[医師監修・作成]乳がんの薬物療法①:サブタイプ別での治療法の選び方 | MEDLEY(メドレー)
にゅうがん
乳がん
乳腺に発生する悪性腫瘍。女性に多いが、男性に発症することもある
14人の医師がチェック 191回の改訂 最終更新: 2023.01.11

乳がんの薬物療法①:サブタイプ別での治療法の選び方

乳がんの治療の中心は手術ですが、手術の前後で薬物療法(抗がん剤ホルモン療法、分子標的薬)を行うことにより再発が予防でき手術の効果を高めると考えられます。また再発や転移をした時には薬物治療が治療の主体になります。 


このページでは乳がんの薬物療法の大きな方針の立て方について説明します。なお、「抗がん剤」という言葉は、広い意味ではがんを攻撃する目的の薬すべてを含みますが、ここではホルモン剤と分子標的薬を除く狭い意味の抗がん剤(細胞障害性抗がん剤)を「抗がん剤」と呼び、ホルモン療法・分子標的薬と区別して扱うことにします。

乳がんで薬物療法(抗がん剤、ホルモン療法、分子標的薬)を行う時は3つに分かれます。

  • 乳がんの手術前
  • 乳がんの手術後
  • 再発・転移している乳がんに対して

乳がんの手術前に薬物療法(抗がん剤、ホルモン療法、分子標的薬)を行うことがあります。そのまま手術を行うとがんを取り切れない場合や、乳房をできるだけ温存したい時などに行います。薬物療法により乳がんをできるだけ小さくして手術の効果を最大限に高めることが目的です。
乳がんの手術後にも薬物療法を行います。乳がんは、がん細胞が全身に広まっているといういわば全身病的な側面も持ち合わせていると考えられているためです。手術の後に薬物療法を行うことで、全身に薬剤が行き渡り、肉眼的には確認できない小さながんを攻撃することで再発予防が期待できます。
乳がんが初めて発見され診断された時点ですでに遠隔転移していた場合や、治療後に再発した時にも薬物療法を行います。遠隔転移が見つかるということは、がん細胞が全身を循環して、肉眼的には確認できない大きさの転移(微小転移)が身体中に存在していると考えられます。全身にあるがん細胞に対して効果的に治療を行うには、全身をカバーできる薬物療法が理にかなっています。

手術前に薬物療法を行う目的は、がんを小さくすることです。 

  • がんは大きいが、乳房温存(乳房部分切除術)を希望する 
  • がんが大きくて、すぐに手術を行うと取り残す心配がある

術前薬物療法では、基本的には抗がん剤を中心とした治療が行われます。例外として、ホルモン療法の効果が高いと考えられる乳がん(ホルモン感受性が高い乳がん)に対しては、手術前の治療としてホルモン療法が考慮されることがあります。

手術前の抗がん剤治療が適している場合の例を挙げます。

  • がんが皮膚に浸潤している
  • 乳房温存手術(乳房部分切除術)を強く希望するが、がんが大きくて困難である

がんが抗がん剤によって小さくなることで手術が可能になったり、乳房温存が可能になることが期待されます。抗がん剤治療は4-6か月程度行うことが一般的です。
術前の抗がん剤治療で使用する薬剤は、アンスラサイクリン系やタキサン系と呼ばれる種類の抗がん剤です。手術後に使用するものと同じです。
手術前にがんの一部に針を刺して組織を取り出し、がんの性質を検査します(生検)。生検によって乳がんの診断が確定します。さらに、生検によってどの薬が効きやすいかを予測する情報も得られます。HER2(ハーツー)というたんぱく質が多く発現している場合には、トラスツズマブ(商品名ハーセプチン®)という分子標的薬を使用することも検討します。
術前抗がん剤治療は、がんが小さくなることを期待して行われます。しかし、必ず抗がん剤が効果を現すとは限りません。効果が乏しかった場合、抗がん剤治療には数か月の時間がかかるので、治療中にがんが大きくなる可能性もあります。手術前にがんが大きくなるということは、手術がより難しくなることを意味します。
そこで、抗がん剤による治療中は超音波検査などで乳がんの状態を定期的に確認します。効果が乏しいと考えられる場合には薬剤の変更なども検討されます。
術前抗がん剤治療は、乳房の温存などが可能になる場合があり、美容(整容性)の面から期待の大きい治療になります。しかし、手術後の再発を予防したり生存率を高くするという面からは、手術のあとで抗がん剤治療を行っても基本的に差がありません。このことから、がんがもともと小さな人などに対しては術前抗がん剤治療の利益が少ないと考えられています。

