にゅうがん
乳がん
乳腺に発生する悪性腫瘍。女性に多いが、男性に発症することもある
14人の医師がチェック 212回の改訂 最終更新: 2024.11.07

乳がんの手術①:乳房切除、センチネルリンパ節などについて解説

乳がんの治療の中心は手術です。乳房切除術は乳房全てを切除します。乳房部分切除術はがんとその周りだけを切除します。手術の方法とそれぞれの特徴を説明します。 

乳がんの治療の中心は手術です。手術によってすべてのがんを体から取り除くこと(根治)が期待できます。乳がんの手術は、目的によってがんを取り除く手術と乳房を再建する手術に分けられます。

  • 乳がんを取り除く手術
    • 乳房切除術(にゅうぼうせつじょじゅつ)
    • 乳房部分切除術(にゅうぼうぶぶんせつじょじゅつ)
  • 乳房を再建する手術
    • 自分の体の組織を利用した再建
      • 遊離皮弁(ゆうりひべん)
        • 遊離腹直筋皮弁(ゆうりふくちょくきんひべん)
        • 深下腹壁動脈穿通枝皮弁(しんかふくへきどうみゃくせんつうしひべん)
      • 有茎皮弁(ゆうけいひべん)
        • 有茎広背筋皮弁(ゆうけいこうはいきんひべん)
        • 有茎腹直筋皮弁(ゆうけいふくちょくきんひべん)
  • 人工物を利用した再建

がんを取り除く手術には、乳房切除術と乳房部分切除術があります。がんの状態などによってどちらの方法が適しているかを検討します。

乳がんを取り除く手術は、多くの場合、リンパ節郭清(かくせい)という作業を含みます。リンパ節郭清は手術後の再発を防ぐために重要です。リンパ節郭清は手術後の後遺症などにも影響します。

再建というのは乳房の形を作り直すことです。乳房は女性にとって重要な部分です。手術で乳がんを治療しても乳房が無くなった喪失感に悩む人は多くいます。そこで乳房再建が役に立ちます。乳房再建には自分の体を利用する方法と、人工物を入れる方法があります。

このページでは、乳がんを取り除く手術の特徴を説明します。

乳房切除術

乳房切除術は乳房を全て切除する方法です。以前は乳がんに対して最も多く行われている手術でした。近年は、乳房部分切除術の普及とともに、行われる数が少なくなってきています。

乳房切除術は、皮膚の下にある乳腺組織を皮膚・乳頭(ちくび)と一緒に切除します。歴史上は乳腺組織のさらに下にある筋肉(小胸筋、大胸筋)を同時に切除する手術も行われていました。近年は筋肉を切除することはほとんどありません。

乳房切除術でも、場合によっては乳腺・皮膚・乳輪のうち一部を残します。皮膚や乳頭を残す手術は早期のがん(非浸潤性乳管がん)などで可能なことがあります。皮膚や乳頭を残す手術は経験のある医師の判断のもとに行うことがよいとされています。

乳房部部分切除術

乳房部分切除術(にゅうぼうぶぶんせつじょじゅつ)は、乳房全体ではなく、乳がんとその周りの乳腺だけを切除する手術です。乳房部分切除術は、乳房が手術後も残るので、美容的な面で乳房切除術より優れています。

乳房部分切除術は乳房切除術と比較して再発率が高いことがわかっています。乳房部分切除術に加えて放射線治療を行うことで、局所(がんが元あった場所)の再発率が低下すると考えられています。このため、乳房部分切除術は手術の後に再発予防目的の放射線治療を行うことが前提の治療になります。放射線治療ができない人に対しては、乳房部分切除術はあまりお勧めできません。たとえば放射線治療のときは腕を挙げて腕に放射線が当たらないようにしないといけないので、肩関節が固まってその姿勢がとれない人には行なえません。

ほかにも放射線治療を避けるべき人の例を挙げます。

  • 過去に手術した側の乳房に乳がんが再発した
  • 乳房や胸郭へ放射線療法を行ったことがある
  • 妊娠中
  • 強皮症(きょうひしょう)や全身性エリテマトーデスなどの膠原病(こうげんびょう)にかかっている
  • 温存乳房への放射線療法を行う体位がとれない

ほかに、がんが大きいときも乳房部分切除術は勧められない場合があります。乳房部分切除術を行っても乳房を大きく取ることになり、残る部分を温存できたとしても乳房の形が良くないと予想される場合です。

