2019.03.14 | コラム

ひそかに流行を繰り返す百日咳にはどんな問題があるのか?

ワクチンの予防効果は4-12年で低下します

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時折ニュースになる百日咳の流行。小さな子どもが家庭にいる人であれば、乳児期にワクチンの定期接種があるのになぜ流行するの?と不思議に思うかもしれません。実はワクチンの感染予防効果は一生続くわけではなく4-12年ほどで低下してしまうため、時間の経過とともに百日咳にかかりやすくなることが問題になっています。

百日咳は乳児がかかると重症化することがあり、時に命をおびやかします。赤ちゃんに感染を広げないために今何ができるのか、このコラムで考えていきたいと思います。

1. 百日咳の予防接種の効果は長続きしない

百日咳は百日咳菌(Bordetella pertussis)という細菌に感染して起こる呼吸器感染症です。その名前から連想されるように、長期間にわたってひどい咳が続きます。生後3ヶ月以内の赤ちゃんに感染すると重症化することがあり、20世紀前半には子どもの主な死因の一つに数えられていました。

この状況をふまえて1950年には百日咳のワクチンが定期接種になり、百日咳にかかる人はかなり減少しました。現在日本では、百日咳、ジフテリア、破傷風、ポリオウイルスの4つのワクチンを合わせた4種混合ワクチンとして、1歳までに4回の定期接種が行われています。

しかし、百日咳に対する予防接種の効果は4-12年で失われてしまうこともあって、世界的に青年期から成人での感染者の報告数が増加しています。日本でも2000年代後半から各地で集団発生が報告されるようになり、多いものでは200名近くに感染が広がった事例もありました[2]。

大人では重症化することはまれで、ワクチンの効果が残っている人であれば軽い症状ですむこともあります。こう聞くとさほど大きな問題にはならないように思えますが、感染した大人が気がつかないうちに家庭に持ち込み、重症化リスクのある赤ちゃんにうつしてしまうことが懸念されます。

 

2. 大人の百日咳の流行状況を把握するために

百日咳は子どもがかかりやすい病気です。子どもでの感染対策が重要な病気であることから、日本では小児科の一部の医療機関のみの患者数しか把握していませんでした。しかし、大人の百日咳患者も少なからずいることを受けて、2018年からは全ての百日咳の患者数を集計するようになりました。[3]

最初の2018年1月から9月末までに約6900人分のデータが集計され公開されています[4]。患者年齢は、約7歳をピークとした学童期が多く、5-15歳で全体の65%をしめるという結果でした。また、30-50歳の大人も14%を占めていました。重症化リスクの高い6ヶ月未満の赤ちゃんは5%でした。集計方法の変更直後であることから、大人の患者数の報告は実際よりも少ない可能性がありますが、今後、百日咳の日本での発生状況をより正確に把握し、適切な対応がとりやすくなることが期待されます。

 

3. 百日咳の早期診断は難しい

百日咳は症状が長く続く病気です。できるだけ早く気づいて対策をすれば、本人の症状を軽くするだけでなく周囲への感染を抑えることも期待できます。しかしながら早期診断は簡単ではないのが現状です。その理由について、百日咳の症状から説明していきたいと思います。

 

百日咳の症状

百日咳の症状は時間の経過とともに変化していきます(下記の図参照)[7]。

 

 

◎潜伏期

百日咳菌が体内に侵入してから症状が出るまで約1-2週間の潜伏期があります。この時期はまだ周囲に感染を広げることはありません。

 

◎カタル期

鼻汁や軽い咳、微熱(これらをカタル症状といいます)などの症状が出始めます。症状からはいわゆる普通の風邪とほとんど区別がつかない時期です。困ったことに、診断が難しいこの時期は最も排出される菌の量が多く、周囲の人にうつすリスクが高いという問題があります。カタル期は1-2週間続きます。 

 

◎痙咳期(けいがいき)

この時期になると咳がひどくなってきます。咳が長く続く原因は百日咳だけに限りません。マイコプラズマ肺炎や咳喘息などたくさんあります。感染後咳嗽(かんせんごがいそう)といって、風邪の後に咳だけがしつこく続くこともよくあります。

他の病気による咳と比べて、百日咳の咳には次のような特徴があります。

 

  • 発作的な咳で5-10回連続する
  • 咳の後に吸い込む息がヒューっとなる(笛声)
  • 咳込み後に嘔吐をする

 

笛声は頻度は少ないですが、他の病気よりも百日咳で見られやすい症状です。子どもが咳き込んで嘔吐するのは他の病気でも見られますが、大人が咳で嘔吐した場合は百日咳の疑いが強くなります。

痙咳期は1-6週間と個人差が大きいです。この時期には百日咳菌は免疫の働きで排除されはじめるので、痙咳期の後半になると周囲へ感染を広げることはほとんどなくなります。

 