手術が可能な乳がんのある人に対して、がんを小さくすることを目的に手術前にホルモン療法を行うことがあります。がんを小さくすることで乳房温存手術(乳房部分切除術)が可能になることがあります。
手術の前にがんを小さくする治療としては、抗がん剤が選択される場合が多いです。術前ホルモン療法の対象となる人は次の条件に合う人です。

  • ホルモン受容体が陽性である
  • 閉経している  
  • HER2(ハーツー)が過剰発現していない

術前ホルモン療法は、術前抗がん剤治療に比べてデータが少なく、対象となる人は限られています。
ホルモン受容体というのは薬剤が働きかける物質のひとつです。乳がんにはホルモン受容体を持つもの(ホルモン受容体陽性)と持たないもの(ホルモン受容体陰性)があります。ホルモン受容体陽性の場合はホルモン療法の効果が期待できます。
すでに閉経していることも条件の1つと考えられています。
HER2というたんぱく質は、トラスツズマブという分子標的薬の効果に関係します。HER2を多く持つ(過剰発現する)乳がんは、トラスツズマブの効果が期待されます。また、HER2が過剰発現していると悪性度が高いことが予想されます。
このため、HER2の過剰発現がある乳がんの術前薬物療法としては、ホルモン療法ではなく、抗がん剤とトラスツズマブとの併用が優先されます。

手術後の薬物療法は再発予防のために行います。
過去には乳がんは局所(乳房やリンパ節)の病気だと考えられていました。そのため局所の治療を行うことが最良だと考えられてきました。
しかし局所の病気に見えても、初期の段階から全身に小さな転移をしている可能性があると考えられるようになってきました。小さな転移に対しては早期に抗がん剤治療を行うことで、がんを死滅させ再発を予防できる効果があると考えられます。
手術後に行われる薬物療法は、ホルモン療法と抗がん剤治療です。抗がん剤治療に分子標的薬を組み合わせることもあります。

再発や転移した乳がんに対しては、薬物療法が治療の中心になります。がんの性格や転移している臓器などについて調べた結果、最も効果的と予想される薬物を選択します。
薬の選び方は「乳がんの抗がん剤はどう使う?」、「乳がんのホルモン療法はどうやって行う?」でも説明しています。

乳がんの薬物療法には抗がん剤、ホルモン療法、分子標的薬の3つがあります。他のがんでは分子標的薬を抗がん剤の一種として分類することもありますが、ここでは分子標的薬を抗がん剤と独立したものとして説明します。基本的には分子標的薬のみで治療を行うことはなく、抗がん剤かホルモン療法のどちらかと併用します。
ホルモン療法を行うか抗がん剤治療を行うかは乳がんの性格に合わせて選びます。がんの性格というのは、どの薬が効きやすいかということです。手術で乳がんを切除したときや、検査を主目的としてがんの一部を採取すること(生検)により、がんの組織を直接調べて薬の効きやすさの指標を試します。がんの組織を使った検査を病理検査と言います。
病理検査で調べる「バイオマーカー」によって薬の効きやすさが予測できます。次の3種類のバイオマーカーを調べます。

  • ホルモン受容体の有無
  • HER2(ハーツー)たんぱくの過剰発現の有無 
  • Ki67(ケーアイ67)が陽性の割合

解説します。

バイオマーカーは、がん細胞が持っている物質です。バイオマーカーは乳がんの状態を客観的に評価できる指標になります。バイオマーカーを基にして治療法を選択していきます。
以下はバイオマーカーのやや詳細な説明です。

