2020.05.19 | コラム

日本でも新型コロナの抗体検査キットが実用されていく流れ?抗体の働きや検査精度について

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で注目されている抗体検査について説明します

日本でも新型コロナの抗体検査キットが実用されていく流れ?抗体の働きや検査精度についての写真

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の検査としてPCR検査が注目されてきましたが、ここ最近になって「抗体検査」という単語も聞かれるようになってきています。「抗体があるから大丈夫」や「予防接種を受けたから抗体がついたかな」といったセリフがよく言われますが、この抗体は何を指すものなのかもう少し掘り下げていきます。

抗体とはなにか?

抗体とは何かを考える前に必要となってくるのが免疫の仕組みについてです。人間には、体外から異物が侵入したときにこれを排除し、人体へのダメージを最小限にするシステムが備わっています。これを免疫といいます。

 

免疫にはいろいろなものが関わっている

免疫のシステムはとても複雑です。なぜなら多くのものが関わってバランスをとっているからです。例えば、好中球と呼ばれる血球成分も関わっていますし、リンパ球と呼ばれるものも免疫システムの一端を担っています。また、今回の話題となっている抗体と呼ばれる物質も免疫システムの構成の一つです。免疫に関連する物質を列記すると次のようになります。

 

【免疫に関わるものの例】

  • 組織のバリア
    • 皮膚
    • 気管の線毛
  • 自然免疫
    • 顆粒球(好中球など)
    • マクロファージ
  • 獲得免疫
    • B細胞性リンパ球(液性免疫)
    • T細胞性リンパ球(細胞性免疫)

 

免疫に関してはざっくりではありますが「感染症はどうやって起こるのか?新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をきっかけに感染症について考えてみる」で説明しているのでそちらに譲りますが、ここではポイントをお話します。

大雑把に言うと、「組織のバリア」のはたらきによって微生物が体内に侵入しても臓器に定着しにくくなります。また、「自然免疫」のはたらきによって侵入してきた微生物は異物として認識され、捕食などによって排除されます。「獲得免疫」は一度体外から入ってきた微生物を記憶して、その特徴に従って攻撃するようにする仕組みです。これらの免疫の仕組みは、各々で微生物から身体を守るように出来ているだけでなく、お互いに補い合ったりするため、とても入り組んだ形で有効に働くようにできています。

 

抗体は効率的に異物を排除するための仕組み

「抗体」は獲得免疫のキーである免疫の記憶において重要な役割を果たしています。抗体には微生物などの免疫のバランスを乱す物質である「抗原」を中和したり捕食したりするのを助ける働きがあります。「抗原」は必ずしも微生物とは限らず、アレルギー物質やがん細胞などもこれに当たりますが、ここでは微生物による感染症について説明していきます。

抗体はタンパク質で構成されており、専門的には免疫グロブリンと呼ばれます。微生物が体内に入るとこれを異物(抗原)として認識し、抗原にしっかりと結合する抗体が作られます。抗体は抗原を見分けて選択的に結合するため、体内に侵入した異物を効率的に排除することができます。また、一度作られた抗体はしばらく残存しているので、次に同じ微生物が体内に入ってきたときに素早く効果を発揮することが出来ます。つまり、抗体に関連する免疫システムはしばらく記憶されているという訳です。

 

抗体のはたらきは大きく3つ

もう少し詳しく見ていくと、抗体の働きは大きく3つあることが分かっています。詳しく話すと専門的になりすぎてしまうので、できるだけシンプルに説明すると次になります。

 

【抗体のはたらきの例】

  • 抗原と結合することで身体へのダメージを無力化する
  • 抗原に「しるし」をつけることによってマクロファージなどが捕食しやすくする
  • 補体と呼ばれる免疫機能を活性化して免疫効果を高める

 

つまりのところ、この3つのはたらきが機能することで抗原を外敵とみなして、これを効率的に排除することができます。

 

抗体にはどんな種類がある?

人間の抗体(免疫グロブリン)には種類が複数存在しています。免疫グロブリンのことを英語で「Immunoglobulin:イムノグロブリン」といい、これ略すと「Ig」となるのですが、種類ごとに「IgA」「IgM」といったように後ろにアルファベットがふられています。具体的には次の5種類になります。

 

【免疫グロブリンの種類】

名称 特徴
IgA 消化管(胃腸など)や気道(空気の通り道)に多く存在する
粘膜から侵入して感染が起こるのを防ぐ
IgD 役割が詳しくわかっていない
IgE 肥満細胞と結合するとアレルギーが起こる
IgG 血液の中にとても多く存在する
抗原を認識してこれを無毒化する力が強い
IgM 感染が起こると最初に作られる
補体を活性化する力が強い

5つも出てくると何がなんだかわかりにくくなってしまいますが、感染症に関連する抗体を考えるときにとても重要になるのが「IgG」と「IgM」です。少し難しくなりますがこの2つについてポイントを説明していきます。

