かんぞうがん
肝臓がん
肝臓にできた悪性腫瘍のこと
1人の医師がチェック 71回の改訂 最終更新: 2022.10.17

肝臓がんの手術:肝切除はどんな手術なのか?合併症は?

肝臓がんの手術はがんとその周りの正常な肝臓を一塊にして切除します。肝切除という方法です。肝臓は血の塊とも例えられる臓器です。手術には出血が伴うこともあり、大掛かりな手術です。 

肝臓がんの治療の中でも手術は代表的であり、歴史的に多くの実績があります。

肝臓がんには手術のほかにも多くの治療法があります。ラジオ波焼灼療法などの焼灼療法(しょうしゃくりょうほう)は、がんに熱を加えて死滅させる治療です。がんに血液を送る血管を塞いで肝臓がんを死滅させる肝動脈化学塞栓療法(かんどうみゃくかがくそくせんりょうほう)も使われています。他には抗がん剤治療などもあります。

それぞれの治療には得手不得手があります。使い分けの目安の一例を示します。

  • 手術が適している場合
    • 肝機能が肝障害度AまたはB
    • 肝臓にあるがんが3個以内
    • がんの大きさが3cmを超える
  • 焼灼療法(ラジオ波焼灼療法)が適している場合
    • 肝機能が肝障害度AまたはB
    • 肝臓にあるがんが3個以内
    • がんの大きさが3cm以内
  • 肝動脈化学塞栓療法が適している場合
    • 肝機能が肝障害度AまたはB
    • 肝臓にあるがんが4個以上

上の条件は絶対ではありません。治療が可能と判断されれば上の条件に当てはまらない治療法が選ばれたり、逆に一見当てはまっていてもほかの治療を提案されたりすることはあります。

例えば、がんの個数が5個あるけれども近い位置に固まっていて手術が提案されたたり、がんが5cmだけれども焼灼療法が提案されたりもします。逆にがんの個数は3個だけれどもできた場所が悪く、加えて肝臓の機能があまり良くないために手術や焼灼療法ではなく肝動脈化学塞栓療法が提案されたりもします。

体の状態は人それぞれで異なります。その人の肝臓の機能などを踏まえつつ最も治療効果が高いものが選択されます。

肝臓がんの手術はどんな人でも受けることのできる治療ではありません。肝臓を切除するこことはかなり体にとって負担になるものです。まずしっかりと肝臓の機能があることが条件になります。肝臓の機能の評価は肝障害度という分類を使います。肝臓の機能を評価する方法にはChild-Pugh分類もあります。手術では肝障害度を用いることが多いので肝障害度の説明をします。

肝臓がんの治療チャート

参考:肝癌診療ガイドライン 2021年版

肝障害度は肝臓の機能を検査や症状から3つに分類したものです。肝障害度の評価には以下の5つの項目が用いられます。

  • 腹水 

  • 血清ビリルビン 

  • 血清アルブミン 

  • ICG15 

  • プロトロンビン時間

腹水とはお腹の中の腹腔という場所にたまった水のことです。肝臓の機能が悪くなくても少量の腹水はありますが肝臓の機能が低下すると腹水が多くなりお腹が張った感じなどの症状がでます。腹水は利尿剤などの薬で良くなることがあります。

ビリルビンは赤血球が壊れた後にできる物質です。ビリルビンは肝臓で処理され体の外に出されます。肝臓の機能が低下している場合には処理しきれないビリルビンが体の中に溜まります。アルブミンはたんぱく質の一種です。アルブミンは肝臓でつくられます。肝臓の機能が低下するとアルブミンをつくる勢いがなくなり体の中のアルブミンが低い値となります。

