心筋症の診療に関するガイドライン2007
拘束型心筋症
拘束型心筋症は心臓は正常に収縮できる一方で、心筋が硬くなってしまうため心臓の拡張に問題がある病気です。心筋に肥大や拡大が見られないことと原因が不明であることがこの病気の特徴です。収縮性心膜炎と症状が似ているため、専門的な診断が必要になります。
軽症の場合は特に症状は見られないことが普通ですが、病状が進行すると息切れや倦怠感、浮腫みなどの症状が出現します。また、心臓の中に血栓ができることがあり、この血栓が砕けて心臓から大動脈に流れていくと脳梗塞や腎梗塞などが起こります。
根治するための治療はありませんが、心不全や不整脈に対する治療と血栓の予防を行います。
- 心不全に対する治療
- 利尿薬:スピロノラクトン(アルダクトン®など)など
- ACE阻害薬:エナラプリルマレイン酸塩(レニベース®など)など
- ARB:オルメサルタン(オルメテック®など)、アジルサルタン(アジルバ®)など
- 不整脈に対する治療
- ジギタリス製剤:ジギタリス(ジゴシン®など)など
- β遮断薬:プロプラノロール塩酸塩(インデラル®など)、アテノロール(テノーミン®など)など
- カルシウムチャネル拮抗薬:ベラパミル(ワソラン®など)など
- 血栓の予防
- 抗凝固薬:ワーファリン
- 抗凝固薬(第10因子阻害薬):リバーロキサバン(イグザレルト®)、アピキサバン(エリキュース®)、エドキサバン(リクシアナ®)
- 直接抗トロンビン薬:ダビガトラン(プラザキサ®)
これらの治療は状況に応じて選択されます。病状が進行すると非常にバランスをとるのが難しい状況になるので、専門医の診療を受けることが望ましいです。
6. 不整脈
心臓は一定のリズムで鼓動を打っています。洞結節という部分から電気信号が一定のリズムで起こり、これが房室結節⇛ヒス束⇛左右の脚⇛プルキンエ線維と順々に伝わっていきます。プルキンエ線維に伝わった電気刺激はすぐさま心筋を収縮させます。
【心臓の電気伝導系の略図】
正常の電気刺激がうまく伝わらなかったり、全く関係ないところから他の電気刺激が起こったりすると心臓のリズムが乱されて不整脈が起こります。不整脈が起こると動悸や胸の違和感といった自覚症状が起こります。
一言で不整脈と言っても実は多くのものがあります。不整脈が出る仕組みが異なったり、心臓の動きが異なったり、全身への影響が異なったりとさまざまな軸で種類別にできます。
次の段落からは不整脈についてもう少し詳しく説明します。
脈を遅くする不整脈
一般的に脈拍は1分間に60-80回程度です。脈が通常よりも遅くなる不整脈があります。このタイプに当てはまるのは次の2つです。
◎洞不全症候群について
「洞不全症候群」は心臓に電気信号を送るおおもとである洞結節がうまく機能しない状態です。原因は加齢による変化・心筋梗塞・心筋症などがあります。症状は動悸や胸部違和感といった症状が見られますが、病状が進行するとめまいや失神が起こります。
洞不全症候群は重症度によって3パターンに分かれます。
- 洞性
徐脈 - 洞結節が送り出す電気刺激がゆっくり(1分間に50回未満)である
- 洞停止あるいは洞房ブロック
- 洞結節が一時的に停止するあるいは一時的に洞結節の信号が伝わらなくなる
- 徐脈頻脈症候群
これらの治療はペースメーカーを用いて心臓の拍動をコントロールすることになります。ペースメーカーを入れる場合の目安は次のどちらかを満たす場合です。
- 症状を感じる人の
心電図 で脈拍の最大間隔(RR間隔)が3秒を超える場合 - 症状の有無にかかわらず、心電図で脈拍の最大間隔(RR間隔)が5秒を超える場合
洞不全症候群で失神が起こると突然倒れてしまうため、頭をぶつけたり車にひかれたりする危険性があります。失神などの危険性が高まる脈拍の間隔が何秒間あるのかを自分で判断するのは難しいです。なんだかいつもより脈が遅いかもしれないと感じた人は医療機関を受診して調べてもらうようにして下さい。(ペースメーカーについて詳しく知りたい方は「心不全に対して行う治療にはどんなものがあるか:薬物以外の治療」を参考にして下さい。)
