にゅうがん
乳がん
乳腺に発生する悪性腫瘍。女性に多いが、男性に発症することもある
14人の医師がチェック 199回の改訂 最終更新: 2023.12.20

乳がんの分子標的薬治療:薬剤の詳細解説

乳がんの薬物治療で重要になるのが、分子標的薬という薬です。分子標的薬は、抗がん剤に分類されることもありますが、ここでは抗がん剤とは分けて解説します。

がん細胞はその発生や増殖に特有のたんぱく質が関わっていることが分かってきています。乳がんではHER2(ハーツー)というたんぱく質が増殖に関わっていることがわかってきました。HER2を標的として狙い撃つ(選択的に効果を示す)薬を投与すればがんの増殖が抑えられます。特定の物質に選択的に効果を示す薬を分子標的薬といいます。分子標的薬はがん細胞にある特定の物質を標的とするので正常な細胞への影響が少ないことを期待して作られました。

HER2を標的とした分子標的薬はいくつかあります。HER2のほかにも血管を作ることを抑える分子標的薬や腫瘍を増殖させる信号の伝達を抑える薬があります。

乳がんの治療に使う分子標的薬はHER2を標的とするものです。手術か生検(組織の一部を取り出す検査)によって乳がんの組織を体から切り取り、がん細胞がHER2を多く持っているかどうかを調べます。HER2陽性ならば分子標的薬の効果が期待できます。

HER2陽性の乳がんに対して使える分子標的薬は以下のものです。

一般名(商品名) 使用方法
トラスツズマブ(ハーセプチン®) 手術の前後
転移・再発時
ペルツズマブ(パージェタ®) 転移・再発時
ラパチニブ(タイケルブ®) 転移・再発時
トラスツズマブ エムタンシン(カドサイラ®) 転移・再発時

ここからは各薬剤について詳細な説明を行います。

トラスツズマブはがん細胞増殖に関わるHER2(ErbB2)という物質に結合する分子標的薬です。乳がんや胃がんなどにおいてはHER2の過剰発現が、がん細胞の増殖などに深く関わるとされています。

トラスツズマブはHER2に結合することで、がん細胞の増殖のシグナル伝達を抑える作用や免疫細胞(NK細胞や単球)によるがん細胞への障害作用(抗体依存性細胞障害作用:ADCC)により抗腫瘍効果を現します。

トラスツズマブはHER2の過剰発現がある乳がんに対して単独で(ほかの抗がん剤を同時に使うことなく)用いる用法のほか、ペルツズマブ及びドセタキセルとの併用療法(PER/HER/DTX療法)のようにほかの薬剤と併用される場合も多い薬です。

トラスツズマブは分子標的薬の中でも特定分子に結合するモノクローナル抗体という種類の薬です。

モノクローナル抗体ではインフュージョンリアクションという過敏症が現れる場合があります。インフュージョンリアクションとは薬剤投与による免疫反応などにより起こる有害事象で、薬剤の投与中及び投与後24時間以内に現れる症状(発熱、悪寒、吐き気・嘔吐、疼痛、頭痛、咳嗽、めまい、発疹など)の総称です。

その他、注意すべき副作用として消化器症状、心機能障害、間質性肺炎などの呼吸器障害、肝機能障害などがあります。

ペルツズマブはがん細胞増殖に関わるHER2(ErbB2)という物質に結合する分子標的薬です。HER2に関わる分子標的薬にはトラスツズマブ(商品名:ハーセプチン®)などもありますが、ペルツズマブはトラスツズマブとは異なるドメインIIという部位に結合します。HER2は類似した構造を持つHER3と2量体(ヘテロダイマー)を形成し、これにより細胞増殖のシグナル伝達が亢進します。ドメインIIはHER2とHER3の2量体の形成に必須であり、ペルツズマブはドメインIIに結合することでHER2とHER3の2量体形成を阻害し、細胞増殖のシグナルを抑制したり、免疫の働きでがん細胞が壊れる効果を高めることで抗腫瘍効果を現します。

ペルツズマブはHER2の過剰発現がある乳がんに対して主にトラスツズマブなどとの併用療法で使われ、ペルツズマブとトラスツズマブ及びドセタキセルとの併用療法(PER/HER/DTX療法)などが治療の選択肢となっています。

ペルツズマブは分子標的薬の中でも特定分子に結合するモノクローナル抗体という種類の薬です。

モノクロナール抗体ではインフュージョンリアクションという過敏症が現れる場合があります。インフュージョンリアクションとは薬剤投与による免疫反応などにより起こる有害事象で、薬剤の投与中及び投与後24時間以内に現れる症状の総称(発熱、悪寒、吐き気・嘔吐、疼痛、頭痛、咳嗽、めまい、発疹など)です。

その他、注意すべき副作用として心機能障害、好中球減少(これに伴う間質性肺炎など)、下痢などの消化器症状、脱毛や爪の障害などの皮膚障害などがあり、併用する抗がん剤の種類によっては副作用が過度に現れる可能性も考えられるため、事前に医師や薬剤師からしっかりと説明を聞いておくことも大切です。

乳がんに対する初の経口(飲み薬)分子標的薬として承認された薬剤です。

EGFR(ErbB1:上皮成長因子受容体)チロシンキナーゼは細胞増殖のシグナル伝達において重要な物質です。

このEGFRに類似した構造を持つ物質をErbBファミリーと呼び、EGFRの他にHER2(ErbB2)、HER3(ErbB3)、HER4(ErbB4)といったものがあります。

この中でも特にEGFRとHER2の過剰発現は、生存期間の短縮などに関係していることがわかっています。ラパチニブはEGFRとHER2の両方を阻害することにより、乳がんに対して抗腫瘍効果を現します。