ICG(アイシージー)はIndocyanine green(インドシアニングリーン)の略です。ICGを注射で体の中に入れると肝臓で代謝されます。正常な肝臓の場合は15分程度でICGは10%以下になります。肝臓の機能が低下している場合はICGを代謝するために時間がかかります。ICGが代謝される時間で肝臓の機能を推測することができます。ICG15の名称はICGを投与してから15分後に検査をすることを由来としています。プロトロンビンは血液を固める役割をもっています。プロトロンビンは肝臓でつくられるので肝臓の機能が低下するとプロトロンビンが低下します。

以下の表は細かな数値になるので次に進んでも理解の差し支えにはなりません。

 

肝障害

A

B

C

項目

腹水

なし

治療効果あり

治療効果少ない

血清ビリルビン(mg/dl)

2.0未満

2.0-3.0

3.0超

血清アルブミン(g/dl)

3.5超

3.0-3.5

3.0未満

ICG15(%)

15未満

15-40

40超

プロトロンビン活性

(%)

80超

50-80

50未満

参考:原発性肝癌取扱規約 第6版

肝障害度の決め方は5項目について評価をして、2項目以上が該当する分類を肝障害の分類とします。2項目以上該当するものが重複する場合は肝障害度が高い方を採用します。

例えば肝障害度Aに該当するものが4項目、肝障害度Bに該当するものが1項目に該当した場合には肝障害度Aになります。肝障害度Bが3項目、肝障害度Cが2項目の場合は肝障害度はCになります。

肝臓がんの手術に適しているのは肝臓がんの個数が3個以下で、大きさに関してはあまり制限を設けてはいないケースが多いです。手術は焼灼療法などでは治療できない大きさで、単発のものなどが向いていると考えられています。病変が4個でもその位置によっては手術も選択肢としてあがるとは思いますが、多くは肝動脈化学塞栓療法が選ばれることが多いです。

肝臓がんは大きくなると血管の中に入り込み目で見える病変以外にも小さな転移を肝臓の中で作ります。大きくなればなるほどにその危険性は高まります。手術では目で確認できる病変とその周りの正常にみえるけれども目に見えない転移が起きている可能性がある病変も一緒に取り除くことができます。これは手術以外の焼灼療法ではできないことです。

肝臓がんに限らず、がんの治療ではその後の生存期間が治療に対する重要な結果になります。

「第22回 原発性肝癌追跡調査報告書」から手術をした人の生存期間を知ることができます。腫瘍の大きさ、個数に注目します。

 

1年累積生存率

5年累積生存率

10年累積生存率

2cm以下

96.7%

77.4%

47.1%

超2-3cm

95.3%

71.9%

44.2%

超3−5cm

92.7%

66.2%

38.0%

超5-10cm

86.6%

58.1%

39.0%

超10cm

73.9%

45.6%

27.5%

肝臓がんの治療には手術以外に焼灼療法や肝動脈化学塞栓療法などがありますが、これらの治療法は腫瘍が大きすぎると治療の効果があまり期待できないと考えられています。焼灼療法は原則として3cm以下の病変に対して行います。肝動脈化学塞栓療法には腫瘍の大きさの決まりはありませんが、腫瘍が大きい場合には塞栓する動脈がいくつもあるので治療が難しくなることが予想されます。

手術後の生存率を腫瘍の大きさごとに分けて比べてみると、腫瘍が大きくなるにしたがい生存率は低下しているものの、大きな腫瘍に対してもある程度の治療効果が期待できることが読み取れます。サイズの大きな肝臓がんでは他の治療法と比べて手術の効果が発揮されやすいと考えられます。

 

1年累積生存率

5年累積生存率

10年累積生存率

1個

93.4%

71.5%

44.9%

2個

90.0%

58.9%

32.2%

3個以上

79.6%

42.7%

21.0%

手術後の生存率を腫瘍の個数別に分けて比べてみると、腫瘍が2個以上になると累積生存率が低下している傾向が読み取れます。肝臓がんの数が多い場合には手術の効果が発揮されづらいと考えられます。

