1. がん検診には2種類ある:住民検診と人間ドックの違いとは
がん検診には大きく分けて2つの種類があります。一つは住民検診などと呼ばれる「対策型検診」で、がんの死亡率を下げることを目的として公共政策として行われます。がん死亡率を減少させる効果があるとわかっている検査方法で実施されます。
もう一つは人間ドックに代表される個人が受けるがん検診で、こちらは「任意型検診」と呼ばれます。
2. 市町村で行われている肺がん検診とは
国や市町村などが主導して住民に勧める検診は、その検診を受けることで住民の死亡率を減少させる効果がはっきりあると考えられているものです。
日本では、肺がん検診として以下の2つが住民検診で行われています。
- 胸部X線検査(胸部レントゲン)
- 喀痰細胞診
CT検査による肺がんの住民検診については、無症状の人や非喫煙者を含めて全員に行うのは、費用対効果も含め十分な効果があるとは判断されておらず、現在のところ日本を含め世界的にも勧められていません[1,2]。また、実は肺がん検診における胸部X線検査(胸部レントゲン)も国際的には効果を否定されています[3]。
では、日本の住民検診での胸部X線検査はなんのために行われているのでしょうか?
胸部X線検査は結核を見つけるのに有用
ほかの先進国と比べて、日本の結核罹患率は高いことが知られています[4]。罹患率とは、ある集団の中で対象期間のうちに新たにその病気と診断された人の割合です。ここでは人口10万人に対して結核と診断された人の数を示しています。
【結核罹患率の国際比較】
国 名 | 罹 患 率 |
アメリカ | 2.8 |
カナダ | 4.6 |
スウェーデン | 8.0 |
オーストラリア | 5.2 |
オランダ | 5.0 |
デンマーク | 5.6 |
フランス | 7.0 |
イギリス | 9.0 |
日 本 | 13.9 |
資料:WHO Global Tuberculosis Control Report
*データの年次は日本は2016年、他は2015年のものです
例えばアメリカ合衆国が2.8(2015年)であるのに対し、日本は13.9(2016年)と高い値です。このため、日本で住民検診として行われている胸部X線検査には、人にうつす可能性のある活動性の結核を見つけるという意義があります。(結核の詳しい検査についてはこちらを参考にしてください。)
日本における胸部X線検査による肺がんの住民検診
肺がんの住民検診として胸部X線検査を行うことは国際的には効果が否定されています。一方、厚生労働省主導で行われた国内の研究では、胸部X線検査と喀痰細胞診を併用した場合に肺がん死亡リスクを減少させたという結果が報告されています。日本ではこの報告に基づいて、胸部X線検査による肺がんの住民検診が行われています[5, 6]。この検診を死亡リスク低下につなげるためには、検査する側が比較読影(過去の画像と現在の画像を比べること)や二重読影(2人の医師が別々に画像を確認すること)を行い、撮影条件を一定にし、検査の質を守ることが大切です。
また、肺がんといっても種類はさまざまあり、人種や生活習慣によってなりやすさが異なると言われています。少し難しい話になりますが、肺がんの細胞にEGFR遺伝子の変異があるかどうかを調べることがあります。欧米人に比べて日本を含むアジア人においてEGFR遺伝子の変異が多くみられることが分かっています。EGFR陽性型の肺がんは、他の肺がんに比べて非喫煙者の若年女性に多くみられるといった特徴があることから、喫煙と関連の少ない肺がんの罹患率は日本では欧米諸国よりも多いことが予想されます[7]。また、EGFR陽性型の人に対しては治療効果の高い薬が存在します。このような背景もあり、胸部X線検査での住民検診が日本では効果がないとは言えないと考えられています。
3. CT検査による肺がん検診に潜む問題点とは
CT検査は胸部X線検査よりも鮮明に肺の中を写し出すことができるので、肺がんを見つける検査として優れています。早期に肺がんを発見できれば早期治療につながるため、個人でCT検査の検診を受けるメリットは大きいのではないかと考えるかもしれません。しかし、CT検査で見つかるのは肺がんだけではないところに落とし穴があります。
CT検査では肺がんだけでなく良性のしこりも見つかる
CT検査では肺の結節(しこり)が白い影として写ります。結節が良性であれば特に治療は必要ありません。しかし、CT検査だけでは結節が良性か悪性(がん)かはっきりわからないこともあるので、詳しく調べるために追加の検査を行うことがあります。追加の検査には、肺の組織をとってきて調べる生体検査がありますが、なかには手術が必要なものもあり身体に負担がかかります。また、針を刺したり、手術をするなどの身体的に負担がかかる検査をすぐにはしない場合にも、経過観察のために定期的なCT検査を勧められることがあります。
肺がんをみつけるために行われたCT検査では、ほぼ4人に1人(24.1%)になんらかの異常がみつかり、異常を指摘された人の96.1%がのちに肺がんではないとわかったという報告があります[8]。また、CT検査はレントゲン検査よりも被曝量が多い点にも注意が必要です。
つまり、CT検査を受けることで、肺がんではない多くの人が下記のデメリットを負うことになります。
- 生検検査(身体の外から結節に針を刺して細胞を調べる検査)や手術を伴った検査による身体への負担と合併症のリスク
- 経過観察で定期的にCT検査を受けることによる医療被曝
また、上記の点に加えて繰り返しの検査で医療費負担もかかることになります。
治療の必要がないがんが見つかることもある
CT検査では、胸部X線検査ではみつからないごく初期の肺がんがみつかることがあります。医学的には「充実部分のないすりガラス病変」と呼ばれるもので、短~中期間で命を脅かすことはあまり多くないため、すぐには治療せずに経過観察となることがほとんどです。この病変が見つかった人の5年生存率はほぼ100%です[9, 10, 11]。しかし、なかには「治療が必要な肺がん」に進行する人がいるので、経過観察として定期的なCT検査が勧められます。
結果的に「治療が必要な肺がん」に進行しなかった人にとっては、本来なら不要な「肺がんで命を脅かされるかもしれない」という不安を抱えて生活することになってしまうかもしれません。また、繰り返しCT検査を受けた時の医療被曝のリスクもゼロではありません。高齢の人では、肺がんのみがその人の寿命を決めるわけではないので難しい問題ですし、若い人では「充実部分のないすりガラス病変」がそもそも肺がんではない病変である可能性も高く、医療被曝を必要以上に受けることになる点も考慮が必要です。
近年、被曝低減技術が進歩してきており、以前よりも被曝量の少ないCT装置が誕生しています。検診としてCT検査を受ける際には、医療被曝を最小限にできる低線量CTで撮影できる施設で行うのが望ましいと考えられます。ただし、どの施設にもあるわけではないので、事前に問い合わせをすると確実です。
4. 喫煙者がCT検査を受けるメリットはあるか
先に、非喫煙者でも生じやすいEGFR陽性型の肺がんについて述べましたが、肺がん全体としては喫煙と強い関連があることは多くの人が知っているかと思います。(タバコと肺がんの関係についてはこちらに詳しく説明しています。)
それでは、喫煙者がCT検査の検診を受けるメリットはあるのでしょうか?
