きゅうせいいちょうえん
急性胃腸炎
下痢・吐き気・腹痛などを起こす病気。食中毒やほかの患者からうつることが原因。抗生物質が効くのは一部の場合だけでほとんどは自然に治る
21人の医師がチェック 195回の改訂 最終更新: 2024.02.21

急性胃腸炎の原因:感染性胃腸炎、薬剤性胃腸炎、異物による胃腸炎など

急性胃腸炎は、胃腸に炎症が突如として現れてさまざまな症状を呈します。また、胃腸に起こる炎症の原因には多くのものが考えられます。このページでは感染性と非感染性に分けて、胃腸炎を原因別に説明します。

1. 感染性胃腸炎と非感染性胃腸炎

「胃腸のかぜ」あるいは「お腹のかぜ」とお医者さんに言われたことはないでしょうか。これはまさに感染性胃腸炎(特にウイルス性腸炎)を指しています。胃腸炎の中でもこの感染性胃腸炎は頻度の高いものですが、感染以外が原因の胃腸炎も多く存在します。

原因となる頻度はウイルス感染が最も高いです。例えばノロウイルス感染やロタウイルス感染などによるウイルス性胃腸炎は度々ニュースでも流れているため耳にしたことのある人も多いでしょう。

まずは感染性胃腸炎について説明していきます。

2. 感染性胃腸炎にはどんなものがある?

感染性胃腸炎を大きく分けると、細菌感染による胃腸炎とウイルス感染による胃腸炎になります。また一部にアメーバ赤痢のような原虫が原因となって起こる胃腸炎もあります。これらは胃腸の感染が原因となって胃腸の機能障害が起こるため、悪心(吐き気)、嘔吐、下痢、腹痛などが出現します。

細菌性胃腸炎

細菌性腸炎の原因となる細菌は数多く存在します。黄色ブドウ球菌大腸菌感染が有名ですが、他にもカンピロバクターやビブリオ菌などの多岐にわたります。

それぞれの細菌の詳細に関しては下の章で説明していますので、詳しく知りたい方は参考にして下さい。

細菌性胃腸炎を起こす細菌が体内に入ってきても、胃腸炎は必ず起こるとは限りません。侵入した菌量や体調、腸内の常在菌の状態などのさまざまな要素によって感染が起こるかどうかが決まります。また、胃腸炎の原因となっている細菌を抗菌薬で殺すことは、自分にとってメリットがある場合が少ないことも特徴的です。

ウイルス性胃腸炎

ウイルスによる感染で胃腸炎が起こります。ウイルス性胃腸炎の原因微生物としてはノロウイルスやロタウイルスが非常に有名で、これらは胃腸炎の原因の中で最も頻度が高いです。

  • ノロウイルス
  • ロタウイルス
  • アデノウイルス
  • コクサッキーウイルス
  • アストロウイルス

これらの中でも代表的なものに関しては下の章で説明していますので、詳しく知りたい方は参考にして下さい。

ウイルス性胃腸炎に抗菌薬を使用しても完全に無効です。そればかりか腸管内の常在菌(正常細菌叢)を殺してしまうため、常在菌のバランスが崩れることでかえって全身状態が悪くなることがあります。

原因微生物によって感染の起こりやすい部位が異なる

感染性胃腸炎の原因微生物によって感染が起こりやすい部位が異なります。大腸で感染が起こる場合には、腸管の壁が破壊されたり細菌の作る毒素によって攻撃されたりすることが多く、血便が出やすいのが特徴です。小腸で感染が起こる場合には、腸管壁の破壊は少なく、血便よりは水様便(水っぽいしゃーしゃーの下痢)が見られることが多いです。

感染部位ごとにまとめたリストは次のようになります。

  • 小腸で感染が起こりやすい
    • コレラ
    • 腸管毒素原性大腸菌(ETEC)
    • 黄色ブドウ球菌
    • 腸チフスパラチフス:全身症状も出やすい
    • エルシニア:全身症状も出やすい
    • カンピロバクター(Campylobacter fetus):全身症状も出やすい
    • ノロウイルス
    • ロタウイルス
  • 大腸で感染が起こりやすい
    • 腸管出血性大腸菌(O-157
    • サルモネラ
    • 腸炎ビブリオ
    • エルシニア
    • カンピロバクター(Campylobacter jejuni

これらは例外があるので、この微生物であれば必ずここの部位に感染するというわけではありません。しかし、微生物ごとに感染が起こりやすい部位に傾向が見られますので、参考になる情報です。

また、腹痛や下痢、血便などの腸の症状に加えて胃のむかつきを伴いやすい微生物もいます。

  • 胃のむかつきを伴いやすい(いわゆる胃の症状)
    • 黄色ブドウ球菌
    • ロタウイルス
    • コクサッキーウイルス

以上のことを踏まえると、今起こっている症状が何の微生物によるものなのかを推測しやすくなります。

次の章からは原因微生物別に特徴を説明していきます。

3. 細菌性胃腸炎:黄色ブドウ球菌

黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)はどこにでもいる細菌です。そのため黄色ブドウ球菌感染による胃腸炎はよく起こります。とはいえ、発生する頻度は近年減少傾向が見られています。

黄色ブドウ球菌がいると必ず胃腸炎が起こるわけではありません。ほとんどの黄色ブドウ球菌では問題とならないのですが、黄色ブドウ球菌が食品の中で増殖するときに作られた毒素(エンテロトキシン)を食品と一緒に食べてしまうと、食中毒として胃腸炎が起こります。食中毒が疑われる場合には、24時間以内に最寄りの保健所に届け出ることが食品衛生法第58条で定められています。