乳房部分切除術でがんを切り取った後には、切り取ったものを病理医が顕微鏡(けんびきょう)で観察し、がんを確実に切り取れたかなどを評価します。この検査を病理検査といいます。病理検査では多くの点をチェックしますが、がんの切り口(切除断端)の観察が特に重要です。切除断端(せつじょだんたん)にがん細胞が多く残っている場合(切除断端陽性)は、再発の可能性が高いので乳房の切除や放射線治療の追加が検討されます。詳しくは「乳がんの手術後の病理検査とは?」で説明します。

乳房の領域リンパ節

リンパ節(リンパせつ)というのは全身にたくさんある小さな器官です。正常なリンパ節は大きさ数mm程度です。乳がんは乳房の近くのリンパ節に転移しやすいため、乳がんの手術では周りのリンパ節も一緒に取り除きます。これをリンパ節郭清(かくせい)と言います。

がんのリンパ節転移は、がん細胞がリンパ液に乗って流れていくことで始まります。がんが広がっていくときにリンパ管を破壊してリンパ管の中にがん細胞が入ります。がんがリンパ管に入り込むことをリンパ管侵襲(しんしゅう)と言います。がんはリンパ管を通ってリンパ節に到達します。リンパ節はいわば体内リンパ網の関所の役目を担当しています。がん細胞がリンパ液に乗って流れるとリンパ節で食い止められます。がん細胞がリンパ節に定着して増殖している状態がリンパ節転移です。

リンパ節転移があるとリンパ節が硬く大きくなります。ある程度大きくなったリンパ節転移は画像検査などでわかりますが、本当にリンパ節にがん細胞が入っているかどうかは取り出して顕微鏡で観察しなければ確実にはわかりません。

リンパ節転移は、がんが遠く離れた場所まで移動して増殖する遠隔転移(えんかくてんい)とは性質が違います。遠隔転移があるときには治療法がかなり限定されますが、リンパ節転移があっても遠隔転移がなければ比較的多くの治療法が残されています。

リンパ節転移は隣り合ったリンパ節へと順々に広がっていく特徴があります。外科的切除による治療的効果や診断的効果を狙ううえでは、近くのリンパ節をまとめて取り除くことが有効と考えられます。リンパ節をまとめて取ることを郭清と言います。

リンパ節郭清で取るべき場所は決められています。

多くの臓器には領域(りょういき)リンパ節というものがあります。臓器から流れ出したリンパ液が最初にたどり着くリンパ節が領域リンパ節です。乳房の領域リンパ節は腋窩(えきか)、すなわち脇の下の位置にあります。乳がんのリンパ節転移が発生しやすい順に、レベルIからレベルIIIに分類されています。また領域リンパ節以外にも鎖骨下リンパ節には乳がんが転移しやすいことがわかっています。

  • レベルI:小胸筋より外側のリンパ節
  • レベルII:小胸筋の裏側のリンパ節
  • レベルlll:小胸筋より内側のリンパ節
  • 最上部:鎖骨下リンパ節

リンパ節郭清の必要性を判断するために、センチネルリンパ節生検(せいけん)という検査を行うことがあります。生検とは、ここでは1個から数個のリンパ節だけを取り出して顕微鏡で調べることです。

腋窩リンパ節に手術前から転移が指摘されていれば、腋窩リンパ節郭清を行います。しかし、腋窩リンパ節郭清を行うと腕の浮腫(ふしゅ;むくみ)などの合併症(がっぺいしょう)が発生する可能性が増加します。リンパ節郭清の合併症は生活に影響を及ぼします。

手術の前の検査でリンパ節転移が見つかっていない場合は、リンパ節転移を省略できる可能性があります。その判断を行う上で重要なのがセンチネルリンパ節生検です。

乳がんでは、最初に転移するリンパ節がおおよそわかっています。それをセンチネルリンパ節といいます。センチネルとは英語で「見張り、監視員」などの意味があります。がんがリンパ節に転移していくのを見張るものというイメージです。センチネルリンパ節に転移がなければ、周りのリンパ節に転移している可能性はほぼ否定できます。一方センチネルリンパ節に転移があれば周りのリンパ節にも転移している可能性があります。そこで、センチネルリンパ節の生検をまず行うことで腋窩リンパ節郭清を省略してよいかどうかの判断が可能となります。