◎房室ブロックについて
「房室ブロック」は、洞結節で起こった電気刺激が房室結節を通過する時にうまく伝わらない病気です。時々伝わらなくなる状態を不完全房室ブロックと言い、全く伝わらなくなる状態を完全房室ブロックと言います。心筋梗塞や心筋炎が原因で起こることがありますが、薬の副作用で起こることもあるため、自分がどんな薬を飲んでいるのか把握しておくことは大切です。
房室ブロックは重症度によって3パターンに分かれます。
- Ⅰ度房室ブロック:不完全房室ブロック
- 電気刺激の伝わり方は低下しているが、脈が抜け落ちることはない
- Ⅱ度房室ブロック:不完全房室ブロック
- 電気刺激の伝わりに波があり、一部の脈が抜け落ちることがある
- Ⅲ度房室ブロック:完全房室ブロック
- 房室結節で電気刺激が完全に途絶えているため心室が独自に電気刺激(補充調律)を作っている
- 心停止やほかの不整脈が起こりやすい
病状が軽いうちは特に症状を自覚することはありませんが、病状が進行すると息切れやめまい、失神(Adams-Stokes
脈を速くする不整脈
脈が通常よりも速くなる不整脈は多いです。代表的なものは次になります。
これらがどんな不整脈で、不整脈によって身体はどういった状態になるのかについてもう少し詳しく説明します。
◎心房細動(AF:Atrial Fibrillation)
心房のあちらこちらで電気刺激が起こり、それによって心房が不規則に細かく動きます。異常な刺激が心室にも影響するかというと、心房の細かな刺激を房室結節がブロックして一部しか心室に伝えないようにできているため、心室は不規則ながら問題なく収縮することがほとんどです。
心房細動による症状は動悸や胸の違和感が多いですが、特に自覚症状がない人も多いです。また、心房の細かい震えによって心房内の血液が滞ることで心房内に血栓ができることがあります。この血栓が体内の血管に飛んで行くことがあり、脳梗塞や腎梗塞などの血栓
【CHADS2 score】
これらのいずれかの項目に引っかかる心房細動(弁膜症なし)では抗凝固薬の使用が推奨されています。
◎心房粗動(AFL:Atrial Flutter)
心房内に電気信号がグルグル回ること(リエントリー)が原因となって、心房が1分間に300回程度の速さで定期的に収縮している状態です。1分間に300回の電気信号はかなり早いため、房室結節が一部を心室に伝えるような形で心室の鼓動を調節します。房室結節は2回に1回とか3回に1回といった形で信号を心室に伝えるため、心拍数は300の約数(1分間に150回、100回、75回など)になることが多いです。
脈を抑える薬を用いて治療することが多いですが、不整脈が止まらない場合や症状(息切れ、動悸、失神など)が見られる場合には
◎心房頻拍(AT:Atrial Tachycardia)
心房が原因となって起こる頻脈(脈が速くなること)のことです。原因はリエントリーや洞結節の活動亢進、異所性の撃発活動などがあります。
特に症状を感じない人もいますが、主な症状は動悸・胸部の違和感・ふらつき・めまいなどです。
◎発作性上室性頻拍(PSVT:Paroxysmal Supraventricular Tachycardia)
発作性上室性頻拍は通常と異なる回路を電気刺激がグルグル回ることで起こります。主に次の2つが起こります。
- 房室結節回帰性頻拍(AVNRT:Atrioventricular Nodal Reentrant Tachycardia)
- 房室結節の中に電気伝導の早い回路と電気伝導の遅い回路が存在することで、電気刺激がグルグルと房室結節内を回る
- 房室回帰性頻拍(AVRT:Atrioventricular Reentrant Tachycardia)