 

IgMとIgGについて

感染症の抗体検査を行うときに調べるのは、「IgM」と「IgG」のいずれかまたは両方になります。この2つの抗体にはそれぞれ特徴があります。

IgMの最大の特徴は感染してからすぐに抗体が作られ始めることです。抗原に対応したIgMが作られるので、作られたIgMを調べるとどんな微生物によって感染症が起こっているかを推測することができます。一方で、IgMは体内から消えていくのも早いことがわかっていますので、感染が成立してしばらく経つと検査してもIgMを見つけることはできなくなってしまいます。

IgGは感染してしばらくしてから作られ始めます。そして作られた抗体は血液中に長期間残存します。つまり、感染症が完治しても、IgGを調べると高い数字が見られ続けるというわけです。

時間が経過するにつれてIgMとIgGはどう変化するのかを下に図にしてみます。

 

 

例えば、感染してから数週間ほど経つとIgMの値はだいぶ低下している一方で、IgGはまだピークになる手前であることがわかります。

しかし、ここで注意しなければならないのは上の図のように動くのは典型的なパターンなのであって、必ずしも同じようにならないということです。抗原となる微生物の種類や体調によっては違う動きをすることがありえます。つまり、感染しているのに抗体が思うように作られない(抗体価が高くない)こともあれば、抗体ができたのだけれども短期間で抗体がなくなってしまう(抗体価が下がってしまう)こともあるということです。

 

新型コロナウイルス感染症の抗体検査について

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関して抗体検査の話がニュースを賑わせています。色々な抗体検査が開発されており、感染症検出の救世主のように報じられている場合もあります。

COVID-19の抗体検査でもIgMとIgGの量を調べます。先ほどの図にあったようにIgMとIgGの出現するタイミングは少しずれていますが、感染の状態と抗体の出現にもタイムラグがあることに注意が必要です。とある論文では、COVID-19ではウイルスが侵入してから症状が出るタイミングよりも前にウイルスの体外への排泄がピークを迎える(周囲に感染させやすい)と報告しています[1]。別の報告では発症から6日以降経つと周囲への感染が見られなかったとしていますし[2]、ウイルス量に関しても発症から3,4週間ほど経つまでの間に漸減していくという報告もあります[3]。これを踏まえて、先ほどの図にウイルスの侵入からのウイルス量の変化も加えて図にしてみます。

 

 

みなさんがこの図を見ると、「症状が出てから数週間は患者の体内にウイルスがいるからやっぱり新型コロナは怖い」と思われると思います。しかし、別のコラムで詳しく説明していますが、PCR検査が陽性となったとしても感染性があるわけではないという点に注意が必要です。それはPCR検査はすでに死んでいるウイルスがいても陽性となってしまう弱点があるからです。症状が出てから1週間ほど経つと感染性はなくなってきているという報告が多く見られていますし、参考までにCDC(アメリカ疾病予防センター)ではこうした事実を踏まえて「症状が消失してから3日以上経過し、症状が開始したときから10日以上経過したら復職できる」という基準を示しています[4]。

 

抗体を調べるとどんなことがわかるのか?

COVID-19の抗体を調べると、新型コロナウイルスに感染したかどうかを推定することができます。また、IgMとIgGの両方の結果をあわせるといつくらいに感染したかも推定することができます。

 

【IgMとIgGの結果から推定できる感染症の時間軸】

  IgG陽性 IgG陰性
IgM陽性 感染して数週間くらい 感染して間もない
IgM陰性 過去に感染したことがある 感染していない

 

この結果を踏まえて感染の時期を推定できれば、自分が感染をうつしうる相手がわかったり、誰からうつったのかが見えてきたりします。とはいえ、抗体検査には先ほど述べたようなイレギュラーが一定確率で起こることは忘れてはいけません。

 

新型コロナの抗体検査は救世主となるのか?

そもそも抗体検査はCOVID-19に限らず多くの感染症に対して行うことができます。しかし、感染症診療の現場において、抗体検査は参考材料程度の立ち位置にしかなれないのが現実です。

その原因として大きく関係しているのが、抗体価の動きがケースによってさまざまであるという事実です。感染していても抗体が増えないこともあれば、完治しているのに抗体価が高いこともあり、結果を絶対的に解釈すると、感染を見逃したりもう感染していないのにまだ感染していると判断されたりしうるものです。

 

検査の精度はどのくらいなのか

検査には感度(病気がある人を正しく検査陽性とする割合)と特異度(病気がない人を正しく検査陰性とする割合)があります。この両方ともが高い値のときに精度が高い検査と考えることができるのですが、残念ながら今存在するあらゆる検査において100%の精度とはなりません。今話題のCOVID-19の抗体検査の精度はどのくらいのものなのでしょうか。

