流行期に喉が痛くなったら
「のどが痛い。」と言っていた友達が学校をお休みして残念だなと思っていたら、なんだか自分ものどが痛くなってきたという経験に覚えがあるかもしれません。そして気づいたらクラスに同じ症状の人がどんどん増えていく・・・。
このように同じような症状の人が増えていくとき、「流行期」という言葉をたびたび耳にします。文字面からなんとなく同じ症状の人が多くなっていることを流行と呼んでいるのかなと想像はつきますが、流行期が指す意味を厳密に知っている人は案外多くないかもしれません。
流行期とは
医学的な流行期とは、とある病気の患者数が増える時期のことを指します。例えばインフルエンザは12月から2月に、手足口病は7, 8月に患者数が増えることが多いです。
このように、感染症を中心として流行期は存在します。一方で、肺がんや胃潰瘍(いかいよう)のように、季節によって患者数の変化がない病気もあります。
流行期を把握し、予防対策を行うことはとても大切です。とはいえ、全国のあらゆる地域の患者数をその瞬間瞬間で把握することは難しいですし、医療機関を受診しないで自宅で療養している人も含めて全数把握することは不可能です。
そこで、定点医療機関というものを全国に定めて、そこを受診した患者数を把握しています。1週間あたりのトータルの患者数を参考に流行期を把握し、警報や注意報を出して注意喚起をしています。
喉の痛みも流行期が存在します。喉の痛みが周囲の人に広がっていくという現象はよくみられることです。しかし、喉の痛みの原因となる病気によっては流行がないものもあります。喉の痛みを起こす病気にはどんなものがあるのか考えてみましょう。
喉が痛くなる病気にはどんなものがある?
喉が痛くなる病気はさまざまです。前述のインフルエンザでも喉の痛み(咽頭痛)は起こりますし、咽頭がんや喉頭がんといった流行のない病気でも喉が痛くなることはあります。咽頭痛がみられることがある病気の例を挙げていきます。
【咽頭痛がみられる病気の例】
- ウイルス感染症
- ライノウイルス
- インフルエンザウイルス
- アデノウイルス
- HIV(エイズ)
- コクサッキーウイルス(ヘルパンギーナなど)
- EBウイルス
- 細菌感染症
- 溶血性連鎖球菌(溶連菌)
- マイコプラズマ
- 百日咳菌
- クラミジア
- 淋菌
- ジフテリア菌
- 亜急性甲状腺炎
- 成人スティル病(成人Still病)
- 咽頭がん、喉頭がん
- 悪性リンパ腫
上のリストを見て、「あれ?自分は風邪で喉が痛くなったことがあるのに、リストにないぞ。」と思った人もいるかも知れません。ここではあえて風邪について記載していません。その理由について少し説明を加えます。
風邪とは何なのか?
風邪とは医学的には「かぜ症候群」あるいは「急性上気道炎」といい、上気道(鼻から喉の奥にかけて)に起こる急性の炎症のことを指します。持病があろうとなかろうと老若男女問わずあらゆる人が経験する感染症で、そのほとんどがウイルスによるものであると言われています。
上の【咽頭痛がみられる病気の例】をもう一度見てください。リストにある感染症のほとんどは風邪に近い状態であると考えて良いです。つまり、風邪とはさまざまな微生物が原因で引き起こる、鼻や喉への感染を総称したものなのです。
風邪とインフルエンザの違い
巷でよくいわれる「インフルエンザ」とはインフルエンザウイルスが引き起こす感染症のことで、ほとんどが鼻や喉に炎症を起こします。つまり、インフルエンザは風邪に含まれる病気の一つなのです。インフルエンザウイルス以外にも風邪の原因はさまざまありますが、インフルエンザであるということは風邪であることを意味します。この関係を図で表すと下記のようになります。
【風邪の概念図】
上の図の中でもインフルエンザは特に有名です。ニュースでも度々名前を耳にしますし、毎週流行の状況が報告されています。もう少しインフルエンザに関し深掘りして考えてみます。
インフルエンザは特別な病気なのか?
