お酒の飲み過ぎで膵臓が溶ける?:膵がんにもつながる慢性膵炎とは

慢性膵炎(まんせいすいえん)という病気を知っていますか?
この病気の原因の約半分は「飲酒」といわれ、筆者が医師として出会う慢性膵炎の患者さんの多くはお酒好きであると実感しています。また、飲酒同様に喫煙も慢性膵炎に悪影響を与えることがわかっています。
このコラムを通じて飲酒や喫煙のリスクについて知りつつ、バランスの取れたライフスタイルを過ごして欲しいと願っています。
1. 膵臓(すいぞう)とはどのような臓器か?
膵臓についてよく知らない人も多いと思うので、最初に簡単に説明をします。膵臓は横長の臓器で、胃(みぞおちのあたり)の後ろ側にあります。
膵臓には大きく2つの機能があります。
- 内分泌機能(血中に
血糖 を調節するホルモン を出す機能) - 外分泌機能(消化
酵素 を含む膵液を出す機能)
血糖を調節するホルモンとしてよく知られている
一方で、消化液の一つである膵液を作って分泌する機能もあります。膵液にはたんぱく質を分解するキモトリプシン、脂質を分解するリパーゼ、糖質を分解するアミラーゼなどの消化酵素が含まれています。膵液を分泌する機能のことを「外分泌機能」といいます。
2. 働き者の膵臓が壊れると自らを溶かしてしまう
膵臓が何らかの原因でダメージを受けてしまうと、上述の膵液が膵臓自体を溶かして傷つけます。傷ついて
慢性膵炎が進行すると、消化液の分泌機能が低下して下痢や消化不良などの
3. 慢性膵炎になると膵がんのリスクが高まる
さらに、慢性膵炎の人は、膵がんになるリスクが慢性膵炎でない人に比べて高いといわれています。厚生労働省の研究班による報告では、慢性膵炎の人の膵がんによる死亡(標準化死亡比)が、そうでない人に比べて約7.84倍高かったとの統計があります。また、慢性膵炎になると平均寿命が男性で約10年、女性で約16年も短かったとの統計もあります。
4. 飲酒は慢性膵炎の最も多い原因である
では、慢性膵炎の原因には何があるのでしょうか。慢性膵炎を引き起こす原因の約半数は飲酒であり、最も多い原因といわれています。アルコールは膵臓を傷つけます。長年の飲酒で傷ついた膵臓は徐々に正常な機能を失って、前述のように慢性膵炎を引き起こすことがあります。医療現場では「楽しく飲んでいただけなのに」と言う慢性膵炎患者は少なくありません。また、飲酒と同様に、喫煙も膵炎の発症リスクを上昇させるといわれています。お酒もタバコも嗜好品ですが、身体への影響を正しく知っておくことが大切です。
そのほかに遺伝や
5. 慢性膵炎を早期に発見するためには
傷ついてしまった膵臓を元に戻すことは現代の医療では難しいため、慢性膵炎では早い段階で見つけて適切な対処をすることが大切です。しかし、実は慢性膵炎を早期に診断するのは簡単ではありません。膵臓は皮膚から最も遠いところにあるので、お医者さんがお腹を触って調べる触診や、お腹に超音波を当てて中をみる経腹
そこで、消化器内科の医師として、飲酒習慣のある人に気にして欲しいのが「みぞおちの痛み」や「背中の痛み」といった症状です。ついつい胃の調子が悪いで済ませてしまう痛みですが、慢性膵炎が隠れていることも少なくありません。
あなたの痛みは本当に「胃の痛み」なのか?
