高齢者の心不全を治療するときどんなことを考えなければならないのか
心臓は年齢とともに機能が低下します。さらに、高齢者は若い頃よりも体力が落ちていたり、他の臓器の機能が低下していたりします。そのため、心不全が重症になりやすいです。また、治療に関しても気をつけるべきことがあります。
1. 高齢者の心不全はどんな状態か
心不全は心機能が低下して身体のバランスが崩れた状態のことを指します。息切れが出たり
高齢者は心不全になりやすいです。この背景には次のようなことが考えられます。
動脈硬化 が進んでいることが多い左心室 拡張不全がみられやすい左心房 の収縮が亢進しやすい- 心臓弁膜症が起こりやすい
- 心臓以外にも併存疾患があることが多い
- 栄養状態が落ちていることが多い
高齢者の心不全はさまざまな要因が絡むため、状態が悪くなりやすく治療も難しくなりがちです。
常用薬が多いことも問題となります。例えば心不全を指摘される前から高血圧などに対するβ遮断薬や痛みに対する非
また、内服や減塩などが正しく行えなくなることもあり、生活の乱れから心不全が悪化することも少なくありません。社会的に孤立している人は特に、公的サポートを導入して生活の改善を行う必要がある場合もあります。
高齢者の心不全における症状の特徴
息切れや浮腫みといった一般的な心不全の症状は高齢者にも起こります。また、先述した通り、高齢者は身体のバランスが崩れやすいため心不全の症状が出やすいです。
【一般的に心不全で起こりやすい症状】
- 息切れ、息苦しさ
- 咳
- 痰(たん)
動悸 (どうき)- 浮腫み
- 胸痛
- だるさ
- 四肢冷感(手足の冷え)
チアノーゼ (唇や皮膚が青くなること)
高齢者ではこれらの症状に加えて、せん妄やうつ状態になりやすいと考えられています。少し難しい言葉が出てきましたので簡単に補足します。
「せん妄」とは一時的な
「うつ状態」は、ものごとに対する関心や意欲が低下して何もやる気が起きない状態が続くことを指します。やれないことが増えたり、身体が思うようにいかない状況が続いたりすると、うつ状態になりやすくなります。
2. 高齢者の心不全の場合にどういったことに気をつけるべきなのか
高齢者の心不全では、併存症の存在や常用薬の存在から状態が不安定になることが多く、治療も複雑になります。どういったことに気をつければよいでしょうか。
併存症の有無
心不全を持つ高齢者は他にもいろいろな病気を持っていることが多いです。高齢者の心不全の併存疾患として多いものの代表例は以下になります。
感染症 - 貧血
- 腎不全
- 脳梗塞
- 認知症
- ロコモティブ症候群
甲状腺 疾患(甲状腺機能低下症、甲状腺機能亢進症)- 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
- 悪性新生物
冠動脈 心疾患(心筋梗塞、心筋症)- 不整脈(心房細動、心房粗動など)
これらは心不全をも悪化させうるものです。そのため、心不全に気を配るのみならず、心不全の併存疾患の有無についても気を配る必要があります。併存性がある場合には、心不全と並存疾患を両睨みした総合的な治療が必要になます。
精神的な影響:せん妄
上で述べた通り、高齢者が心不全になるとせん妄になりやすくなります。せん妄は正しく治療すれば元通りに戻れる病気です。しかし一方で、上手に治療しないと、状況の改善が乏しい病気でもあります。治療にはリスペリドン(リスパダール®)、クエチアピン(セロクエル®)、オランザピン(ジプレキサ®)などの非定型
高齢心不全患者自身あるいは家族から見て、次のような状況が見られたら主治医に相談するようにして下さい。
精神的な影響:抑うつ状態
高齢者は
心不全患者が抑うつ状態になるのは避けたほうが良いです。しかし、思うようにならない状況は抑うつ状態を引き起こします。
治療にはSSRI(ジェイゾロフト®、レクサプロ®など)が用いられることが多いです。三環系抗うつ薬(アナフラニール®、アモキサン®など)は副作用に不整脈があるので、使用する場合は慎重な判断が必要です。
悪性腫瘍
年齢とともに
高齢の心不全患者に悪性腫瘍ができたときには、治療法の選択や治療の可否に関して慎重に検討する必要があります。体力の問題もあり身体の負担の強い(侵襲性の高い)治療はかえって良くない結果になることがあります。そのため、「どういった生活をしたいのか」「何を重要視したいのか」についてしっかりと考えた上で、治療の是非を選択する必要があります。