黄色ブドウ球菌による胃腸炎の最大の特徴は、エンテロトキシンを口から摂って数時間程度の短い期間で症状が起こることです。症状は悪心・嘔吐・腹痛・下痢などで、出現してから1-2日ほどで改善します。黄色ブドウ球菌による胃腸炎で重症になることは少ないですが、まれに重症化した場合は入院が必要になることがあります。

多くの場合には本格的な治療は必要ありませんが、脱水が強い場合には補液(点滴)を行うことがあります。また、治療のポイントとして重要なのは、黄色ブドウ球菌による胃腸炎に対して抗菌薬(抗生物質)や下痢止め(止痢薬)は使用してはいけないということです。感染症の原因は黄色ブドウ球菌自体ではなくエンテロトキシンですので、抗菌薬を使用しても治療になりません。そればかりか抗菌薬が正常の常在菌(正常細菌叢)を殺してしまうことで、全身状態が悪化する懸念があります。下痢止めも下痢として毒素が体外に出るのを妨げてしまうので、回復に役立ちません。適宜水を飲んだりしながら、問題となっているもの(黄色ブドウ球菌やエンテロトキシン)を体外に出すようにすることが大切です。

4. 細菌性胃腸炎:大腸菌

大腸菌は腸管の中にいる常在菌です。しかし、時として感染性をもって腸炎を起こすことがあります。腸炎を起こすしくみは複数あることが分かっています。腸炎を起こすしくみによって大腸菌は次のように分類できます。

  • 腸管出血性大腸菌(EHEC)
  • 腸管毒素原性大腸菌(ETEC)
  • 腸管侵襲性大腸菌(EIEC)
  • 病原性大腸菌(EPEC)
  • 腸管凝集付着性大腸菌(EAEC)

この中でも日本で暮らしている人にとって特に要注意である腸管出血性大腸菌と腸管毒性大腸菌について詳しく説明します。

腸管出血性大腸菌(EHEC)

腸管出血性大腸菌ではO-157が有名です。ベロ毒素と呼ばれる毒素を産生して、腸管に炎症を生じさせ出血を起こします。症状は血便がメインである一方で、腹痛や発熱は伴わないことが多いです。この感染症の数%は発症してから1週間前後に溶血性尿毒症症候群HUS)になります。HUSになると高血圧や腎不全が起こりやすくなるので、補液や透析などの集中的治療を受けることになります。

腸管出血性大腸菌感染の潜伏期間はおよそ3-5日間です。症状は数日から1週間で治まることがほとんですが、上で述べたようにHUSになった場合は長期的な治療が必要になることがあります。

治療は脱水に対する補液(点滴)がメインになります。腸管出血性大腸菌による胃腸炎に対して抗菌薬(抗生物質)や下痢止め(止痢薬)は使用してはいけません。感染症の原因は大腸菌自体ではなくベロ毒素ですので、抗菌薬を使用しても治療になりません。そればかりか抗菌薬が正常の常在菌(正常細菌叢)を殺してしまうことで、全身状態が悪化する懸念があります。下痢止めも下痢として毒素が体外に出るのを妨げてしまうので、胃腸炎から回復するのに役立ちません。

腸管出血性大腸菌感染症は加熱することで予防できます。75度以上で1分間以上加熱すれば感染予防できると言われていますので、実践するようにして下さい。これはO-157を後ろから読んで、「75度で1分間加熱すれば感染0に」とゴロで覚えると覚えやすいです。

また、腸管出血性大腸菌感染症は感染症法の3類感染症に分類されるため、診断した医者は直ちに届け出が必要になります。

腸管毒素性大腸菌(ETEC)

腸管毒素性大腸菌による腸炎は、先進国で暮らしている限り発生することはあまり多くありません。しかし、衛生状態の悪い発展途上国などを旅行した際にこの細菌による腸炎(旅行者下痢症)が問題となります。糞尿などを介して腸管毒素性大腸菌に汚染された生水を飲むことで感染します。また、この生水で洗った野菜や果物などからもうつるので注意が必要です。

腸管毒素性大腸菌による腸炎の潜伏期間は2-3日間です。症状は下痢や悪心・嘔吐、腹痛がメインで、発熱は伴わないことが多いです。症状は5日以内に治まることがほとんどです。

治療には次の抗菌薬を3日間用います。

  • レボフロキサシン(クラビット®など)
  • シプロフロキサシン(シプロキサン®など)
  • ST合剤(バクタ®など)

妊娠している場合にはこれらの薬は使えません。そこで、妊婦に対する安全性が認められているアジスロマイシン(ジスロマック®など)を用いて治療します。

発展途上国を旅行する際に、脱水になるとまずい人や感染症が重症になりやすい人、腸管感染症を避けるべき人は予防的に抗菌薬を飲むことが勧められる場合があります。具体的には以下のような人です。

  • 脱水になると良くない人
    • 腎機能の悪い人
    • 重症の心臓病を持っている人
  • 感染症が重症になりやすい人
    • AIDSを発症している人
    • ステロイド薬を長期的に飲んでいる人
    • 免疫抑制剤を飲んでいる人
  • 腸管感染症を避けるべき人

これらに当てはまる人が発展途上国を旅行する場合には、旅行前に医療機関にかかってお医者さんに相談するようにして下さい。できれば感染症内科の医師あるいは持病を見てくれている主治医が望ましいです。

