2021.08.31 | コラム

国産新型コロナワクチンの開発はどのくらい進んでいるのか(2021年8月31日)

日本で開発中の新型コロナワクチンの進捗と、国内のワクチン開発が遅れている理由について解説します

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新型コロナウイルス感染症に対するワクチン接種は、医療従事者・高齢者への接種から職域接種、一般接種へと徐々に範囲が拡大しています。現在のところ国内ではファイザー社(アメリカ)、モデルナ社(アメリカ)、アストラゼネカ社(イギリス)のワクチンが使用されており、日本政府の努力で全国民の接種に必要な量のワクチンが確保されています。

しかし、製造拠点が主に海外にあることから、ワクチンの供給についてはコントロールできない部分があることも事実です。また、規定のワクチン接種を完遂した人でも一定の時間がたつとワクチンの効果が低下してしまう可能性が指摘されており、今後はインフルエンザに対するワクチンのように定期的にワクチン接種が必要になるかもしれません(追加・定期接種の可能性についてはこちらのコラムを参考にしてください)。

このような状況の中で日本国内にワクチンを安定供給するためには、国産ワクチンの製品化が急務と考えられます。このコラムでは、日本における国産新型コロナワクチンの開発がどこまで進んでいるのかを解説します。

*本コラムは2021年8月30日現在の情報に基づいています。

 

現在開発中の国産ワクチンは?

2021年8月現在、国内で開発されている主な新型コロナウイルスワクチンは下の表のとおりです。

 

開発者 ワクチンの種類 進捗状況
塩野義製薬
国立感染症研究所
UMNファーマ
組み換えたんぱくワクチン
  • 2020年12月に第I/II相試験を開始
  • 第III相試験を2021年内に開始予定
第一三共
東大医科学研究所
mRNAワクチン
  • 2021年3月に第I/II相試験を開始
アンジェス
大阪大学
タカラバイオ
DNAワクチン
  • 2020年12月に第II/III相試験を開始
  • 2021年8月現在、データを解析中
KMバイオロジクス
東大医科学研究所
国立感染症研究所
医薬基盤・健康・栄養研究所
不活化ワクチン
  • 2021年3月に第I/II相試験を開始
VLPセラピューティクス mRNAワクチン
  • 2021年10月に第I相試験を開始予定

 

開発者をみると、製薬会社と大学や研究所などが共同開発を行っていることが分かります。製薬会社のもつ既存のワクチン開発のノウハウと、大学や研究所がもっているウイルスについての基礎研究のデータを組み合わせることで、新型コロナウイルスに対するワクチン開発を迅速に進めようという狙いがあります。また大手の製薬会社ではありませんが、ワクチン製造についての新技術を持つ会社が開発に参画しているケースもあります。

 

第I/II相試験、第II/III相試験とは?

進捗状況の列に書かれている第I/II相試験、第II/III相試験とはどのようなものなのでしょうか? ワクチンを含む医薬品の開発では、段階的に治験(臨床試験)を行って薬剤の効果と安全性を評価します。第I相試験からはじまり、次に第II相試験が行われ、そして最後に第III相試験で有効と判定された薬剤のみが市場に出て人々のもとに届きます。第I~III相試験について、以下に簡単にまとめます。

 

  • 第I相試験:少人数の健康な成人を対象とした試験で、特にどのような副反応が起こるのかをチェックします。
  • 第II相試験:数十人規模の人を対象とした試験で、最も効果的かつ安全な接種方法(接種量、接種回数、接種間隔、接種経路)を見つけます。
  • 第III相試験:数百人から数万人規模の人を対象にワクチンを接種して有効性・安全性を最終検証する臨床試験です。第III相試験では、試験に参加した人を「ワクチンを接種する人」「ワクチンと同じ見た目の偽薬を接種する人」の2つのグループに分けて効果を調べる「ランダム化比較試験」という方法がとられることが多いです。

 

今回の国産ワクチン開発で採用されている第I/II相試験、第II/III相試験とは、治験の2つのステップを同時に行う方法です。一般的に、第I/II相や第II/III相というようにまとめて試験を行うほうが、薬剤が承認されるまでの期間を短縮できると言われています。