◎回復期:数週間から数ヶ月

特徴的な発作性の咳は治まり、あまり連続しない軽い咳になります。その後、咳はだんだん出なくなってきます。この時期には周囲にうつすことはまずありません。軽い咳は、人によっては数ヶ月続くことがあります。また、回復期に風邪をひくと、きつい発作的な咳がぶり返してしまうことがあります。

 

不完全ながら百日咳ワクチンの効果が残っている人の特徴

ワクチン接種から時間が経過して効果が薄れてきている人の中で、百日咳に特徴的な症状が出にくく、軽い咳が続くだけで済む人がいます。このような人は不完全ながらワクチンの効果が残っていると考えられます。

 

赤ちゃんが百日咳になったときの注意点

また、乳児では咳が目立たず無呼吸発作が主な症状として現れることがあります。無呼吸が長く続いて酸素不足になると危険な状態になってしまうので、入院して治療する必要があります。呼吸が時々止まったり、顔色が悪くなってきたら(チアノーゼ)、速やかに医療機関を受診してください。

百日咳に限らず生後3ヶ月未満の赤ちゃんは感染症に弱い時期です。普段よりも元気がない、ミルクを飲まない、あの手この手をつくしても泣き止まないなど、いつもと違う様子があれば早めに病院に受診することをお勧めします。

 

検査方法の進歩と現状

近年、百日咳の診断に使われる検査方法に進歩がありました。少し難しい話になりますが、従来の百日咳の診断では、血液検査で「百日咳菌に対する抗体」を測定して判断していました。抗体の測定とは、ウイルスや細菌に対する身体の免疫の反応を測ることです。

ところが百日咳菌が身体に入ってすぐは、この抗体の値は上昇せず、感染してから2週間ほど経たないと検査で検出できないことが問題となっていました。時には1回目の検査で判定できず、症状が回復し始めた時期に2回目の抗体検査をしてようやく診断がつくこともあります[1]。そのため、症状が強い時期には、医師の診察だけで百日咳と見なして対応し、よくなってから診断がつく、という形になりやすい病気でした。

最近になって遺伝子検査が開発され、特に日本で開発されたLAMP法という簡便で迅速な検査が普及し、百日咳の診断が以前より早く確定できるようになりました[1]。LAMP法では、鼻の奥に細長い専用の綿棒を入れて、粘液を採取して検査を行います。

ただし、上述の通り百日咳の初期(カタル期)は風邪とほとんど区別がつかず、そもそも遺伝子検査が必要と判断できる状態になるのは、発症して1-2週間以上経ってからとなります。初期段階のうちに検査の必要性に気づくには、百日咳の人と接触がある、周りで妙にひどい咳が流行っているなどの状況がなければ困難です。

 

4. 百日咳の治療とは

発症してすぐのカタル期に抗菌薬(抗生物質)使うと、そのあとの痙咳期の咳を軽くすることができ、周囲への感染も抑えることができます。しかし、カタル期に百日咳と診断するのは上記のように至難の技です。一方で、周囲で流行があるなど、発症早期の百日咳が強く疑われる場合には、検査結果が判明する前に抗菌薬を処方されることはあります。

特徴的な症状が出る痙咳期になってから抗菌薬を使うと、症状改善には効果はありませんが、周囲への感染拡大を抑えることができます。この時期を過ぎて痙咳期後半から回復期に至ると、残念ながら抗菌薬を使うメリットはありません。

ちなみに、抗菌薬はマクロライド系抗菌薬(アジスロマイシンクラリスロマイシン)が第1選択薬として推奨されています。クラリスロマイシンは乳児では肥厚性幽門狭窄症を起こすことがあるので、アジスロマイシンのほうが選ばれることが多いです。また、マクロライド系抗菌薬はまれに不整脈を起こすリスクがあるため、心臓の病気がある人には使えないことがあります[8]。

 

5. 百日咳の流行を防ぐためにできることとは

ここまでの説明をまとめると、百日咳には次の特徴があります。

 

  • 早期診断が難しい
  • 大人では軽い咳程度の症状しか出ない人がいる

 

そのため、どうしても対応が後手に回って知らないうちに周囲に広がってしまう病気である、といえます。

重症化しやすい赤ちゃんを百日咳から守るためには、社会全体で予防接種体制を整えて、そもそも流行が起こりにくくなるように対策をとるしかありません。百日咳に限らず予防接種には、受ける本人のためだけでなく、感染によって命の危険や重い後遺症のリスクにさらされる人を社会全体で守るという役割があることを、ぜひ知っていただきたいと思います。多くの人が免疫を持てばそれだけ感染が広がりにくくなり、予防接種を受けられない人や免疫が低下している人も感染しにくくなります。これを「集団免疫」といいます。

 

予防接種スケジュールの見直し

百日咳の流行は世界的に問題となっています。そこで海外では、1歳までに行われる予防接種に加えて4-6歳、11-12歳の時期に追加接種をする国が増えてきました[5]。もう一度ワクチンを打つことで、時間とともに弱まった免疫を高めることができます(ブースター効果)。また、妊娠後期の女性が予防接種をすると、お母さんの身体の中で作られた抗体がお腹の赤ちゃんに受け継がれ、リスクの高い新生児期に感染を予防する効果がある、というデータもでてきています[6]。

現在の日本では、4回目以降の追加接種は定期接種には入っていません。また、妊婦への接種も推奨はされていません。

これまで百日咳のデータ集計が不足していて日本の実情に合わせた対策が出しにくい状況でしたが、今後は日本のデータに基づいた予防接種のスケジュールの改善が期待されます。

 

現状でできる対策とは

今後日本でも予防接種スケジュールの見直しや強化が行われる可能性はありますが、現行の定期接種には含まれていません。では、現時点でできる対策にはどういったことがあるのでしょうか?