腫瘍が4個以上の場合には治療法として肝動脈化学塞栓療法が選ばれることが多いです。

参考:第22回 全国原発性肝癌追調査報告

肝臓がんの手術にはいくつか方法があります。肝臓を切り取る範囲で手術の方法は分けられます。

  • 肝臓がんの手術

    • 部分切除 

    • 亜区域切除 

    • 区域切除 

    • 葉切除 

厳密には上の他にも肝移植がありますが、ここでは主に肝臓がんを取り除く手術について解説します。

図:肝臓のクイノー分類。

それぞれの方法は以下で個別に説明しますが、下に行くに従って肝臓を切り取る範囲が大きくなります。なぜ手術の方法がいくつもあるのでしょうか。

がんは見た目より周りに広がっていることがあるので広い範囲で切除をした方が確実性は増します。しかし、そうすると正常な部分も大きくとることになり、手術後の臓器の機能に影響してしまうことがあります。最適な切除範囲とは、がんを十分にとりきりかつ切除する正常な部分はできるだけ小さくすることです。

方法がいくつもあるのは、できたがんの大きさに合わせるためです。大きながんでは当然ながら大きな切除範囲が必要ですし、小さながんでは大き切り取る必要はありません。

以下ではそれぞれの方法について解説します。

肝臓の部分切除は、肝臓がんとその周りだけを切除する手術です。一個あたりの病変を切除する範囲は最小になります。

肝臓は表面上は一つの塊に見えます。しかし肝臓の中に入り込んでいる血管に注目すると、血流の範囲は8つの部分に分かれています。

肝臓には門脈という血管が入ってきます。門脈から来た血流は、8つの部分(亜区域)に分かれて流れます。肝臓がんは門脈に沿って肝臓内に転移(肝内転移)しやすい性質があります。そこで、門脈を目印として肝臓を切り取ることで、小さな転移がありそうな場所をまとめて切り取ることができます。

門脈に沿って8つにわける分類をクイノー分類(Couinaud分類)といい、8つの部分を亜区域といいます。亜区域にはS1からS8という番号が振り当てられています。

亜区域ごとに切除をする肝切除の方法を亜区域切除といいます。

肝臓は肝臓の中に入り込んでいる門脈によって分けられます。8つの亜区域よりも広い範囲で区切る方法があります。

肝臓を4つにわける分類をヒーリー・シュロイの分類といいます。4つの部分を区域といいます。区域は後区域、前区域、内側区域、外側区域の4つです。区域ごとに切除する肝切除の方法を区域切除といいます。

肝臓は大きく左右に分けることができます。左右の境界がカントリー線です。カントリー線とは下大静脈と胆嚢を結ぶラインのことです。カントリー線より右の肝臓を右葉、左の肝臓を左葉といいます。肝臓の半分をがんとともに切除する手術の方法を葉切除といいます。

肝臓がんの手術の方法にはいくつかあります。手術の方法がどのようにして選ばれるのかを説明します。肝臓がんの手術では肝臓を切除してがんを取り除きます。肝臓を切り取ると肝臓の機能が低下します。肝臓は生命を維持するのに大事な臓器です。手術の前に手術後の肝臓の機能が十分であることを確認しておく必要があります。

肝臓をどれくらい切り取れるのかを推定する方法としてよく使われる基準があるので紹介します。

表の解説をします。

腹水の有無といくつかの検査を用いて手術ができるかどうか、手術の方法を判断します。ビリルビンやICG-R15は肝臓の機能を推定する際の重要な検査です。詳しくは「肝臓がんの検査で何がわかる?」で解説しています。

手術の方法はこのようにして様々な根拠を元にして決められます。

参照:Am J Surg.1995;169:589-94

図:腹腔の概念。

腹腔鏡手術(ふくくうきょうしゅじゅつ)は、お腹にいくつかの穴を開け、そこから腹腔鏡と鉗子(かんし)と呼ばれる長い道具を挿入して行う手術です。お腹に穴をまずひとつ開け二酸化炭素を注入してお腹の中(腹腔)を膨らませます。お腹を膨らませることにより手術をする空間ができます。内視鏡(腹腔鏡)を挿入してお腹の中を観察します。お腹の中の様子は画面に映しだされます。

