2016.11.27 | コラム

がんと免疫と感染症の関係とは?

がんの治療を行う上で気をつけたいこと:感染症

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癌(がん)になると体調が悪くなることがあります。例えば、抗がん剤治療を行うと気持ち悪くなったりして体力が落ちることがありますが、実は感染症にも注意しなくてはなりません。がんがあると思った以上に感染症になりやすいのです。

がんのことを悪性新生物とも言う場合があります。厳密に言うと少し定義が違うのですが、ここでの議論では大きな意味を持たないので、同じものとして考えます。悪性新生物は、その名の通り、からだの中に新たに現れた「性質の悪いもの」のことを指します。ここで言う「性質の悪い」の意味は主に以下のことを指します。

  • 増殖スピードが早い
  • 周囲にある通常の細胞を変形させたり破壊したりする
  • 栄養を多く必要とし、全身から栄養を奪ってしまう
  • 血液やリンパ液を介して離れた位置にまで細胞が飛んで行く(転移する)
  • 身体の内分泌(ホルモン)バランスを乱す

これらが起こることで、からだのバランスが乱れていき、疲弊してしまいます。また、さらには免疫機構が破綻(はたん)してしまうことが分かっています。
免疫が破綻することを免疫不全と言います。巷でよく「免疫力」や「免疫不全」といった用語を目にしたり耳にしたりするがことがありますが、実際のところ、免疫は思っているほど簡単には語れないとても複雑なシステムなのです。

では、どういったときに免疫不全になるのか考えてみましょう。

免疫不全と言うと「免疫力が落ちて病気になりやすくなる」状態が思い浮かぶかもしれません。これは大雑把に言うと正解です。しかし、免疫不全にはいくつかのパターンがあります。
 

免疫不全は大きく分けると以下の4つのグループになります。

  • 好中球数の減少
  • 細胞性免疫障害
  • 液性免疫障害
  • バリアの破綻

これだけではピンと来ない方も多いかと思いますので、もう少し補足していきます。
まず、免疫とは体内に異物が入ってきたときに身体から異物を排除して通常の状態に戻そうとする作用のことです。細菌やウイルスなどが体内に入ってきたら、免疫が働いてそれらを排除してくれるのです。
免疫は、様々な状況に対応できるように出来ているため、様々な機能が含まれます。つまり、感染の原因となる微生物を体内に入れないようにすることも免疫ですし、体内に侵入した微生物を攻撃するのも免疫です。この免疫機構のバランスが乱れてしまうと、免疫不全状態になって、感染に対して抵抗力が下がるのです。


バランスの乱れ方によって、免疫不全は4種類に分かれます。各々について簡単に説明していきます。
 

好中球という細胞は、おもに細菌や真菌(カビ)に対して戦ってくれる兵隊です。例えば、体内に細菌が侵入した場合は、侵入した部位に好中球が集まって感染が起こらないように食い止めてくれます。この兵隊の数が少なくなるのが好中球減少です。
 

細胞性免疫は、主に細胞の中に侵入(寄生)した微生物を細胞ごと排除します。細胞性免疫にかかわっている代表的な細胞は以下のものです。

  • マクロファージ
  • ヘルパーT細胞
  • 細胞障害性T細胞(キラーT細胞)

これらの細胞は次のように働きます。
まず、マクロファージが侵入してきた異物(微生物)を捕らえ、その情報をヘルパーT細胞に教えます。これを受けたヘルパーT細胞は、細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)に攻撃を指示します。キラーT細胞は、体内に侵入した微生物や感染している細胞を攻撃して排除します。
細胞性免疫障害になると、細胞内に侵入してくる微生物にうまく対抗できなくなるため、感染しやすくなります。
 

液性免疫はおもに抗体という物質によって起こる免疫です。ここでは、B細胞という細胞が重要な働きをします。
まず、体内に侵入した微生物をマクロファージが捕捉し、その情報をヘルパーT細胞に教えます。その情報をB細胞が受けとり、抗体をつくります。抗体があると微生物を効果的に攻撃することができます。

一度抗体ができると、一部の細胞がその微生物の情報を記憶します。すると同じような微生物が体内に侵入してきたときに素早く抗体がつくられ、同じ感染が起こらないような仕組みとなっています。
液性免疫障害では、特に肺炎球菌やインフルエンザ桿菌(かんきん)などの感染が起こりやすくなることが分かっています。インフルエンザ桿菌というのは肺炎や髄膜炎(ずいまくえん)などを起こす細菌のことで、インフルエンザの原因となるインフルエンザウイルスとは異なります。
 

人間のからだは、体内に微生物が侵入できないように皮膚粘膜というバリアで守られています。また、空気の通り道(気道)には細かい毛のようなものがあって異物を掃き出す役割をおっています。同じように、微生物が入ってきても体外に排出するしくみがあちこちにあります。これらが何らかの原因で機能しなくなることをバリアの破綻と言います。つまり、微生物が侵入しやすい状態や、侵入してもすぐに排除できない状態を指します。