結論としては抗体検査の精度は不明です。新型コロナウイルスに関しては、抗体検査に限らず正しく感染の有無を判断できる検査が存在しません。参考までにPCR検査では感度が30-70%で特異度が90-99%と考えられていますが、この数字が本当であれば相当なエラーが生じています。(詳細は「新型コロナウイルスの検査に期待が高まる?検査はどこまで万能なのか」を参考にしてください。)

ですので、今は抗体検査の精度がどのくらいなのかを調べている段階ということになります。ちなみに、PCR検査を対照に精度を出している抗体検査がありますが、この結果が素晴らしい数字だったとしてもやはり精度は高くないと考えられます。現状のPCR検査の精度が高くないので、これを対照とした比較した数字が良いものであっても、かえって検証した検査の精度が高くないことを証明していることになってしまいかねません。

 

抗体がどのくらいの値を示せば次の感染を予防できるのか

「抗体がついたから感染症にかからなくなるね。良かったね。」と言われることがあります。この考え方は間違っていないですし、ワクチンはこの原理を用いて解釈できます。ただし、どの程度の抗体価になれば感染予防できるという基準値に関しての解明が進まないと、抗体検査を予防に役立てることは難しいです。COVID-19に関してはまだ抗体価と感染予防の関係が見えていない状況ですので、抗体の基準値ははっきりとはしていません

また、抗体があっても感染が起こることがあります。微生物によって差があるのですが、例えばインフルエンザなどはワクチンを打った人も、すでに感染した人もまた感染してしまうことがあります。インフルエンザと同じく季節性の風邪の原因ウイルスであるコロナウイルスでも、同様なことが起こっておかしくないかもしれません。

昨今新型コロナウイルスの変異株についての報道が増えています。どんなウイルスがどの程度感染を広めているかは定かではありませんが、今までのウイルスと少々性質の異なる(感染性の変化、重篤度の変化など)ウイルスが人に感染し始めているのは明らかです。ワクチン接種や今までの新型コロナウイルスの感染で抗体価が高まったとしても、変異株に対してどの程度有効なのかはわかりません。どんな人も引き続き手洗いとマスクの着用をするように務めるようにしてください。

 

検査で流行状況がわかる?

検査を用いてCOVID-19の罹患状況を調べたデータがあります。慶應義塾大学病院では「COVID-19以外で入院する無症状の患者に対してPCR検査を行ったところ、約6%(4/67人)が陽性だった」と報告していますし、神戸市立医療センター中央市民病院は新型コロナウイルスと関係のない症状で外来を受診した患者1000人のIgG抗体を調べたところが約3%(33/1,000人)が陽性であったと報告しています。

このように感染症検査を用いると感染の流行を推測することができます。ただし、検査を受けた人は病院を受診している人なので、何らかの症状を持っている人と元気な一般社会の人を単純比較するのは少し危うい点に注意が必要です。また、繰り返しになりますが、検査そのものの精度の問題もあるので、検査結果は流行状況の参考になるくらいで考えるほうが良さそうです。さらに、コロナウイルスの中でも新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)だけ抗体価が上がるのかもわかっていませんし、もしかしたら他のウイルスでも抗体価が上がるかもしれないので、さらなる検証が必要です。

 

結局なにが言えるのか

結論として、抗体検査の結果次第で感染症の有無を判断することはできないということです。もちろん参考材料にはなりますが、結局身体の状態や症状の経過や重症度を見ながら総合的に判断するしかないわけです。

また、流行状況を把握するツールとしてはイレギュラーを考慮しつつうまく使っていくのが正しそうです。

 

今回は新型コロナと抗体検査について考えていきました。免疫や抗体に関する検査はとても複雑で、結果を単純に受け取ることはできません。一方で、臨床現場で頑張っている医療者は、結果が不確実だからという事実を盾に現場から逃げることはできません。そのため、感染のリスクを承知で患者の身体を診察するべく近距離で向き合っているわけです。もちろん使命感のなせる力もあると思いますが、医療者だってみんなCOVID-19にかかるのは怖いです。しかし、今頑張る先に、できるだけ早い流行の収束と普段どおりの生活を送れる幸せを夢見ているのです。

病気の不安も自粛の不満も多いつらい時期とは思いますが、現状と上手に向き合いながら感染予防に努めてください。webを介した人とのつながりや情報の共有など、今までとは違うことを実践してみている人も多いと思いますが、これまで気付いていなかったものの良さを認識できた人もいるのではないでしょうか。そして、今回の経験を糧にすれば、必ずやってくる次の新たな感染症への対応を、より良いものにできるはずです。

 

一人ひとりの努力が未来を少しずつ変えていくのは確かだと思います。長い自粛の中でうっかり油断してしまっても、自分のためみんなのために修正しながら過ごしていきましょう。

【2021.04.22】
新型コロナウイルスに関する状況の変化に鑑みて、一部の記載をバージョンアップしています。

MEDLEY編集部

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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