続いて、お腹にいくつか鉗子を挿入するための穴をあけます。穴が全て空いたところで鉗子を挿入し、お腹の中での操作を開始します。鉗子の先はマジックハンドのようになっており、ものを切ったり掴んだりできます。

腹腔鏡手術は、お腹に持続的に二酸化炭素を送り込むのでお腹の中の圧が高い状態になります。腹腔鏡手術ではお腹の中の映像を拡大して見ながら操作ができます。

腹腔鏡手術は体の表面につける傷が小さいので、手術後に痛みが少なく、手術後に体を動かしたりすることに有利に働きます。

肝臓がんの腹腔鏡手術は、難しい手術の一つとされています。手術を希望される場合は、主治医からメリットとデメリットを聞いて判断することが大事です。

腹腔鏡手術は開腹手術に比べて傷が小さくて済みます。傷が小さいと手術後すぐに体を動かすことができるので回復も早いです。腹腔鏡手術では手術後1週間程度で退院することも可能です。対して開腹手術では傷が癒えるのに時間がかかり入院期間は長くなりがちです。

肝臓は血流が多い臓器なので手術の途中で急に激しい出血がおきることがあります。このような不測のできごとには開腹手術の方が対応はしやすいです。

肝臓の腹腔鏡手術は難しい手術の1つです。特に肝臓を切り取る範囲が広くなればなるほどに難しくなります。肝臓内視鏡外科学会では手術をすることができる施設を定めています。腹腔鏡手術はメリットが強調されることが多いですが、デメリットもあります。医師から説明される起こりうる合併症などを理解して治療法を選ぶことが大事です。

肝臓がんの状態によっては手術ではかなり大きく肝臓を切除しなければならないことも想定されます。がんの手術は切り取る範囲が大きいほどその効果は高いと考えられます。しかし肝臓を切除しすぎると肝臓の機能が保てなくなることもありえます。肝臓の機能が保てない状態を肝不全といいます。肝不全が起きると命に危険が及ぶこともあります。

そのために手術の前に肝臓を大きくする治療をすることがあります。肝臓を大きくするには門脈という血管に塞栓物資を注入して血流を止めます。

例えば手術で右側の肝臓を切除する肝右葉切除を予定したとします。右側の肝臓は手術で切除してしまうので必要がない部分とも考えられます。そこで右側の肝臓に行く血流を止めてしまいます。この場合、血流を止める血管は右の門脈になります。血流がなくなった右葉は小さくなります。代わりに左葉が大きくなります。左葉が大きくなる分、手術後の肝臓の機能も増加し、手術後の肝不全が起きる危険性が減少し、手術による安全性が向上すると考えられています。経皮経肝門脈塞栓療法(PTPE)の効果は治療後1ヵ月程度ででてくると考えられています。

手術が上手くいってもある程度の確率で合併症が起きてしまうことがあります。合併症とは手術によって発生する症状や病気のことです。肝臓がんの手術は大掛かりな手術で体への負担も大きくなります。

肝臓は血の塊に例えられる臓器です。手術では肝臓を切り進んでがんを正常な肝臓の部分と共に取り出します。肝臓には無数の血管が張り巡らされています。血管の中には糸のように細いものもあります。手術では細い血管を丁寧に糸で縛ったり、止血ができる道具で止血をしながら切り進んでいきます。手術中には出血量が多くなり時として輸血が必要になります。

手術の後に出血することもあります。手術は止血が十分であることを確認して終了します。しかしながら手術の後にじわじわと出血してくることもあります。出血の程度がひどくなければ様子をみることもあります。出血の程度が重大と考えられる場合には再手術をして止血をすることもあります。