- 本来は存在しない電気回路が心房と心室を繋いでいるため、心室に到達した電気刺激が再び心房に戻る
- WPW症候群が代表的
発作が起こっていないときは全く問題なく心臓は動いていますが、ひとたび発作が起こると脈の早い動悸が起こります。発作が起こったタイミングで多くの人は変化に気づきます。動悸や胸の不快感が代表的な症状です。
治療には薬物を用いることが多いですが、根治するにはカテーテルアブレーションが有効です。問題となる回路をカテーテルアブレーションで焼灼(しょうしゃく)することで、正常な回路だけが電気刺激を伝えることができるようになります。
◎心室頻拍(VT)
心室頻拍は心室性期外収縮が連続で出現することで、心室が一定のリズムで速く鼓動する状態です。30秒以上続く状態を持続性心室頻拍といい、30秒未満で止まる場合は非持続性心室頻拍といいます。心室頻拍で脈が触れづらくなるときは危険信号ですが、脈が触れなくなると無脈性心室頻拍という非常に危険な状態になります。この状態になった場合には電気
心室頻拍になると動悸やめまいや息切れ、失神などが起こります。失神が起こると、頭をぶつけたり車に轢かれる危険性が出たりと適切な治療が必要です。
治療には薬物を用いたりカテーテルアブレーションを行ったりします。また、
◎心室細動(VF)
心室細動は最も危険な不整脈です。心室がけいれんして全く拍動できなくなるために、この状態が放置されると死に至ります。直ちに電気ショックを行い心肺蘇生を開始する必要があります。
トルサードドポワント(torsades de pointes:TdP)という状態があります。これはさまざまな形の心室頻拍が起こった状態です。この状態は心室細動に至りやすいので非常に危険です。QT延長症候群が関わっていることがわかっていますので、もしQT延長症候群を指摘された人は原因となりうるものがないかを確認して下さい。
- 薬剤(主な例)
抗生物質 :エリスロマイシン、クラリスロマイシン、レボフロキサシンなど抗精神病薬 :ハロペリドール、アミトリプチリン、クロルプロマジンなど- H2ブロッカー:シメチジン、ファモチジン、ラニチジン
- 抗不整脈薬:キニジン、ジソピラミド、プロカインアミド、アミオダロンなど
- 電解質異常
- 低カリウム血症
- 低マグネシウム血症
- 心臓の問題
- 脳の問題
また、特に日本人に多く気をつけなければならない病気にブルガダ症候群というものがあります。この病気がある人は安静にしている時に突然死んでしまうことがあります。この突然死の原因は心室細動です。また、ブルガダ症候群を診断された人には失神や突然死をした家族がいる場合が多いことがわかっていますので、心配な人は家族に当てはまる人がいないかを確認してみて下さい。また、
不整脈による心不全
不整脈が原因で心不全になることがあります。不整脈があると心臓の拍動は正常な拍動ではないため、血液を効率よく全身に送ることができません。不整脈が長く続くと心臓の機能が落ちてしまうため、身体のバランスが崩れて心不全に至ります。
極論を言うと全ての不整脈は心不全になる可能性がありますが、「脈のリズムや速さが大きく乱れる場合」や「血圧が下がる場合」や「不整脈が長く持続する場合」に心不全になりやすいです。
放っておくと死ぬ可能性がある不整脈(致死性不整脈)
治療せずにいると心不全になるどころか、死んでしまう不整脈があります。
この4つの不整脈は特に注意が必要です。発作が出てしまった場合には電気ショックあるいはペーシングが必要になります。
様子を見ることができる不整脈
脈が飛ぶタイプの不整脈があります。代表的なものが期外収縮です。これは通常の脈と異なるタイミングで心臓が動いてしまう状態です。
このタイプの不整脈は放っておいてもまず問題ありません。しかし、心室性期外収縮の一部に気をつけなければならないものがあります。Lown分類という心室性期外収縮の危険度の分類があります。
【Lown分類】