さて、インフルエンザは特別な病気であると思っている人は少なくありません。実際、風邪の中でもインフルエンザを気にする人は多いです。一体どのような理由でそういった印象が持たれるのでしょうか。
【インフルエンザが特別な病気と思われる理由の例】
- 風邪にしては症状が強い
- 特別な治療薬がある
- 特別な検査がある
- 特別な予防接種がある
- 学校保健安全法で規定されている
- ニュースを見たり聞いたりしているうちになんとなく
確かに、インフルエンザの疑いがある場合には、特別な検査を受けて、陽性とわかった人は抗インフルエンザ薬(タミフル®、リレンザ®など)が処方されることが多いです。また、学校保健安全法ではインフルエンザを発症してから5日経過し、かつ解熱してから2日経過するまでは出席停止」と明記されています。さらには、毎年ワクチンの接種が推奨されている状況を考えると、確かに特別な病気と思えます。
一方で、インフルエンザを特別視する必要がないと考える人もいます。その理由には次のことが考えられます。
【インフルエンザが特別な病気でない理由の例】
- 誰もがかかるありきたりの病気である
- 治療薬はそんなに有効ではない
- 検査の精度は高くない
2つのリストを見比べると、検査と治療が両方に挙がっていることが分かります。やや複雑な事情があるのでもう少し説明を加えます。
◎インフルエンザの治療について
抗インフルエンザ薬の効果は「発熱時間が平均で約16時間短くなる」程度であると考えられています。もちろん熱でしんどい人にとって発熱時間が短縮することは大きなメリットですが、裏を返せば何回か解熱鎮痛薬を飲んだのと同じ程度の効果しかないとも考えられます。
ただし、インフルエンザに対する解熱鎮痛薬には注意するべき点があります。非ステロイド性抗炎症薬であるアスピリン®やロキソニン®などを使用すると、ライ症候群という脳症になりやすくなることがわかっています。特に子どもはこの病気になりやすいため、アセトアミノフェン(カロナール®など)を用いるようにしてください。参考までに市販薬ではタイレノールAなどが販売されています。
国外を見てみると、米国疾病予防管理センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)が出している治療指針では、次の人たちに抗インフルエンザ薬の使用が推奨されています。
【抗インフルエンザ薬の使用が推奨される人】
- 5歳未満の子ども(特に2歳未満)
- 65歳以上の高齢者
- 妊婦・産後の女性(分娩後2週間以内)
- 老人ホーム・長期療養施設に入所中の人
- 以下の病気をもつ人
- 気管支喘息
- 神経疾患
- 慢性肺疾患
- 心疾患(先天性心疾患、慢性心不全など)
- 血液疾患
- 糖尿病などの内分泌疾患
- 慢性腎疾患
- 慢性肝障害
- 免疫機能が低下している人(悪性腫瘍の人、ステロイドを使用中の人、HIVに感染している人)
- 長期アスピリン投与を受けている19歳未満の人
- 高度肥満の人(BMIが40以上)
つまり、特に持病のない成人であれば、必ずしも抗インフルエンザ薬を使わなくてもよいのです。もちろん症状の重い人は治療薬を使用して半日でも早く楽になる方が良いので、状況次第で柔軟に考えたほうが良いですが、息が切れやぐったりするといった重い症状がなければ、解熱鎮痛薬を適宜使用しながら自宅で安静にするほうが良いかもしれません。
そうは言っても、「しんどい時は早く楽になりたいんだから治療薬を飲んだほうが良いに決まっている」と考える人はいるでしょう。ただ、それでも一呼吸置いて考えて欲しいです。その理由には耐性ウイルスの出現や薬剤の副作用などの複雑な事情が絡んでいるので簡単に説明できませんが、もし気になる人がいれば「感染症内科医が伝えたいインフルエンザの治療薬について」で詳しく説明しているので参考にしてください。
◎インフルエンザの検査について
風邪で医療機関を受診したら、鼻に綿棒を入れられたという経験はありませんか?