肝不全は肝臓が機能しなくなることです。肝臓がんは肝炎や肝硬変を背景にして発症します。肝炎や肝硬変では肝臓の機能が低下しています。手術の前には手術後の肝臓の機能を推定して臨みますが手術後に思ったより肝臓の機能が落ち込んでしまうことがあります。肝動脈に血の塊(血栓)ができてしまったりすることが原因のこともあります。肝臓の機能の落ち込みが大きい場合には黄疸、脳症(意識障害)、腹水などの症状が現れることがあります。このような状態を肝不全といいます。もし肝不全になれば命に影響を及ぼすこともあります。

肝臓には血管とともに胆管という管が張り巡らされています。胆管は胆汁という液体が流れます。胆汁は食べ物の消化を助け、ビリルビンという物質の排泄などをする役割を担っています。手術では肝臓を切ってがんを取り出します。胆管も血管と同様に糸で縛るなどして手術後に胆汁が切った面(切離面)から出ないようにします。出血がないのを確認するのと同様に切離面から胆汁が漏れ出ないことを確認して手術は終えますが、そのときにはわからなかった胆汁の漏れが手術後に見つかることがあります。これを胆汁漏といいます。胆汁はアルカリ性の液体です。胆汁が漏れ続けるのは体にとってよいことではありません。胆汁漏の量をみてそのまま経過をみることが可能なのか、再手術が必要なのか、他の治療が必要なのかを検討します。

腹腔内膿瘍はお腹の中にの溜まりができることです。手術後数日してみつかることもあります。腹腔内膿瘍ができると発熱の原因になったりします。腹腔内膿瘍の治療は膿の溜りに体の外から針を刺して膿を体の外にだします。同時に抗菌薬を投与して感染を抑え込みます。

創部(そうぶ)とは手術で切った傷のことです。手術ではお腹を切開します。手術中は抗菌薬(抗生物質)を使用して感染の予防に努めています。それでも手術後は免疫力が弱まったりするので創部についた細菌が増殖して感染を起こすことがあります。

創部に感染が起こると、傷を開けたりして膿を体の外に出す必要があります。膿を出すために早めに皮膚の抜糸をすることがあります。創部感染は手術後の経過で体調が回復して栄養状態が改善されれば傷口に肉が盛り上がってきてやがて傷が閉じます。創部感染は、患者さんから見やすい場所で起きる合併症なので心配になることもあると思いますが、一日一日、少しずつよくなっていきます。

腹部の手術後には一定の確率で腸が動かなくなる腸閉塞という合併症が発生します。腸閉塞にはいくつかの分類があります。

手術の後によく起こるのは麻痺性腸閉塞です。手術による影響が腸管に及び、腸が動きを止めてしまうことが原因になります。一番気を付けなければならない腸閉塞は絞扼性腸閉塞です。絞扼性腸閉塞とは腸が捻(ねじ)れて腸への血流がなくなり腸が壊死する危険な状態です。この2つの腸閉塞を手術後に見分けることが重要です。腸閉塞は早期に対応する必要があるので手術後、医師は腹部の診察を繰り返し行い適宜レントゲン撮影などを行います。腸閉塞で手術の必要がないと判断した場合は食事を一時中止して腸を休ませます。

腸閉塞(麻痺性、閉塞性)の治療として以下のことを行います。

  • 食事を一度やめてみる  

  • 経鼻胃管、またはイレウスチューブの挿入

  • 脱水を予防するために点滴を行う

  • 消化管の動きを良くする薬の内服や点滴

麻痺性腸閉塞や閉塞性腸閉塞では、腸を安静にするために食事を一時中止します。飲水は許可されることもありますが、脱水になりやすいので十分な点滴を行い、後述する経鼻胃管やイレウスチューブを鼻から胃や腸まで挿入して腸液を身体の外に出して腸管の負担を軽減します。他には消化管の動きをよくする漢方薬(大建中湯)などを飲んで腸の動きが良くなるのを待ちます。

図:経鼻胃管(NGチューブ)の概念図。

経鼻胃管は細長いチューブです。鼻から入れて胃まで挿入し、溜まった胃液を体の外に出します。経鼻胃管のことをNGチューブ(nasogastric tube)という施設もあります。

