にゅうがん
乳がん
乳腺に発生する悪性腫瘍。女性に多いが、男性に発症することもある
14人の医師がチェック 212回の改訂 最終更新: 2024.11.07

乳がんの手術②:手術前後の注意点、費用、後遺症など

乳がんの手術には合併症があります。手術の前に準備すること、手術後の生活で気を付けることもあります。手術後の治療についてもあわせて説明します。 

手術などの治療によって発生する不利益を合併症(がっぺいしょう)といいます。合併症はどんな治療にも存在します。手術がうまくいったとしても発生する合併症はあります。
乳がんの手術後にもいくつか注意が必要な合併症があります。手術直後の時期に注意が必要な合併症について解説します。

乳房を切除するときには多くの血管を切断します。血管を切断するときは糸でしっかりと結んで血が出ないようにして切ります。手術が終了したらしっかりと止血を確認します。
しかしながら、乳房には多くの血管があり、手術中には明らかな出血のなかった場所から手術後に出血することがあります。乳がんの手術の入院期間は短く、手術後2-3日で退院することも珍しくはありません。出血は退院後に起こることもあります。
出血が起きたときの症状として、手術した側の胸が急に腫れてきて痛みを伴うこともあります。血が皮膚ににじんでくることもあります。出血に気付いたらまずは手術を受けた病院に連絡して受診してください。

乳房を切除した後には、空間ができます。空間は周りの組織から出てくる浸出液(しんしゅつえき)によって満たされ、その後徐々になくなっていきます。まだスペースが埋まらないうちには、そこにばい菌(細菌)が入り込みやすい状況にあります。細菌が入り込みそこで増殖していくとうみ)の溜まりを作ることが有ります。出血を原因として感染が起きることもあります。手術後に感染した場合の治療には、抗生物質の投与が必要です。膿の溜まりがひどい場合は針を刺して膿を抜いたり、創部をまた開放することもあります。後述するリンパ漏も感染の原因になることがあります。

リンパ漏(ろう)とは、本来ならリンパ管の中を流れているリンパ液が、リンパ節を取り除いた場所の近くで漏れ出てくることです。
腋窩リンパ節の郭清(かくせい)後や、まれにセンチネルリンパ節生検後に発生します。脇の下にリンパ液が溜まります。
リンパ漏は、手術後の早い時期に発生します。リンパ漏は、自然と改善していくことが多いですが、症状がひどい場合は、液体が溜まっている場所に針を刺して中身を抜いたりする処置が必要になります。

一生のうちに、手術を受ける機会はそう何度もあることではありません。初めて手術を受けるという人も少なくないでしょう。手術に対するイメージをあらかじめ明確にすることで、医療スタッフからの説明も理解しやすくなり、それが手術に対する不安や恐怖を和らげるはずです。
この章では、手術室看護師の経験がある筆者が、手術をより具体的にイメージできるよう、手術について少し詳しく解説したいと思います。

手術室の中の様子について解説します。
手術室は基本的に、より清潔な状態を保つために、外部から遮断された閉鎖的な空間になっています。施設の規模によって差はありますが、比較的大きな施設では手術部内にいくつかの手術室が併設されており、複数の手術を同時進行でできるようになっています。
手術室の中へ入るには、徒歩、車椅子、ストレッチャー(移動用の小さいベッド)、病室のベッドなどの入室方法があり、病状や身体状況やその他の必要性に応じて選択されます。乳がんの手術の場合は自分の足で歩いて手術室へ入室することが多いと思います。
手術室の中はどのような様子なのでしょうか。
手術室に入ると、まず目に入ってくるのが手術台です。手術台とは手術専用のベッドです。手術台の周りには手術に必要な医療機器が数多く置かれています。天井には無影灯(むえいとう)と呼ばれる手術専用のライトが備え付けられており、手術台に仰向けに寝ると視界に入ってきます。
室内では、手術に関わる複数人のスタッフが手術の準備を進めています。医師や看護師だけでなく、臨床工学技士や放射線技師など、手術に応じて必要な専門スタッフが携わります。人が思いのほか多くてびっくりするかもしれませんが、いきなり何かをされることはありません。必ず「…をしますね」と教えてもらえるので安心してください。

