2022.05.24 | コラム

手軽な「がん検査」で後悔しないために知っておきたいこと

腫瘍マーカー検査は受けておけば安心というものではなく、デメリットも知っておく必要があります
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人間ドックのオプションなどで「腫瘍マーカー検査」というものがあります。受けたことがある人や、興味がある人も少なくないと思います。
腫瘍マーカーとは体内に存在する微量のタンパク質などのことで、完全ではないもののがんの種類に対応しているのが特徴です。がん診断における補助や、診断後の経過や治療効果の参考として用いられます。
腫瘍マーカーは血液や尿から簡単に測定できるため、がん検診に用いられることもあります。様々な研究機関や企業が新しい検査手法を開発しており、尿一滴から調べられるような簡便な検査も出てきています。
ところが、腫瘍マーカー検診を受ける際には、受診者が必ず知っておきたい前提知識があります。
知らずに受けると、検査費用が無駄になるだけならまだしも、重大なデメリットが生じうるからです。

このコラムでは、腫瘍マーカー検診を受けるか考える人すべてに知っておいて欲しい知識を解説します。

 

【本コラムのポイント】

  • 現時点では、「がんの発見目的」としての腫瘍マーカー検診は安易に勧められない
  • 腫瘍マーカー検査は「既にがんがあると分かっている人」において、治療効果や再発をチェックする際に有用な検査である

 

1. 主な腫瘍マーカー

まずは、現在医療現場で使われている主な腫瘍マーカーを紹介します。

 

【主な腫瘍マーカーと主な臓器の組み合わせ】

CEA 肺がん胃がん大腸がん胆道がん膵臓がん乳がん子宮頸がん甲状腺がん
CYFRA(シフラ) 肺がん、頭頸部がん
proGRP 肺がん
CA19-9 胃がん大腸癌胆道がん膵臓がん
SCC 肺がん食道がん子宮頸がん口腔がん皮膚がん
CA125 卵巣がん子宮頸がん子宮体がん
CA15-3 乳がん卵巣がん
AFP 肝臓がん、卵黄のう腫瘍肝芽腫
PSA 前立腺がん

 

ただし、必ずしも腫瘍マーカーと臓器が上記のように対応するとは限りません。例えば、CA19-9だけが高くなる肺がんや、CA125だけが高くなる胃がんもあります。また、複数の腫瘍マーカーが高くなるがんもあれば、どれだけ進行してもいずれの腫瘍マーカーも高くならないがんもあります。

上には挙げませんでしたが、血液や尿から臓器を特定せずにがんを検出するような検査もあります。通常は腫瘍マーカーとは呼ばれませんが、検診目的で使われるため本コラムではまとめて言及します。

 

2. 腫瘍マーカー検診のメリット

次に腫瘍マーカー検診のメリットについて考えます。以下のような利点が挙げられます。

 

【腫瘍マーカー検診のメリット】

  • がんが見つかるきっかけになる
  • 身体への負担が少ない
  • 経済的負担が比較的少ない
  • 客観的である

 

これらについて一つずつ補足します。

 

がんが見つかるきっかけになる

まず、「がんが見つかるきっかけになる」のは言うまでもありません。ただし、がんの診断は基本的に、内視鏡カメラ)、CT検査、MRI検査、超音波(エコー)検査などの画像で確認したうえで、病変から採取したがん細胞を顕微鏡で確認してつけられます。そのため、腫瘍マーカー検診はあくまで「きっかけ」にしかなりません。

 

身体の負担が少ない

「身体への負担が少ない」のも大きなメリットです。血液や尿で測れるため、内視鏡検査などの苦痛や手間を考えればその差は明らかです。

 

経済的負担が少ない

腫瘍マーカー検診に健康保険は適用されません。そのため基本的に自費です。医療機関により価格設定が異なるものの、1項目あたり数千円のことが多いです。3項目で6,000円、5項目で10,000円、などのセットになっていることもよくあります。

安くはないですが、CT検査、MRI検査、内視鏡検査などは自費だとそれぞれ数万円かかることが多いため、腫瘍マーカー検診は比較的安価と言えます。

 

客観的である

最後に「具体的な数値が出るので客観的」という点です。内視鏡検査、CT検査やMRI検査などは「異常なし」とコメントが返ってくるだけかもしれませんが、腫瘍マーカー検査では具体的な数値が示されます。客観的な数値を見ることは安心感に繋がります。

また、内視鏡検査、CT検査やMRI検査、超音波検査などはいずれもお医者さんが異常の有無をチェックしています。そう遠くない未来に人工知能によるチェックが普及しそうですが、現状ではがんが見落とされる可能性も稀とはいえゼロではありません。

 

3. 腫瘍マーカー検診のデメリット

次に腫瘍マーカー検診のデメリットを挙げます。

 

【腫瘍マーカー検診のデメリット】

  • がんがあっても陰性になりうる(偽陰性
  • がんがなくても陽性になりうる(偽陽性
  • 陽性になったときに、どの臓器の追加検査をすればよいか悩ましい

 

なぜこれらが問題となるのかについて、もう少し深掘りします。

 

偽陰性と偽陽性の問題

まず大事な偽陰性と偽陽性の問題についてです。これを理解するために「感度」と「特異度」という用語について説明します。専門用語ですが、大切な話なのでお付き合いください。