イレウスチューブは経鼻胃管より長いもので先端が胃の先の腸まで到達することができます。

漢方薬の大建中湯は消化管運動を改善する効果を期待して使われることがあります。大建中湯は乾姜(カンキョウ:生姜の根茎を乾燥したもの)、人参(ニンジン)、山椒(サンショウ)という3種類の生薬から構成されます。3種類とも食品などとしても比較的身近なものです。大建中湯は、一般的には「お腹や手足が冷えて腹痛、吐き気、腹部膨満感などがある」ような状態に適するとされています。

大建中湯は腸管血流量の増加作用や抗炎症作用などをあらわし、術後の腸閉塞腸閉塞による腹痛、膨満感などの改善に対して有用とされています。また神経伝達物質セロトニン系への作用、消化管ホルモンであるモチリンの分泌促進作用、知覚神経への作用などによって腸管収縮などを促すことで開腹手術の後に生じる消化管運動障害を改善する効果が期待できるとされています。

肝臓は右上腹部にある臓器です。腹部の臓器では胸に近い位置にあります。肝臓の手術の影響が胸にまで影響して胸に水が溜まることがあります。特に右胸に水が溜まることが多いです。手術で肝臓の右側を剥がす操作などが影響していると考えられています。手術後の胸水は時間とともに少なくなっていきます。胸水が多い場合には呼吸に影響する可能性があるので胸に針を刺して胸水を抜く場合があります。

参考:日本消化器外科学会誌 1993;26:51-55
 

手術後にお腹に水が溜まることがあります。お腹に溜まる水を腹水といいます。手術後の腹水は肝臓の機能が低下していることを原因として起こります。肝臓がんの人はもともと肝硬変などで肝臓の機能が低下している場合があります。そこで手術によって肝臓を切り取るとさらに肝臓の機能が低下します。腹水がたまるとお腹が張って苦しく感じるかもしれません。

腹水は手術後に体の状態が上向くと減っていきます。溜まっている腹水を尿として出すために利尿剤を使用したり、腹水の量があまりにも多いときにはお腹に針を刺して腹水を直接抜いたりもします。

深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)とは、足などの静脈の中に血栓ができることです。血栓とは血の塊のことです。

同じ姿勢を長時間とりつづけると足などの血液の流れが滞り、血栓ができやすいことが知られています。手術中や手術後は患者さんの姿勢が変わらないことが多いので血栓ができやすいです。飛行機などで同じ姿勢を継続することで血栓ができるエコノミークラス症候群も同じ現象です。

血液の塊が体を流れていくと、肺の血管に詰まる肺塞栓症(はいそくせんしょう)や肺梗塞(はいこうそく)を起こし、致死的な状態に陥ることがあります。深部静脈血栓症を予防するために施設によっては血液を固まりにくくする薬を使用したり、機械を使い足を持続的にマッサージしたりすることもあります。手術後には許可の出ている範囲内で体を動かすことが大事です。

せん妄譫妄、せんもう)とは、軽度から中等度の意識混濁に幻覚、妄想、興奮などの様々な精神症状をともなうものとされています。たとえば話しかけても反応が通常より悪い、見えないはずのものを見えると言う、妄想をしていると思われる発言を繰り返す、異常に興奮しているなどの状態です。

せん妄は高齢者に起こりやすく、血液中の電解質のバランスが崩れることなども原因の一つです。環境の問題としては手術などで身体にストレスが加わり環境が大きく変わることなども原因として知られています。

せん妄に対しては薬物療法に効果があります。あまりにもせん妄の状態が重度で患者さんや身の回りの人の身体に危険が及ぶと判断されたときには、やむをえず身動きができないようにすることがあります。これは手術後でドレーンなどの管が身体に入っているのを抜いたりすることを予防するためです。