どのような医療スタッフが、それぞれどのような役割を担って手術チームが構成されているのでしょうか。
まず、手術に医師は不可欠です。医師は医師でも、執刀医(手術を行う医師)や、必要に応じて麻酔科医(麻酔をかける医師)など、各々専門的な役割を担います。執刀医以外にも、手術の助手として複数人の医師が手術に参加します。
続いて、手術には看護師も不可欠です。手術の規模や施設の規模にもよりますが、乳がんの手術の場合には2名以上の看護師が携わります。看護師には、主に2つの役割があります。
1つは直接介助、もう1つは間接介助という役割です。
直接介助は、「器械出し看護師」「手洗いナース」などと様々な呼び名があります。主な役割は、手術に必要な器械を準備し、医師に渡したりすることです。よく医療ドラマなどで見られる、手術シーンで「メス!」と執刀医に言われてメスを渡す人が直接介助の看護師です。医師と同様に清潔なガウンと手袋を装着し、医師の横で一緒に手術部位を見ながら介助します。
一方、間接介助は「外回り看護師」などと呼ばれ、手術を周りからサポートします。患者さんの状態の観察や処置、手術の進行に合わせた必要物品の準備、麻酔の介助、出血量のチェックなど、多岐にわたるサポートを行っています。
直接介助も間接介助も、患者さんが安全安楽に手術を受けられ、手術の傷以外に傷をつけずに無事手術を終えるという目標に対し、それぞれ違った角度からサポートしています。
 

手術が安全に迅速に進められるために、事前準備は念入りに行われます。
手術では多種多様な道具が使われていますが、これらの道具は、手術開始までに器械出し看護師(直接介助)が準備をします。どのような道具を使って手術が行われるのか、ほんの一部ですが簡単に解説します。
 

  • メス、ハサミ:手術において、切るという作業は必要不可欠です。例えば皮膚や取り除く臓器を切る時に使われるのがメスやハサミです。それぞれ、様々な形状があり、必要に応じて使い分けられています。
  • ピンセット:ピンセットは、「つまむ、はさむ」という用途で使われます。例えて言うと、ステーキを切る時にナイフだけでは肉が動いてしまって切れません。肉を押さえるためにフォークを使います。ピンセットはいわばフォークのような役割を果たします。何かをする時にそれをつまんだりはさんだりして補助するための道具です。
  • 針、糸:多くの場合、切ったら縫う必要があります。縫うというとお裁縫を想像すると思いますが、要領は同じです。手術用に使いやすいように応用された針や糸を使い、お裁縫のように縫います。針も糸も、多種多様な素材や形状、大きさのものが使われています。
  • 電気メス:電気メスとは、その名の通り電気の力で切るメスです。電気メスは、体内のあらゆる組織に用いられます。手術中に組織を切る作業のほとんどが電気メスで行われます。電気メスは手術に欠かせません。電気メスには、「切開」と「凝固」という作用があります。切ると同時に血液の凝固、つまり止血ができます。

 
ここで解説した道具たちは一部にすぎません。もっと膨大な種類の道具が使い分けられて手術が行われています。
 

ここまで手術室内に関する解説をしてきましたが、手術室以外でも手術のサポートは行われます。そのうちの一つに、術前訪問があります。
術前訪問とは、手術に参加する看護師が手術の前に手術を受ける患者さんと面会して、事前に説明や確認を行うものです。主に以下のような内容についてお話しします。

  • 自己紹介
  • 当日の流れの説明
  • 必要事項(アレルギーの有無、喫煙の有無、皮膚のトラブルの有無など)の確認
  • 手術によって起こり得る事象(長時間の同じ体勢による床ずれの発生、関節痛の出現など)のリスクの説明

