本コラムでは、サル痘の世界と日本の疫学について解説を行い、今後日本でも流行していくのかについて考えていきます。
サル痘は欧米中心に世界中で流行している
サル痘は、オルソポックスウイルス属のサル痘ウイルスによる感染症です。これまでサル痘は、アフリカで主にげっ歯類などの動物からヒトへ感染している感染症でした。米国、英国、シンガポール、イスラエルなどからも散発的に感染者が出ていましたが、いずれもアフリカで感染して国内に入ってきた輸入例です。
例えば、米国テキサス州では、2003年4月に、輸入された動物をきっかけにサル痘のアウトブレイクが発生しました。
【米国テキサス州で起きたサル痘のアウトブレイク例】
- サル痘に感染したげっ歯類がガーナから輸入された
- テキサス州の動物販売業者で、サル痘に感染したげっ歯類とプレーリードッグが接触してサル痘がうつった
- 感染したプレーリードッグがペットとして販売され、47人がサル痘に感染した
しかし、本事例において死亡例は報告されず、ヒトからヒトへの感染の報告もありませんでした。
今回の流行の発端は、2022年5月7日になります。英国から、サル痘の流行地域であるナイジェリアに渡航していた人がサル痘を発症したとの報告がありました。5月13日に、5月7日の事例と関係なく、渡航歴がなく、また最近渡航歴がある人との接触もない家族2人の感染が報告されました。さらに、5月15日に、同じく渡航歴がなく、先に報告された事例と疫学的関連性がない4人の感染者が報告されました。この4人は、男性と性行為を行う男性(Men who has Sex with Men:MSM)でした。
以降、欧米中心に感染が拡大しました。今回の流行はヒトからヒトへと感染が広がった可能性が高いと言う点で、従来と異なります。世界的な流行を受け、WHOは、2022年7月21日にサル痘の流行をPHEIC(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)と宣言しました(図1)。
図1 これまでのPHEIC(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)の事例
年度 | 事例 |
2009年 | 新型インフルエンザ |
2014-2016年 | エボラ出血熱(西アフリカ) |
2014年-現在 | ポリオ |
2016年 | ジカ熱 |
2018-2020年 | エボラ出血熱(コンゴ民主共和国) |
2020年-現在 | 新型コロナウイルス感染症 |
2022年-現在 | サル痘 |
2023年1月20日時点で、110の国と地域で84,733人の感染者と、80人の死亡が確認されています。死亡者の多い主な国は、米国21人、ブラジル14人、ペルー12人などです[1]。感染症の報告数は2022年の夏から秋頃がピークとなり、幸いにも現在は減少傾向です。
日本でも2023年1月20日時点で9人の感染者が報告されている
サル痘は、日本では感染症法の4類感染症に指定されており、診断されたすべての患者について直ちに届出をしなくてはなりません。日本国内では集計の開始された2003年以降、海外からの輸入例を含め、これまでサル痘患者の報告はありませんでした。今回の流行で、2023年1月20日時点で、日本でも9人の感染者が報告がされています(図2)[2]。全員男性で、状態は安定しています。
図2.日本から報告された9人の感染者[2]
1人目 | 2人目 | 3人目 | 4人目 | |
年齢 | 30代 | 30代 | 20代 | 30代 |
性別 | 男性 | 男性 | 男性 | 男性 |
居住地 | 東京都 | 国外(北中米) | 東京都 | 国外(欧州) |
受診日 | 2022年7月25日 | 7月27日 | 8月4日 | 8月9日 |
渡航歴 | 欧州 | 北中米 | なし | 欧州 |
症状 | 発熱、頭痛、発疹、倦怠感 | 頭痛、筋肉痛、倦怠感、口内粘膜疹 | 頭痛、身体の痛み、寒気、倦怠感、発疹 | 発疹 |
接触歴 | 渡航先で、その後サル痘と診断された者との接触あり | 記載なし | 発症前に海外から日本を訪れた短期滞在者と接触あり | 記載なし |
状態 | 安定 | 安定 | 在日米軍医療機関に入院 | 安定 |
5人目 | 6人目 | 7人目 | 8人目 | 9人目 | |
年齢 | 60代 | 30代 | 40代 | 40代 | 30代 |
性別 | 男性 | 男性 | 男性 | 男性 | 男性 |
居住地 | 東京都 | 東京都 | 東京都 | 神奈川県 | 東京都 |
受診日 | 9月20日 | 9月29日 | 10月4日 | 12月14日 | 2023年1月16日 |
渡航歴 | なし | なし | なし | なし | なし |
症状 | 発熱、頭痛、背部痛、発疹、リンパ節腫脹 | 発疹、リンパ節腫脹 | 発疹 | 発疹、リンパ節腫脹、咽頭痛、倦怠感 | 発疹、発熱、倦怠感 |
接触歴 | 発症前に海外から日本を訪問中の者と接触あり | なし | なし | なし | なし |
状態 | 安定 | 安定 | 安定 | 安定 | 安定 |
1-5人目は、海外渡航歴があったり、海外渡航歴のある者との接触歴があります。一方で、6-9人目は、海外渡航歴がなく、海外渡航歴のある者との接触歴が確認できていません。このような事例も報告されていることに注目が必要です。
今後、日本で流行するのか?
サル痘の世界と日本の流行状況をみてきたところで、今後、日本で流行するのかどうかについて考えていきます。まず、サル痘に限らず報告されている陽性者の数は、全患者の氷山の一角である可能性があることに注意が必要です(図3)。
図3.報告数は氷山の一角
図3に示すように、「報告された人」の下には、「診断はされたけれども報告されていない人」がいます。その下には、「検査を受けていない人」がいて、さらにその下には「受診をしていない人」がいます。そして1番下には「無症状の人」がいます。このように、ニュース等で見る感染者数は全体のごく一部に過ぎず、実際はその何倍もの感染者がいる可能性がある、ということです。
次回以降のコラムで解説しますが、サル痘の主な感染経路は、「性行為時などの皮膚・粘膜接触による接触感染」です。水面下に無症状や未検査の感染者がいる状況でヒトとヒトとの接触の機会が増加すれば、感染する機会も増加します。また、サル痘と感染経路が似ている「梅毒」や「淋菌」や「クラミジア感染症」が完全にゼロにならないことを考慮すると、同様にサル痘も、このまま報告数が減少したとしても完全にゼロにはならないと考えられます。
サル痘は、主に2022年の夏に世界で流行しました。その頃日本では渡航制限や行動制限があり、海外を行き来する人は多くありませんでした。渡航制限や行動制限が大きくない現在のような状況で、世界で流行すれば、海外からの輸入例が日本でも増加する可能性があります。
おわりに
幸いにも2023年1月20日時点で、世界におけるサル痘の感染者数は減少傾向です。しかし、完全にゼロにはならず、流行はしなくても、少なくとも散発的に感染者が出ることが予想されます。今後もコラムを通じてサル痘について解説していきますので、正しい知識を身につけ、正しく恐れましょう。
【サル痘関連コラム】
1. (本記事)世界中で感染拡大しているサル痘とは? 日本でも今後流行するのか?
2. サル痘の感染はどのようにして対策したらよいのか?
執筆者
1. WHO:Multi-country outbreak of monkeypox, External situation report #14 - 19 January 2023 (2023年1月20日閲覧)
2. 厚生労働省.:サル痘について. (2023年1月20日閲覧)
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。