乳がん治療においてラパチニブは通常、カペシタビン(商品名:ゼローダ®)との併用療法、アロマターゼ阻害薬(ホルモン療法)との併用療法などで使われます。

ラパチニブは内服薬(飲み薬)ですが、服用時点(服用するタイミング)には注意が必要です。ラパチニブを食後すぐに服用した場合に薬剤の血中濃度などが過度に上昇してしまう可能性があります。そのためラパチニブは通常「1日1回、食事の1時間以上前又は食後1時間以降」に服用します。

ラパチニブの注意すべき副作用として下痢や食欲不振などの消化器症状、発疹やざ瘡にきび)などの皮膚障害、間質性肺炎、肝機能障害、心機能障害があります。特に下痢は高頻度で現れる副作用の一つです。脱水症状への対策や症状によっては止瀉薬(下痢止め)の使用などが必要となる場合があります。また発疹、皮膚の乾燥、手足症候群、爪の障害など皮膚症状に対して保湿や紫外線対策なども必要となるため、医師や薬剤師などからしっかりと説明を聞いておくことも大切です。

トラスツズマブはがん細胞増殖に関わるHER2(ErbB2)という物質に結合する分子標的薬です。がん細胞の増殖のシグナル伝達を抑える作用や免疫細胞(NK細胞や単球)によるがん細胞への障害作用(抗体依存性細胞障害作用:ADCC)により抗腫瘍効果を現します。

トラスツズマブ エムタンシンはトラスツズマブにエムタンシン(抗がん成分として「DM1:メイタンシン誘導体」)という成分が結合した複合体です。DM1は細胞分裂の過程で必要となるチューブリンというタンパク質の重合を阻害することで抗腫瘍効果を現す薬です。DM1をトラスツズマブと複合体にすることにより、この複合体が腫瘍細胞内に取り込まれた後でDM1の細胞障害作用が現れるため、薬物の有害反応を最小限に抑えながら抗腫瘍効果が発揮されます。

トラスツズマブ エムタンシンは主にHER2の過剰発現がある手術不能又は再発の乳がんで、トラスツズマブ及びタキサン系抗がん剤の治療歴がある場合などの選択肢となっています。

トラスツズマブ エムタンシンの構成成分の一つであるトラスツズマブは分子標的薬の中でも特定分子に結合するモノクローナル抗体という種類の薬です。モノクローナル抗体ではインフュージョンリアクションという過敏症が現れる場合があります。インフュージョンリアクションとは薬剤投与による免疫反応などにより起こる有害事象で、薬剤の投与中及び投与後24時間以内に現れる症状(発熱、悪寒、吐き気・嘔吐、疼痛、頭痛、咳嗽、めまい、発疹など)の総称です。

その他、注意すべき副作用として血小板減少(出血傾向)、間質性肺炎、しびれなどの末梢神経障害、心機能障害、肝機能障害などがあります

がん細胞が増殖するには、がんに栄養や酸素を送るため新しく血管をつくる必要があります。これを血管新生と言います。血管新生や血管内皮の増殖に関わる物質が血管内皮増殖因子(VEGF:Vascular Endothelial Growth Factor)です。

ベバシズマブ(商品名:アバスチン®)はVEGFと結合することでがん細胞増殖に必要な血管新生を抑制することなどにより、抗腫瘍効果をあらわします。またベバシズマブは分子標的薬の中でも特定分子に結合するモノクローナル抗体という種類の薬です。

乳がん治療におけるパクリタキセルとの併用療法などのように他の抗がん剤や化学療法のレジメンに併用して使われることも多い薬です。

乳がん以外にも肺がん(非小細胞肺がん)、大腸がん卵巣がん子宮頸がん悪性神経膠腫などの治療の選択肢となっています。

血栓塞栓症、高血圧、出血(血痰、粘膜からの出血など)、消化器障害(消化管穿孔など)、タンパク尿、創傷治癒遅延(傷が治りにくくなる)、骨髄抑制(特に他の抗がん剤との併用時)などに注意が必要です。

またベバシズマブなどのモノクローナル抗体では、インフュージョンリアクションという過敏症が現れることがあります。インフュージョンリアクションとは薬剤投与による免疫反応などにより起こる有害事象で、薬剤の投与中及び投与後24時間以内に現れる症状(発熱、悪寒、吐き気・嘔吐、疼痛、頭痛、咳嗽、めまい、発疹など)の総称です。

ベバシズマブは体内で薬物が代謝される時間が比較的長い(治療内容などによっても異なる可能性があるが血中半減期が約2~3週間と考えられる)こともあり、一度の投与によって現れた有害事象が1ヶ月あまり続く場合も考えられます。日々の血圧測定喀血吐血の有無、腹痛や胸痛の有無、呼吸の状態など日常生活の中での変化を見逃さないようにすることも大切です。

8. パルボシクリブ(商品名:イブランス®)

パルボシクリブ(商品名:イブランス®)はCDK4/6阻害薬に分類され、細胞の分裂が行われる細胞周期の制御などに関わるCDK(サイクリン依存性キナーゼ)という酵素に作用する薬です。

通常、多くの細胞では無秩序に細胞分裂が行われないように細胞周期の途中で制御がかかりますが、がん細胞などにおいてはCDK4やCDK6がこの制御を不能にし、細胞が無秩序に増殖する原因となるとされています。

CDK4/6阻害薬はこのCDK4やCDK6を阻害することで抗腫瘍効果をあらわす薬になります。

パルボシクリブの臨床試験の結果は「抗がん剤が効かない乳がんに、新薬イブランス®が有効」を合わせてご覧ください。