これらは、手術の内容や患者さんの身体状況などに応じて臨機応変に内容が追加されます。
上記以外に、施設によっては有線放送で音楽が聞けたり、CD等の持ち込みが可能な場合もあるため、患者さんに希望を聞くこともあります。
 

術前訪問で患者さんにお会いすると様々な質問を受けますが、ここでよくある質問とそれに対する回答をいくつかご紹介します。

Q1.手術はどのくらいの時間がかかりますか?
A1.手術時間は術式(手術の方法、手術内容)によって異なります。予定手術時間は事前に伝えられますが、状況により延長したり早く終わったりします。また、単純に手術時間だけでなく、手術前の麻酔をかける時間や手術の準備をする時間、また、術後の処置や麻酔から目が覚めるまでの時間などが必要なため、予定手術時間よりもおおよそ一時間前後、もしくはそれ以上必要になります。

Q2.麻酔が効かないことってありますか?
A2.基本的にありません。麻酔に対する効きやすさなどに個人差はありますが、麻酔の効果が出ずに痛いまま手術を行うことは絶対にありません。

Q3.全身麻酔での手術が終わったあと、目が覚めないことってありますか?
A3.基本的にありません。麻酔薬の使用を中止すれば、目が覚めて意識が戻ってきます。基本的には手術室の中で目が覚め、呼吸が安定したのが確認されてから手術室を退室します。ただし、手術内容や患者さんの状態などによっては、必要に応じてあえて麻酔が効いたまま手術室から退室し、集中治療室に移動することはあります。

Q4.終わったあと痛いですか?
A4.手術によりますが、基本的に痛みはあると思います。しかし、痛みを無理に我慢する必要はありません。鎮痛剤などを使用して痛みのコントロールをするので、痛みが辛い場合は医療スタッフに我慢せず教えてください。

手術を受けるにあたって様々な事前準備が必要です。必要な準備とその理由について解説します。

■禁煙

喫煙者は、手術前後の禁煙が必要です。喫煙は手術に様々な障害を来たします。例えば、タバコの影響で痰の量が増え、全身麻酔の呼吸管理に支障を来たします。また、術後の傷の治癒を遅らせる可能性があるため、傷がなかなか治らなかったりといった悪影響が出る可能性があります。最低でも手術の前に1か月以上、可能な限り長い禁煙が必要です。

■入れ歯を外す
入れ歯を使用している人は、必ず術前に外してください。入れ歯をつけたままだと、全身麻酔の気管内挿管(呼吸を助けるチューブを口から気管に入れる処置)に支障を来したり、入れ歯が落っこちて喉の奥に入ってしまうなどの恐れがあります。

■爪の装飾をとる
 

マニキュア、ジェルネイル、付け爪など、爪の装飾品は取りましょう。手術中は、体の状態を観察するために、血圧、心拍数など様々な項目のモニタリングをします。その中に、血中酸素飽和度(けっちゅうさんそほうわど)という項目があります。これは呼吸機能が正常に働いているかを観察する項目です。血中酸素飽和度のモニタリングは、爪に専用の器械を装着して爪部分の動脈をセンサーで透かして測定するため、爪に装飾が付いていると正常な数値が測定できない場合があります。

■アクセサリーを外す

アクセサリー類は外してください。例えば、指輪は電気メスの使用により指をやけどしてしまう可能性があるなど、様々な原因で患者さんを傷つける原因となり得るため、必ず外してください。どうしても指輪が外れないなどでお困りの場合には、事前に医療スタッフにご相談ください。
手術前に医療スタッフから受ける説明や注意点などは、安全にスムーズに手術を受けるためにとても重要です。疑問点は積極的に質問し、理解した上で準備するようにしましょう。