センチネルリンパ節生検が適している状況は、手術前の画像検査などから腋窩リンパ節転移が明らかに見つからなかった場合です(※)。

センチネルリンパ節生検の方法について説明します。センチネルリンパ節を見つける方法は2種類あります。

  • 色素注入法(しきそちゅうにゅうほう)
  • アイソトープ

色素注入法にもアイソトープ法にも一長一短があります。このため施設によっては両方を併用する場合もあります。

※例外は、画像検査と生検によって非浸潤性乳管がん(ひしんじゅんせいにゅうかんがん)と診断されている場合です。センチネルリンパ節生検を行わず、腋窩リンパ節郭清も行わないことも時には選択肢として挙げられます。ただし、術前診断において非浸潤がんであることを確定するのはかなり困難です。

センチネルリンパ節

手術前に色素をがんの周りに注射します。注射された色素がリンパ液の流れに乗って、センチネルリンパ節が青く染まります。

手術の前日から5時間前に、がんの周りに放射性同位元素(ほうしゃせいどういげんそ)を注射します。そして、手術の開始前にガンマプローブという機械を腋窩皮膚に当ててセンチネルリンパ節を探します。

放射性同位元素はリンパ液の流れに乗ってセンチネルリンパ節に集まります。放射性同位元素は放射線を出すので、センチネルリンパ節から多くの放射線が出ることになります。ガンマプローブは放射線を感知してセンチネルリンパ節の位置を見つけ出すことができます。

見つかった位置に印を付けておき摘出の目印にします。

色素注入法またはアイソトープ法によりセンチネルリンパ節を特定したうえで、センチネルリンパ節を摘出(てきしゅつ)します。

取り出したセンチネルリンパ節はすぐに病理医に渡されます。病理医というのは病理診断を専門とする医師です。病理診断とは、ここでは体から取りだした組織を顕微鏡で観察することです。顕微鏡で観察することにより非常に多くの情報が得られます。乳がんの検査でも病理検査は最も信頼できる検査です。病理検査により、センチネルリンパ節にがんの転移があるかどうかが判定されます。その病理検査の結果に従って、引き続き腋窩リンパ節郭清を行うかどうかを決めます。

センチネルリンパ節に転移がないか、あっても2mm以下の転移だった場合、腋窩リンパ節郭清は省略できます。施設によって判断が異なる場合があるので、実際に治療法を選ぶときには医師と相談してください。

センチネルリンパ節の評価

評価 マクロ転移 マイクロ転移 ITC
転移の大きさ 2mmを超える 2mm以下 個々の細胞のみ(細胞の大きさは0.2mm程度)
センチネルリンパ節以外のリンパ節に転移している確率 約40-50% 約20% 約10%

※ITC(isolated tumor cell):遊離腫瘍細胞(ゆうりしゅようさいぼう)

少し専門的な内容を含んでいるので解説します。

摘出されたセンチネルリンパ節は、手術中に病理医が転移の有無を判定します。転移があった場合、表のとおり3段階で転移を評価します。転移の大きさが基準とされます。

転移の大きさを判定する方法としては、丸いリンパ節を真ん中あたりで二つに切って、割面に現れているがんの大きさを計ります(施設によって方法が異なることがあります)。

センチネルリンパ節の転移がITC転移であった場合はリンパ節郭清を省略します。センチネルリンパ節転移がマイクロ転移であった場合、腋窩リンパ節郭清を省略することもあります。これは、センチネルリンパ節転移がマイクロ転移であった場合、腋窩リンパ節郭清を省略しても生存率には影響しないことが臨床研究により明らかになっているためです。腋窩リンパ節に小さな転移を残しているのに生存率が変わらない理由は、その後に行われる抗がん剤治療や放射線治療による効果が大きいためだと考えられています。ただし、手術中の迅速病理診断においては、マイクロ転移と確定診断が困難な場合もあり、この際の腋窩リンパ節郭清の省略に関しては、施設によって判断が異なります。

まとめます。

手術前の画像検査でリンパ節転移が明らかでない場合、センチネルリンパ節生検を行います。センチネルリンパ節にマクロ転移がない場合、その他の臨床因子の判断によって腋窩リンパ節郭清を省略する場合があります。

参照:Lancet Oncol. 2013;14:297-305

乳がんで手術を行わない場合は、2つあります。

1つ目は遠隔転移がある場合です。遠隔転移とは、乳房から離れた臓器に転移があることです。領域リンパ節への転移は遠隔転移ではありません。

もう1つはまれなケースですが、遠隔転移のない状態で発見されたものの、乳房の中でがんが進行していて、手術ではがんを取り切れない可能性がある場合です。このときにはまず手術前に抗がん剤治療を行い、がんを小さくしてから切除を行います。しかし抗がん剤でがんが小さくならないときには手術を行うことはできません。