- grade 0:心室性期外収縮は存在しない
- grade 1:心室性期外収縮が散発する(1分間に1回未満または1時間に30回未満)
- grade 2:心室性期外収縮が散発する(1分間に1回以上または1時間に30回以上)
- grade 3:さまざまな形の心室性期外収縮が見られる
- grade 4a:2連発の心室性期外収縮が見られる
- grade 4b:3連発以上の心室性期外収縮が見られる
- grade 5:R on T現象が見られる(心拍が完了する前に次の心拍が起こる:連結現象)
ここでのポイントは、心室性期外収縮が連発する場合やさまざまな形の心室性期外収縮が出現する場合は要注意ということです。
7. 感染性心内膜炎
感染性心内膜炎は血液中に侵入した
本来心臓の内膜は物が付着しにくくできているため、仮に細菌が侵入してきてもそこで定着することはありません。しかし、心臓の構造に何らかの問題がある場合は細菌が定着しやすくなることが分かっています。
これらは感染性心内膜炎になりやすい人の主な例です。これらのどれかに当てはまる人は、感染性心内膜炎を疑う症状が出てきた際に素早く検査を受ける必要があります。
感染性心内膜炎に出やすい症状
感染性心内膜炎は血液に細菌が侵入することで起こる病気ですので、全身にさまざまな症状を起こします。
- 発熱
- 悪寒
- ふるえ(戦慄)
- 寝汗(盗汗)
- 倦怠感
- 体幹の上部・
結膜 ・粘膜・手足の先に出現する点状の染みのような皮下出血 - 指の先に出現する
疼痛 を伴う紅斑 性の皮下結節(オスラー結節) - 手のひらや足の裏に出現する圧痛を伴わない皮下出血斑(Janeway
病変 ) - 爪の裏に出現する線状の出血
網膜 に出現する中心に白い領域のある円形の出血病変(Roth斑)
これらは感染性心内膜炎の診断で押さえておかなければならない症状です。しかし、後半に挙げた症状は注意しなければ見落としてしまいますし、非医療者の人が見つけるのは簡単ではありません。そのため、原因に思い当たるふしがないのに、発熱や震え、倦怠感といった症状が続く場合を受診の目安として下さい。
感染性心内膜炎の診断
感染性心内膜炎の診断でとても重要な検査があります。身体診察に加えて、血液
身体診察では上で述べた症状が身体に出ていないかをくまなく調べます。また、血液培養検査で血液中に細菌がいないかを確認することも必須です。さらに、心臓エコー検査で心臓内に細菌の塊(疣贅)があるかどうかの確認も大切です。
これらを踏まえて感染性心内膜炎の診断基準が存在します。
【デュークの診断基準修正版:Modified Duke Criteria】
◎臨床的基準
(大項目)
- 血液
培養 陽性- 心臓以外に
感染症 が見当たらない状態で、別々に採取された血液培養で次に挙げる細菌が生える- Streptococcus viridans
- Streptococcus bovis
- HACEK group
- Staphylococcus aureus
- Enterococcus属
- 持続的に陽性の血液培養
- 12時間以上間隔をあけて採取した2セットの血液の両方から同一菌が検出される
- 3セットの血液培養が全てで同一菌が検出される(最初の血液採取と最後の血液採取は1時間以上離れている)
- 4セット以上の血液培養のほとんどで同一菌が検出される (最初の血液採取と最後の血液採取は1時間以上離れている)
- 血液培養でCoxiella burnetiiが検出される、あるいはCoxiella burnetiiの抗IgG
抗体 価が800倍以上となる
- 心臓以外に
- 心内膜病変の所見
心エコー 陽性- 弁や弁の支持組織や逆流ジェット路、人工弁に腫瘤が付着して振動している
膿瘍 が存在する- 新たな人工弁が一部外れている
- 新たな弁の逆流症が起こっている(以前から存在した心臓の雑音の悪化や変化のみでは不十分)
(小項目)