ここまで手術前に知っておくと良い項目をいくつか解説してきました。ここでは、手術を受ける患者さんの気持ちに着目したいと思います。
手術を受けることになり、一度は手術を受けようと決心しても、手術を実際に受けるまでの期間で様々な心の変化が起きます。
本当に手術を受けるべきなのか?
他に治療法があるのでは?
手術中に何かあったらどうしよう?
一度は決心したけど、やっぱり怖い。
様々な思いが出ては消え、不安定な心境が続くかもしれません。もしかしたら手術から逃げ出したくなってしまうこともあるかもしれません。
そんな時、ひとつ思い出して欲しいことがあります。
様々な職種の医療スタッフが患者さんと関わりますが、皆手術を受ける患者さんがより安心、安全、安楽に手術を受けることができ、無事手術が終わって回復することを願ってサポートしています。
もし患者さんが誰にも相談できずに人知れず悩み、苦しんでいるとしたら、医療スタッフにとってこんなに残念なことはありません。もちろん家族や友人などに相談するのも良いと思いますが、医療スタッフにもぜひ相談してください。
医療スタッフは専門的な知識を持ち、多くの事例を経験しているからこそ、話を聞くだけでなく必要に応じて説明を加えたり、認識の謝りを修正するなど、疑問や不安を取り除くサポートができます。忙しそうだから話しかけづらいなどと気を使わず、逃げたくなる原因や不安の要素がはっきりしなくても、気軽に話しかけてその思いを教えて下さい。
また、患者会などのコミュニティもありますので、それらを活用するのも良いかもしれません。少しでも不安が取り除かれた状態で手術に望めるよう願っています。

乳がんの手術が終わり退院した時には、身の周りのことは何とかこなせても本調子にはまだまだ遠いと思います。乳がんの手術は、入院期間が短いだけに退院後も自分でリハビリテーションを行う必要があります。

退院時には、体の動きもだいぶ戻っており傷こそ痛むものの日常生活はほとんどこなせると思います。仕事の復帰時期も気になる所だと思いますが、大事なことは焦りは禁物だということです。少しずつ自分の体への負荷を上げていってください。職場への復帰に関しても自分だけで判断するのではなく、主治医に相談して決めてください。職場へ早く復帰したい気持ち、休んだ分を取り返したい気持ちなど、様々な気持ちがあるとは思いますが、はやる気持ちを抑えることが重要です。

手術後にはできれば傷の観察をすることをお勧めします。乳房の手術後の傷は抜糸が不要なように縫合(ほうごう)されていることが多いと思います。傷が痛々しくて見るだけでもつらい気持ちになるかもしれません。しかし、手術後しばらくは出血や感染の恐れがあります。傷の症状に早く気付くほど軽症で済みます。
下着に関しても少し気を付けたほうがよいと思います。乳房切除後には、腕のむくみ浮腫)や傷の痛みがあります。手術前に、手術後に使用する下着などの情報を入手しておくといいと思います。手術直後は、乳房がないことにさみしさ(喪失感)や違和感を覚えると思います。少しでもその気持を解消するべくパッドを入れて形のよい下着を選んでしまう気持ちも理解できますが、手術後はリンパ節郭清の影響などで腕がむくんだりもします。下着はできれば、前が開くタイプのものや柔らかいものを使うのがよいと思います。手術後はちょっとした金具の当たりなどが非常に気になるものです。

乳がんの手術では乳房を切除するとともに、腋窩(えきか)リンパ節郭清(かくせい)も行うことがあります。腋窩リンパ節郭清はがんを治すために重要な治療です。しかしながら、腋窩リンパ節郭清によってリンパ浮腫(ふしゅ)などの症状も出現します。

リンパ浮腫はリンパ管の流れが悪くなり、腕がむくむ症状を指します。
手術前には、リンパ液は腕の先から体の中心に向かって流れています。リンパ液は、体の水分を吸収する役割も果たしています。リンパ液の通り道の途中にリンパ節があります。
腋窩リンパ節郭清とは、手術の際にリンパ節転移を取り残さない目的で、腋窩すなわち脇の下にあるリンパ節をまとめて取り除くことです。腋窩リンパ節を取り除くことで、腋窩から先のリンパの流れが悪くなり、手から流れてきたリンパ液がうまく体の中心に流れていくことができず、腕のリンパ浮腫を生じます。中には腋窩リンパ節郭清ではなくセンチネルリンパ節生検を行っただけでもリンパ浮腫が現れる人がいます。
リンパ浮腫に効果的な薬剤などは現在のところ見つかっていません。リンパ浮腫の悪化を避けるには自分で気を付けられることもあります。

