ぜんりつせんがん
前立腺がん
前立腺にできたがん。年齢を重ねるとともに発見されることが多くなる。高齢化が進む日本では患者数が急増している。
12人の医師がチェック 329回の改訂 最終更新: 2024.03.08

前立腺がんの手術:開腹手術、腹腔鏡手術、ロボット手術の解説

前立腺がんが転移していない人は治療法として手術が選べます。手術では前立腺と精嚢、リンパ節が取り除かれます。ここでは手術の方法や合併症などを説明します。

1. どのような人に手術が検討されるのか?

全ての前立腺がんの人が手術を検討できるわけではありません。前立腺がんの手術が向いているのは次のような条件を満たす人と考えられています。

【前立腺がんの手術が向いている人】

  • 期待される余命が10年以上の人
  • 転移がない人
  • 手術に耐えうるだけの良好な健康状態を有している人

また手術で取り切れる状態にあるかどうかも判断材料になります。手術でがんを取り除けるかどうかを評価する方法としてリスク分類があります。リスク分類については「こちらのページ」を参考にしてください。

2. 前立腺がんの手術について

手術(前立腺全摘除術)ではがんが含まれた前立腺の全体と精嚢(精液の一部をためておく臓器)を取り除き、膀胱と尿道をつなぎ合わせます。また、前立腺がんが転移しやすいリンパ節(所属リンパ節)も同時に摘出します。

手術には次の3種類の方法(術式)があります。

  • 開腹手術:恥骨後式前立腺全摘除術
  • 腹腔鏡手術:腹腔鏡下前立腺全摘除術
  • ロボット手術:ロボット支援下前立腺全摘除術

どの方法でもがんを取り除くという目的は変わりありませんが、少しずつ違いがあります。3つの方法の違いは「こちらのコラム」で詳しく説明しているので参考にしてください。

3. 前立腺がん手術の合併症について

手術は安全を期して慎重に行われますが、手術に伴う悪い結果(合併症)が起こる可能性は0%ではありません。前立腺がんの手術にともなう主な合併症は次のものです。

  • 出血過多:出血が著しく多くなること
  • 周囲臓器の損傷:前立腺周囲の臓器に傷がつくこと
  • イレウス:腸の動きが一時的にとまり内容物が溜まること
  • 皮下気腫:皮膚の下に空気がたまること
  • 深部静脈血栓症:主に足の静脈に血液の塊ができること

以下ではそれぞれの具体的な内容と対処法についても説明します。

■出血過多:出血が著しく多くなること
前立腺の周りは血流が非常に豊富なので、手術中に思わぬ出血をきたすことがあります。手術がやりづらい骨盤の奥にある前立腺から出血が起こると、止血に手間取ることは少なくありません。出血量が多くなった場合は輸血が必要です。

■直腸損傷:直腸に傷がつくこと
前立腺は直腸に接しています。手術で前立腺を取り除くためには、前立腺と直腸を剥がす操作が必要ですが、前立腺と直腸を剥離する際に直腸に傷がつくことがあります。また、傷だけではなく穴が開いてしまうこともあります。直腸に傷がついたり穴が空いたりすることを直腸損傷といいます。

わずかな傷であれば手術中に修復し、食事の開始を遅らせることで対応できます。一方で、直腸の傷や穴が大きかった場合や、手術終了後に直腸の傷や穴が見つかった場合には、一時的な人工肛門が必要となることがあります。十分に直腸の傷や穴が閉じたと判断できるまで人工肛門が必要になりますが、人工肛門を閉鎖した後はもとの肛門から排便できます。一般的に人工肛門の閉鎖までには数か月が必要と考えられています。

イレウス:腸の動きが一時的にとまり内容物が溜まること
お腹の手術後しばらくの間、腸が動かなくなることがあります。前立腺がんの手術後にしばしば見られる現象で、イレウスと言います。食事をしばらくやめて腸を休めると良くなることが多いです。腸が動くのを助けるために漢方を用いることがあります。 イレウスの予防には体を動かすことが効果的です。手術後には痛みがありますが、許可された範囲で体を動かしてください。

■皮下気腫:皮膚の下に空気がたまること
皮膚の下にある脂肪などの組織に空気やガスが入ることを皮下気腫と言います。皮下気腫は腹腔鏡手術とロボット手術で見られる合併症です。