日本では、小児用に用いられる3種混合ワクチンであれば、海外と同じように小学校入学前や11-12歳で追加の予防接種を受けることができます(下記表を参照)[5]。日本小児科学会でもこの時期の追加接種を推奨しています[9]。ただ、この形は任意接種といって公費の補助がない接種となるため費用は全額負担しなくてはいけません。

 

【日本とアメリカの百日咳予防接種スケジュールの比較 】

  日本(定期接種:計4回) アメリカ(定期接種:計6回+妊娠時など)
乳児期 定期接種:3、4、5ヶ月+12ヶ月 定期接種:2、4、6ヶ月+15-18ヶ月
幼児期 定期接種:なし
任意接種:自費で3種混合を接種できる
定期接種:4-6歳
11-12歳 定期接種:なし
任意接種:自費で3種混合を接種できる
定期接種:成人用三種混合ワクチン(Tdap)
成人 任意接種:自費で3種混合を接種できる(成人用は日本では入手困難なためで小児用で代用) 推奨:妊娠後期、新生児周囲の人などにTdap

 

大人の百日咳の報告数が増えているとはいえ、患者の多くは小学生です。赤ちゃんが生まれる予定がある家庭の子どもであれば、特に積極的に追加接種をお勧めします。

また、大人でも費用を負担すれば、小児用の3種混合ワクチンを受けることはできます。ただし、小児よりも注射した部位が腫れる、一時的に熱が出るなどの副反応がでやすいという問題があります。妊婦の接種は日本では積極的に推奨されていない(ただし、禁止はされていない)ので、現状では妊娠前後の女性とその家族、赤ちゃんと接触する機会の多い人が、積極的に接種を検討するのが良いと考えられます[10]。

注:海外ではより副作用の少ない成人用の3種混合ワクチンがありますが、2019年3月現在、日本での発売予定はありません。

 

6. まとめ

百日咳について、現在抱えている問題と今できる対策について述べてきました。長くなりましたので、最後にポイントをまとめます。

 

  • 百日咳の予防接種の効果は4-12年で低下する
  • 百日咳の患者数は、小学生や大人でじわじわと増加していて、重症化リスクの高い乳児に感染が広がる懸念がある
  • 百日咳の予防接種の目的は、接種を受ける本人の感染予防だけでなく、未来の子どもたちを命の危険から守ることでもある
  • 今後の定期予防接種スケジュールの見直しや強化を期待するとともに、赤ちゃんの周りの人たちには、現時点で追加して受けられる任意接種の検討をお勧めする

 

咳が出る時は、周囲へ感染を広げないように、マスク着用などの咳エチケットを心がけることも大切です。もしもお住まいの地域で百日咳の流行があれば、妊婦や赤ちゃん、その周りの人は、できるだけ人混みを避ける、普段よりも外出後の手洗いを丁寧に行うなどの予防を行いましょう。

感染症に弱い人たちを守るために、本コラムをきっかけに行動を起こしてもらえたら幸いです。

 

 

参考文献

1) 国立感染症研究所「百日せきワクチンファクトシート」平成29(2017)年2月10日

2) 百日咳 2005~2007. IASR 29: 65-66, 2008

3) 百日咳 感染症法に基づく医師届出ガイドライン(初版)

4) 国立感染症研究所 感染症疫学センター・同細菌第二部. 新しい百日咳サーベイランスによる国内の百日咳の疫学(2018年疫学週第1週~39週)

5) 神谷元. 海外の百日せき含有ワクチンの予防接種スケジュールと百日咳対策.IASR 38: 37-38, 2017

6) Dabrera G, Amirthalingam G, Andrrews N, et al: A Case-Control Study to Estimate the EfFectiveness of Maternal Pertussis Vaccination in Protecting Newborn Infants in England and Wales,2012-2013. Clin Infect Dis 2015; 60: 333-7.

7) CDC: Pertussis (Whooping Cough), Clinical Features. last reviewed: August 7, 2017.

8) CDC: Pertussis (Whooping Cough), Treatment. last reviewed: August 7, 2017.

9) 日本小児科学会. 日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール(更新:2018.8.1)

10)手塚宜行, 小熊博子, 松尾嘉人, 他. 侮れない百日咳に立ち向かうために. 小児感染免疫 28: 325-333, 2017

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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