にゅうがん
乳がん
乳腺に発生する悪性腫瘍。女性に多いが、男性に発症することもある
14人の医師がチェック 212回の改訂 最終更新: 2024.11.07

乳がんの治療の副作用には漢方薬?

がん治療を行っていく上では、身体に対してなんらかの有害な症状が治療によって引き起こされることが考えられます。抗がん剤による副作用やホルモン療法によるホットフラッシュなど、これら様々な症状に対する予防法・対処法として、漢方薬は有用な手段のひとつになります。 

新しい抗がん剤の開発、副作用の予防法や対処法の進歩などによって、抗がん剤による副作用はかなり抑えられるようになってきています。しかしそれでも副作用が全く出ないということはありませんし、副作用の出方には個人差もあります。

がん治療を行っていくにあたってつらい症状を減らし、生活の質(QOL)を維持することは非常に大切です。近年では抗がん剤による副作用をはじめとし、がん治療を行っていく中で生じる様々なQOLの低下要因となる症状を漢方薬により軽減する治療が注目を集めてきています。いつくかの例を紹介します。

抗がん剤による口内炎は、抗がん剤が口腔粘膜の細胞に作用し細胞死を引き起こした結果、粘膜表面の層が破壊されて潰瘍となった状態です。口内炎ができることにより食欲が低下するなど、様々な好ましくない影響が考えられます。

半夏瀉心湯は元々、口内炎保険適用をもつ漢方薬ですが、最近では口内炎への確かな作用の仕組みがわかってきました。

粘膜組織が障害される原因の一つに細菌などの口腔内感染症があります。抗がん剤によって免疫力が低下すると口腔内の感染症も起こりやすくなりますが、半夏瀉心湯は口腔内の細菌への抗菌作用をあらわすともされています。また体内の炎症を抑える作用や、細胞に障害を与える活性酸素の抑制、細胞修復機能の促進といったいくつかの作用によって口内炎を治療することができるとされています。
半夏瀉心湯は吐き気・食欲不振・軟便傾向の状態に適するとされる漢方薬ですので、口内炎以外にも吐き気や下痢などの消化器症状があらわれる抗がん剤に対して有効な治療の一つとなっています。

乳がんなど多くのがん治療に使われるイリノテカンの主な副作用に下痢があります。イリノテカンの下痢は、薬剤の投与中から直後に現れる早発性の下痢と、投与から数日経って現れる遅発性の下痢に分かれますが、半夏瀉心湯は速効性と持続性の両面の作用により、どちらの下痢にも有用であるとされています。

食欲不振は抗がん剤の副作用によって起こる場合も、がんそのものによって引き起こされる場合もあります。食欲不振があると生活の質(QOL)を低下させるだけでなく、食欲不振による栄養状態の悪化などの好ましくない影響を与える可能性もあります。

六君子湯の特徴は消化管の運動機能やそれに伴う食欲の改善が期待できるところです。最近では、食欲を高めるホルモンであるグレリンの働きを増強する作用により食欲不振を改善することがわかってきました。また六君子湯には胃の機能の改善や抗ストレス作用もあるとされ、食欲低下や胃もたれや膨満感などがあらわれる機能性ディスペプシア(FD)などの状態を改善する効果が期待できます。

抗がん剤によるしびれなどの症状は末梢神経(まっしょうしんけい:体の各部分に分布している神経)への影響によるものと考えられていますが、はっきりと解明されてない部分もあります。

抗がん剤による末梢神経障害では筋肉痛のような症状が現れる場合もありますが、芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)によって症状軽減ができることもあります。構成生薬である芍薬(シャクヤク)の主要成分(ペオニフロリン)によるカルシウムイオンの細胞内流入抑制作用や甘草(カンゾウ)の主要成分であるグリチルリチンによるカリウムイオンの細胞外流出促進作用などによって筋肉の痙攣(けいれん)やそれに伴う疼痛などを改善させると考えられています。実際にパクリタキセルなどのタキサン系微小管阻害薬による筋肉痛や関節痛などに対して芍薬甘草湯が有用とされています。

抗がん剤の副作用の中でも骨髄抑制は血球成分である白血球好中球など)、赤血球血小板などを減少させ、感染症、貧血、出血傾向などを引き起こし、場合によっては生命を脅かすような症状を引き起こす可能性があるため、特に注意が必要な副作用の一つです。

十全大補湯は体力増進作用などの効果が期待できる人参(ニンジン)と黄耆(オウギ)を含む参耆剤(じんぎざい)や足りないものを補う補剤(ほざい)に含まれる漢方薬で、一般的に手術後や病後の体力低下、食欲不振、全身倦怠感などの改善に使われています。

近年、十全大補湯には抗がん作用や造血機能の改善作用などがあることが確認されてきています。作用の仕組みとして、マクロファージの活性化やそれに伴うT細胞の活性化による免疫賦活(ふかつ)作用によって、がん転移抑制作用や再発抑制作用などが期待できるとされています。また、骨髄幹細胞に対する刺激作用により、抗がん剤による骨髄抑制に対して有用(特に赤血球減少や血小板減少に対して有用)とされています。

乳がん治療の中でもホルモン療法(内分泌療法)は重要な治療のひとつとなっていますが、ホルモン療法で現れる副作用として、一過性の顔面紅潮、発汗、熱感、のぼせ、動悸(どうき)などが現れることがあり、これらをホットフラッシュという言葉で表現します。

これらの症状は主に女性ホルモンであるエストロゲンの変動によるものであるとされ、更年期障害によって起こる症状とも類似していて、一般的に更年期障害に対して効果が期待できる漢方薬が乳がんのホルモン療法における副作用に対しても有用である場合があります。

加味逍遙散(カミショウヨウサン)や桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)は更年期障害などの婦人科疾患でよく使われる漢方薬ですが、ホルモン療法によるホットフラッシュにも有用であるとされています。他にも不安などの精神神経系症状を伴うような症状への女神散(ニョシンサン)や便秘を伴うような症状への桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)、関節痛に対する桂枝加朮附湯(ケイシカジュツブトウ)など、個々の症状に合わせて漢方薬を選択し時に複数の漢方薬を組み合わせることなどによって、QOL(生活の質)の改善が期待できるとされています。

もちろん比較的安全性が高い漢方薬も「薬」の一つですので、漢方薬による副作用が起こる可能性はあります。

例えば、生薬の甘草(カンゾウ)の過剰摂取などによる偽アルドステロン症(偽性アルドステロン症)や黄芩(オウゴン)を含む漢方薬で起こる可能性がある間質性肺炎などがあります。しかしこれらの副作用が起こる可能性は非常にまれであり、万が一現れても多くの場合、漢方薬を中止することで解消されます。

半夏瀉心湯の例をみてもわかるように漢方薬は複数の症状に効果が期待できるため、複数の副作用が起こる可能性があるがん治療に対しては非常に有用な薬と言えます。

ここで紹介した薬の他にも、全身倦怠感に対して補剤である補中益気湯(ホチュウエッキトウ)、術後や麻痺イレウスに対する大建中湯(ダイケンチュウトウ)など多くの漢方薬ががん治療で活用されています。