すいぞうがん
膵臓がん
膵臓にできるがんの総称。早期で発見するのが難しく、経過が最も悪いがんの一つ
15人の医師がチェック 206回の改訂 最終更新: 2023.05.30

膵臓がんの緩和医療はどんな治療なのか?末期だけの治療?

緩和(かんわ)ケアをがんの積極的治療と並行していくことで患者さんの生活の質が向上します。緩和ケアの考えかたと治療内容について解説します。

緩和ケア(緩和医療)は必ずしも死が間近に迫った人に対する治療ではありません。一昔前は、一定の時期がきたらがんを攻撃する治療から緩和ケアへ移行するという考え方でした。現在ではがんと診断された時点から緩和ケアをがんの積極的治療と並行していくことが推奨されています。

1. 緩和ケアとは

WHO(世界保健機関)は緩和ケアを以下のように定義しています。

生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者と家族の痛み、その他の身体的、心理社会的、スピリチュアルな問題を早期に同定し適切に評価し対応することを通して、苦痛(suffering)を予防し緩和することにより、患者と家族のQuality of Lifeを改善する取り組みである

緩和ケアの考え方

緩和ケアはがんを攻撃する治療(手術・抗がん剤放射線治療)と同時に行うことも多いのです。

下に緩和ケアの考え方の模式図を示します。

【緩和ケアと抗がん治療について】

緩和ケアと抗がん治療について

上の図は、がん医療におけるがんに対する治療と緩和ケアの役割を示したものです。緩和ケアは、がんに対する治療ができなくなってから導入するものではありません。がんと診断されたときから必要であれば随時行っていきます。

診断されて間もない時期は、がんの診断・治療開始とともに、痛みなどの症状があれば取り除き、体力の消耗を防ぐことが緩和ケアの役割です。

治療の途中でも症状があれば取り除き、治療を継続できるようサポートすることも緩和ケアの役割の一つです。また、がん体験に伴う心身の苦しみを理解し、対処法を患者さんと医療者が一緒に考えることも緩和ケアに含まれます。

がんがかなり進行し、抗がん剤などの効果が期待しにくくなった状態では、治療の中で緩和ケアの重みがさらに増します。死にゆく過程から目を背けるのではなく、生きることを支援するために緩和ケアが役立ちます。もちろん症状を緩和し生活を維持することも変わらず緩和ケアの役割です。

緩和ケアは、がん治療に伴う副作用への対処や不安などの精神的問題にも積極的に対応することによって、患者さんの生活の質(QOL:Quality of life)を維持・向上させるために役立ちます。

緩和ケアの目的

緩和ケアの誤解

緩和ケアをよく知らないと誤解が生まれがちです。いくつか例を挙げます。

  • 誤解の例
    • 緩和ケアは治癒が望めない末期がん患者のための治療である
    • 緩和ケアは身体の痛みだけを取り除く
    • 緩和ケアはがん患者だけを対象にする
  • 正しい理解の例
    • 緩和ケアは病気の進行に関係なくいつでも受けられる
    • 緩和ケアは身体だけでなく、精神的、社会的、また人生観に関わる苦痛を和らげる
    • 緩和ケアは患者本人だけでなく家族も対象にする

緩和ケアでは、身体的な苦痛や気持ちのつらさを少しでも和らげるためのサポートを行い、それぞれの患者さんが“その人らしく”過ごせるようにしていくことを目的としています。

また、緩和ケアは末期がんの治療という印象があるかもしれませんが、がんの状態や時期に関係なく、診断されたばかりの時期から療養の経過中いつでも受けることができます。

がんと診断されたときから身体のどこかが痛む場合は、がんの治療が始まると同時に、痛みに対する治療も行われるべきです。膵臓がんの場合は、手術の影響や腫瘍の増大、転移によって痛みが起こることもあります。また、抗がん剤や放射線治療によって食欲不振や吐き気などの副作用が生じることもあり、それらの苦痛に対する治療も緩和ケアの一つです。

緩和ケアは身体以外も治療します。例えば、がんと診断されたことは程度の差はあっても大きなショックとなり、ひどく落ち込んだり、落ち着かなかったり、不眠になったりすることがあります。緩和ケアは、このような心のつらさも支えます。