- 背景:弁膜疾患や先天性心疾患が存在する、あるいは頻繁に薬物を
静脈注射 する - 発熱:38度以上の発熱がある
- 血管病変:動脈塞栓、敗血症性肺塞栓、感染性動脈瘤、頭蓋内出血、
眼瞼 結膜出血、Janeway病変 免疫 異常:糸球体腎炎、オスラー結節、ロート斑、リウマチ因子- 微生物:血液培養陽性であるが大項目を満たさない場合や感染性心内膜炎を起こしやすい微生物の活動性感染を示す血清学的所見がある場合
◎診断
感染性心内膜炎と診断する:2つの大項目、1つの大項目+3つの小項目、5つの小項目
感染性心内膜炎の可能性が高い:1つの大項目+1つの小項目、3つの小項目
この診断基準を踏まえて感染性心内膜炎は診断されます。
感染性心内膜炎の治療
感染性心内膜炎の治療には長期間の
また、感染性心内膜炎に対して手術が行われることがあります。もちろん全員に対して手術が行われるわけではありませんが、大まかに言えば次のいずれかに当てはまる場合には手術が検討されます。
- 弁が破壊されることで心不全が起こっている
- 弁が破壊されることで肺高血圧症が起こっている
耐性菌 や真菌 (カビ)が原因となっている- 適切な抗菌薬を用いているにもかかわらず治療の効果が乏しい
- 疣贅が大きい(10mm以上)
手術は大きな負担になりますので、病状と身体の状況を鑑みて選択されます。持病がある場合や常用薬がある場合には必ず担当医に伝えるようにして下さい。
感染性心内膜炎から心不全が起こるとき
感染性心内膜炎によって心不全になることがあります。心不全になるパターンは主に次のことが考えられます。
いずれも緊急性が高く、命に関わる状況です。直ちに適切な治療を行う必要があります。
8. 心筋炎
心臓は筋肉でできています。この筋肉に何らかの影響で
- コクサッキーウイルス(A型、B型)
エコー ウイルスパルボウイルス インフルエンザウイルス (A型、B型)- RSウイルス
- ムンプスウイルス
- 麻疹ウイルス
- 風疹ウイルス
- 水痘・帯状疱疹ウイルス
- EBウイルス
アデノウイルス
これらは心筋炎を起こす代表的なウイルスですが、一般的な感染症(風邪や胃腸炎など)を起こすウイルスばかりです。つまり、心筋炎は感染症を起こすさまざまなウイルスが原因となることがわかります。
また、頻度は落ちますが、ウイルス以外の原因でも心筋炎は起こります。
ウイルス感染症以外にも多くの原因が考えられ、心筋炎の原因は非常に多岐にわたることがわかります。
心筋炎になるとまず風邪のような症状(発熱、喉の痛み、咳、下痢、筋肉痛、倦怠感など)が出ることが多いです。その後数日して胸痛や息切れ、動悸といった心不全の症状が出てきます。症状が激烈に進行した場合には、血圧が低下したり(ショック状態になる)意識が悪くなったりします。
9. 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、喫煙などの長期的な影響を受けて空気の通り道(気道)が狭くなってしまった病気です。通り道が狭くなると空気が流れにくくなるため呼吸するのに苦労するようになります。空気を吸うときよりも吐くときの方が難しいことが特徴です。
COPDの初期段階では特に症状を感じません。しかし、病状が進んでだんだんと気道が狭くなるにつれて、息切れや倦怠感といった症状が出てきます。COPDの末期状態になると十分な呼吸ができなくなるため、わずかに身体を動かした場合や全く動かさない場合でも息苦しさを感じるようになります。
COPDの治療には気道を広げる薬を用います。このタイプの薬は吸入薬(吸うタイプの薬)が多いことが特徴です。
COPDと心不全
COPDは心不全と合併しやすいです。COPDがあると通常の4.5倍ほど心不全になりやすいと考えられています。心不全もCOPDも動くと息切れを起こすため、この2つの病気が併存すると身体を動かすことが非常に難しくなります。身体を動かすことが難しくなると活動範囲が狭くなるため、筋力が衰え、運動耐容能(運動することができるための能力)が低下するようになります。すると、さらに身体を動かすことができなくなり、負の連鎖が起こります。