免疫不全の種類によって起こりやすい感染症が変わってきます。免疫不全の種類によってどういった感染が起こりやすくなるのかを考えてみましょう。
 

好中球の数が少ないと、細菌や真菌(カビ)に感染しやすくなります。そのため以下のことが起こりやすくなります。

  • 黄色ブドウ球菌などの細菌(グラム陽性球菌)による感染
  • 大腸菌などの細菌(グラム陰性桿菌)による感染
  • カンジダ感染(カビの一種の感染)
  • アスペルギルス感染(カビの一種の感染)
  • 好中球減少による腸炎

これら以外にも起こりやすい感染はありますが、いずれも共通する注意事項として、感染の足が早くすぐに重症化してしまうということが挙げられます。
なお、細菌と真菌という紛らわしい言葉が出てきましたが、細菌と真菌はまったく異なる種類の生物です。抗菌薬(抗生物質、抗生剤)は細菌に対する薬ですが、真菌には効果がありません(例外はあります)。もともと健康な人に病気を起こすことが多いのは細菌です。元気な人に真菌が感染して病気を起こすのは、白癬(水虫)など限られた場合がほとんどです。
 

細胞性免疫不全では、特に以下の感染に注意しなくてはなりません。

  • 結核感染
  • 非結核性抗酸菌感染
  • レジオネラ感染(特殊な細菌の感染)
  • サルモネラ(細菌の感染)
  • 肺や気管支に感染を起こすようなウイルス感染
  • ニューモシスチス感染(カリニ肺炎)
  • カンジダ感染
  • アスペルギルス感染
  • クリプトコッカス感染(カビの一種の感染)

これら以外にも多くの感染があり、非常に多種多様です。この場合の特徴は、感染の進行が比較的ゆっくりであることです。

液性免疫不全で問題となる感染症は主に以下の3つです。

  • 肺炎球菌感染
  • インフルエンザ桿菌感染
  • 髄膜炎菌感染

これらの感染の特徴は、特に大人で非常に重症度の高い細菌性髄膜炎を起こすということと、3つの細菌にはワクチンがあるということです。
 

皮膚は体外から微生物が侵入するのを防いでいますが、これが壊れると簡単に体内に微生物が入ってきます。また、何らかの原因で気道や胆道が変形した場合も感染が起こりやすくなります。

  • 点滴ラインのカテーテル刺入(皮膚バリアの破壊)
  • 外傷(皮膚バリアの破壊)
  • 気管支拡張症(気道の変形)
  • 肺がん(気道の構造破壊と変形)
  • 胆道がん(胆道の構造破壊と変形)

これら以外にも多くのものが考えられますが、通常の身体と違うため、想定しにくい感染も起こりうることが注意点となります。

以上、免疫不全の種類別にどういった感染が起こりやすくなるのか見てきました。
続けて、どうしてがんの患者さんが感染しやすくなるのかを説明して行きます。

がんの患者さんは、がんに対する治療で免疫が落ちることがあります。また、がんそのものの影響によっても免疫力が下がります。免疫不全の4つの分類に従って詳しく説明していきます。
 

がんの治療を行うときに好中球が減ってしまうことはよくあります。よくある場面は以下の2つです。

  • 抗がん剤の影響
    • プラチナ製剤、第3世代抗がん剤など
  • 放射線治療の影響

がんの治療は、手術・抗がん剤・放射線治療を3本柱としますが、そのうちの2つで好中球数の減少に注意しなければなりません。特に抗がん剤による好中球数の減少は顕著なことが多いので注意してください。

抗がん剤によって好中球数が減るときには以下の特徴があります。

  • 抗がん剤を投与してから14日前後くらいで好中球が減りやすい
  • 何回も抗がん剤治療をくり返した人は好中球が減りやすい
  • 感染が起こっても症状が出にくい

検査で「好中球が減っている」と言われた人は、症状が出なくてもいつもと何か違うと感じたら、医療機関で調べてもらってください。感染があるのに我慢して放置してしまった場合は、気づいたときには非常に重症になっているということもしばしば起こります。
 

がんの患者さんで細胞性免疫障害が起こる主な原因は以下のものです。

  • ステロイド薬(特に飲み薬や点滴薬)
  • シクロフォスファミド(抗がん剤)
  • シクロスポリン、タクロリムス、アザチオプリンなど(免疫抑制剤)
  • インフリキシマブ(サイトカイン阻害薬)
  • リツキシマブ(モノクローナル抗体製剤)
  • 悪性リンパ腫

これら以外にも糖尿病や慢性腎不全のある方も注意が必要です。
 

がんの患者さんで液性免疫障害が起こる場合は、以下のことが多いです。

  • 脾臓摘出
  • 放射線治療
  • 慢性リンパ性白血病

特に過去に脾臓を摘出した人は、自分が免疫不全になりやすいことをうっかり忘れてしまわないよう注意してください。あらかじめ、がんの主治医に自分の脾臓がないことを伝えておく方が良いです。
 