腹腔鏡手術やロボット手術ではお腹に開けた穴から二酸化炭素を入れて、お腹を膨らませて手術を行います。すると二酸化炭素が皮膚の下に入って留まることがあり、皮下気腫として現れます。二酸化炭素はしだいに体内に吸収されますので、悪化する様子がなければ自然に治るのを待ちます。

深部静脈血栓症:手や足、骨盤内のの静脈に血液の塊ができること
手術の影響などで血液の流れが悪くなり、血管の中で血液が固まってしまうことがあります。前立腺がんの手術後では足の静脈に血液の塊ができやすいです。血液の塊が流れて肺の血管に詰まると、致死的な状態に陥ることがあります。

深部静脈血栓症を予防するために、施設によっては血液を固まりにくくする薬を使用したり、足を持続的に揉む器具を使用することがあります。歩いたり、足首を動かすことが予防策として効果的なので、手術後には取り組むようにしてください。

4. 手術後から退院までの一般的な経過

前立腺がんの手術は全身麻酔で行われます。 術後は問題なければ手術室にいるうちに目覚めます。全身麻酔のときには呼吸を助ける管を気管に挿入していますが、この管も手術室で抜くことができるのがほとんどです。状態の安定が確認された後に、手術室から集中治療室(ICU)または病棟に移動します。手術の直後は出血などの問題が発生しやすいので、慎重に経過が見られます。 術後の出血や尿量などを正確に把握するために、ドレーンと呼ばれる管がお腹に入っていたり、排尿のための管(尿道カテーテル)が尿道から挿入されています。

手術後1日から2日程度は水分摂取は許可されることが多いですが、固形の食べ物は許可されないことは少なくありません。お医者さんは診察でお腹の動きなどを調べて、食事を再開するタイミングや、食事の内容を決めています。

ドレーン(お腹の管)は出血の危険性がないと判断した時点で抜かれます。手術後2日から4日が目安になることが多いです。ドレーンが抜ける頃には回復が加速します。回復の流れに乗って歩いたり、身の回りのことを自分で行ったりしてリハビリに努めることが大事です。

7日前後で膀胱と尿道のつなぎ目を調べる検査(膀胱尿道造影検査)が行われ、十分にくっついていると判断されれば尿道カテーテル(排尿のための管)が抜かれます。

尿道カテーテルを抜去した直後はほとんどの人に尿もれが起こるので、退院してからも紙おむつないしは尿取りパッドを1日に数回交換する必要があります。尿もれはずっと同じ状態が続くわけではなく、時間が経つにつれて改善していきます。6か月目までは急速に回復し、その後は緩やかに改善し、術後1年以内に尿取りパッドの使用枚数が1日1枚程度に落ち着く人がほとんどです。

抜糸ができると退院となります。手術後1週間前後に傷口の抜糸が行われ、自宅で過ごしても問題ないと判断された頃合いで退院となります。

5. 前立腺がんの手術後の生活について

手術の後は、手術にともなう身体の変化と付き合いながら、生活する必要があります。日常生活の注意点と手術の後遺症について説明します。

日常生活の注意点

手術後の1ヶ月は次の3点に注意してください。

  • 食事を摂りすぎない
  • 長時間の自動車の運転は避け、自転車には乗らない
  • 激しい運動を控える

それぞれについて説明します。

■食事を摂りすぎない
退院するころには腸の動きは回復していることが多いのですが、しばらくは調子をくずしやすいので、食事の摂りすぎはさけてください。腹八分目かそれより少ないくらいでも十分です。

■長時間の自動車の運転は避け、自転車には乗らない
自転車や自動車の座席は尿道と膀胱を縫い合わせた部位を刺激しやすいので、1ヶ月程度は長時間の車の運転や、自転車の運転は避けてください。

■激しい運動を控える
入院すると、自分が考えている以上に体力が落ちるのは珍しくはありません。急に激しい運動をすると怪我をしてしまいかねません。少しづつ身体をならすようにしてください。

手術の後遺症

手術後には後遺症として身体に変化が見られることがあります。前立腺がんの手術にともなう主な後遺症は次のものです。

この中でも尿もれと勃起不全は特に高い確率で発生するので、少し詳しく説明します。

■尿もれ(尿失禁)
前立腺がんの手術の後にはほとんどの人が尿もれを経験します。尿もれの程度には個人差があり、患者さんのもともとの状態の違いによって尿もれの程度が決まると考えられています。