日々の診療を振り返ってみると、膵炎患者の多くは「胃が痛い」という訴えで来院します。確かに、胃があるみぞおちの痛みは、胃潰瘍や機能性胃腸症などの胃の病気の症状であることが多いです。しかし、
飲酒の習慣がある人で、飲酒後にみぞおちや背中の痛みが出るようあれば、慢性膵炎が疑わしいと考えられます。
原因が特定できていないみぞおちの痛みがあるときには、早期慢性膵炎を考慮して、まず、禁酒・禁煙を行ってみてください。早期慢性膵炎が痛みの原因であれば、禁酒・禁煙だけで症状が和らぐことがあります。同じく、みぞおちの痛みの原因となる逆流性食道炎も、飲酒・喫煙が症状を悪化させるといわれているので、禁酒・禁煙だけでよくなるみぞおちの痛みは多いと考えられます。
慢性膵炎が疑われる症状があったら何科を受診すれば良いか
慢性膵炎が進行して膵臓が大きく障害されると、
つまり、腹痛や消化不良などの症状がある人が、上記の検査を受けた結果異常が見つからなくても、早期の膵炎が存在している可能性はあります。そのため、もし原因不明のみぞおちの痛みがあるようであれば、早期膵炎を考慮して禁酒・禁煙を始めるとともに、消化器科にて診察を受けてみても良いかもしれません。必要に応じて胃カメラ(
ただし、超音波内視鏡を行える施設は限られているので、受けてみたい人は事前に施設に問い合わせてみるとよいでしょう。
6. やめたくてもやめられないのがお酒とタバコ
ここまで、慢性膵炎は早期発見が難しいことや、疑わしい症状があればまず禁酒・禁煙をはじめて欲しいことを説明してきました。しかし、お酒もタバコも依存性が高く、なかなかやめられないのが現実だと思います。
やめたいと思っていても禁酒は簡単ではありません。困っている人には、アルコール専門外来という選択肢もあります。医療機関では一人ひとりにあった禁酒方法を相談でき、状況によってはシアナマイド、アカンプロサートカルシウムなどの禁酒の補助薬が処方されることもあります。
また、禁酒は本人の意思だけでは難しいため、理解のある家族や仲間のサポートがあると心強いです。依存状態になると、一人でいる時についつい、お酒を飲んでしまうことも多いです。コンビニや酒屋では数百円でアルコールが手に入るので、その便利さが逆に状況を苦しめたりもします。もし、協力してくれる人が近くにいたら、自分が飲もうしている姿を見かけたら止めるように頼んでみてください。そして、周りにお酒をやめられない人がいる場合は、飲まないように見守ってサポートをしてください。断酒会などで同じような悩みを抱えている仲間と交流を持つのも良いです。
禁酒と同様、禁煙にも専門外来があり、禁煙補助剤などを利用して禁煙をサポートしてくれます。(詳しくはこちらのコラムを参考にしてください。)禁煙外来では近年、オンライン診療も開始されており、今後普及が予測されます。弊社のCLIN
7. まとめ
繰り返しのアルコール摂取によって膵臓が傷つくと、自身がつくる膵液で自らを溶かして慢性膵炎が引き起こることがあります。慢性膵炎は見つけにくい病気であり、原因不明のみぞおちの痛みがある人は、禁酒・禁煙を心がけると同時に専門医へ相談することをお勧めします。
本コラムを読んで、一人でも多くの人が働き者の膵臓に無理をさせず、健康的な生活を送っていけることを願っています。
執筆者
・Andriulli A ,et al. Smoking as a cofactor for causation of chronic pancreatitis:a meta-analysis. Pancreas 2010 ;39:1205-1210
・下瀬川徹 他:慢性膵炎の実態に関する全国調査. 厚生労働科学研究費補助金分担 平成20年度研究報告書, 111-113 2008
・正宗淳 他: アルコール性膵炎の実態調査 膵臓27:106〜112, 2012
・大槻 眞,藤野善久:慢性膵炎登録患者の予後および死因に関する検討. 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 難治性膵疾患に関する調査研究. 平成 19 年度 総括・分担 研究報告書,98-102 : 2008
・田中雅夫,大塚隆生,下瀬川徹:慢性膵炎と膵癌の関連性についての調査研究. 厚生労働科学 研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 難治 性膵疾患に関する調査研究. 平成 24 年度 総 括・分担研究報告書,166-169 : 2013
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。