  • 腕に負担をかけないようにする 
  • 腕に傷を作らないようにする
  • 医療目的以外のマッサージを受けない

腕への血流量が増加するとリンパ浮腫が悪化することがあります。腕に傷を負ったり腕に負担をかけることは、腕への血流量を増加させてしまいます。
またリンパ浮腫に対しては、リンパドレナージという効果のあるマッサージがあります。リンパドレナージは、リンパ浮腫を専門的に診ている医療機関の外来などで行っています。美容を目的としたマッサージが「ドレナージ(ドレナージュ)」を謳っている場合もありますが、乳がんの手術後に対しては効果がないばかりか悪化させてしまう可能性もあります。医療機関以外でマッサージを受けることは避けてください。

リンパ浮腫を改善するには適切なリハビリテーションを継続することも大事です。手術の前にセンチネルリンパ節生検や腋窩リンパ節郭清が予定されている場合には、手術前に情報を得ておくと早めに対処することもできます。診察や治療を受けている医療機関を上手に利用してみてください。

腋窩リンパ節郭清を行った後には、腕が少し動かしにくくなることがあります。運動障害の原因は、リンパ浮腫や皮膚が突っ張ることが挙げられます。運動障害に対しては、継続してリハビリテーションを行うことが効果的だと考えられています。

腋窩リンパ節郭清を受けた後に上腕(二の腕)、特に脇の下の知覚が低下することがあります。腋窩リンパ節の近くにある肋間上腕神経が走行しているので、手術により神経に影響が出ることが原因と考えられます。
感覚障害は基本的には手術前のように改善することはありません。

手術やその前後の検査・治療などにかかる費用は、病気の状態によってかなり違います。大まかな例を示します。

手術の種類 センチネルリンパ節生検+乳房部分切除術
(腋窩リンパ節郭清なし)
乳房切除術+腋窩リンパ節郭清あり
入院日数 7日間 14日間
費用(カッコ内は3割負担) 約80万円(約24万円) 約110万円(約33万円)


病気の状態によって、手術の方法、入院期間などが変わり、医療費も変わってきます。また上の例には個室代金などは含まれていません。
20万円や30万円という自己負担額は多くの人にとって少なくない金額でしょう。心配がつのると思いますが、高額療養費制度というものがあります。高額療養費制度を利用すると、決められた上限を上回った分は数か月後に払い戻してもらえます。(2024年10月)

高額療養費制度(こうがくりょうようひせいど)とは、収入に応じて医療費の自己負担額に上限を決めている制度です。
医療機関の窓口において医療費の自己負担額を一度支払ったあとに、月ごとの支払いが自己負担限度額を超える部分について払い戻しがあります。払い戻しを受け取るまでに数か月かかることがあります。
たとえば70歳未満で標準報酬月額が28万円から50万円の人では、1か月の自己負担限度額が80,100円+(総医療費-267,000円)×1%と定められています。それを超える医療費は払い戻しの対象になります。
この人で医療費が1,000,000円かかったとします。窓口で払う自己負担額は300,000円になります。この場合の自己負担限度額は80,100円+(1,000,000円-267,000円)×1%=87,430円となります。
払い戻される金額は300,000円-87,430円=212,570円となります。所得によって自己負担最高額は35,400円から252,600円+(総医療費-842,000円)×1%まで幅があります。
高額療養費制度について詳しくは下記の厚生労働省やこちらの「コラム」による説明を参考にしてください。

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/juuyou/kougakuiryou/

乳がんの手術後の最初の外来では、病理検査の結果が報告されます。病理検査は、取り出した組織や細胞を顕微鏡で観察する検査です。がん細胞の特徴などを調べることが目的です。
手術前には乳がんの診断を確定するために生検(せいけん)という検査が行われています。生検も病理検査の一種ですが、検査を主な目的として組織を切り取る場合を指します。乳がんの生検としては針を乳房に刺して微量の組織を取り出すなどの方法が使われています。生検を行った段階である程度、がんの性質などがわかります。最終的な診断は手術で切除した乳房や乳房の一部を調べた結果に基づきます。