 

  • 第I/II相試験:第I相試験と第II相試験を同時に行うやり方です。副反応が起こるかどうかを注意深く観察しながら、最も効果の期待できる接種量や接種スケジュールを決める試験です。
  • 第II/III相試験:第II相試験と第III相試験を同時に行うやり方です。試験に参加した人を複数のグループに分け(通常は3グループか4グループ)、最適な投与スケジュールを決めると同時に、臨床試験の最終ステップである有効性と安全性の確認をクリアするというものです。

 

上の表ではアンジェス社と大阪大学が共同開発しているDNAワクチンが現在第II/III相試験を終了してデータの分析を行っており、もっとも実用化に近いと言えます。

ワクチン開発についてさらに詳しく知りたい人はこちらのページも参考にしてください。

 

ワクチンの種類について

上の表を見ると、開発中のワクチンにはさまざまな種類があることが分かります。それぞれについて簡単に解説します。

 

組み換えたんぱくワクチン

新型コロナウイルスの遺伝子情報を元に、ウイルスを構成するたんぱく質の一部を人工的に作り出してワクチンの原料とします。このたんぱく質を身体に投与することで新型コロナウイルスに対する免疫を得ます。「組み換えたんぱくワクチン」という名前は、遺伝子情報からたんぱく質を作る過程で遺伝子組み換え技術を利用していることに由来します。

実用化されている組み換えたんぱくワクチンには、B型肝炎ワクチンやヒトパピローマウイルスワクチンなどがあります。新型コロナウイルスワクチンとしては、COVAXX社 (アメリカ)も組み換えたんぱくワクチンの開発を進めています。

 

mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン

ファイザー社やモデルナ社のワクチンに利用されている技術で、報道などで耳にする機会が多いかもしれません。

新型コロナウイルスを構成するたんぱく質(の一部)の設計図である、メッセンジャーRNAと呼ばれる物質を使ったワクチンです。メッセンジャーRNAは大変壊れやすいため脂質でできたカプセルで覆った状態で体内に注射します。すると、身体の中でメッセンジャーRNAからウイルスの一部のたんぱく質(感染性なし)が作られます。このたんぱく質に対する免疫を獲得することで、本物の新型コロナウイルスが身体に入ってきたときに迅速に免疫反応が起こり、発症や重症化を防いでくれるのです。

mRNAワクチンは新しいタイプのワクチンでこれまでに実用化された例はなく、新型コロナウイルスに対するワクチンで初めて製品化に至りました。

 

DNAワクチン

アンジェス社が新しい技術を用いて開発しているのがDNAワクチンです。

DNAワクチンではmRNAワクチンと同じく、新型コロナウイルスたんぱく質(の一部)の設計図であるDNAを体内に投与します。身体の中でDNAからウイルスたんぱく質(感染性なし)が合成され、これを標的にして免疫が強化されます。

DNAワクチンも新しいタイプのワクチンで、これまでに実用化された例はありません。アンジェス社の他に、イノビオ・ファーマシューティカルズ(アメリカ)がDNAワクチンの治験を進めています。

 

不活化ワクチン

新型コロナウイルスそのものを分離・培養し、感染する力をなくす「不活化」という処理を行ったものをワクチンとして精製したものです。新型コロナウイルスを構成するさまざまなたんぱく質が含まれ、これらのたんぱく質を標的とする抗体が作られることで新型コロナウイルスに対する免疫力を強化します。

不活化ワクチンは以前から研究が進んでおり、すでに実用化されているものとしてインフルエンザ菌b型ワクチン(Hibワクチン)や日本脳炎ワクチンなどがあります。

 

国産ワクチンの開発が遅れている理由は?