治療による身体への負担だけでなく、治療によって心機能が悪化することがあります。
治療の身体への負担の大きさ(侵襲性)
年齢とともに以前よりも体力がなくなります。そのため身体への負担が大きい治療を受けるのは簡単ではありません。心臓の治療で身体への負担が大きい治療はいくつかあります。
心臓カテーテル 治療- 手術
- 人工呼吸器管理
ここで重要になるのは上の3つの治療です。
「心臓カテーテル治療」は、手首や足の付け根の動脈からカテーテルという細い管を入れて心臓に栄養を送る血管(冠動脈)を治療するものです。心筋梗塞や狭心症といった冠動脈が細くなる病気に対して効果を発揮します。この治療は台の上で1時間から数時間ほど動かないでいる必要があります。また、治療中には胸痛や息苦しさ、動悸などが出現します。そのため体力に余裕が無い人が
心臓における「手術」は非常に負担が大きいです。胸を切って心臓を治療するので、手術の後も痛みやしんどさが残ります。最近はM
「人工呼吸器管理」では、気管挿管を行って、呼吸を助けてくれる機械(人工呼吸器)を肺とつなぎます。身体や肺の状況を見て人工呼吸器は肺にうまく酸素が入っていくように調節されます。この治療の難点は、口から喉を通って気管まで管が入るため、意識がある状態では非常に苦痛を感じるということです。そのため、人工呼吸器を使用する際には意識を失うような薬を使って眠らされますが、その薬が切れたときにはせん妄がでやすいです。
(治療の詳しい内容に関しては「心不全に対して行う治療にはどんなものがあるか:薬物以外の治療」を参考にして下さい。)
服薬管理
人はだれでも年齢とともに認知機能が落ちます。テレビを見て「あれ、この人の名前なんだったっけ」というような経験をしたことがある人は多いでしょう。年齢とともにこうした経験が増えていくのが普通です。
一方で、患者さんの意思や望ましい生活スタイルこそが重要であり、単に延命だけを目標に治療することは必ずしも望ましくありません。特に高齢者の心不全は劇的に改善する見込みが低いため、本人の思いがどうなのかを慮る必要があります。内服を継続することが難しい場合には、内服を無理強いすることなく、やれる範囲で何をするべきかを考えてみて下さい。
栄養状態
高齢者は食欲が以前ほどない人が多いです。また、運動も以前よりは行えなくなっています。そのため、高齢者は栄養状態や運動機能が低下しやすいです。
心不全になると
心不全の人が低栄養になると
栄養状態を落とさないようにするための食事は、タンパク質や
3. リハビリテーションはどうするべきか
年齢とともに筋力や運動耐容能(運動による身体の負担に耐える能力)は衰えます。すると心臓の機能も徐々に悪化してしていくという悪循環に陥りがちです。
筋力が衰えると行動範囲が狭くなるため、だんだんと心機能や肺機能は低下します。心機能や肺機能が低下すると筋力がさらに衰えます。筋力や心肺機能が衰えると、お互いに悪影響を与えながらどんどん状態が悪くなってしまいます。また、身体を動かさないと食欲が低下して栄養状態が悪くなり、筋力も低下してしまいます。こうした悪循環をフレイルサイクルと言います。
そこで、できるだけ状態を落とさないために効果的なのがリハビリテーションです。もともと日常生活ができているうちから無理のない範囲で運動したほうが良いのはもちろんですが、心臓リハビリテーションでは専門家のチームが関わって、病気の悪化を防ぎ、入院時に退院を促すことや再入院を防ぐことなどを目的とします。以下で詳しく説明します。
何を目標にリハビリテーションをやるのか
心臓リハビリテーションでは、自分の病気のことを知ることから始まり、患者さんごとの運動指導、安全管理、
心臓リハビリテーションを行うと運動耐容能が改善するため、入院治療が必要になった人の再入院率の低下や長期生命予後の改善に有効であると考えられています。筋力や心肺機能のみならず、神経体液性因子や炎症性サイトカインに関与して状態が改善すると考えられています。また、こうした運動や身体バランスのみならず、自ずから身体を動かしたり目標達成したりすることで、精神的な満足感を得ることができます。
心臓リハビリテーションは次のことを目標に行います。
- 早期離床(できるだけ早い段階から身体を動かすようにする)して、必要以上に安静にすることによる弊害(褥瘡、肺塞栓症、身体的および精神的なバランスの悪化など)を予防する
- 迅速かつ安全な退院と社会復帰へのプランを立案し実現する