緩和ケアで可能になること

一人一人に適した緩和ケアを受けて、十分な効果が出れば、治療生活が変わる可能性があります。いくつか想定できる例を挙げます。

  • 痛みが和らいだことで同じ体勢でも痛みを感じなくなり、放射線治療が楽になった
  • 夜眠れるようになったら、日中に多くの人と喋れるようになった
  • 一日中ベッド上で生活をしていたが、痛みがが和らいで歩けるようになった。もう一度抗がん剤治療を受けることができた
  • 一日中ベッドの上から動けなかったのに、座位や端座位で過ごしたり、車いすで散歩、外出・外泊ができるようになって、退院につながった

緩和ケアを行うことで、これまで諦めるしかなかった治療や療養の選択肢を増やすことができます。がん治療の早期から緩和ケアを行うことによって、患者さんの生活の質が向上するという考えもあります。

2. 緩和ケアについて患者さん自身が考えること

現代の日本は、2人に1人ががんになり、3人に1人はがんで亡くなります。がんは死因の第1位の病気です。

がん患者さんは、痛み・倦怠感などの様々な身体症状に加え、迫り来る死に対する恐怖や自分の人生に対する問い(生きる意味とは、なぜがんになったのかなど)、大切な家族と別れる恐れなどを感じます。

また、がんと診断された患者さんのご家族をはじめとする周囲の人たちも同じような気持ちを抱くことがあります。

QOLとその考え方

緩和ケアは、WHOの定義にもあるように、“QOLを支えるケア”と言えます。では、私たちの「QOL:生活の質・人生の質」は、どんなことで決まるでしょうか?

■Aさんの場合

Aさんの考え方はこうです。

  1. 「子どもに迷惑はかけたくないわ (他者の負担にならないこと)」
  2. 「母として最期までしっかりしておきたい (役割を果たせること)」
  3. 「身の回りの整理をしておきたいわ (残された時間を知り、準備すること)」

上の3つを特に大切に考えていますので、これらを尊重することでAさんのQOLを保つことや向上させることができると考えられます。

■Bさんの場合

一方、Bさんの考え方はどうでしょう。

  1. 「痛いのは絶対に嫌だ (苦痛がないこと)」
  2. 「自分の建てた家でずっと過ごしたい (望んだ場所で過ごすこと)」
  3. 「若者に子ども扱いされるなんて屈辱だ(自尊心を保つこと)」

上の3つをとても大切にしています。つまり、BさんのQOLを保つことや向上させることはAさんの場合とは意味が違うことがわかります。

このように、望ましい生き方をしてQOLを保つ方法は人それぞれで異なります。QOLは、多様で主観的な概念なのです。

日本人にとっての望ましいQOLとは何か?

日本で緩和ケア病棟遺族513人ほかを対象として、自分が将来がんになったときを想像して「大切にしたいことを」を質問した調査の結果があります。
 

  • 多くの人が共通して大切にしていること
    • 苦痛がない
    • 望んだ場所で過ごす
    • 希望や楽しみがある
    • 医師や看護師を信頼できる
    • 負担にならない
    • 家族や友人と良い関係でいる
    • 自立している
    • 落ちついた環境で過ごす
    • 人として大切にされる
    • 人生を全うしたと感じる
  • 人によって重要さは異なるが大切にしていること
    • できるだけの治療を受ける
    • 自然なかたちで過ごす
    • 伝えたいことを伝えておける
    • 先々のことを自分で決められる
    • 病気や死を意識しない
    • 他人に弱った姿を見せない
    • 生きている価値を感じられる
    • 信仰に支えられている

実際にがんになったときにはまた違うことを大切にしたいと考えるかもしれません。また、大切にしたいものは、個人で異なってくるのが当たり前です。とはいえ、ほかの人の考え方を知ることで視野が広がるかもしれません。

緩和ケアは手探りで始めなければならない所もあります。医療者はひとつの頼りとして患者さんが大事にしていそうなことを頭に入れて診療を始めます。関係が深まるにつれてその人が大切にしているものが共有できるようになり、よりよい緩和ケアが可能になります。

医療者がQOLを見る視点(淀川キリスト教病院ホスピス, 2001)

QOLを考えるときは全人的な苦痛を和らげることを目標とします。以下の4つの視点で検討します。

  1. 身体面:痛み、その他の身体症状、日常生活動作の支障など
  2. 精神面:不安、いらだち、孤独感、恐れ、うつ状態、怒りなど
  3. 社会面:経済的な問題、仕事上の問題、家庭内の問題、人間関係、遺産相続など
  4. 人生観の面:人生の意味への問い、価値体系の変化、苦しみの意味、罪の意識、死への恐怖、神の存在への追及、死生観に対する悩みなど