病理検査では非常に多くの情報が得られます。乳がんの検査で最も信頼度が高いのが病理検査です。がんを顕微鏡で見たときの特徴から多くのことが決められます。
病理検査では以下の点を調べます。

  • 浸潤(しんじゅん)の有無 
  • 腫瘍(しゅよう)の大きさ 
  • 断端(だんたん)のがんの有無
  • がんの種類、悪性度 
  • 脈管侵襲(みゃっかんしんしゅう)の有無
  • リンパ節転移の有無
  • バイオマーカー
    • ホルモン受容体(HR)
    • HER2タンパク
    • Ki67

解説しますが、少し専門的な内容です。

乳がんが周りの組織の中でどこまで広がっているかを観察します。
乳がんは乳管の上皮から発生します。乳管は乳汁の通り道です。乳管を内張りする上皮から発生した乳がんは、乳管の壁の中に向かって深く進行していきます。乳管の外側は基底膜(きていまく)という膜に覆われています。がん細胞が基底膜を破って外に出てきた状態を浸潤がんといい、上皮内に留まるがんを非浸潤がんと呼びます。
浸潤がんは手術後に薬物療法を行うことで再発率が低下することが知られています。
非浸潤がんならば薬物療法は必須ではありません。

腫瘍(しゅよう)とは、ここでは取り出した乳がんを指します。リンパ節転移と区別する意味で腫瘍という言葉を使っています(一般には、腫瘍と言うとがんではないものを指す場合もあります)。
腫瘍の大きさは、乳がんの薬物選択を行う上でも重要な要素です。腫瘍の大きさは手術前の画像検査などでもある程度推測されていますが、最終的な判断は、切除した乳房腫瘍を直接顕微鏡で調べることで決まります。

断端とは手術で切った切り口のことです。乳房部分切除術を行ったあとで特に問題になるのが、断端にがんがあるかどうかです。断端にがんがある状態(断端陽性)は手術後にその場所に再発する可能性が高いので追加で切除が必要です。

乳がんには組織の形態によって種類があります。一番多いのが乳管の上皮から発生するタイプです。悪性度も組織の形態によって判定されます。特殊な乳がんの場合は、手術のあとの薬物治療や放射線治療などの選択が変わります。

脈管(みゃっかん)とはリンパ管と血管をあわせて呼ぶ言葉です。脈管にがんが浸潤していることを脈管侵襲(みゃっかんしんしゅう)といいます。脈管侵襲があると、がん細胞が血管やリンパ管の中に入り込み転移をする可能性が高いと考えられています。

手術の際にリンパ節も取り出した場合、リンパ節を切って中身を顕微鏡で見ることで、リンパ節転移の有無を調べます。
リンパ節転移の有無を評価することは重要です。リンパ節に転移がある場合は、転移している個数で手術後の薬物治療の選択が大きく変わったり、再発予防を目的とした放射線療法も追加で検討されることがあります。

乳がんの手術後の薬物治療にはホルモン療法、抗がん剤、分子標的薬があります。どれを選択するかはバイオマーカーを調べることで判断できます。

■ホルモン受容体(HR)
ホルモン受容体はホルモン療法を選ぶ基準になります。ホルモン受容体陽性ならばホルモン療法が使えますが、ホルモン受容体陰性なら使えません。
ホルモン受容体にはエストロゲン受容体(ER)とプロゲステロン受容体(PgR)があります。がん細胞がエストロゲン受容体かプロゲステロン受容体のどちらかを持っていれば(発現していれば)ホルモン受容体陽性と言います。
ホルモン受容体陽性の乳がんでは、体が自然に作っているエストロゲンがホルモン受容体に結合すると、がんの増殖が促されます。そこで、ホルモン受容体とエストロゲンが結合するのを防ぐことで、がんの増殖を抑えることができると考えられています。この仕組みで治療効果を狙うのがホルモン療法です。
ホルモン受容体を調べることで、ホルモン療法の効果があるかどうか(ホルモン感受性)を推測できます。