これらに当てはまらない人は、抗菌薬の副作用の観点から予防的治療を行わないほうが良いです。

5. 細菌性胃腸炎:サルモネラ菌

サルモネラ菌は多くの亜種に分類することができます。しかし、人間に感染する種類は限られているため、「腸チフスパラチフスを起こすサルモネラ」と「腸チフスパラチフスを起こすもの以外のサルモネラ」の2つに分けて考えることが多いです。臨床現場ではこの分類で十分であるため、このページではこの2つのグループに分けて説明していきます。

腸チフス、パラチフス

サルモネラ菌の中でもSalmonella typhiSalmonella paratyphiによる感染症です。第二次世界大戦前後では国内でも多くの人がこの病気にかかっていましたが、現在は衛生環境が改善されたことによって国内で発症する人は少ないです。年間20-40人程度が発症していますが、その大半が東南アジア・中南米・アフリカからの帰国者です。

Salmonella typhiSalmonella paratyphiに汚染された水や野菜などを食べることで感染が起こります。感染してから症状が出るまでの潜伏期間は1-2週間で、その後次のような症状が現れることが多いです。

  • 発熱
  • 皮疹(バラ疹)
  • 下痢
  • 脾臓の腫れ
  • 比較的徐脈(熱がある割に脈が早くならない)
  • 腹痛

状況によっては腸に穴が空いて(この状態を腸穿孔と言います)腹膜炎といった重症になることがあります。腸穿孔(ちょうせんこう)による腹膜炎は致命的で、手術が必要になる場合も多いです。血流感染を伴うことが多いため、便の細菌検査と一緒に血液培養検査も行う必要があります。

治療には抗菌薬を用います。抗菌薬の中でも次のものを用いることが多いです。

  • シプロフロキサシン(シプロキサン®など)
  • レボフロキサシン(クラビット®など)
  • セフトリアキソン(ロセフィン®など)
  • アジスロマイシン(ジスロマック®など)

治療期間は14日間とされていますが、膿瘍や感染性動脈瘤などの合併症を伴った場合には6週間程度の治療期間となります。

腸チフスパラチフスは感染症法の3類感染症に分類されるため、診断した医者は直ちに届け出が必要になります。

非チフス菌によるサルモネラ胃腸炎

非チフス菌によるサルモネラ胃腸炎は、非チフスのサルモネラに汚染された食物を摂取したときに起こります。発展途上国だけでなく先進国でもしばしば問題になる感染症です。

感染してから12時間から48時間ほどの潜伏期間を経て症状が出てきます。軽症の場合には水様便のみですが、重症の場合には赤痢のような症状(発熱・腹痛・下痢・悪心・嘔吐など)が出現します。発熱は2-3日で治まり、下痢は3-7日で治まるのが通常です。特に治療を行わなくても自然に治ることも特徴です。ただし、HIV感染症や炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎クローン病)などの背景がある人は重症になるので、症状が長く残ることもあります。

通常のサルモネラ胃腸炎は抗菌薬などの治療を必要としません。あまりにも脱水が強いときには点滴治療を行いますが、数日で自然と改善する病気ですので、無治療で経過を見ることが多いです。重症になりやすい人に対してのみ抗菌薬治療が検討されます。その場合にはシプロフロキサシン・レボフロキサシン・セフトリアキソンなどが使用されます。HIV感染者には4週間以上の抗菌薬投与を行います。

6. 細菌性胃腸炎:赤痢菌

赤痢菌感染症はいわゆる赤痢です。粘血便が特徴的であることから名付けられました。Shigella属の細菌による感染症で、少量の細菌が口の中に入っただけで感染が起こります。この病気は人から人にうつります。

赤痢菌が体内に入ってから1-2日ほどの潜伏期間を経て症状が出現します。よく出る症状は発熱・腹痛・下痢・粘血便・悪心・嘔吐などです。よくある症状の流れは次のようになります。

  1. 水っぽい下痢(水様便)が出現
  2. 次に発熱や腹痛が出現
  3. 発熱が治まったあたりから、下腹部痛や粘血便が出現

また、赤痢から腎炎や肺炎、関節炎が起こることもあるので、合併症にも注意が必要です。

便培養で赤痢菌を見つけることで診断します。赤痢感染症と診断された場合は抗菌薬治療を行います。次のいずれかの抗菌薬を3日間投与することになります。

  • シプロフロキサシン(シプロキサン®など)
  • レボフロキサシン(クラビット®など)
  • ST合剤(バクタ®など)
  • アジスロマイシン(ジスロマック®など)

赤痢菌は近年抗菌薬に対する耐性化傾向が問題になっています。そのため、細菌検査を行う場合には必ず薬剤感受性試験も行います。また、抗菌薬治療を行ってもあまり症状の改善がない場合は耐性菌感染を疑わなければなりません。

赤痢菌感染症は感染症法の3類感染症に分類されるため、診断した医者は直ちに届け出が必要になります。

7. 細菌性胃腸炎:カンピロバクター

カンピロバクターは腸炎を起こす細菌です。なかでも大腸に感染を起こしやすいCampylobacter jejuniと菌血症を起こして全身症状が出やすいCampylobacter fetusが有名です。ここでは大腸に感染を起こしやすいCampylobacter jejuniによる腸炎について述べます。