手術によって、次のようなことが尿もれの原因になると考えられます。

  • 排尿をコントロールする筋肉(尿道括約筋)の機能が弱くなる
  • 前立腺が取り囲んでいた部分の尿道を取り除くことによって尿道が短くなる

手術中は尿もれを極力少なくするように多くの試みがなされていますが、確立した方法がありません。また、色々な要因が重なりあって手術後の尿もれの程度が決まるので、手術前にどの程度の尿もれが発生するかの予想も困難です。

また、次のような要因が尿もれの程度に影響すると考えられています。

  • 排尿をコントロールする筋肉(尿道括約筋)の強さ
  • 尿道の形
  • 尿道の長さ
  • 肥満

尿道の長さや形は生まれ持ったものなので、改善することは難しいですが、肥満や尿道括約筋の強さは改善の余地があります。ダイエットや、尿道括約筋の筋力を強める体操などをお医者さんに相談してみてください。

多くの人が日常生活に支障がない程度に回復しますが、中には重症(手術後6ヶ月経過した時点で、1日(24時間)の尿もれの量が400g以上)の尿もれのために手術が必要になる人もいます。前立腺がんの手術によって起こった重症な尿もれに対しては、人工尿道括約筋(商品名:AMS-800®)埋め込み術という手術が行われます。尿もれは完全にはなくなるわけではないですが、手術をうけた約9割程度の人が1日に1枚程度の尿パッドの使用で済むようになるとされています。

手術後の重症な尿もれは生活の負担になります。人工尿道括約筋は成功率が高く、尿もれの改善を期待できる治療です。根治的前立腺全摘除術後の尿もれに興味がある人は主治医に相談してみてください。埋め込む人工尿道括約筋肉についてはメーカーが関連情報を解説したサイトを作っています。あわせてご覧ください。

■勃起不全
前立腺の両脇には勃起をコントロールする神経の束(神経血管束)が存在します。前立腺がんは神経の束に浸潤することがあるので、がんを取り残さないために、神経の束を前立腺とともに切除することが多いです。神経を切除すると、手術の後に勃起ができないか、性交には不十分な勃起しかできない状態になります。 一方で、がんが神経の束に広がっている可能性が低い場合には、手術後の勃起を重視して、神経を残す(温存する)ことができます。左右の神経の束を残す方法(両側神経温存)と、がんが存在する場所が左右どちらかに偏っているときには片方のみを残す方法(片側温存)があります。神経を残しても勃起機能が維持されるとは限らないので、手術後に内服薬で勃起機能の改善を図ることがあります。

尿道狭窄
手術では前立腺を膀胱と尿道から切り離して摘出するので、摘出後に膀胱と尿道をつなぎ合わせる必要があります。前立腺がなくなると尿もれを起こすことが多いのですが、反対に縫合した場所が狭くなって尿が出なくなることがあります。尿が出ない状態が長期間続くと膀胱や腎臓に悪影響を及ぼすので、尿に管を入れておいたり(尿道カテーテル)、尿道を広げる治療をします。

鼠径ヘルニア脱腸
前立腺がんの手術の数ヶ月後に、足の付け根の部分(鼠径部)にお腹の中の腸などが飛び出してくることがあります。いわゆる脱腸です。鼠径ヘルニアと言います。鼠径ヘルニアは手術が必要な場合があるので、担当医に相談してください。

6. 手術後にも治療を続けた方がよい人について

手術で治療が完了する人がいる一方で、手術後にも治療が必要な人がいます。治療の必要性は病理検査の結果をもとに判断されます。次のどちらかに当てはまる人は手術後にホルモン療法を始めた方が良いと考えられています。

  • リンパ節に転移があった人
  • 前立腺に隣接する精嚢にがん細胞が見つかった人
  • がんを取り切れなかった人

がんが取りきれなかった人はホルモン療法だけではなく放射線治療を選ぶことができます。

7. 前立腺がんが手術後に再発した場合について

手術をしても前立腺がんが再発することがあり、再発には次の2つのパターンがあります。

  • 生化学的再発
  • 臨床再発

それぞれで意味合いが異なるので、個別に詳しく説明します。

生化学的再発について

生化学的再発は手術後の血液検査によって判断されたものです。前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSAは、他の腫瘍マーカーに比べて再発をかなり初期の段階で見つけることができます。画像に写らないほど小さい再発でもPSAが上がります。