これらをバランス良く考えて全人的な苦痛を和らげるようにします。

全人的苦痛=トータルペインの図

人間として苦痛を抱えている患者さんを理解しようとするときには、身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、人生観における苦痛という4側面から苦痛を考えることができます。これらの苦痛は相互に影響し合っています。全人的苦痛(トータルペイン)として患者の苦痛を捉え、緩和していく必要があります。

緩和ケアについて考えるために気を付けること

緩和ケアを受けるときや受けている間に膵臓がんの状況が悪化してきた場合、今のままで良いのか不安になると思います。ここでは緩和ケアを受けるときに落ちついて考える方法の例を挙げます。

■考えたくないときは別に考えなくても良い

緩和ケアに向かうことにも多くのエネルギーを必要とします。まだ状況を受け入れられていないときや自分に余力がないときは、あれこれ考えることはできません。無理に考える必要はありません。

落ち着いてきて考える気力が湧いてきたら、緩和ケアをどのように利用したいかを考えてみてください。

■一人で考えない

一人で抱え込まずに、周囲の医療スタッフやご家族に相談することも大切です。人に相談することで気持ちも落ち着きますし、自分一人では思いつきもしなかった答えが出てくるかもしれません。

■治療を受けることが納得できるように

納得できていない治療を受けることは苦痛を増やしてしまいます。

その時その時の本人の納得感が最も大切です。考えてみたけれど緩和ケアを受けないとする決断も、一つの道として尊重されます。

療養生活のセルフケア

患者さんの生活状況は非常に多様です。入院生活が適している人もいれば、自宅で療養生活をしながら必要時に入院して治療を受ける人もいます。

ここでは自宅生活をする人がどのように過ごすのがよいのかを考えてみます。

以下は簡単なセルフケアの例です。

  • リラックスを目的にときどき深呼吸、腹式呼吸をする
  • 音楽を聴く、テレビを観る、おしゃべりする、家事をする、趣味を楽しむ、ペットを飼う、植物を育てるなど、自分が好きな気晴らしをする
  • 散歩する、軽い体操をする、ヨガをするなど、無理のない範囲で軽い運動をする
  • 自分にとって快適な環境や寝具(ベッド、ふとん、まくらなど)で、ぐっすり眠る
  • 心身に疲れを感じたら、無理をしないで安静にして休息をとる
  • 凝りを感じるところを軽くマッサージしてもらったり、手を当ててもらう
  • カイロ、電気毛布、湯たんぽ、温めたタオルなどを使って、だるさや不快感のあるところを温めてみる
  • 笑ったりぼーっとしたりして気分転換し、ストレスを発散する

気持ちが楽になる方法は人それぞれ違いますが、自分のやりたいことや人に認められるようなことをすることが良いかもしれません。

3. 家族や友人として患者さんを支える方々へ

家族や友人は患者さんにとって大切な「応援団」です。とくに心の緩和ケアの面では、家族や友人が大きな力になります。

一方で、家族や親しい友人の支えががんになったとき、どう接したらいいかわからなくて悩む人もいます。みんなそうです。患者さんを支えるために気をつけることを考えてみます。

患者さんを支えるために気をつけること

患者さんを支えたい気持ちはあっても、気持ちの不安定な患者さんをどう支えたら良いかわからない人も多いと思います。膵臓がんの患者さんと多く接している医師や看護師でもわからない場面はよくあります。戸惑うのは当然のことです。苦しい状況に立たされたときに人間の気持ちがどう動くのかは一人一人で異なるからです。

それでも最善の状況を目指すために、どういった形で患者さんと接するのが良いのか考えてみます。

■患者さんの思いを知る

がん患者さんの多くは、「病気になる前と変わらず普通に接してほしい」と思っています。一見そうでないように見えても、本当は普通に接してもらいたいのです。患者さん本人がどうして欲しいと思っているのか、その思いを知ることを優先してください。

■何でも話せる人がいると、心が軽くなる

ほんの些細なことであっても、話を聞いてくれる人が一人でもいると患者さんの気持ちは軽くなります。これはなにも特別なことではありません。患者さんにとって気兼ねなく話せる相手の存在はとても大切です。「話を聞く」というのも支える人の大切な役割です。