カンピロバクターは家畜の腸管内に生息しています。カンピロバクターを持っている鶏などを食べたときに感染が起こります。体内に侵入してから2-7日程度の潜伏期間を経て症状が出現します。腹痛・発熱・下痢・血便などが主な症状になります。重症でなければ、これらの症状は数日で治まります。ときにギランバレー症候群や関節炎、菌血症、髄膜炎などの合併症が問題になります。

細菌検査で便中からカンピロバクターを見つけることで診断します。カンピロバクターを培養するためには特殊な培地が必要であることと培養が難しいことから、カンピロバクターの培養検査は精度があまり高くありません。そのため便の塗抹(とまつ)検査を行って診断します。

塗抹検査では便をスライドガラスの上で薄く引きのばして顕微鏡で観察します。便の中には多くの細菌がいるため、塗抹検査はあまり有用ではないことが多いです。しかし、カンピロバクターは見た目が特徴的(かもめが翼を開いているような形)であるため、便の中にいる細菌の中から「かもめ」のような細菌がいないか探すことで診断に近づきます。

カンピロバクター感染症は自然に治る病気ですので、抗菌薬治療は必要ありません。しかし、高齢者や子ども、免疫の弱い人は重症になりやすいので、抗菌薬治療が必要となります。その場合には次の抗菌薬を用いて治療します。

  • エリスロマイシン(エリスロシン®など)
  • シプロフロキサシン(シプロキサン®など)
  • ドキシサイクリン(ビブラマイシン®など)

治療期間は5日間です。しかし、菌血症を伴った場合には2週間以上を要します。菌血症を疑うような全身の症状が強い場合(高熱、悪寒、戦慄、息苦しさなど)には、血液培養の結果をみて状況を再確認する必要があります。

8. 細菌性胃腸炎:ビブリオ菌

ビブリオ属の細菌には多くの種類がありますが大きく分けると、腸に感染を起こすものと皮膚に感染を起こすものになります。

少し話がそれますが、皮膚に感染を起こすVibrio vulnificusは海水にいる常在菌である一方で、ときに重い感染を起こすので注意が必要です。蜂窩織炎(ほうかしきえん)がそのひとつです。海水浴に来て皮膚に傷ができたあとから蜂窩識炎が起こった場合には起炎菌として必ず考えなくてはならない細菌がVibrio vulnificusですので、受診時に海水浴に行ったことを必ず伝えてください。

ビブリオ菌が起こす腸炎は主に「腸炎ビブリオ」と「コレラ」です。次の章でビブリオ菌が起こす腸炎について詳しく説明します。

腸炎ビブリオ

ビブリオ菌の中でもVibrio parahaemolyticusが腸炎ビブリオを起こします。Vibrio parahaemolyticusは海水にいるため、海産物(特にカキ)を生のまま食べることで人体に感染が起こります。夏から秋にかけて発症しやすくなる感染症です。

体内に入ったあと数時間から数日の潜伏期間を経て発症します。悪心(吐き気)、嘔吐、強い腹痛、下痢、発熱、頭痛などが主な症状になります。下痢の程度は比較的強いことが多いですが、悪心や嘔吐は目立たないことが多いです。症状は数日ほどで軽減し、快方に向かいます。

腸炎ビブリオは細菌感染ですが、抗菌薬治療は基本的に不要です。また下痢止めはむしろ状況を悪化させる懸念があるので、使用してはいけません。重症の場合は点滴で水分や電解質の補充を行います。

コレラ

ビブリオ菌の中でもVibrio choleraeコレラを起こします。正確に言うとVibrio choleraeの中でも血清型がO1あるいはO139の場合にコレラとなります。コレラは病原性が非常に強いため、周囲へ感染を広げてしまわないように注意が必要です。

日本ではコレラは流行していませんが、世界では年間300万人から500万人がコレラにかかり、そのうち10万人が亡くなっています。世界的に見るとまだまだ流行している感染症です。アフリカやインド、東南アジアは流行地域ですので、旅行する際には水や食べ物に注意が必要です。

体内に入ってきてから1-3日程度の潜伏期間を経て症状が出現します。症状は激しい嘔吐や下痢が特徴的です。下痢や嘔吐によって強い脱水になりやすいため、腎機能障害や循環不全に注意が必要です。症状が強い場合には1日に数十リットルもの大量の水分が体外に排出されてしまいますので、脱水を改善させないと致命的になってします。

コレラは便の細菌培養検査で診断します。しかし、治療(補液と抗菌薬投与)は可及的速やかに行う必要があるため、症状と流行状況を鑑みてこれらが疑わしい場合は、診断が確定する前に治療を開始します。

下痢がひどい場合は口から水をとっても吸収できないため、点滴を用いて直接血管内に補液を行います。抗菌薬を使用すると症状を軽減し出現期間を短くします。本人を楽にするためにも周囲に感染を広げないためにも抗菌薬は必要です。抗菌薬は次のものを用いることが多いです。

  • ドキシサイクリン(ビブラマイシン®など)
  • エリスロマイシン(エリスロシン®など)
  • アジスロマイシン(ジスロマック®など)
  • シプロフロキサシン(シプロキサン®など)

ドキシサイクリンとアジスロマイシンは1回投与、エリスロマイシンとシプロフロキサシンは3日間投与します。また、下痢は病原体や毒素を体外に出す効果があるので、下痢止め(止痢薬)は使用してはいけません。