欧米を中心とした各国で新たなワクチンが続々と実用化されている中、日本国内でのワクチン開発は遅れていると言わざるを得ません。国産ワクチンの開発が遅れている理由を一言で言えば、「日本のワクチン開発体制が整っていなかったから」ということになります。いくつかのポイントを説明します。

 

ワクチン開発のための研究費不足

ワクチンの開発には、長い時間と多額の研究開発費がかかります。ワクチンの候補物質を見つける基礎研究にはじまり、実際の製品が発売されるまでには約10-15年の時間がかかり、研究開発費の総額は約1000億円とも言われています。それに加えて、ワクチンの候補となって開発がスタートした物質のうち全ての臨床試験をクリアして製品化される割合は約10分の1未満とされており、必ずしも実用化にたどり着けるわけではありません。つまりワクチンを開発する企業にとっては、社会的意義は大きいがかなりリスクの高い事業であると言えます。

以前は日本でもワクチン開発が積極的に行われていました。現在、世界中で使用されている水痘ウイルスワクチンは1974年に日本で開発されたものです。しかし、その後ワクチン関連の研究費は縮小され、ワクチン開発に必要な研究体制(マンパワー、インフラ)が整備されてきませんでした。国からの十分な支援なしには製薬企業もワクチン開発を進めていくことはできません。今回の新型コロナウイルスワクチン開発に成功した諸外国では新興感染症対策を「国防」としてとらえており、以前から十分な予算を割いて準備してきています。

 

ワクチンを実用化するための治験・生産体制確保の支援不足

治験をはじめとした臨床試験を実施する体制を整えたり、薬事承認の手続きを行うためには年単位の長い時間がかかります。薬剤の安全性を担保するためにこのように慎重な仕組みができているのですが、今回の新型コロナウイルス感染症のような緊急事態ではこれらのプロセスを短縮する取り組みが必要です。例えば諸外国では「緊急使用許可(EUA, Emergency use authorization)」という緊急時に医薬品やワクチンを迅速承認する制度がありますが、日本にはこれに相当する仕組みが整えられていませんでした。

また、治験が終了した時点からすぐにワクチンを大量供給するためには、治験と並行してワクチンの生産設備を準備しておく必要があります。これは製薬企業にとっては非常に大きなリスクであるため、国などによる支援が必要不可欠です。諸外国ではこのワクチン製造体制に対しても2020年初頭から多額の予算を計上しており、治験終了後に即大量生産を開始できたのです。

 

日本における「ワクチン忌避」の傾向

日本では1970年代にワクチン健康被害関連訴訟が相次ぎました。すべての薬剤には副作用がありますので、ワクチンについても健康被害に対する救済制度が必要であることは言うまでもありません。

ただこの時に問題だったのは、マスメディアによる過剰な「ワクチン叩き」ともとれる報道によって、ワクチン接種のリスク・ベネフィットが正確に周知されなくなってしまったことです。筆者の周りの人に話を聞いても、「ワクチンは怖いもの」と感じている人が少なからずいます。そう感じるのは仕方のないことですが、ワクチンを打つことでどのような利益があるのか、ワクチンを打たないことでどのような不利益を被るのか、ということを十分に理解できている人は多くない印象です。公的機関や医療者からの正確な情報提供が必要なことはもちろんですが、マスメディアにも責任のある報道を期待したいと感じています。

 

このコラムでは新型コロナウイルスに対する国産ワクチンの開発状況について解説しました。日本におけるワクチン開発は後手を踏んでいると言わざるを得ませんが、その中でも懸命に開発を続けている企業・研究者がいるということを知っていただければと思います。また厚労省もワクチン開発を迅速化する取り組みを始めています。今後も感染症のパンデミックは起こりうるものですので、今回の反省を生かして国をあげた仕組みづくりがなされることを期待します。

 

参考文献

・厚生労働省ホームページ:新型コロナワクチン開発状況について

・厚生労働省ホームページ:新型コロナウイルスワクチンの早期実用化に向けた厚生労働省の取り組み

・塩野義製薬ホームページ:遺伝子組み換えタンパクワクチンの開発

・第一三共株式会社ホームページ:当社の新型コロナウイルス感染症対策への取り組み

・アンジェス株式会社ホームページ:新型コロナウイルス感染症関連情報

・KMバイオロジクス社ホームページ:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への取り組み

VLPセラピューティクス・ジャパンホームページ

(2021.8.30閲覧)

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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