- 運動耐容能の向上により
QOL (Quality of Life:生活の質)を改善させる - 包括的な患者教育と疾病管理により心不全の重症化や再入院を予防する
- 心理的状態を健康に保つ
入院しているときだけでなく状態が落ち着いて退院してからもリハビリテーションを継続することが大切です。そのためには、本人の動機づけと成功体験は重要ですので、心臓リハビリテーションをチームで包括的に行う必要があります。また、生活環境の整備や家族の協力は大切な要素になります。
(リハビリテーションについて詳しく知りたい方は「心不全に対して行う治療にはどんなものがあるか:薬物以外の治療」を読んでみて下さい。)
呼吸機能
リハビリテーションでは呼吸機能が改善します。高齢者のリハビリテーションでは、劇的な改善を期待することは難しいですが、少しでも状態が改善することで、精神的作用も期待できます。
心臓リハビリテーションでよく行われる具体的なメニューは次のとおりです。
- ベッド上の運動(関節の運動など)
- 座った状態を保つ
- 立った状態を保つ
- 短距離を歩行する
- 長距離を歩行する
- 6分間歩行する
- 自転車こぎをする
- 軽いエアロビックスをする
患者さんの状態に見合ったメニューを選択して、身体を動かしていきます。自分にはどの運動が良いのかを判断するためには、どういった状況にあるのかを判断する必要があります。それを考える上で必要な概念としてフレイルというものがあります。次の段落でもう少し詳しく説明します。
フレイルサイクル
年齢とともに身体機能は低下します。すると以前できていた生活ができなくなります。以前よりも生活における活動レベルが低くなると、ますます身体機能が低下してしまいます。こうした悪循環(フレイルサイクル)によって生活機能が衰えてしまうことを「フレイル」と言います。
フレイルかどうかを簡易的に診断する基準があります。
【フレイルの診断基準】
- 体重の減少
- 歩行速度の低下
- 筋力(握力など)の低下
- 易疲労感の存在
- 身体活動レベルの低下
この5つの項目のうち3つ以上当てはまる人はフレイルと診断されます。また、1-2項目当てはまる人もフレイル予備軍(プレフレイル)と考えられるため要注意です。
また、フレイルは本質的には身体的に衰えることだけではなく生活機能が衰えることを指しますので、いくつかの要因があると考えられています。
【フレイルを考える上で大事な要因】
- 身体的要素:筋力の低下(サルコペニア、ロコモティブシンドローム)
- 精神的要素:意欲の低下、抑うつ状態、認知機能の低下
- 社会的要素:引きこもり、社会的孤独
これらの要素は相互に関係しており、どれか一つが欠けても全体的な能力が低下してフレイルに陥ってしまいます。そのため精神的要素や社会体的要素にも焦点を当てたより具体的なフレイルの診断基準もあります。
【具体的なフレイルの診断基準】
- 半年間で2kg以上の体重減少がある
- 以前に比べて歩くスピードが落ちてきた自覚はがある
- ウォーキングなどの運動を週に1回以上行う習慣がない
- 5分前のことが思い出せないことがある
- わけもなく疲れたような感覚がある
上記の5項目のうち3項目以上に当てはまる人はフレイルが疑われます。転倒や身体機能の低下による介護の必要性、死亡の危険性が高まると考えられています。
フレイルサイクルに至ると生活機能が低下していきます。しかし、リハビリテーションや社会活動への参加によって、フレイルサイクルから離脱して元の状態に近づくことができます。自分や家族がフレイルサイクルに入っているような自覚がある場合には、ぜひ医療機関や地域包括支援センターなどに相談してみて下さい。
参考文献
・日本心不全学会
・Frailty in Older Adults: Evidence for a Phenotype. Journal of Gerontology: MEDICAL SCIENCES 2001 ; 56A(3) : M146–M156
・Predictive Value of Frailty Scores for Healthy Life Expectancy in Community-Dwelling Older Japanese Adults. J Am Med Dir Assoc. 2015 Nov 1 ; 16(11) : 1002.e7-11
サルコペニア