コレラは感染症法の3類感染症に分類されるため、診断した医者は直ちに届け出が必要になります。

9. 細菌性胃腸炎:エルシニア菌

エルシニア菌は家畜が持っている細菌です。Yersinia pestis、Yersinia enterocolitica、Yersinia pseudotuberculosisといった種類がありますが、Yersinia pestisペストの原因菌です。ここで述べるエルシニア菌による胃腸炎はYersinia enterocoliticaYersinia pseudotuberculosisの起こす胃腸炎のことを指します。

家畜やその糞尿に触れることで人間に感染します。低温でも増殖可能であるため、エルシニア菌で汚染された食品は冷蔵庫で保存していても感染の予防はできません。豚の腸を用いた加工肉などは感染のリスクになります。また、免疫不全がある人は菌血症(細菌が血管に侵入して血液に感染する状態)などの重症になりやすいことが分かっています。エルシニア感染症は回腸末端や盲腸で感染が起こりやすいため、虫垂炎と間違えられやすいことが知られています。

エルシニア菌が体内に侵入してから2-10日程度の潜伏期間を経て症状が出現します。腹痛、発熱、下痢、悪心、嘔吐が症状として見られやすいです。また、腹痛は右下腹部(お腹の中でも右足に近い部位)に見られやすいことが特徴的です。症状はおよそ1-3週間ほど持続します。重症になると腸に穴が開く(腸管穿孔する)ため、お腹が強く痛む状態や歩くとお腹に響いて痛い状態が続く場合は医療機関にかかって下さい。

便の培養検査でエルシニア菌を確認することで診断しますが、のどの分泌液や腹水、血液の培養でもエルシニア菌を確認することができます。

治療には抗菌薬を用いますが、症状が強くない場合は自然治癒するので、特に治療の必要はありません。重症で治療する場合は、補液で脱水を改善しつつ抗菌薬治療を行います。

  • セフトリアキソン(ロセフィン®)+シプロフロキサシン(シプロキサン®)
  • セフトリアキソン(ロセフィン®)+ゲンタマイシン(ゲンタシン®など)

抗菌薬治療を行う場合には、これらのコンビネーション治療を行うことが多いです。

10. 細菌性胃腸炎:クロストリジウム・ディフィシル

抗菌薬を使用すると腸内の常在菌(正常細菌叢)のバランスが崩れてしまいます。そのため、本来は感染を起こさないような細菌が感染症を起こすことがあります。その代表がクロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile)感染症です。以前は偽膜性腸炎と呼ばれていましたが、クロストリジウム・ディフィシル以外でも偽膜性腸炎を起こすため、現在はクロストリジウム・ディフィシル感染症CDI)と呼ばれています。健康な人のうちの数%はクロストリジウム・ディフィシルを保菌していますが、抗菌薬の使用によって常在菌が殺された影響を受けて、腸内におけるクロストリジウム・ディフィシルの割合は上昇しCDIが起こりやすくなります。もともとクロストリジウム・ディフィシルを持っていない人でも、環境から体内に侵入する場合があり、さらに抗菌薬使用でCDIが増えるため注意が必要です。

CDIの原因となりやすい抗菌薬は次のものであると報告されています。

  • セフェム系抗菌薬(特に第3世代セファロスポリン)
  • ペニシリン系抗菌薬
  • クリンダマイシン
  • マクロライド系抗菌薬
  • テトラサイクリン系抗菌薬
  • ST合剤

これらの抗菌薬は感染症治療で頻繁に使用されます。肺炎の治療でも膀胱炎の治療でも性病の治療でもよく使われます。つまり、感染症治療に抗菌薬を用いた場合には、どんなときもCDIの危険性があると考えたほうが良いです。長期間抗菌薬を使用すればするほど腸内細菌のバランスは乱れてしまうので、抗菌薬はダラダラと使用せずに適切な治療期間を使用するようにしなくてはなりません。

クロストリジウム・ディフィシルが腸炎を起こすと、発熱・腹痛・下痢といった症状が出現します。抗菌薬を使用してから数日経ってから症状が出現することが多いですが、使用直後から症状が出る場合や数週間以上経ってから症状が出る場合もあり、抗菌薬を使用した場合にはあらゆる期間を想定しなくてはなりません。その他の症状としては、悪心(吐き気)・倦怠感などが出ることもあり、重症になると腸に穴が空いたり腸がねじれたりして手術が必要になることがあります。そのため症状がある場合はできるだけ早く診断して治療を行ったほうが良いです。

クロストリジウム・ディフィシルが毒素を出すと症状が引き起こされます。そのため、CDIの検査では、便の培養検査を行ってクロストリジウム・ディフィシルの存在を確認する場合とクロストリジウム・ディフィシルの出す毒素(CDトキシン)を検出する場合があります。また、GDH(Glutamate Dehydrogenase)検査という抗原検査を用いることもあります。これらを駆使してCDIの診断を行います。

クロストリジウム・ディフィシルが検出されても、症状がない場合は特に治療の必要はありません。抗菌薬を使用している場合は抗菌薬を中止することが有効です。症状がある場合は、抗菌薬を中止した上でCDIに有効な抗菌薬を開始します。

  • メトロニダゾール(フラジール®、アネメトロ®など)
  • バンコマイシン(塩酸バンコマイシンなど)

上記の2つがCDIに有効な抗菌薬で、治療する際は10日間投与します。初回治療であればメトロニダゾールを用いることがほとんどですが、例外的に重症の場合にはバンコマイシンが用いられます。またCDIは再発しやすいですが1回目の再発(2回目の感染)の場合は、メトロニダゾールを用いることができます。