一般的には手術後から1ヶ月後にPSAが測定され、その値が0.2ng/mL未満になるのが正常です。

手術後に一度PSAが0.2ng/mL未満となり、その後上昇してきた場合は、2週間から4週間の間隔を開けてPSAを再度測定します。PSAが2回連続して0.2ng/mLを上回った場合、初回の変化日を再発日として定義されます。この場合は、救済治療として、放射線治療かホルモン治療を開始します。なお、手術後に一度も0.2ng/mL未満とならなければ手術日を再発日と定義されます。

手術後の生化学的再発に対しては、PSAが0.5ng/mLを越える前に放射腺療法を行うことで、余命が長くなるという報告があり、治療を始める目安にされることが多いです。

臨床再発について

臨床再発は画像検査(CT検査、骨シンチグラフィーなど)で再発部位が指摘されたものです。前立腺がんの再発が見つかりやすい次の臓器です。

  • リンパ節
  • 肝臓

一般的な経過として、生化学的再発を経て臨床再発の状態になります。手術前のがんの程度にもよりますが、生化学的再発から臨床再発までの期間は5年から8年と言われています。

臨床再発を認めた場合は主に2つの治療選択があります。

  • 抗がん剤治療
  • ホルモン療法を変更する

すでにホルモン療法が行われている場合は、ホルモン治療の内容を変更するもしくは抗がん剤治療に変更されます。

8. 手術について知っておくとよいことやよくある質問について

手術の前後では心配ごとや、気になることがさまざま出てきます。ここでは手術に関連した知っておくとよいことや、よくある質問をまとめます。

前立腺がんは手術をするべきなのか

PSA監視療法や、放射線治療、ホルモン療法など前立腺がんの治療には手術以外にもいくつか方法があるため、手術をするかどうかを迷う人は少なくありません。ここではリスク分類別に手術の考え方について説明していきます。

■低リスク前立腺がんの手術
低リスクの前立腺がんは、非常に進行が遅いです。

低リスクでさらにいくつかの条件を満たせば、PSA監視療法という方法も選択できます。PSA監視療法とは、前立腺がんと診断されてもすぐに治療をせずに、必要となるタイミングを見計らって治療を行う方法です(条件の詳しい内容については「こちらのページ」を参考にしてください)。 がんがあるのに「すぐ治療しない」ことを選択すると心配になるかもしれません。実際に、低リスク前立腺がんは進行が非常に遅いために、他の病気(感染症、他の臓器のがん、心筋梗塞脳卒中など)で死を迎える人は少なくないことがわかっています。つまり、監視療法は、低リスクの前立腺がんによる死亡がもともと非常に少ないので、手術が前立腺がんによる死亡の可能性にはさほど影響しないということを根拠にした方法です。

一方で他の研究では、低リスクの前立腺がんを手術し10年以上の追跡調査を行ったところ、手術を行ったほうが「死亡率」と「転移をする確率」が少なくなったとする報告がなされています(NEJM 2014;380:932-42)。この結果を踏まえると、手術を受ける時点で10年以上の余命があると考えられる人に対しては、手術による利益があると考えることもできます。

低リスクの前立腺がんの人に手術を行う場合には、その人の余命について考える必要があります。日本人男性の平均寿命は、80.79歳です。平均余命がどのくらいあるかを調べた表を下に示します。

年齢 平均余命(男、2015年) 平均余命(女、2015年)
65 19.46 24.31
70 15.64 19.92
75 12.09 15.71
80 8.89 11.79
85 6.31 8.40
90 4.38 5.70

表を参考にすると、日本の男性で平均的に余命が10年以上ある人は、75歳前後までとなります。つまり、80歳以上の人に低リスクの前立腺がんが見つかった場合は、手術をしない選択肢も有力になります。

また、上の表は平均的な数字なので、実際に治療をするかどうかを考えるときには、一人ひとりの状態をよく考えなければなりません。ほかの病気(併存症)を抱えている人、体力が落ちている人の余命は平均的な人に比べて短いことも十分あり得ます。手術を検討する際には、年齢や併存症などを含めて、自分が手術に向いているかどうかを考えることが重要です。

■中間リスク前立腺がんの手術
中間リスクの人は、基本的には低リスクの人と同様に、余命を考慮しながら手術を行うかを決めていく必要があります。持病のために著しく健康状態を損ねている人には手術は検討されませんし、健康で余命がまだまだ残っている人は積極的に考えなければならないこともあります。 低リスクの人とは異なり、一般的には中間リスクの人に監視療法は行われません。