■言葉で伝えなくてもいい

患者さんの中には、たとえ相手が家族であっても、面と向かって話をするのが得意ではない人、口下手な人もいます。そういうときは、無理に言葉でコミュニケーションを取ろうとせず、見守ることが安心感を与えることにもなります。「私はあなたのことを大事に思っています」という思いの伝え方は、言葉以外にもあります。

■支え方は人それぞれ

家族であれ友人であれ、患者さんに手をさしのべる方法は人それぞれです。ひとつのやり方にこだわる必要はありません。話を聞く、体をさする、足を洗う、テレビを一緒に見る、読みたい本を探す、食事まわりの世話をするといったことを通じて、家族や友人それぞれの「得意分野」で患者さんを支えることが「緩和ケア」の根底にあります。

■支える側も無理をしない

周囲の人が張り切って支えていると、「自分が病気になってしまって、家族に迷惑をかけている」と申し訳ない気持ちになり、それがかえってストレスになる人もいます。心の重荷は分け合うことが大切です。

■自宅療養がベストとは限らない

住み慣れた家で過ごしたい患者さんにとって、自宅療養は良い面があります。しかし自宅療養がかえって患者さんにも家族にも負担になってしまう場合もあります。病院で療養に集中したほうがよい患者さんもいます。そのため、生活の状況と本人の意志を踏まえて、主治医や看護師やソーシャルワーカーと相談してみてください。

■自分の考えを押しつけない

良かれと思って行う「お節介」が患者さんを困惑させて、療養に悪影響を及ぼすことがあります。毎日の療養の中で患者さんが自分で考えて選んだことを優先してあげることが、緩和ケアの最も大切な要素です。

これらを守ることが必ずしも正しいとは限りませんが。もし患者さんとの関係がうまくいかなかったり、停滞した雰囲気を打開できないような場合は参考にしてみてください。

がんの告知について

かつての日本では、がんの告知は患者本人よりも先に家族のみに行われるのがあたりまえでした。現在ではまず本人に病状を伝えるべきと考えられています。病名や病状を知らされた患者さんは、ショックを受けるかもしれません。しかし、人間には「受け入れる力」があります。最近の調査でも、がん患者さんのほとんどが「自分のがんを知ってよかった」と回答しています。

■隠してもいいことはない

がんという病名を伏せていても、患者さんの体調の変化を隠すことはできません。少しずつ「何か隠しているのでは?」と不安になり、患者さんはかえって孤独になってしまいます。

身近な人を信じられないことは、患者さんにとって大きなストレスとなります。また、病気を隠すことは家族にとっても大きな精神的負担となり、患者さんをしっかりと支えられなくなることがあります。

■告知に不安があれば、専門家に相談する

「とても気弱な人だから、がんの告知を受け止められるでしょうか…」と悩む家族もいらっしゃいます。心配のある方は、がん患者さんの精神状態をよく知る専門家に相談してみてください。

がん患者同士の「つながり」、患者会や患者サロンを活用

がん治療に関する専門的な情報については、主治医をはじめとする医療の専門家の意見を仰ぐことが重要です。しかし、療養についての情報まで得ることは難しく、そんな時は患者さん同士のネットワークを利用し、他のがん患者さんとの交流を通して、実感に基づく情報を得られることがあります。医療者とは異なった視点からものを眺めてみると、思いもよらない発見に出会えるかもしれません。

■患者会や患者サロン

本人や家族同士ががんという病気を抱えている実感を共有できるのが、最大のメリットです。自分と似た年齢や症状の人がいると、抱えていた悩みを分かち合うことができます。「自分だけではないんだ」と思えることは大きな精神的支えとなります。

自分のがんに特有の痛みや症状について、実体験に基づいた情報を集めることができます。

家族にとっても有益な場所となる場合があり、家族が患者さん本人には聞きづらい情報も集めることができます

■患者会や患者サロンはどこにあるのか?