乳がんと診断されたときに、すでに乳房から離れた場所に転移(遠隔転移)があった場合は、ステージIV(4)に分類されます。ステージIVでは、基本的に乳房切除術などの局所に対する手術を行うことはありません。その理由は、遠隔転移があればすでに全身にがん細胞があると考えて全身をカバーできる抗がん剤治療を行う方が理にかなっていると考えられるからです。

遠隔転移がある乳がんに対して、手術によって余命が延長したり、手術ですべてのがんを取り切れる可能性があるかは明らかではありません。

しかし、転移がある状況でも手術を考慮することがあります。乳がんが進行したことで痛みがひどい場合や、がんが壊死(えし)して不快な臭いを伴う場合などです。このように局所(乳房)での進行が見られるときは、手術によって症状が減り、生活の質が上がると考えられます。手術の他には放射線療法なども対策として考えられますが、手術のほうが効果があると考えられる場合は手術を行います。

もともと転移がなかった乳がんの手術後に再発や転移が見つかった場合も、同様に考えて通常手術は行いませんが、症状を和らげる目的で手術する場合はあります。

遺伝的に乳がんが発生しやすい人で、乳がん予防を目的に正常な乳房を切除する例があります。現在の日本では標準的にはなっていません。

乳がんの一部は遺伝が原因です。BRCA1もしくはBRCA2といった遺伝子(breast cancer susceptibility gene)に特定の変異をもつ人は乳がんが発生する危険性が高いことが分かっています。

BRCA1、BRCA2の遺伝子変異は遺伝により受け継がれることがあります。このように遺伝が強く関わる乳がんを遺伝性乳がんといいます。遺伝子変異がある人は、ない人に比べて遺伝性乳がんが発症する危険性が高いので、乳がんを発症する前に乳房を切除して乳がんの発生を予防するという考えがあります。この手術を予防的乳房切除と言います。

予防的乳房切除を行う場合の例として、以下の状況が考えられます。

  • 乳がんを発症したことで遺伝子変異が発見され、乳がんをまだ発症していない側の乳房に対して予防的乳房切除を行う
  • 遺伝子変異が見つかっているが乳がんを発症してはいない人が、両側の乳房に対して予防的乳房切除を行う

解説します。

BRCA1、BRCA2の変異がある場合、乳がんが片方の乳房にできたあとに反対側の乳房にも乳がんができる可能性があります。

報告によると、BRCA1またはBRCA2の変異がある人のうち、最初の乳がんが発症してから10年目までに43.4%の人で乳がんが反対側の乳房に発生しました。

また、BRCA1とBRCA2の変異を持つ人に対して乳がん発症後に反対側の乳房を切除するかしないかを比較した研究では、乳房を切除した場合は79人中1人が乳がんを発症し、乳房切除を行わなかった場合は69人中6人が乳がんを発症しました。

このような報告から、乳がんを経験した人にBRCA1またはBRCA2の変異がある場合、反対側の乳房の予防切除を行うことで乳がんを発症する危険性は減少すると考えられています。乳房を予防的に切除することで余命が延長するかに関してはまだ明らかになっていない部分がありますが、乳がんの発症を抑制するという結果から乳がんによる死亡率の減少につながる可能性があると考えられています。

参照:J Clin Oncol. 2004;22:2328-2835Br J Cancer. 2005;93:287-292

乳がんになったことがない人が両側の予防的乳房切除を行う場合についても研究があります。

BRCA1とBRCA2の変異を持つ人が予防的乳房切除を行うかどうかで乳がんの発症の数を比較した研究があります。

予防的乳房切除 両方の乳房切除を行った場合 乳房切除を行わなかった場合

乳がんを発症した人数(割合)

2人/105人(1.9%) 184人/378人(48.7%)

J Clin Oncol.2004;22:1055-1062

乳がんの発症は両側の乳房を切除した場合で少なくなりました。死亡率を減少させるかについては結論がまだ出ていません。

遺伝性乳がんの可能性について検査を行い、BRCA1、BRCA2の変異が指摘された人では、予防的乳房切除が選択肢の一つとも考えられます。しかし、日本では予防的乳房切除は保険適用外です。すなわち、予防的乳房切除に関する一連の治療が自由診療になります。保険が適用されないので費用は施設によっても異なり、かなり高額になる場合もあります。

また日本の社会全体を見て、がんが存在しない乳房を予防のため切除することが受け入れられているとは言い難い状況もあります。

もし予防的乳房切除を希望する場合は、実施を希望する医療機関での病院内倫理委員会などで承認を受ける必要があります。