ホルモン受容体はホルモン療法を選ぶ基準になります。ホルモン受容体陽性ならばホルモン療法が使えますが、ホルモン受容体陰性なら使えません。
ホルモン受容体にはエストロゲン受容体(ER)とプロゲステロン受容体(PgR)があります。がん細胞がエストロゲン受容体かプロゲステロン受容体のどちらかを持っていれば(発現していれば)ホルモン受容体陽性と言います。
ホルモン受容体陽性の乳がんでは、体が自然に作っているエストロゲンがホルモン受容体に結合すると、がんの増殖が促されます。そこで、ホルモン受容体とエストロゲンが結合するのを防ぐことで、がんの増殖を抑えることができると考えられています。この仕組みで治療効果を狙うのがホルモン療法です。
ホルモン受容体を調べることで、ホルモン療法の効果があるかどうか(ホルモン感受性)を推測できます。

HER2(ハーツー)タンパクの検査で、分子標的薬の効果を予測できます。
HER2タンパクは正常な乳房の細胞も持っている物質です。乳がんはHER2タンパクを異常に多く持っている(過剰発現している)場合があります。
HER2タンパクは細胞の表面にあります。HER2タンパクの役割は、細胞の増殖をコントロールする信号を細胞内に伝えることです。HER2が過剰発現している乳がんは、細胞増殖を制御できなくなった、悪性度が高いがんだと考えられています。実際にHER2が過剰発現している乳がんでは転移や再発の危険性が高いことがわかっています。
トラスツズマブ(商品名ハーセプチン®)などの分子標的薬はHER2を狙って攻撃します。HER2が過剰発現している細胞が分子標的薬の攻撃を受けて死滅することで効果が発揮されます。

Ki67の検査は抗がん剤治療を使うかどうかの判断に役立ちます。
Ki67は細胞の増殖機能を反映する物質です。Ki67陽性の細胞は増殖機能が盛んな状態と考えられます。Ki67の検査結果はKi67陽性細胞の割合で表現します。Ki67が高値である場合は、乳がんの中で細胞増殖が盛んであり、悪性度が高いと考えられます。
Ki67によって治療方針が変わるのは、ホルモン受容体が陽性でKi67が高値の場合です。ホルモン受容体が陽性ならばホルモン療法の効果が期待できますが、Ki67が高値のときは、ホルモン療法より強力な抗がん剤治療が検討されます。具体的にはKi67が20%を超える場合は抗がん剤治療を行います。

バイオマーカーの検査結果をもとに、乳がんをサブタイプという種類に分類します。
下の表は3つのバイオマーカーとサブタイプの対応を示します。

サブタイプの名称 ホルモン受容体 HER2 Ki67
ルミナルA型 低値
ルミナルB型
(HER2陰性)
高値
ルミナルB型
(HER2陽性)
問わない
HER2過剰発現型 問わない
トリプルネガティブ 問わない

+=陽性、−=陰性

サブタイプごとに適した薬剤がわかっています。次に説明します。

下の表はサブタイプと治療法の組み合わせです。

サブタイプの名称 ホルモン療法 抗がん剤 分子標的薬
ルミナルA型

ルミナルB型
(HER2陰性)

ルミナルB型
(HER2陽性)
HER2陽性 ◯ 
トリプルネガティブ − 

◯=推奨、△=提案されることがある、−=通常推奨されない

基本的には、ホルモン受容体が陽性の場合は、ホルモン療法を選択しますが、ホルモン受容体が陽性でも抗がん剤を選択するほうが適切と考えられる場合があります。以下ではその例を示します。

  • 腋窩リンパ節転移が4個以上 
  • Ki67が高値である
  • ホルモン受容体は陽性だが数が少ない(その細胞の割合が10%以下) 

効果がない治療は効果がないばかりか体にとっても負担になるばかりです。抗がん剤治療はホルモン治療に比べると体への負担も大きいのでできれば行いたくない気持ちは理解できます。しかし抗がん剤治療は、十分に効果が確かめられた治療でもあります。手術の効果を最大限に高めるためにも重要です。

