低ナトリウム血症の治療:生理食塩水・3%食塩水・サムスカ®︎など
低ナトリウム血症では体の水分量に応じて治療法が異なります。体の水分量が少ない場合にはナトリウムとともに水分を補う治療、体の水分量が多い場合は利尿剤を使って余分な水分を出すことをします。
1. 低ナトリウム血症の治療を考える上で大切な分類
様々なことが原因で低ナトリウム血症は起こります。治療を考える時には「 低ナトリウム血症の原因」で紹介したメカニズムによる分類を少し改変したもので考えるとわかりやすいです。具体的には以下の三つの視点で分類します。
一つ目は低ナトリウム血症が何かの欠乏で起こっている場合です。このような場合には、不足しているものを補うことが治療になります。例えば、甲状腺機能低下症では
二つ目は低ナトリウム血症がナトリウムの量と水分の量どちらの異常で起こっているかです。低ナトリウム血症は血液中のナトリウム濃度が低い状態であり、体の水分量に比べてナトリウムの量が少ない場合に起こります。つまり、体の中のナトリウムの量が正常でも体の水分量が多ければ起こりますし、逆に体のナトリウムの量が少なければ、体の中の水分量が正常でも低ナトリウム血症は起こります。
三つ目は低ナトリウム血症が薬の副作用で起きている場合です。薬の副作用で起きている場合は原因の薬剤を中止したり、変更します。ただし、もともとの病気の関係上、薬を中止できない場合もありますので、対応については担当の医師との相談が必要となります。
ここでは低ナトリウム血症を以下のように分類します。
- 低ナトリウム血症が何かの欠乏で起こっている場合
- 体の水分量は減っているが、ナトリウムの量はもっと減っている場合
- 嘔吐・下痢
- 脱水
- 中枢性塩類喪失症候群:CSWS
ミネラル コルチコイド反応性低ナトリウム血症:MRHE
- 体の水分量はほぼ正常だがナトリウムの量と比較すると少し多い場合
- 多飲症
- 抗利尿
ホルモン 分泌異常症:SIADH
- 体の水分量が著しく増えている場合
- 薬の副作用で起こっている場合
- 抗てんかん薬
- 抗うつ薬
抗精神病薬 - 利尿薬
以下、それぞれの分類における治療を説明します。
低ナトリウム血症が何かの欠乏で起こっている場合
低ナトリウム血症の原因がナトリウムを上げるホルモンの不足や食塩の摂取不足である場合には、不足しているホルモンや食塩を補充することが重要です。具体的にはアジソン病では
体の水分量は減っているが、ナトリウムの量はもっと減っている場合
ナトリウムの欠乏とともに水分も減っている場合には、ナトリウムの補充とともに水分の補充を行います。口から水分が取れる場合にはスポーツドリンクなどのナトリウムの入った飲料水を飲みます。もし、口からの摂取が難しい場合には、生理食塩水と呼ばれるナトリウムの入った点滴をします。生理食塩水でも十分なナトリウムの補充が見込めない場合は3%食塩水と呼ばれる、より濃い点滴で補充を行うこともあります。生理食塩水や3%食塩水に関しては後ほど詳しく説明します。
体の水分量はほぼ正常だがナトリウムの量と比較すると少し多い場合
多飲症や抗利尿ホルモン分泌異常症では水制限と呼ばれる飲水量の制限を行うことで治療をします。多飲症や抗利尿ホルモン分泌異常症では多くの場合、飲水量の制限を行うだけで体の中の水分量が丁度良い量となり、低ナトリウム血症が改善します。ただし、飲水量の制限だけで良くならない抗利尿ホルモン分泌異常症ではトルバプタン(サムスカ®︎)やモザバプタン(フィズリン®)という薬が使われることもあります。トルバプタン(サムスカ®︎)とモザバプタン(フィズリン®)に関してはあとで詳しく説明します。
体の水分量が著しく増えている場合
心不全、肝不全、腎不全などで体の水分量が著しく増えている場合は飲水量の制限に加えて、利尿剤を使って体の中の水分量を調節することが多いです。この時に使う利尿剤としてはトルバプタン(商品名:サムスカ®︎)という薬が選ばれることが多いです。これは多くの利尿剤が尿と一緒にナトリウムを出してしまう作用があるのに対し、トルバプタンは尿にナトリウムを排出することなく尿量を増やす作用があるためです。トルバプタンに関してはあとで詳しく説明します。
薬の副作用で起こっている場合
抗てんかん薬、抗うつ薬、抗精神病薬、利尿薬などの副作用で低ナトリウム血症が起こることがあります。利尿薬の中でもフロセミドやヒドロクロロチアジドと呼ばれる薬で起こることがあります。薬の副作用が原因で低ナトリウム血症が起きている場合には、原因となっている薬を中止したり、変更することで改善が見込めます。ただし、もともとの病気の関係上、薬を中止できない場合もありますので、対応については担当の医師との相談が必要となります。
2. 低ナトリウム血症の治療で使う点滴や薬の解説
低ナトリウム血症の治療ではナトリウムの入った点滴をしたり、利尿剤を使って余分な水分を出すことを試みます。低ナトリウム血症の治療には具体的に以下のような点滴、薬を使います。
- ナトリウムの補充のための点滴