そのため、COPDと心不全が合併した場合には慎重に治療を行わなければなりません。
- 心不全の治療
- ACE阻害薬
- ARB(アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬)
- β遮断薬
- 利尿薬
- COPDの治療
- 長時間作用型β刺激薬
- 長時間作用型抗コリン薬
- キサンチン誘導体
- 心臓リハビリテーション
これらを駆使して治療していくことになります。病状は非常に変化しやすいため、明らかに息切れが悪化した場合には主治医に相談して下さい。
また、感染によってCOPDも心不全も状態が悪化するため、感染予防をしっかりと行うようにして下さい。具体的には次のことに気をつけて下さい。
- 手洗いを励行する
- 特に感染流行期では人混みでマスクをする
- 予防接種を受ける
- インフルエンザウイルスワクチン
肺炎球菌 ワクチン
これらに注意して生活することで、感染による状態の悪化は大幅に防げるようになります。
参考文献
・Systemic manifestations and comorbidities of COPD, European Respiratory Journal 2009 33: 1165-1185
10. 睡眠時無呼吸症候群(SAS)
睡眠時に呼吸が止まる病気を睡眠時無呼吸症候群(SAS:Sleep apnea syndrome)あるいは睡眠呼吸障害(SDB:Sleep Disordered Breathing)といいます。睡眠時無呼吸症候群には2つのタイプがあります。
- 閉塞性睡眠時無呼吸
- 中枢性睡眠時無呼吸
閉塞性睡眠時無呼吸は肥満などによって、喉の部分の空気の通り道(気道)が狭くなることが原因です。特に睡眠中に横になると、重力にしたがって空気の通り道が狭くなります。さらに進行して気道が完全に塞がると無呼吸状態になります。
中枢性睡眠時無呼吸は脳から呼吸をするように指示する指令が出なくなる状態です。どうして呼吸の司令が出なくなるのかは少し複雑な背景があります。呼吸が止まると体内の酸素濃度は下がり二酸化炭素濃度は上がります。
先述した通り無呼吸状態になると血液中の酸素が下がります。すると全身の臓器は酸素が足りなくなってしまうため、心臓はいつも以上に血液を送り出してそれを補おうとします。結果的に心臓の負担が増えるため、心不全になりやすくなります。心不全患者の50-70%程度で睡眠時無呼吸症候群を合併すると考えられており、心不全の管理において睡眠時に無呼吸があるかどうかについて確認することは非常に重要です。
非常に難しい話になりますが、閉塞性睡眠時無呼吸があると心不全が起こりやすくなり心不全があると中枢性睡眠時無呼吸が起こりやすくなる可能性が考えられています。そのため、心不全の有り無しにかかわらず睡眠時無呼吸症候群を適切に治療することが求められています。
睡眠時無呼吸症候群の主な治療方法には次のものがあります。
- 生活改善
- 運動や食事療法による肥満解消
- 禁煙
- 節酒
- 酸素療法
- NIPPV(非侵襲性持続的陽圧換気:ASVなど)
睡眠時の無呼吸の状況(AHIや酸素飽和度、日中の眠気など)によってこれらの治療法のいずれがとられるかが決まります。特に非侵襲性持続的陽圧換気は心不全の症状の改善や進行の抑制に効果が期待できるため、睡眠時の無呼吸の程度が強い場合には積極的に使用したい治療です。
参考文献
・日本循環器学会ほか, 循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン2010