「感度」とはがんがある人で検査が陽性と出る確率、「特異度」とはがんがない人で陰性と出る確率を指します。例えば感度60%、特異度90%の腫瘍マーカー検査(ここではAとします)について考えてみます。検査の感度や特異度は、異常値の基準をどう定めるかで変わってくるのですが、多くの腫瘍マーカー検査はとても大雑把に言うと、高々これくらいの感度・特異度です。(感度が高くなるように基準値を設定すると、特異度が下がります。)

この検査Aでは、がんがある人は60%が陽性となり、40%が陰性(偽陰性:見逃される)となります。また、がんがない人は90%が陰性となり、10%が陽性(偽陽性: 誤ってがんの疑い)となります。

 

がん検査:感度と特異度

 

60%もがんを見つけてくれたら、10%くらい間違って陽性になる人もいて仕方がないと感じるかもしれません。ところが、これは大きな落とし穴です。がん検診を受ける人の多くはがんがない人だからです。ここがつまずきやすい考え方ですので、さらに詳しく説明します。

 

がんがないのに陽性となる人が多くなってしまう問題:腫瘍マーカー検診での試算

例えば100人が検査Aを受けて、この中に1人だけ本当にがんの人がいるとします。この1人は検査Aにより60%の確率で「がんの疑い」と分かるため、分かったとすれば検査Aの恩恵にあずかったと言えるかもしれません。「かもしれない」というのは、そもそも検査A以外に受けた検診で、どのみちがんが見つかっていた可能性が十分にあるからです。また、もし40%の確率で見逃されると、本来してはいけないのに陰性の結果で安心してしまう恐れもあります。

一方で、残りのがんではない99人はどうなるでしょうか。検査Aにより約10人が誤って「がんの疑い」という結果になります。がんを見つける方にばかり目がいきがちですが、実際にこの10人に自分が入ってしまうとツラいものです。

 

腫瘍マーカー検診のデメリット:がんがないのに陽性になる(偽陽性)人が多くなる

 

さらに、腫瘍マーカー検診はしばしば3-6種セットなど、複数同時に行われます。そうすると、検査の数に応じて偽陽性になる人も多くなります

偽陽性になると、がんを見つけるために本来は必要ない追加検査を受けることになり、中には身体への負担が大きい検査もあります。さらに、追加検査でがんが見つからなかったとしても完全には安心できないものです。追加検査で検出できなかった小さながんが隠れている可能性も捨てきれないからです。もちろん、追加検査で問題が見つからなかった以上、がんが隠れている可能性がそれほど高いわけではありません。それでも、腫瘍マーカー検診でひっかかり、さらに「がんの可能性は100%は否定できません」、と言われると不安を抱き続けてしまうのが人間の心理です。

 

どの部位の追加検査をするかの問題

一言で追加検査といっても、どの腫瘍マーカーで異常値が出たかによって行われる検査は異なります。例えば、PSAは前立腺以外の臓器が原因では基本的に上昇しないため、PSAがひっかかったら前立腺の追加検査を受けるだけで済みます(とはいえ、簡単な検査とは言えず、前立腺に針を刺して一部採取します)。そのため、PSAはがん検診に比較的向いている腫瘍マーカー検査といえます。

ところが、腫瘍マーカー検診の代表格であるCEAがひっかかった人ではどうでしょうか。冒頭に書いた通り、肺がん胃がん大腸がん膵臓がん乳がん、など多数の臓器のがんが原因となりえます。したがって、CT検査、内視鏡検査(胃カメラ大腸カメラ)、腹部MRI腹部超音波(エコー)検査、乳房超音波(エコー)検査、マンモグラフィ、などの追加検査が検討されます。そして前述の通り、全ての検査で異常が出なくても、小さながんが隠れている可能性は一応残ります。そうすると、「CEAが陽性だった」という事実により、がんがあるかもしれないという不安を抱え続ける人も多くいると思います。

 

このように「多くの臓器のがんをまとめてチェック」、「全身を網羅的にチェック」といった検査には、大きな負の側面があります。

 

4. 最後に

ここまで、腫瘍マーカー検診のメリットおよびデメリットを解説しました。

メリットもある検診方法ですが、偽陽性によって不要な身体的・精神的・経済的負担を被ることが珍しくありません。こうした点を踏まえ、各学会のガイドラインでは腫瘍マーカー検査を検診に用いることは推奨されていません。ただし、例外的に前立腺がん検診としてのPSA検査は推奨されており、多くの自治体で行われています(1)。

このように、現時点では腫瘍マーカー検診を無条件に勧めることはできません。地道ですが例えば、胃がんが心配であれば内視鏡検査(胃カメラ)、乳がんが心配であればマンモグラフィーの方が推奨できます(2)。肺がんが心配であれば胸部X線レントゲン)検査が推奨されますが、より詳しい胸部CT検査については議論のあるところです。詳細はこちらのコラムも参考にしてください。

 

「これを受けておけば大丈夫!」と言えるような他の検診はないため歯切れは悪くならざるをえませんが、少なくともほとんどの腫瘍マーカー検診は安易に勧められないことを解説しました(3)。本来、腫瘍マーカー検査は既にがんがあると分かっている人において、治療効果や再発をチェックする際に特に有用な検査なのです。

検診を受ける人ひとり一人が検査の特徴を理解して納得し、自分に合った検診が受けられる人が少しでも増えれば幸いです。

 

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。