百日咳の治療について:抗菌薬、咳止めなど
百日咳の治療には
1. 抗菌薬(抗生物質)治療について
抗菌薬(抗生物質)は
- 細胞壁合成阻害薬(代表的な抗菌薬は以下)
- 細胞膜機能阻害薬(代表的な抗菌薬は以下)
- 核酸合成阻害薬(代表的な抗菌薬は以下)
- タンパク合成阻害薬(代表的な抗菌薬は以下)
- 葉酸合成阻害薬(代表的な抗菌薬は以下)
これだけ多くの種類がある抗菌薬には、各々の特性があります。例えば
百日咳は細菌(百日咳菌)による感染症です。百日咳の治療では次の抗菌薬が有効です。
- マクロライド系抗菌薬(ジスロマック®、クラリシッド®、クラリス®、エリスロシン®など)
- ST合剤(バクタ®、バクトラミン®など)
次の章ではこの2種類の抗菌薬について詳しく説明します。
マクロライド系抗菌薬(ジスロマック®、クラリシッド®、クラリス®、エリスロシン®など)
マクロライド系抗菌薬は日本で非常に多く使われている抗菌薬です。クラリスロマイシン(主な商品名:クラリシッド®、クラリス®)、アジスロマイシン(主な商品名:ジスロマック®)、エリスロマイシン(主な商品名:エリスロシン®)などが代表的な薬剤になります。細菌が持つタンパク質を合成する器官(50Sリボソーム)の働きを抑えることで、細菌を増殖させなくします。
抗菌薬を使用すればするほど抗菌薬の効かない細菌(耐性菌)が増えるというジレンマがあり、日本だけでなく世界中で抗菌薬を適正に使用しようという流れが起こっています。国内に目を向けると、マクロライド系抗菌薬が必要でないのに使用してしまっているケースが非常に多いです。そのため、本当に必要な場面だけマクロライド系抗菌薬を使用することが大切です。
百日咳に対してマクロライド系抗菌薬は有効性が確認されています。下で述べるようにST合剤も百日咳に対して有効ですが、マクロライド系抗菌薬は百日咳の治療の
マクロライド系抗菌薬で注意するべき主な副作用は以下になります。
- 胃腸の障害:吐き気、下痢、腹痛
- 不整脈:
動悸 、頻脈 (脈拍100/分以上)、徐脈 (50/分以下)、胸苦しさ、めまい、立ちくらみ、気が遠くなる - 肝臓の障害:食欲不振、だるさ、皮膚が黄色くなる、眼が黄色くなる
- 皮膚の障害:
発赤 、水ぶくれ、皮がむける、痛み、かゆみ、唇や口の中のただれ
マクロライド系抗菌薬を飲んでから上に挙げられているような症状が出てきた場合には、一度医療機関に相談してみるようにして下さい。
ST合剤(バクタ®、バクトラミン®など)
細菌増殖には遺伝情報を含むDNAの複製が必要でDNAの複製には葉酸が必要となります。ST合剤は、細菌増殖するために行う葉酸合成と葉酸の活性化を阻害することで抗菌作用を発揮します。このタイプの薬には、バクタ®、バクトラミン®、ダイフェン®といった商品名があります。
ST合剤も百日咳に有効です。一方で、この薬剤も副作用があるため注意が必要です。ST合剤の主な副作用や注意点は以下になります。
ST合剤を使用してからこれらの症状を自覚した場合には医療機関を受診するようにして下さい。
2. 鎮咳薬(咳止め)について
鎮咳薬には様々な種類があります。
やや難しい話になりますが、咳は脳の延髄(えんずい)にある咳中枢というところからの指令によって引き起こされます。細菌などによる感染や気道の
デキストロメトルファン(主な商品名:メジコン®)、ジメモルファン(主な商品名:アストミン®)、クロペラスチン(商品名:フスタゾール®)、ベンプロペリン(商品名:フラベリック®)などは主に咳中枢に作用し咳を鎮める薬です。
咳中枢に作用する鎮咳薬としてはコデインという薬も使われています。コデインはオピオイドと呼ばれる種類の薬で、中枢神経(脳や
コデインはコデインリン酸塩やジヒドロコデインリン酸塩といった成分で使われていて、単独成分の製剤だけでなく、複数の成分を含む配合製剤もあります(例として、ジヒドロコデインリン酸塩に
ただし、コデインは使う量や期間、体質などによって注意が必要です。下痢止めとしても使われることもあることから、使用中の便秘には注意が必要です。また中枢への作用などから咳を抑える一方で、呼吸困難などを引き起こすリスクが考えられます。
コデイン類の体内における