・Adaptive servoventilation improves cardiac function in patients with chronic heart failure and Cheyne–Stokes respiration. European Journal of Heart Failure 10 (2008) 581–586
11. 肺高血圧症
心臓には4つの部屋(右心房、右心室、左心房、左心室)があります。右心房と右心室を右心系と呼び、左心房と左心室を左心系と呼びます。左心系が全身に血液を送り、右心系が肺に血を送る仕事をしています。
【心臓の解剖図】
我々が血圧を測定するとき、腕や足に測定器具を巻きます。つまり、全身に血液が流れるときの圧力(≒左心系の圧力)を見ています。一般的な血圧は平均的に収縮期で120mmHgで拡張期で75mmHgくらいですが、これは左心系の圧力ということになります。右心系の血圧は左心系の血圧よりも低く、収縮期で20mmHgくらいで拡張期で10mmHgくらいです。
肺高血圧症はこの右心系の血圧が上昇する病気です。右心系の血圧が上昇する原因は多岐にわたります。
肺高血圧症は上のように分類(ダナポイント分類)されることが多いです。分類の上から2つ目を見て分かる通り、肺高血圧症は心臓が原因になることがあります。
また、肺高血圧は右心室の圧力が高くなりますので、この状態が続くと心臓が頑張りすぎて心不全になってしまいます。
つまり、肺高血圧症と心不全は非常に密接な関係にあります。心不全が進むと肺高血圧症になりやすくなる一方で、肺高血圧症が続くと心不全になりやすくなります。そのため、特に心不全患者では、肺高血圧症の早期発見と早期治療が大切です。
肺高血圧症が疑われた場合には心臓エコー検査や右心
心不全と肺高血圧症が併存する場合には、血管拡張薬を中心に治療します。いわば肺も心臓も機能が落ちている状態ですので、非常にバランスが不安定です。そのため肺や心臓を専門に診ている医師の診察を受けることが望ましいです。
参考文献
・日本循環器学会ほか, 肺高血圧症治療ガイドライン2012
12. 糖尿病
糖尿病は
糖尿病があると心不全による入院の危険性や冠動脈疾患による死亡の危険性が上昇することがわかっています。そのため心不全と糖尿病のある人は血糖値の管理を適切に行う必要があります。そのためには次のことに気をつけてください。
- 正しい食生活を送る
- 適切な運動を行う
- 決められた時間に決められた治療を行う(
内服薬 、注射薬)
また、内服の糖尿病治療薬の中には心不全があると使えないもの(ビグアナイド、ピオグリタゾンなど)があります。糖尿病の主治医に心不全の治療を行っていることを伝えていない場合には、必ず伝えるようにして下さい。
参考文献
・Association Between Diabetes and 1-Year Adverse Clinical Outcomes in a Multinational Cohort of Ambulatory Patients With Chronic Heart Failure: Results From the ESC-HFA Heart Failure Long-Term Registry. Diabetes Care 2017 ; 40 : 671-8
13. 貧血
貧血は血液中に
特に心不全と貧血が合併する場合には適切な治療が必要です。鉄が足りないことによる貧血(鉄欠乏性貧血)がある場合や
14. 甲状腺機能亢進症
甲状腺機能亢進症では心臓の負担が非常に大きくなるため心臓がバテやすくなります。また、心臓の仕事量に対して心臓への栄養血液が足りなくなり、血流不足による虚血性心疾患になることがあります。
甲状腺機能亢進症では心房細動を合併することが多いです。上の不整脈の章で述べた通り、心房細動では正常な心臓の拍出ができなくなるため心不全になりやすくなります。