■HER2タンパク
HER2(ハーツー)タンパクの検査で、分子標的薬の効果を予測できます。
HER2タンパクは正常な乳房の細胞も持っている物質です。乳がんはHER2タンパクを異常に多く持っている(過剰発現している)場合があります。
HER2タンパクは細胞の表面にあります。HER2タンパクの役割は、細胞の増殖をコントロールする信号を細胞内に伝えることです。HER2が過剰発現している乳がんは、細胞増殖を制御できなくなった、悪性度が高いがんだと考えられています。実際にHER2が過剰発現している乳がんでは転移や再発の危険性が高いことがわかっています。
トラスツズマブ(商品名ハーセプチン®)という分子標的薬はHER2を狙って攻撃します。HER2が過剰発現している細胞が分子標的薬の攻撃を受けて死滅することで効果が発揮されます。

■Ki67
Ki67の検査は抗がん剤治療を使うかどうかの判断に役立ちます。
Ki67は細胞の増殖機能を反映する物質です。Ki67陽性の細胞は増殖機能が盛んな状態と考えられます。Ki67の検査結果はKi67陽性細胞の割合で表現します。Ki67が高値である場合は、乳がんの中で細胞増殖が盛んであり、悪性度が高いと考えられます。
Ki67によって治療方針が変わるのは、ホルモン受容体が陽性でKi67が高値の場合です。ホルモン受容体が陽性ならばホルモン療法の効果が期待できますが、Ki67が高値のときは、ホルモン療法より強力な抗がん剤治療が検討されます。

バイオマーカーの検査結果をもとに、乳がんをサブタイプという種類に分類します。
下の表は3つのバイオマーカーとサブタイプの対応を示します。

サブタイプの名称 ホルモン受容体 HER2 Ki67
ルミナルA型 低値
ルミナルB型(HER2陰性) 高値
ルミナルB型(HER2陽性) 問わない
HER2陽性 問わない 
トリプルネガティブ 問わない

+=陽性、−=陰性

サブタイプごとに適した薬剤がわかっています。次に説明します。

下の表はサブタイプと治療法の組み合わせです。

サブタイプの名称 ホルモン療法 抗がん剤 分子標的薬
ルミナルA型
ルミナルB型(HER2陰性)
ルミナルB型(HER2陽性)
HER2陽性
トリプルネガティブ

◯=推奨、△=提案されることがある、-=通常推奨されない

基本的には、ホルモン受容体が陽性の場合は、ホルモン療法を選択します。
例外としてホルモン受容体が陽性でも抗がん剤が優先して検討される場合の例を挙げます。

  • 腋窩リンパ節転移が4個以上 
  • Ki67が高値
  • ホルモン受容体陽性細胞の数が少ない(割合が10%以下) 

詳しくは「乳がんのホルモン療法はどうやって行う?」で説明します。

乳がんの手術後には定期的に通院し、以下のような診察などを行います。

  • 問診、視触診
    • 手術後1-3年目:3-6か月ごと
    • 手術後4-5年目:6-12か月ごと
    • 手術後6年目以降:1年に1回 
  • マンモグラフィ:年1回
  • 血液検査:症状がある場合など、必要に応じて

乳がんの手術を行った方とは反対側の乳房に乳がんができる場合があります。このために、手術を行った後にも反対側の乳房について検査を行うことが必要です。また乳房部分切除を行った場合には残った乳房にマンモグラフィによる検査を行います。CTなどの検査は症状があったときなどで適宜行います。
乳がんは手術のあとも長期にわたってホルモン療法や抗がん剤治療を行うために、検査以外にも通院が必要になります。乳がん治療では主治医と良好な関係を築き、安定して治療を継続していくことが大事です。