議論は分かれるところですが[1, 2, 8, 12]、喫煙者の中でもいわゆるヘビースモーカーと呼ばれる重喫煙者では、メリットがあるだろうと考えられています。2011年に発表されたAberleらの論文では、重喫煙者を対象にした場合、胸部X線検査よりも低線量CT検査で調べたほうが20%死亡率が下がったという結果を報告しており、専門家の間で重視されています。
現時点では、住民検診としてすべての人に肺がん検診を行うメリットは明確でありません。しかし、個人の単位で見れば、実際に検診で肺がんがみつかって早期治療を受けるメリットが得られる人はいます。
ただし、前述のとおり良性か悪性かわからない病変が見つかって、検査後に不安が生まれてしまうこともあります。また、結果的に不要な検査や手術を受けることになるかもしれない可能性についても心に留めておいて欲しいです。
人間ドックなどの任意形検診でCT検査を受けてみようと思った人は、検査の前に、仮に何らかの病変がみつかった場合に自分がどのような気持ちになるかを考えて、心の準備をしておくのが良いと思います。
5. まとめ
ここまで、肺がん検診における胸部X線検査やCT検査の意義について説明してきました。以下にポイントをまとめます。
- 結核の罹患率が高いことや、欧米と異なるタイプの肺がんが多いことなど、日本ならではの状況から胸部X線検査による肺がんの住民検診が行われている
- ヘビースモーカーの人では、人間ドックなどでCT検査の肺がん検診を受けるメリットがあると考えられる
- CT検査での肺がん検診では、肺がん以外の病変が見つかることのほうがずっと多い
- 「追加の検査が必要になる可能性」や「経過観察となって不安が生じる可能性」があることについて、検査前に心の準備をしておくほうが良い
今回は肺がんの検診について述べましたが、本コラムを参考に、将来の健康のために検診をうまく活用してもらえたら嬉しいです。
執筆者
- Bach PB, Mirkin JN, Oliver TK, et al. Benefits and Harms of CT Screening for Lung Cancer - A Systematic Review. JAMA. 2012;307(22):2418-2429.
- Coureau G, Salmi LR , Etard C, et al. Low-dose computed tomography screening for lung cancer in populations highly exposed to tobacco: A systematic methodological appraisal of published randomised controlled trials. European Journal of Cancer 61. 2016.
- Manser R, Lethaby A, Irving LB, et al. Screening for lung cancer. Cochrane Database Systematic Rev. 2013;6.
- 平成28年版厚生労働白書
- がん検診事業の評価に対する委員会: 今後の我が国におけるがん検診事業評価の在り方について報告書.平成20年3月,厚生労働省
- Sagawa M, Nakayama T, Tsukada H, et al. The efficacy of lung cancer screening conducted in 1990s: four case-control studies in Japan. Lung Cancer. 41(1): 29-36.2003.
- Y Shi, JSK Au, S Thongprasert, et al. A Prospective, Molecular Epidemiology Study of EGFR Mutations in Asian Patients with Advanced Non–Small-Cell Lung Cancer of Adenocarcinoma Histology (PIONEER). J Thorac Oncol. 2014 Feb; 9(2): 154–162.
- Aberle DR, Adams AM, Berg CD, et al; National Lung Screening Trial Research Team. Reduced lung-cancer mortality with low-dose computed tomographic screening. N Engl J Med 2011;365:395-409
- Yankelevitz DF, Yip R, Smith JP et al. CT screening for lung cancer: nonsolid nodules in baseline and annual repeat rounds. Radiology 2015;277(2):555–564.
- Yip R, Yankelevitz DF, Hu M, et al. Lung cancer deaths in the national lung screening trial attributed to nonsolid nodules. Radiology 2016 ;281:589-596.
- Kakinuma R, Noguchi M, Ashizawa K, et al. Natural history of pulmonary subsolid nodules: a prospective multicenter study. J Thorac Oncol 2016;11:1012-1028.
-
Saghir Z, Dirksen A, Ashraf H, et al. CT screening for lung cancer brings forward early disease. The randomised Danish Lung Cancer Screening Trial: status after five annual screening rounds with low-dose CT. Thorax 2012;67:296-301.
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。