甲状腺機能亢進症を合併した心不全では、抗甲状腺薬(メルカゾール®、チウラジ-ル®、プロパジール®)やヨード剤(ヨウ化カリウム)やβ遮断薬(インデラル®、テノーミン®など)、利尿薬(アルダクトン®、ラシックス®)などを用いて治療します。
15. 心不全を悪化させる原因
心不全を引き起こすことのある病気について上の章で述べましたが、ここでは心不全を悪化させると考えられているものについて説明します。
喫煙
タバコは動脈硬化を引き起こします。また、体内酸素の低下を引き起こしたり
特に心不全の患者さんはタバコをできるだけ早くやめたほうが良いです。また、すでに禁煙している人も、再び喫煙を開始しないように環境から整備するほうが良いです。
飲酒
飲酒は心臓病に対して必ずしも悪い影響ばかりではありません。適度な飲酒で冠動脈疾患(狭心症や心筋梗塞など)による死亡率は下がります。もちろん過量飲酒は心臓に負担をかけますし、肝臓病や脳血管障害(脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血など)を引き起こします。
顔が赤くなる程度や脈が早くならない程度を目安として飲酒するのは悪くありませんが、つい飲み過ぎてしまうことがあるなら習慣を見直したほうが良いでしょう。
腎臓病
腎機能が低下すると心不全が悪化しやすくなりますし、心機能が低下すると腎不全が悪化しやすくなります。心臓と腎臓は密接な関係にあるためこうしたことが起こります。
心機能が低下すると腎臓に必要な血液量を送り込むことができなくなります。すると、腎臓の機能も低下してしまいます。また、心不全は全身に影響して、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン(RAA)系や抗利尿
腎不全が進行すると尿の量が減ってきます。すると、体内の血液量が増えてしまうため、心臓が血液を送り出すのに必要な仕事量が増えてしまいます。すると、心機能が低下している状態にさらに負荷がかかってしまうため、心不全はさらに悪化してしまいます。また、
このように心臓と腎臓は相互に影響を与えあっているため、腎不全があると心不全は悪化します。
薬
心機能を弱める作用がある薬がいくつかあります。代表的なものはβ遮断薬やカルシウムチャネル拮抗薬ですが、これらは慢性心不全の際に治療薬として使用されることがあります。働きすぎている心臓を休めることが目的ですが、その一方で、慢性心不全の治療として用いられた薬が心機能を休めすぎてしまって、かえって状態が悪くなることがあります。心不全の状態が悪くなっている場合には、治療薬を一旦整理する必要があるので、使用している薬剤を全てお医者さんに伝えるようにして下さい。
塩分過多
体内にあるナトリウムは体内に水分を増やします。つまり、塩分(塩化ナトリウム)を多く摂ると体内のナトリウム濃度が上がるため、体内の水分が増えます。体内の水分が増えると心臓が全身に送る血液量(前負荷)が増えるため、心臓の仕事量が増えます。心不全がある場合に前負荷が増えると状態が悪化するため、心不全の程度によっては塩分の制限が必要です。
水分過多
塩分過多と同じ要領で、水分を摂りすぎると心不全が悪化します。どの程度水分を摂取して良いのかについて主治医に確認するようにして下さい。
肥満
体重が増えると全身に送るべき血液量が増えます。そのため心臓に負担がかかります。心不全がある人は、病状を悪化させないためにも適正体重へ減量をするようにして下さい。
感染症(肺炎など)
感染症になると全身に炎症性
心不全のある人が感染症になると心不全が悪化するため、感染症の予防が重要です。次のことを心がけて下さい。
- 手洗いを欠かさない
- 人混みの中ではマスクを着用する
- 予防接種(特にインフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチン)を受ける
また、感染症にかかったという自覚がある場合は、心不全が悪化する前に医療機関にかかって診察してもらって下さい。