■高リスク前立腺がんの手術
高リスク前立腺がんは悪性度が高く、がんの広がりも大きい状態です。がんを手術で取り切れないこともあるので、手術よりホルモン療法を併用した放射線治療が行われることが多いです。しかしながら、高リスクの前立腺がんであっても、手術と放射線治療の効果が同等とする意見があり、状態によっては手術の方が効果的な場合もあります。

ロボット手術について

前立腺がんではロボットを用いた手術が一般的です。ロボット手術は正式にはロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術と言い、「da Vinci(ダヴィンチ)サージカルシステム」「hinotori™(ヒノトリ)」という名前のロボットが使われています。

■最新治療のロボット手術はどこで受けられるのか
ロボット手術は先進的なイメージがあり、限られた施設でしか受けられないのではと考えるかもしれません。しかし、ロボット手術は身近なものになってきています。最新のロボット外科学会からの報告によるとダヴィンチは2016年の時点で日本に237台導入されており、2024年現在ではさらに増加しています。

■ロボット手術の実際
執刀医がロボットを操作して手術を行います。ロボットが判断する訳ではありません。執刀医はコンソール(操作台)に向かってロボットを操作し、執刀医の指の動きに連動してロボットの先端が動きます。患者さんの近くには常に助手の外科医がいます。

da Vinciには、現在は5機種あります。

  • da Vinci S
  • da Vinci Si
  • da Vinci Xi
  • da Vinci X
  • hinotori™

新しい順にhinotori™、X、Xi、Si、Sです。施設により導入している機械は異なります。手術の方法や治療の効果はどれを用いても変わることはありません。ロボットを操作して前立腺・精嚢を摘出し、その後尿道と膀胱を繋ぎ合わせます。

© [2016] Intuitive Surgical, Inc. (CC BY-SA 3.0)

■ロボット手術のメリット
医師の立場で考えると、ロボット手術には主なメリットが3つほどあります。 1つ目のメリットは、3Dの視野で手術ができる点です。 ロボットのカメラには2個のレンズが隣り合ってついています。2個のレンズで撮影した画像をコンソールから見ると、ステレオグラムの原理で立体的に見えます。3D映画と似た感覚です。特に前立腺のように体の中の深い場所にある臓器の摘出には、立体感を掴むことが重要なので、3Dの視野が有効に働きます。筆者もロボット手術の経験がありますが、ロボット手術では3Dの世界に入り込みまるで自分がその人の体の中に入って手術をしているような感覚があります。

2つ目のメリットはカメラを執刀医が自分で思い通りに動かせる点です。専門的な話になりますが、腹腔鏡手術の視野を決める内視鏡の操作は助手が行います。助手は執刀医が見たいところを察して操作する必要があります。執刀医と助手のコンビが経験豊富で息が合っていても、やはり自分の見たい場所は自分でしかわからないところがあります。ロボット手術では執刀医自らが操作台から内視鏡を動かしますので、無駄のないカメラワークが可能になります。

3つ目のメリットはロボットの関節が自由自在に動くことです。腹腔鏡手術では、手術器具を動かせる範囲がかなり制限されるので、腹腔鏡手術で縫合などの細かい操作をするためには高度な技術が要求されます。一方で、ロボット手術では、先端が自由に動く関節を有するために細かな操作の精度が上がって、より確実な手術が可能となりました。

■ロボット手術のデメリット
ロボット手術では執刀医に触覚が伝わりません。つまり、執刀医の手が直接患者さんに触れてはいないので、切ったり縫ったりするときの手応えがありません。触覚がない点は、ロボット手術が開腹手術に劣る点と考えられています。 他のデメリットとして、ロボットの故障や、不具合があります。故障や不具合は非常に少ない確率とはいえ、機械を使用する以上避けることはできません。腹腔鏡手術であるならば大抵は予備があるので、不具合が発生しても交換して手術続行が可能です。一方で、ロボット手術では故障の程度によっては手術の続行が不可能になることがあります。その時は緊急に開腹手術や腹腔鏡手術に変更されます。