筋肉量が減ることで身体機能が低下するような状態をサルコペニアと言います。サルコペニアになると活動範囲が低下して、フレイルサイクルに陥りやすくなります。
サルコペニアに至っているかどうかを判断するには、「歩くスピード」「握力」「全身の筋肉量」を見ると良いです。
- 歩くスピード
- 1秒間0.8m以上歩けるか
- 握力
- 男性:26kg以上あるか
- 女性:18kg以上あるか
- 筋肉量:BIA法(生体電気インピーダンス法)の場合
- 男性:体表面積あたり7.0kg以上の筋肉があるか
- 女性:体表面積あたり5.7kg以上の筋肉があるか
これらを日常生活から把握するのは簡単ではありません。ですので、日常生活の中で簡単に意識しやすく変換することも大事です。
【日常生活の注意点】
- 歩いていて、いつもより遅い気がする
- 歩いていて、いつもよりも足が重くて前に出ない気がする
- 階段で足が重く感じる
- 手足に力が入りにくい感覚がある
- 最近物をよく落とす気がする
これらに当てはまるものを感じる人は、自分の負担にならない程度の運動を習慣化するように心がけて下さい。わからないことや心配なことがある場合は医療機関や地域包括支援センターなどに相談するとよいでしょう。
生活環境や家族背景を考える
リハビリテーションにおいて生活環境や家族背景は重要です。フレイルを構成する身体的要因・精神的要因・社会的要因において、家族のサポートや生活環境の最適化は効果的です。
フレイルは決して患者さん1人の問題ではありません。加齢とともに誰にでも起こりうる問題ですし、家庭や社会全体で考えなければいけない問題です。「一声かける」ことや「できたことを褒める」ことだけでも大きな効果を発揮します。社会が高齢化している中、自分は部外者であると考えることなく、自分が身近の人にできることは何かについて考えてみて下さい。
超高齢者について
現在の日本においては、高齢者の中には90歳や100歳を超えるような人も少なくありません。年齢を数字で考えるとリハビリテーションを行うことで逆効果なのではと二の足を踏んでしまう人もいます。しかし、平均年齢87歳の人が筋力トレーニング(レジスタンス運動)を行った結果、膝の伸展筋力や歩行スピードが向上したという報告があります。また、筋力トレーニングに加えて有酸素運動やバランストレーニングを追加することで転倒しにくくなったこともわかっており、ご年齢が高くても、やれる範囲のリハビリテーションを行うことは良い効果が見込めると考えられています。
4. 心不全に緩和医療は適しているのか?
以前は「緩和医療は死の直前の人のもの」と考える傾向がありましたが、本来の緩和医療の意味を考えると苦痛を抱えている人なら誰でも受けられるものです。しかし一方で、苦痛を緩和する治療は心機能を低下させることがあるので、治療のしかたには気をつけなければなりません。
緩和治療を行う際には次のことに気をつける必要があります。
- どんな苦痛があるのか
- 心機能はどの程度なのか
- 心不全に対して行える治療法は何があるか
- 本人はどんな生活を望んでいるのか
- 周囲にサポートしてくれる人はどのくらいいるのか
- 残された時間(予後)はどのくらいか
これらのことを踏まえて緩和治療の内容が考えられます。特に末期の心不全で積極的な治療法がない状態においては、緩和治療は非常に大きな効果を発揮します。また、高齢者は心不全が進むと意識がなくなってしまうことも多いため、患者本人がどう生きたいかについてよく考えて宣言(リビングウィル)しておくことも大切です。
最近は、ACP(アドバンスケアプラニング)という考え方が主流です。これは将来の意思決定能力の低下に備えて、患者や家族と医療者が対話しながら相互理解を深めておくプロセスのことです。
ここでは患者本人の「どういった生き様を大事にしたいか」が最も大切になります。つまり、生き方の自己決定権が尊重されることになるのですが、そのためには病気や自分の状況の理解が必要になります。限られた時間の中でも主治医や看護師などに質問できるように、わからないことを紙にまとめておくと効率的になります。
また、わからないことを図書館やインターネットで調べるのは良いことですが、その際には信頼できる情報源を選ぶことも大切です。近年多くのサイトが医療情報を説明しています。まだ多くのサイトで信頼に足りない情報が書かれたりしていますが、ここなら大丈夫というサイトを見つけて、そこから情報を得てから医療者に質問することも良いと思われます。