乳がんの病理検査により、乳がんがHER2(ハーツー)タンパク質を多く持っている(過剰発現している)ことが確かめられた場合に、分子標的薬を使うことができます。
乳がんに使う分子標的薬には以下のものがあります。

  • トラスツズマブ(商品名ハーセプチン®)
  • ペルツズマブ(商品名パージェタ®)
  • ラパチニブ(商品名タイケルブ®)
  • トラスツズマブ エムタンシン(商品名カドサイラ®)
  • ペムブロリズマブ(商品名キートルーダ®)

いずれも転移・再発時には選択肢となります。初発乳がんに対する手術の前後で用いることができるのはトラスツズマブだけです。
以上4種類の分子標的薬はHER2というタンパク質に働きかけるものです。乳がんにはHER2が細胞の表面に存在します。HER2が特に多いタイプの乳がんと、そうではない乳がんがあり、HER2が多いときに分子標的薬が有効です。HER2は正常な細胞にも存在しています。HER2は細胞の外から来た指令を受け取る役割を果たしています。HER2が指令を受け取ると、細胞は増殖しようとします。
分子標的薬はHER2に結合して細胞を増殖させようとする指令をブロックします。細胞増殖の指令をブロックすることによってがん細胞の増殖を抑えることができます。
トラスツズマブはHER2を直接ブロックします。ペルツズマブはHER2と仲間のHER1、HER3などを阻害します。ラパチニブは細胞内から働きかけて細胞の増殖や生存を止めます。トラスツズマブエムタンシンはトラスツズマブに抗がん剤を結合させた(くっつけた)ものです。
また、2021年8月からは「HERが陰性と(HRE2の発現が少ない)ホルモン受容体が陰性で、PD-L1という物質が腫瘍の表面に多く発現している」再発乳がんまたは手術ができない人に対してペムブロリズマブという薬の使用が可能になっています。ペムブロリズマブは免疫チェックポイント阻害薬という種類に含まれ、従来の薬とはまた違った方法で効果を発揮します。

乳がんの薬物治療は長期に及ぶことがあります。薬物治療が長期に及ぶと経済的な負担も気になるところです。ここでは乳がんの薬物療法でかかる費用について解説します。全てを紹介することはできないのでいくつかを例として紹介します。

乳がんで使用されるホルモン療法は大きく分けて3つあります。

  • 抗エストロゲン薬
  • アロマターゼ阻害薬
  • LH-RHアゴニスト

ホルモン療法は、1剤で行う場合と2剤で行う場合があり、費用が異なります。それぞれの薬の一部はジェネリック製品などが登場してきているので薬の価格に差があります。

抗エストロゲン薬(ノルバデックス®)を使ったときの費用の例

1年内服した場合の総額 約12万円
実際の負担額(3割負担) 約3.5万円

   
アロマターゼ阻害薬(アリミデックス®)を使ったときの費用の例

1年内服した場合の総額 約18万円
実際の負担額(3割負担) 約5.4万円


LH-RHアゴニスト(リュープリン® 11.25mg)を使ったときの費用の例

1年内服した場合の総額 約29万円
実際の負担額(3割負担) 約8.8万円

抗がん剤治療にかかる費用の例を挙げます。

AC療法(ドキソルビシン+シクロフォスファミド)を使ったときの費用の例

4回分の合計 約13万円
実際の負担額(3割負担) 約4万円  

ドセタキセルを使ったときの費用の例

4回分の合計 約47万円
実際の負担額(3割負担) 約14万円

パクリタキセルを使ったときの費用の例

12回分の合計 約68万円
実際の負担額(3割負担) 約20万円


抗がん剤の用量は体の大きさ(身長、体重)で大きく変わります。用量によって費用も上記の値段とは違ってきます。場合によっては抗がん剤治療を入院で行うこともあるので負担額が変わります。

分子標的薬はいくつかあります。手術前後で使用できるのはトラスツズマブのみです。トラスツズマブの負担額について紹介します。 

 トラスツズマブ(ハーセプチン®)を使ったときの費用の例

1年内服した場合の総額 216万円
(3週毎に投与して18 回投与した場合) 
実際の負担額(3割負担) 65万円(3割負担)