クロストリジウム・ディフィシルはアルコール消毒で殺菌できません。そのため手洗いが非常に重要になります。CDIの感染者や家族、医療関係者はこまめに手洗いをするようにして下さい。

11. 細菌性胃腸炎:ヘリコバクター・ピロリ菌

ヘリコバクター・ピロリ菌は胃や十二指腸で感染を起こします。胃がんやMALTリンパ腫の原因になるとも言われています。また、胃潰瘍十二指腸潰瘍特発性血小板減少性紫斑病ITP)とも関連することが分かっています。

ヘリコバクター・ピロリ菌感染は高齢者に多いです。これには生活環境が今より衛生面で良くない時代に生活した人がヘリコバクター・ピロリ菌感染になりやすかったという背景があります。

ヘリコバクター・ピロリ菌は胃に慢性的な炎症を生じるため、胃潰瘍十二指腸潰瘍萎縮性胃炎などが起こります。症状としては胃部不快感や胃痛、胸焼けなどが出現しますが、全く症状がない人も少なくないです。

ヘリコバクター・ピロリ菌に感染しているかどうかを調べる検査は何通りかあります。

これらを用いてヘリコバクター・ピロリ菌感染症と診断された場合は治療を行います。治療には2種類の抗菌薬と1種類の胃酸を抑える薬(プロトンポンプ阻害薬:PPI)を使用します。以下が治療に使用される治療薬の例です。

  • アモキシシリン(サワシリン®)+ クラリスロマイシン(クラリス®)+ PPI
  • アモキシシリン(サワシリン®)+ メトロニダゾール(フラジール®)+ PPI
  • クラリスロマイシン(クラリス®)+ メトロニダゾール(フラジール®)+ PPI

ヘリコバクター・ピロリ菌の耐性化が少なからず問題となっています。肺炎膀胱炎などの多くの場面で抗菌薬が用いられるため、ヘリコバクター・ピロリ菌がいつの間にか耐性菌になっていることがあります。(耐性菌の話は「抗生物質(抗菌薬)を使えば使うほど薬が効かなくなる?」で詳しく説明しています。)そのため、治療後にはきちんと除菌できたかの評価が必要です。本来は治療前に耐性傾向の有無を調べることが本筋ですが、培養の難しさや培養に必要な期間が長いなどの問題から、現段階では行えている施設は非常に少ないのが現状です。

12. ウイルス性胃腸炎:ノロウイルス

ノロウイルスは冬から春にかけて流行する感染症です。ノロウイルスの存在する水や食べ物を介して感染します。多少火を通したくらいだと感染性が残っていることがあるため、感染予防のために食物の中心までしっかりと火が通してください。また、感染力が強いため、人から人にうつって集団発生することもあります。

ノロウイルスに感染すると1-2日間の潜伏期間を経て、悪心(吐き気)・嘔吐・下痢といった症状が目立ってきます。症状は数日で改善して、通常は後遺症が残ることもありません。しかし、嘔吐と下痢によって脱水になることがあるため、特に子どもや高齢者には注意が必要です。水分の補充を欠かさないように心がけて、もし全く水分が摂れない場合には医療機関を受診するようにして下さい。

ノロウイルス感染症の診断には、便の中の抗原を調べる迅速検査と時間のかかる遺伝子検査があります。しかし、迅速検査には精度の問題があり、遺伝子検査には時間がかかるというという問題があります。ノロウイルスには特効薬(抗ウイルス薬)がないことから検査結果が患者さんの利益に繋がりにくいため、検査を行わずに症状と流行状況から診断することが多いです。

重症の人に対してのみ点滴で補液しますが、通常は特に治療の必要はありません。また、下痢止め(止痢薬)はウイルスが体外に出るのを遅らせるため使用しません。

ノロウイルスの予防には手洗いが有効です。感染している人やその周囲の人はこまめに手洗いするようにして下さい。アルコール消毒は多くの感染症予防の場面で有効ですが、ノロウイルスはアルコールを用いても失活しにくいため有効ではありません。もし手洗い以外で消毒を行う場合には次亜塩素酸ナトリウムを用いると良いです。

また、吐物や便を扱う場合には、手袋とマスクを装着し使い捨てのエプロンも用いるようにして下さい。

13. ウイルス性胃腸炎:ロタウイルス

ロタウイルスは乳幼児の下痢症を起こすことの多いウイルスです。ノロウイルスより少し時期が遅く春に患者数が多い病気です。ロタウイルスを含む排泄物を口に入れると感染がうつります。感染症をうつさないためには手洗いや消毒が大切ですが、ロタウイルスは手洗いや消毒を行っても感染性がある程度残ってしまうことが特徴です。

ロタウイルスが体内に入ると2-4日程度の潜伏期間を経て症状が出現します。嘔吐や下痢(白色)が目立ち、発熱や腹痛が出現することもあります。症状は1週間以内に治まることが多いです。乳幼児は脱水になりやすいため、水分を摂れているかどうかは非常に大事なポイントです。水分が摂れていない場合は医療機関を受診するほうが良いです。

ロタウイルス感染症に特効薬(抗ウイルス薬)はありません。脱水のときには点滴で補液することになりますが、薬で根治は難しく、自然に治るのを待つことになります。

感染を広げないために汚物の管理と手洗いを徹底することで、ロタウイルス感染予防に繋がります。また、ロタウイルスにはワクチン(予防接種)があります。2種類のワクチンが存在し、接種回数など少し異なります。詳しいことに関しては「2歳までに20回以上!赤ちゃんの予防接種スケジュールの上手な立て方」のコラムを読んでみて下さい。