より詳しく知りたい人は「こちらのコラム」を参考にしてください。

勃起神経の温存について

前立腺の両脇には神経の束(神経血管束)が存在します。この神経の束には勃起するために必要な神経(勃起神経)が入っています。この神経は性機能のために重要ですが、がんが広がりやすいことも分かっています。前立腺がんの手術では神経の束を一緒に取る方法と残す方法があります。

■メリットとデメリット
両側の神経も一緒に取ったほうが、がんを取り切れる可能性が高くなります。一方で、神経を取り除くと手術後は勃起できなくなってしまいます。神経を残すと勃起機能への影響は少なくて済みますが、がんを取り切る可能性は下がってしまう可能性があります。つまり、がんを取り切ることと、勃起する能力が引き換えになってしまうことが懸念されるのです。

■手術の前に予想できないのか
がんが神経の束に浸潤しているかどうかは、手術前のMRI検査である程度は予測できますが、完全ではありません。そのため、神経の束を手術で取るべきかどうかは、不確実な情報をもとに判断するしかありません。

■不確実さは残るので自分の価値観をお医者さんと相談すること
勃起神経を残すかは、患者さん自身のがんに対する考え方やその後の生活とのバランスを考えながら決める必要があります。手術前の状態について主治医からの情報を聞いたうえで、どちらの方法が自分の考えに近いかよく考えて決定してください。

リンパ節郭清について

手術前の説明ではリンパ節郭清について説明があるかもしれません。イメージが湧きにくいリンパ節郭清について詳しく説明します。 前立腺がんが進行するとリンパ節に転移しやすくなります。リンパ節は全身にたくさんありますが、がんは主に近くのリンパ節に転移しやすいことがわかっています。前立腺がんがよく転移をするリンパ節を前立腺の所属リンパ節といいます。所属リンパ節をまとめて取り除くことをリンパ節郭清(かくせい)と言います。

前立腺がんの所属リンパ節は場所によって3グループに分けられます。

  • 外腸骨領域
  • 閉鎖領域
  • 内腸骨領域

それぞれの領域のリンパ節郭清を行います。

リンパ節はリンパ管の途中にある集合地点です。リンパ節を取り残さないように切除するためには、リンパ管を含めて全て切除することが確実な方法です。

手術後の病理検査の結果について

手術で摘出した前立腺やリンパ節には、取り出した組織を顕微鏡で見る病理検査が行われます。病理検査では1つひとつの細胞まで観察できるので、多くの情報が得られます。

  • どの程度がんが進行していたか
  • どの程度の範囲までがんが広がっていたか
  • がんは取りきれたのか

手術後2週間から4週間程度で病理検査の結果が出ることが多く、この結果をもとにして追加の治療(ホルモン療法や放射線治療)の必要性が判断されます。

手術でがんを取りきれないことがあるのか?

前立腺がんの手術ではがんが取りきれていなかったという結果がしばしば見られます。がんが取り切れない理由として次の2つが考えられます。

  • 術前の予測よりがんが進行していた
  • がんが大切な正常組織の近くにあり、広く切ることができなかった

がんを取りきれなかったと聞くとネガティブな気持ちにならない人はいないと思います。しかし、前立腺がんではがんを完全に取り切れなかったとしても、ホルモン療法や放射線療法などの効果が高い治療が残されています。ホルモン療法や放射線療法を組み合わせることでがんを長期に渡ってコントロールすることは十分に可能です。

前立腺がんの再発率は?

前立腺がんの手術の再発率は、リスク分類によって大まかに予測できます。リスク分類ごとの5年の生化学的再発率の大まかな値は以下です。

  • 低リスク:10-20%が5年間に生化学的再発あり
  • 中間リスク:40%が5年間に生化学的再発あり
  • 高リスク:60-70%が5年間に生化学的再発あり

生化学的再発率は死亡率ではありません。低リスク前立腺がんで言うと、手術後にPSAが下がったままの状態が5年間続く人が90%、5年以内にPSAが異常値を示して生化学的再発と診断される人が10%という意味です。この数字は1998年の報告を参照したものです。以後の治療の進歩により、現在はもう少し再発が少なくなっている可能性もあります。

生化学的再発があっても治療をして長生きする人はいます。治療法として放射線療法やホルモン療法があります。

参考:

・「前立腺がん診療ガイドライン
・「標準泌尿器科学」、(赤座英之/監)、医学書院、2014
・JAMA 1998;280:969-974.
・JAMA 1999;281:1591-1597
・厚生労働省「簡易生命表」平成27年