流行期によく行われるインフルエンザ迅速検査では、鼻の奥に綿棒を入れ、粘膜にある分泌液を採取します。しかし、このよくある検査には精度が高くないという弱点が報告されています。報告にある数字は以下の通りです。
- 実際に感染しているときに検査で陽性を示す割合(感度):62.3%
- 実際には感染していないときに検査で陰性を示す割合(特異度):98.2%
つまり、このデータに従って考えると、インフルエンザ迅速抗原検査を行っても、インフルエンザに罹っている人の4割ほどを見逃してしまうことになります。流行の具合にもよりますが、この検査ではインフルエンザ罹患の有無の判断を確定できないのが現状です。(これを専門的に陽性適中率/陰性適中率が低いとも言います。)
◎インフルエンザの考え方
ここで忘れてはいけないのが、そもそもインフルエンザは風邪の一種であるということです。インフルエンザは誰もがかかりうる、ありふれた病気です。
風邪、つまり何らかの上気道感染があるため、受診した場合を考えてみてください。受診の本来の目的は「自分の状況に適した薬をもらって楽になること」と「自分の状況が重症ではないと確認すること」を目標にします。そして自分の状況を把握するために検査を受けることになります。
上で述べたようにインフルエンザの検査の精度は高くありません。また、インフルエンザに限らず、風邪の原因を検査で見分けることは簡単ではありません。実際のところ症状と身体の状況によって判断することも少なくありません。インフルエンザの流行期に咳と熱があった人がインフルエンザである確率(事後確率)はおよそ79%というデータがあり、流行状況の把握と症状が診断にとても有効であることが分かります。
また、抗インフルエンザ薬の効果は限定的です。これは仮にインフルエンザと診断できても、その後の治療が決定的なものではないということを意味します。ゾフルーザ®などの新しい薬が出ていますが、今までの薬を超えるレベルのものは未だありません。また、インフルエンザは治療しないでも自然に治るので、必ずしも治療が必要な病気ではありません。
「つまり、インフルエンザは特別な病気というわけではないのです」
さらにもっと視野を広げてみましょう。現在、日本における医療費は膨大な額になっています。医療機関を受診した際の費用の大半は国費で賄われています。不要な検査を受けることで、気づかないうちにさらに国費を圧迫していることを忘れてはいけません。これは今後どんなに検査の精度が上がったとしても同様に言えることです。
当たり前のことですが、医療者も非医療者も、一人ひとりが無駄な医療費をなくしていく姿勢が求められています。その背景には、医療費がかかるようになればなるほど、税金の徴収を増やさざるを得ないという構図が横たわっています。今後社会が高齢化していけばいくほど、医療費が増えて税金負担が増えていくことが予想されます。
国費という大きな話ではなく、個人の負担を考えても、受診しないで市販薬を使って過ごしたほうが安く済むことが多いです。そしてなにより、しんどいときに受診のために長く待たされる負担は決して小さくありません。くり返しになりますが、抗インフルエンザ薬の効果は発熱時間を半日短縮する程度です。受診のために半日待たされることも少なくありませんし、貴重な時間は有効に使わないともったいないです。よほどしんどい時以外は、受診せずに自宅で安静にしておくほうが理にかなっているかも知れません。
のどが痛いときには受診したほうが良い?
話を喉の痛みに戻しましょう。なんだか喉が痛いなと思いつつ受診せずに我慢した経験はありませんか?
その後どうなったか覚えているでしょうか。おそらくほとんどの人はそのまま時間とともに治癒したことでしょう。つまり、喉の痛みだけであれば、必ずしも受診しなくて問題ありません。
必ずしも受診しなくて良い理由
上で述べた、喉が痛い原因を振り返ってみると、その多くが感染症であり自然に治るものが多いです。また、確率論で考えてみても、感染症の有病率(一定期間中にある病気を罹患する人の割合)が高いため、喉の痛い人のほとんどは受診しなくても治ることになります。症状がしんどければ市販薬を使うというのも上手な考え方です。
それでも受診したほうが良いときの判断軸
一方で、受診してお医者さんに診てもらったほうが良い喉の痛みもあります。「治療しないと治らない病気である場合」と「治療しないとどんどん悪化してしまう場合」は受診したほうが良いです。ただし、自分が当てはまるのかどうかの判断は難しいので、次のリストを参考にしてください。
【受診したほうが良い喉の痛みの目安】
- どんどん痛みがひどくなる人
- 痛みによって飲食できない人
- 意識が朦朧とする人
- ひどく衰弱している人
- 喉の痛みが数週間続く人
- 溶連菌感染症を疑う4つの症状(高熱、喉の奥に白い膜が覆っている、クビのリンパ節が腫れている、咳がない)が揃っている人
これらに当てはまる人は医療機関を受診して、調べてもらったほうが良いです。また、リストの最後にある溶連菌感染症は喉の痛みを引き起こす細菌感染症です。この感染症はペニシリンという抗菌薬が非常によく効くことが分かっています。リストに挙げた溶連菌感染症を疑う4つの条件に当てはまる人は医療機関を受診して抗菌薬を処方してもらってください。
まとめ
以上、喉の痛みについての考え方を説明してきました。お伝えしたいことがかなり多くなってしまったのでポイントを整理します。
- 喉の痛みの多くは必ずしも受診しなくても良い
- 受診したほうが良い喉の痛みには特徴がある
- インフルエンザの検査の精度は低い
- 抗インフルエンザ薬の効果は限定的である
- 溶連菌感染症にはペニシリンがとてもよく効く
つらい症状を我慢する必要はないですが、疲弊した身体で無理してまで受診する必要があるのかを考えることは重要です。
このコラムが皆さんの参考になることを願っています。
執筆者
・Mandell, Douglas, and Bennett's Principles and Practice of Infectious Diseases 8th edition
・Influenza Antiviral Medications: Summary for Clinicians. CDC.
・インフルエンザ流行レベルマップ 国立感染症研究所
・Accuracy of rapid influenza diagnostic tests: a meta-analysis.
・Clinical signs and symptoms predicting influenza infection.
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。