14. ウイルス性胃腸炎:アデノウイルス

アデノウイルスはプール熱咽頭結膜熱)やはやり目流行性角結膜炎)を起こすことで有名ですが、腸管感染症(胃腸炎)を起こすこともあります。子どもの胃腸炎の原因になりやすいことがわかっています。アデノウイルスの中でも型が分かれており、40型と41型が腸管感染症を起こしやすいです。

アデノウイルスが体内に入ってから3-10日程度の潜伏期間を経て、悪心(吐き気)・嘔吐・下痢・腹痛・発熱が出現します。吐き気は数日で治まることが多いですが、下痢は1週間ほど続くことが多いです。

アデノウイルス感染症に対して特効薬(抗ウイルス薬)はありません。下痢や嘔吐がひどくて脱水になっている場合には点滴で補液します。下痢止め(止痢薬)はウイルスが体外に出ていくのを遅らせるため使用しないで下さい。

15. 原虫性腸炎:アメーバ赤痢

アメーバ赤痢Entamoeba histolyticaEntamoeba disparなどの原虫が起こす感染症です。Entamoeba disparは人に対して病原性が弱いためEntamoeba histolyticaによる感染が問題になることがほとんどです。男性同性愛者にアメーバ赤痢は多いことが分かっています。

体内に侵入してから数週間の潜伏期間を経て症状が出現します。下痢・粘血便・腹痛・テネスムス(しぶり腹)などが主な症状になります。まれに重症化して腸穿孔や中毒性巨大結腸症、劇症型大腸炎をきたすことがあります。大腸の炎症が激しい場合には手術で大腸を切除する必要性ができます。

検査では次の方法があります。

  • 検便
    • Entamoeba histolyticaの嚢子や栄養体の存在を顕微鏡で確認する
    • 便中の抗原を調べる
  • 血液検査
    • 血液中の抗体を調べる
  • 下部消化管内視鏡検査
    • 潰瘍とその周囲の浮腫が大腸にあるかどうかを確認する
  • 遺伝子検査
    • 便を用いて遺伝子検査(PCR)を行う

アメーバ赤痢と診断した場合には、抗菌薬治療を行います。メトロニダゾール(フラジール®など)やパロモマイシン(アメパロモ®)などを用いて治療します。症状がほとんどなくてもEntamoeba histolyticaの嚢子が見つかった人は治療します。

Entamoeba histolyticaは肝臓・心臓・脳・肺などに膿瘍を作ることがあります。特に肝膿瘍はしばしば合併するため、必ずエコー検査やCT検査で肝膿瘍の有無を確認しなくてはなりません。また、特に男性同性愛者ではHIV感染症を合併することが多いため、男性でアメーバ赤痢を疑った場合はHIV感染症に関する検査も行う必要があります。

参考文献
・青木 眞, レジデントのための感染症診療マニュアル第3版, 医学書院, 2015
・Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases 8th edition

16. 非感染性胃腸炎にはどんなものがある?

上で述べたように感染性胃腸炎の原因微生物は多岐にわたります。一方で、感染以外が原因の胃腸炎もあります。主なものは以下になります。

  • ストレス性胃腸炎
  • 薬剤性胃腸炎
  • 放射線性胃腸炎
  • 異物による胃腸炎
  • アルコール性胃腸炎

次の章では各々の原因について詳しく説明していきます。

17. ストレス性胃腸炎

精神的ストレスの強い時期に胃が痛んだ経験はないでしょうか。そうした経験からストレスによって胃腸炎が起こると考えられています。ストレスを受けることで胃酸が増えたり胃粘膜が荒れたりする可能性があります。しかし、ストレスによって胃腸炎が起こるとは明確には証明されていません。さまざまな原因が重なった状態で胃腸炎が起こるのですが、そのうちの一つとしてストレスが関与しているだろうと考えられています。

急性胃腸炎と同じ症状が現れる過敏性腸症候群(IBS)という病気があります。こちらに関してはストレスによって起こりやすくなると考えられており、特に胃腸の持病を指摘されていない人が、ストレスによって下痢や腹痛を起こす場合には過敏性腸症候群を疑います。

いずれにしても、心身を健康的に生きるためには、ストレスを溜めないほうが良いです。身体を動かしたり楽しい時間を過ごしたりしながら、適度にストレスを発散することは重要です。

18. 薬剤性胃腸炎

薬の影響を受けて胃腸炎になることがあります。有名なのが、非ステロイド性抗炎症剤(NSAIDs)という痛み止めと抗生物質(抗生剤、抗菌薬)です。

非ステロイド性抗炎症剤(NSAIDs)

非ステロイド性抗炎症剤は痛み止めとして非常によく使われる薬です。NSAIDsの代表的な薬剤は以下になります。

  • アスピリン
  • インドメタシン
  • イブプロフェン
  • ジクロフェナク
  • ロキソプロフェン
  • フェルビナク
  • ナプロキセン
  • セレコキシブ

NSAIDsは消化管(特に胃)の粘膜障害を起こします。どこかの痛みに対して薬を飲んでいたら、胃が痛くなってきたということは往々にしてよくある話です。

そのメカニズムについて少し難しい話をします。NSAIDsはCOX-1という物質を阻害します。これによって粘膜細胞を保護するプロスタグランジンI2やプロスタグランジンE2などが減少してしまうため、粘膜障害が起こりやすくなります。NSAIDsによって急性胃腸炎が起こるのは胃腸の粘膜に障害が起こるからです。