その他、麦門冬湯(バクモンドウトウ)、柴朴湯(サイボクトウ)、麻杏甘石湯(マキョウカンセキトウ)などの漢方薬が鎮咳薬として使われる場合もあります。
咳は身体に異物を入れない防御反応です。鎮咳薬で咳を抑えることは、異物を体外に排出しにくくなることにもなります。鎮咳薬を処方された時は、その使い方や使うタイミングなどをしっかりと医師や薬剤師から聞いておくことが大切です。
3. 抗菌薬が効かない場合はどうしたら良いか
百日咳にはカタル期・痙咳期・回復期の3つの期間があります。そのうち一番最初のカタル期(風邪のような症状が続く期間)が過ぎてから抗菌薬を使用しても、多くの場合で症状が楽になりません。百日咳の初期(カタル期)は風邪と似たような症状が出ているため、単なる風邪(
カタル期はだいたい最初の症状が出てから2,3週間続くので、かなり初期の段階に抗菌薬を使用しなければあまり効果がないということになります。痙咳期に入って咳がひどい状態になってから百日咳と気づいても、抗菌薬はあまり有効ではありません。つまり、百日咳で抗菌薬が効果的と実感できるパターンはあまり多くないということです。
一方で、効果が実感できないであろう痙咳期以降でも百日咳に対して抗菌薬が使用されます。症状は楽にならなくても体内の細菌を殺して周りに感染を広めないようにする効果が期待されるからです。百日咳は特に1歳未満の子どもが感染すると重症になりやすいため、周囲に感染を拡げないことが大切です。
4. 百日咳予防接種の重要性について
百日咳には予防接種があります。インフルエンザなどの感染症には予防接種が存在しますが、日本国内で接種できるワクチンのある感染症は限られています。
- 百日咳
- インフルエンザ
- 肺炎球菌感染症
インフルエンザ桿菌 B型(ヒブ)髄膜炎菌 感染症- 麻疹(はしか)
- 風疹(ふうしん)
- 水痘(みずぼうそう)
- 流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)
- 日本脳炎
- ジフテリア
- 破傷風(はしょうふう)
ヒトパピローマウイルス 感染症- ロタウイルス感染症
- ポリオ
結核菌 感染症- A型肝炎
- B型肝炎
ここに挙げた感染症を見ると、「なんだ結構多いじゃん」と思う人もいると思います。しかし、感染症の種類は数多くあるので、ワクチンで防げる感染症(VPDs:Vaccine Preventable Diseases)はその中のほんの一部です。ワクチンは予防効果が検証された実績のあるものです。多くのワクチンは感染にかからないようにするだけでなく、感染にかかっても重症にならないようにする効果があります。一方で、ワクチンは
参考までに赤ちゃんの予防接種のスケジュールを次に示します。
【予防接種のスケジュール】
[PDF版はこちら]
一方で、百日咳の予防接種を受けてから10年ほど(4-12年くらい)経つと効果が薄れてしまうことが分かっています。つまり、百日咳ワクチンを接種しても10年経つと無防備になってしまうということです。そのため、過去に予防接種を打った人でももう一度予防接種を受けるようにすることが望ましいです。これには自分自身が感染する問題以外に深いわけがあります。詳細は次の段落で説明します。
集団免疫という考え方
百日咳ワクチンを打つと、百日咳にかかりにくくなり、百日咳にかかっても重症になりにくくなります。実はこれ以外にも百日咳ワクチンの重要な価値があります。
それは集団免疫と呼ばれる効果です。これは多くの人がワクチンにより百日咳に対する免疫を持つことで、周囲にうつさないようにすることです。
【集団免疫のイメージ図】
つまり、社会全体で感染する人を減らす効果があり、特に1歳未満の重症になりやすい子どもや免疫の落ちている人を百日咳から守ってあげる効果があります。こうした考え方をすると、大人が再び百日咳の予防接種を受けることの価値が見えてきます。
参考文献
・Mandell, Douglas, and Bennett's Principles and Practice of Infectious Diseases 8th edition
・CDC:Pertussis (Whooping Cough)
・青木 眞/著, レジデントのための感染症診療マニュアル第3版, 医学書院, 2015