- 生理食塩水
- 3%食塩水
- 利尿剤
- トルバプタン(サムスカ®︎)
- モザバプタン(フィズリン®)
それぞれを使う場面などを説明します。
ナトリウムの補充のための点滴
ナトリウムの量とともに体の中の水分も減っているタイプの低ナトリウム血症ではナトリウムと水分の補充のために生理食塩水や3%食塩水などの点滴をすることがあります。ここではこれらの点滴について説明します。
■生理食塩水
生理食塩水は医療用の0.9%の食塩水(100ml中に0.9gの食塩が溶けた水)のことで、病院で用いられる代表的な点滴の一つです。濃度を0.9%にしている理由は、0.9%の食塩水に溶けている物質の量(浸透圧)が血液に溶けている物質の量と近いためです。
生理食塩水のナトリウムの濃度は、血液検査で使われている単位に換算すると154mEq/Lであり、血液のナトリウムの濃度(正常値:135から145mEq/L)より少し高いことから、体にナトリウムを補充したい時に向いている点滴と言えます。生理食塩水は低ナトリウム血症の程度に応じて1日1L~3L程度点滴します。ただし、尿からナトリウムが大量に漏れ出ている場合など、生理食塩水のみで低ナトリウム血症の改善が見込めない場合には、次に述べる3%食塩水を使います。
■3%食塩水
生理食塩水のみで低ナトリウム血症の改善が見込めない場合には3%食塩水が使われます。ただし、3%食塩水という医療用の食塩水があるわけではなく、生理食塩水と10%塩化ナトリウム注射液という医療用の食塩水を混ぜることで3%食塩水にします。具体的には生理食塩水400mlと10%塩化ナトリウム注射液120mlを混ぜると3%食塩水を作ることができます。
利尿剤
利尿剤は尿の量を増やす薬です。
心不全や肝硬変では体の中の水分量が増える結果、血液中のナトリウム濃度が薄まることで低ナトリウム血症が起こります。そのため、心不全や肝硬変では体の水分量を減らし、低ナトリウム血症を改善するためトルバプタン(商品名:サムスカ®︎)という利尿剤を使うことがあります。また抗利尿ホルモン分泌異常症に対してはトルバプタンやモザバプタン(フィズリン®)が使われることもあります。
■トルバプタン(商品名:サムスカ®︎)
バソプレシンと呼ばれる抗利尿ホルモンの作用をブロックすることで尿量を増やす薬で、日本では主に心不全や肝硬変により体の水分量が増えた時の治療に使われています。
バソプレシンは本来、尿の中の水分を血管内に吸収させる作用があります。トルバプタンはバソプレシンの作用をブロックすることで、尿の中の水分を吸収できなくし、利尿作用を発揮します。
一般的に利尿薬と呼ばれる薬(フロセミドやヒドロクロロチアジドなど)は腎臓でのナトリウムと水分の吸収を阻害することで利尿作用をあらわすため、低ナトリウム血症が副作用として知られています。一方でトルバプタンはバソプレシンに作用することで利尿作用を発揮するので、低ナトリウム血症が起こりにくい薬になっています。
トルバプタンの注意すべき副作用には高ナトリウム血症があります。これはトルバプタンでは水だけの吸収を阻害することにより血液が濃縮されることで血液中のナトリウム濃度が急激に高くなることがあるためです。
他にも脱水、口渇、腎障害、頭痛、めまい、便秘、
トルバプタン製剤であるサムスカ®は発売当初(2010年10月)は15mg錠のみでしたが、2018年11月現在では7.5mg錠のものも発売されていて、用量調節が必要な場合などで使われています。なお、サムスカ®には錠剤(普通錠)のほかに、OD錠(
■モザバプタン(商品名:フィズリン®)
トルバプタン(商品名:サムスカ®)と同様に抗利尿ホルモンのバソプレシンの作用をブロックすることで利尿作用をあらわす薬で、日本では2006年に保険承認されています。
抗利尿ホルモン分泌異常症のように抗利尿ホルモンであるバソプレシンが過剰に分泌されている状態では、腎臓での水の吸収が促進されることによって血液中のナトリウムが薄まり、低ナトリウム血症をきたします。
モザバプタンは腎臓でのバソプレシンによる水の再吸収を邪魔することで、利尿作用を発揮し低ナトリウム血症を改善します。
作用の仕組みが似ているようにモザバプタンの注意すべき副作用もトルバプタンと共通点が多く、脱水、血液中のナトリウムの変動、口渇などの消化器
低ナトリウム血症の治療上の注意点
低ナトリウム血症の治療では低くなった血液中のナトリウム濃度を回復させる必要があります。しかしながら、ナトリウムの値を戻す時には一つ大事な注意点があります。それはナトリウムの値をあげるスピードです。具体的には24時間で10-12mEq/L以上を上昇させてはいけないとされています。
これは、ナトリウムの血液中の濃度が急速に上昇すると脳の橋(きょう)と呼ばれる場所が壊れてしまう(専門的には橋中心
そのため、治療が必要な低ナトリウム血症では原則入院となります。1日に何度も採血をしながら、ナトリウムの濃度が上がっているスピードが早すぎないか確認しながら治療を行います。