せん妄は一時的なことが多く、身体の回復に伴い改善することが多いですが、頻繁にせん妄状態に陥るときには精神科の医師によって専門的な治療を開始されることがあります。

肝臓がんの手術時間は切除する肝臓の大きさによって変わってくるので一概にはいえません。平均的には6-8時間と考えられます。手術時間については主治医に確認しておくことをオススメします。肝臓を部分的に切除する部分切除と肝臓の半分を切除する葉切除ではやはり葉切除の方が時間がかかります。

手術時間は手術がうまく行ったかどうかの目安にはあまりなりません。体型などによって手術が速く進む患者さんも時間がかかる患者さんもいます。手術時間が長引くと上手くいかなかった訳ではなく、逆に手術時間が短かったから上手くいったとも言えません。

もし手術中に大きな変更があるときには手術中にも執刀医もしくは主治医から説明があるのが普通です。それがなければ手術が終わるのを待つことに徹することをお勧めします。待ち時間は心配でいてもたってもいられないと思います。患者さんも同じです。手術後には労いの言葉をかけてあげてください。

肝臓がんの手術の費用は約40万円から140万円ほどになります。このうち1-3割が自己負担になります。ただし次に説明する高額療養費制度などを利用することで実質的に負担する金額は減る場合があります。

費用に幅があるのは手術の方法によって違ってくることや入院期間で金額の前後があるからです。

入院費用は治療の前に気にかかるものの一つだと思います。病院には医療費などの相談に乗ってくれる窓口があることが多いので相談してみることをオススメします。

高額療養費制度とは、家計に応じて医療費の自己負担額に上限を決めている制度です。

医療機関の窓口において医療費の自己負担額を一度支払ったあとに、月ごとの支払いが自己負担限度額を超えた部分について、払い戻しがあります。払い戻しを受け取るまでに数か月かかることがあります。

たとえば70歳未満で標準報酬月額が28万円から50万円の人では、1か月の自己負担限度額が80,100円+(総医療費-267,000円)×1%と定められています。それを超える医療費は払い戻しの対象になります。

この人で医療費が1,000,000円かかったとします。窓口で払う自己負担額は300,000円になります。この場合の自己負担限度額は80,100円+(1,000,000円-267,000円)×1%=87,430円となります。

払い戻される金額は300,000-87,430=212,570円となります。所得によって自己負担最高額は35,400円から252,600円+(総医療費-842,000円)×1%まで幅があります。

高額療養費制度について詳しくは厚生労働省のウェブサイトやこちらの「コラム」による説明を参考にしてください。

あらかじめ医療費が高額になることが見込まれる場合は「限度額適用認定証」を申請し、認定証を医療機関の窓口で提示することで、自己負担分の支払い額が一定額まで軽減されます。高額療養費制度で支払われる還付金の前払いといった位置づけになります。入院中の差額ベッド代などは対象外となります。

肝臓がんの手術はがんの手術の中でも大きな手術です。手術に臨むときには患者さんもしっかりと準備をしておくことをオススメします。

朝から手術が始まったとします。大きな肝切除では次に目覚めるともうとっくに夕方かもしれません。手術室に入り麻酔が始まり、意識が遠のいたと思ったら次の瞬間には「手術が終わりましたよ」という声で目覚めることになると思います。

手術の後は集中治療室に移動して過ごしますが、夜はなかなか眠れないと思います。時計を何度も見て、なかなか時間が過ぎていかないことに驚く人もいます。手術当日はとにかくじっとして体を休めることに専念することをお勧めします。集中治療室では医師や看護師が何度も見に来ると思います。手術がうまくいかなかったわけではありませんので安心してください。肝切除は大きな手術です。医師は少しの変化も見逃さないように観察をしているのです。