上で挙げた薬の中でもセレコキシブはCOX-2選択的阻害薬と呼ばれており、NSAIDsの中では消化管の粘膜障害を起こしにくいことがわかっている薬です。そのため胃粘膜が弱い人でも使用が検討できます。

抗生物質(抗生剤、抗菌薬)

抗菌薬が出現したことによって細菌感染症を早く治せるようになりました。その一方で、副作用や抗菌薬使用によって耐性菌が出現することが問題となっており、適切な抗菌薬使用が求められています。

抗菌薬を使用すると腸炎が起こることがあります。これを抗菌薬関連腸炎といいます。

腸の中には常在菌(正常細菌叢)が多く存在しています。これらは一般的に善玉菌と言われている細菌で、腸の中に存在しながら腸に侵入した外敵から人体を守ってくれています。抗菌薬を使用すると、感染を起こしている細菌を殺すだけでなく、この常在菌も殺してしまいます。すると、別の細菌が増えて常在菌のバランスが崩れます。このバランスの乱れが原因となって腸炎が起こることがあります。抗菌薬関連腸炎は、特にセフェム系抗菌薬や広域ペニシリン系抗菌薬、クリンダマイシンなどで起こりやすいことが分かっています。

抗菌薬関連腸炎の中でも有名なのがクロストリジウム・ディフィシル感染症CDIClostridium difficile Infection)です。抗菌薬を使用している人で発熱と下痢が起こったら、CDIはまず考えたほうがいい病気です。これ以外には、ウェルシュ菌やMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)などが起炎菌になることが多いです。

ステロイド薬

ステロイド薬の副作用で胃腸炎が起こる可能性があります。以前はステロイド薬によって胃腸の潰瘍ができると考えられていましたが、最近のデータから胃腸の消化性潰瘍はステロイド薬によって増えないことが一般的見解となっています。2015年に出された消化性潰瘍診療ガイドラインではステロイド薬単独使用では胃腸の潰瘍を増やさないとしており、ステロイド薬の使用で消化管潰瘍を増やしてしまうとは考えなくて良さそうです。

一方で、ステロイド薬を長期的に使用したり大量に使用したりした場合には、感染症のリスクが上がることが分かっています。そのため、ステロイドによって感染性胃腸炎が上昇する可能性があります。ステロイド薬を飲んでいる人で下痢が続く場合は、医療機関で原因を調べてもらうようにして下さい。

参考文献
・日本消化器病学会, 消化性潰瘍診療ガイドライン2015, 南江堂, 2015
・Corticosteroids and peptic ulcer: meta-analysis of adverse events during steroid therapy. J Intern Med 1994;236:619–32

19. 放射線性胃腸炎

放射線の影響で胃腸炎が起こることがあります。ここでは特に腸炎が問題になります。

放射線と言ってもレントゲン写真やCT検査で腸炎が起こることは少なく、がんなどの治療で大量の放射線を受けた場合に起こります。検査で用いる放射線の量では腸に影響をあたえることはない一方で、治療に用いるほどの大量の放射線は腸管障害を起こします。卵巣や子宮、前立腺といった腸の周辺臓器に対する放射線治療で起こりやすいです。

腸管が大量の放射線を浴びると、粘膜が萎縮したり、蠕動運動が低下したり、血流が悪くなったりすることで腸炎が起こると考えられています。

20. 異物による胃腸炎

口から入ってきた異物が原因で胃腸炎になることがあります。物が腸管に刺さったり詰まったりするためです。代表的なものは次の2つになります。

アニサキス症

アニサキスはアジ・イカ・サバ・イワシなどに寄生している線虫という寄生虫です。魚を食べるときに魚と一緒に寄生しているアニサキスが腸管に入ってくることが原因で発症します。特に魚を生で食べたときに起こります。

アニサキスは胃や腸に噛み付いて、強烈な腹痛や吐き気(悪心)を起こします。食後数時間で症状が出現することが多いです。冷凍処理や加熱をすることでアニサキスがいても感染性がなくなることがわかっていますが、酢でしめても感染性はほとんどなくならないと考えられています。しめサバは酢でしめているので安全と思われがちですが、酢でしめた程度ではアニサキス症を予防することは難しいので注意が必要です。

魚の骨

魚の骨によって突然胃腸炎が起こることがあります。鋭い魚の骨が胃や腸の壁に刺さって、消化管に炎症をおこすことが原因です。時間とともに刺さった骨が抜けたり、消化液の影響を受けて骨が溶けますが、骨が刺さっているうちはなかなか症状が改善しません。また、ひどい場合には刺さった骨が腸の壁を突き破って腹膜炎を起こすことがあります。

骨の小さくない魚を食べたあとに急な腹痛を覚えて受診した場合には、お医者さんに魚を食べたことを伝えるようにして下さい。こうした情報から腹痛の原因を絞ることができます。

21. アルコール性胃腸炎

アルコールによって胃腸炎が起こることがあります。適量を超えたアルコールを飲んだ場合やアルコール度数の高いお酒を飲んだ場合に起こりやすいです。アルコールの機械的刺激や浸透圧の影響で下痢が起こります。

アルコールを飲んだ後に下痢や腹痛が出やすい人は、一度お医者さんに相談してみると良いかもしれません。