これは意外に盲点となりがちですが、がんになると周囲の正常な臓器の構造が破壊されるため、バリアが破綻することがあります。
例えば、肺がんが大きくなると、気道が変形したり閉塞します。すると、気道に入ってきた細菌をうまくからだの外に排出できなくなります。そのため、肺の中で細菌感染が起こりやすくなり、ときに重症化してしまいます。
また、案外知られていないのが、点滴の際に皮膚の外から血管の中に入れるカテーテルによる感染が多いことです。特に数日間同じものを入れておくと、血管内に感染が起こる可能性が上がることが分かっています。おもに入院している際の注意点になりますが、点滴を入れた部分やその周囲に痛みや違和感を感じるときは、遠慮なく医療関係者に伝えてください。

以上が、がんの患者さんが感染症になりやすいことの大まかな説明になります。細かい話になりましたので全部を覚える必要はありません。しかし、がんになった場合は感染症にも気をつけたほうが良いということは覚えておいて損はありません。

がんの患者さんが感染症にかかりやすいことを説明しました。しかし、感染症になりやすいことだけお伝えするのではなく、どうやったら感染症になりにくいのかもお伝えしなければ十分な情報とはいえません。ここでは、感染症になりにくくする心がけをお伝えします。
 

多くの場面で言われるように、感染を予防する基本は手洗いとうがいです。特に手洗いは非常に重要です。感染症にかかっていないときにはついついうっかりしてしまいますが、非常に強力な予防策ですので日々の習慣にしてしまうことが望ましいです。
また、速乾性アルコール擦拭製剤を揉み込むことも有効です。最近の製品は手荒れ防止成分も入っているため、手荒れの心配もしなくて良くなっています。唯一懸念しなければならないのは、下痢を触ったときの手洗いです。下痢の原因となることの多いノロウイルスやクロストリジウム・ディフィシルといった微生物はアルコールに強いため、この場合はアルコールではなく手洗いをするほうが感染予防に役立ちます。
 

インフルエンザなど一部の感染症に対してはワクチンが存在します。ワクチンは打たない方が良いという意見も見かけますが、一般的にはワクチンは打つべきと考えて良いです。もちろんワクチンには副反応が存在します。しかし、感染を予防する価値は高く、個人だけでなく社会の中で感染を広めない意味(集団免疫)でも重要です。感染症にかかると症状が辛いだけでなく、一定確率で死亡する場合もあります。この確率を下げる価値を過小評価は出来ませんし、特にがん治療で免疫力の落ちる人ではその価値はさらに高まります。

それでは具体的にはどんなワクチンを打つと良いのでしょうか?

  • インフルエンザウイルス
    • インフルエンザHAワクチン®、フルービックHA®など
    • 1年に1回接種する必要がある
    • 13歳以下や65歳以上、免疫機能の落ちている人は1年に2回接種が望ましい
  • 肺炎球菌
    • ニューモバックス®、プレベナー®など
    • ニューモバックスは5年に一度の接種が望ましい
    • プレベナーは1回打てば当分効果が期待できる
  • インフルエンザ桿菌
    • アクトヒブ®など
    • 子供は4回接種するが、大人の場合は何回接種するか主治医と要相談
  • 髄膜炎菌
    • メナクトラ®など
    • ワクチンの種類によって接種回数が異なるので、主治医と要相談

ワクチンの中でもがんの患者さんにとって特に大切なものが以上になります。すべてを接種することが感染予防の観点からは望ましいのですが、罹患率(りかんりつ)から考えるとインフルエンザウイルスと肺炎球菌のワクチンが最低限接種しておきたいワクチンとなります。
もちろんワクチンは万能ではありませんので、ワクチンを打ったから絶対に感染しなくなるわけではありません。しかし、これらを接種しておくことで、感染にかかりにくくしたり、感染が重症にならないようにすることは大切です。感染にかかることで本来のがんの治療が遅れるようなことが起こりかねないですし、がんの治療を受ける状態を万全なものにしておくという意味でも重要です。
 

免疫の落ちている人の感染症は、重症になりやすい一方で症状が出にくいことも多いです。そのため自分のからだで感染が起こっていることを早くキャッチしにくい場合があります。そのためには以下のことに注意してください。

  • 原因のはっきりしない発熱が出たらおかしいと疑う
  • ちょっとした違和感を見ないふりしない
  • 抗がん剤を投与してから14日前後には特に注意する

これらを総括すると、自分の体がいつもと違うかもしれないと感じたら一度医療機関で診てもらうと良いでしょう。特に、抗がん剤を使ってから14日前後で違和感を感じた場合は、必ず受診するようにしてください。

是非感染症を予防して、本来行うべき抗がん治療をスケジュール通り行えるようにしてください。ここでは細かい部分は説明しきれていませんので、何か不安なことや不明なことがありましたら、ご自身の信頼されている主治医に聞いてみてください。
ご自身のがんの治療について、より前向きに積極的に考えるきっかけとなれば幸いです。

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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