手術後、1日目には検査結果などから問題ないと判断され、立位(立ち上がる)など最低限の動きを許可されることもあります。無理せずに少しずつ体を動かすことが重要です。いきなりは体が言うことを聞いてくれないものです。また肝臓がんの手術後は体に多くの管が挿入されています。誤って引っ掛けて抜けてしまってはおおごとです。何をするにも周りの人に一声かけてからするようにすることが大事です。遠慮はいりません、周りもそのほうが安心すると思います。病院によってはICUで何日か過ごしたあとに一般病棟に帰ることもあります。

一般病棟では少しずつできる範囲で身の回りのことをやっていくことが体を回復させる近道です。まだドレーンなどの管がつながったままなので、無理は禁物です。その後順調であれば、少しずつ体の調子が上向いてきて管も一つ一つ外れていきます。

管の多くが抜けて点滴もなくなるところまでくれば少しずつ回復が実感できてきて、自信も出てくるかもしれません。無理は禁物ですが、少し負荷がかかる程度には病棟の中を歩いたりしてみてもいいでしょう。食事が始まっていれば、ゆっくりと食べるようにしてください。食事をたくさんとったからといっていきなり体力が回復するわけではありません。食欲がないのに無理に食べる必要はありません。むしろ食欲がないことは体の異変を知らせるサインかも知れません。体調が少し変だなと思ったりした場合には、担当医に積極的に聞いて不安を解消してください。

退院が近づいてきたら、退院後に注意するべきことをしっかりと質問して確認しておくことが大事です。

肝臓がんの手術後は生活で制限が多くはありません。お腹を切る手術ですが、腸を切る手術に比べると普段どおりの食事にもどるのも早いです。開腹手術は筋肉を切る距離が長いので痛みや突っ張った感じなどが残るとは思いますが時間の経過とともに徐々によくなっていきます。

肝臓がんの治療は手術後も続きます。肝臓がんは肝炎や肝硬変を背景として発生することが多いです。肝炎や肝硬変を治療する必要があります。治療は継続する必要があります。

退院後は外来を受診して肝臓の超音波検査や血液検査をして肝臓の機能や腹水がないかなどを確認します。

肝臓がんの治療では手術は非常に大事な治療法です。誰だって名医に手術をしてもらいたい気持ちになるのは理解できます。ここでは手術の名医についていくつかのポイントを考えてみます。

名医の定義はありません。医師と患者の関係も人間同士の関わりなので、出会った医師を名医と呼べるかどうかは患者さんそれぞれの考え方が大きく影響します。つまり名医の定義はその人によって異なると考えられます。ここでは具体的な病院や医師の名前を挙げることはしませんが、肝臓がんの名医に出会う方法を考えてみたいと思います。

肝臓がんを根治する(がんを体からなくす)には、手術が有力な手段です。肝臓の手術は難易度が高く、手術後の合併症も深刻なものが多いです。執刀医や手術をする施設がどれだけ肝臓がんの手術に慣れているかは重要です。肝臓の手術は出血量が多く身体への負担が大きいので経験がものをいうところもあります。必ずしも手術件数だけで熟練度を測ることはできませんが、目安にはなるでしょう。

今、手術をする場所などで悩んでいる場合は、日本肝胆膵外科の定める高度技能専門医という制度を参考にしてみるのは価値ある方法かもしれません。高度技能専門医は学会が定める

肝臓・胆嚢・膵臓に関する難易度の高い手術に精通している医師に対して認定された資格です。高度技能専門医は、日本肝胆膵外科学会のウェブサイトで施設と医師の名前が公表されています。認定施設は一定数以上の手術を行っている施設に認定されています。

手術には手術件数や経験などが重要だと思いますが他に大事なことはあります。主治医を信頼できるかは大事なことです。もし今、主治医の先生がいて信頼できると考えているならば、その医師に手術をお願いするのもいいと思います。手術後はかなり身体が疲弊します。そんなときには今までお世話になった医師の顔をみるだけで元気がでるものです。

医師や施設選びは重要ですが、どこで手術を行うかを極力早く決めて手術を受けたほうが治療の効果が高いと考えられます。適切な情報を見極め決断を行うことが重要です。