患者会の多くは患者同士の意見や情報交換の場ですが、本来の目的を離れて特定の治療やサプリメントの宣伝を目的としたものもあるので、インターネットなどで患者さん自身が探すときには注意が必要な場合もあります。医療機関の相談窓口を利用して探すのが安全かもしれません。

インターネット上の情報を利用する

現在社会では、インターネットを利用すれば多くの情報を得ることができます。しかし、インターネットには推測や憶測を超えないレベルの内容も少なくありません。中には正しい情報もありますが、十分な情報量がまとまっているサイトは少ないです。また、商業目的のものも多く、偏った情報を信じてしまうと、間違った知識が身についたりお金を無駄に費やすことになってしまいます。どの情報が自分にとって有益かを判断するのは簡単ではありません。

インターネットの情報を上手に利用する方法の例があります。

  • サイトを主治医に見せてみる
  • サイトの評判をネットで見てみる

シンプルな方法ですが、この2つをやってみるとよい情報の整理ができるかもしれません。

サイトにあった情報がいい加減なものだった場合、鵜呑みにして損をするのは患者さんです。サイトの情報主は、どんなにあなたが損を被っても補償はしてくれません。インターネット上の情報を利用するのは非常に便利で、有効な場合もありますが、多くの情報から正しいものを選択する必要があります。

4. 周囲の人はがん患者さんをどう支えていくか?

患者さんが葛藤を抱えることは言うまでもないですが、その家族や周囲の人もまた同じような思いを抱えています。

根治が難しくなったとき

がんに対する治療に効果が見られなくなったときには、本人の失望や不安の感情が生まれるのは当然のことだと思います。医療者や家族は「大丈夫」「心配いらない」など安易な言葉をかけるのではなく、不安な気持ちを肯定することこそが大切です。いつもの自然な会話から始めることでお互いのいつもの自然な関係が思い出されるかもしれません。

治療の効果が得にくくなった状況で患者さんと話し合う時に気を配ることの例を挙げます。

  • 考えられる選択肢の利益・不利益を挙げ、セカンドオピニオンなど「納得して決めた」と思えることを目標にして話し合う
  • 患者さん本人の価値観や生き様を大切にする
  • 説明が足りないために誤解してしまう場合や、得も言われぬ不安に対する反応として、一見病気を理解していないかのような反応(否認)が生じる場合にも、無理に「納得しよう(させよう)」とする必要はない

余命について

周囲の人々は、患者さんが残された時間を心配していることに対して、理解するよう努め、声をかけることが大切です。

患者さんが余命について質問したとき、余命そのものを知りたいわけではないこともあります。まず、余命に関する質問をした理由を探って、それぞれで対応を変えることも必要です。

余命の長さそのものに関心がある場合、患者さん本人はどれくらいと予期しているのか、どの程度正確に知りたいのかを尋ねることも必要です。はっきりした見込みを知りたいと希望している場合でも、余命はある程度幅をもった期間で提示されることが多く、予測は不確実なものであることは知っておくべきです。

5. 緩和ケアについての誤解

緩和ケアは以前の日本では最期が間近な人が受ける治療と思われていました。今でもまだそういった認識は一部に残っていますが、少しずつその本質が理解されつつあります。

よく出会う誤解を紹介します。

誤解1:「緩和ケアは終末期になって行うものではないか?」

緩和ケア=ターミナルケア(終末期医療)と思いこんでいる人がいます。現在では、治療の初期から痛みやつらさをやわらげるために緩和ケアが導入されています。痛みやつらさをとることで、手術や放射線治療などをより上手く行うことができます。

誤解2:「緩和ケアはモルヒネなどの麻薬を使うと聞きました。麻薬を使うと麻薬に依存したり、人格障害などがでることがあるのでしょうか?」

「麻薬」という言葉に犯罪的なイメージがあるせいか、医療用麻薬に対する誤解も根強くあります。医療で使う麻薬は、犯罪で使われるものとはまったく異なります。医療用麻薬は国の管理下でつくられた医療目的の薬です。また、利用する場合も、医師が適量をコントロールします。医師の管理の下で痛みの治療に使っている限り、効かなくなったり意識がなくなることもありません。安心してください。

誤解3:「こんなにたくさんの薬を飲んでも大丈夫でしょうか?できれば余計な薬は飲みたくありません」

緩和ケアの専門医師の指導があれば、体への負担を最小限にして適切に痛みを治療することができます。適量の薬を使って痛みをとることには、薬を遠ざけて痛みをがまんするよりも、はるかに大きいメリットがあります。

実際にこの薬はどういった効果があって、どういうメリットがあるのか、副作用と天秤にかければ本当に飲むべきなのか、主治医や薬剤師に聞いてみるとより理解しやすくなります。

6. 緩和ケアを受けられる場所

緩和ケアを受けるには、大きく分けて3つの方法があります。

緩和ケアチーム:がんの治療中にうける

緩和ケアチームは様々な医療者によって構成された緩和ケアを専門とするチームです。全国のがん診療連携拠点病院には、必ず緩和ケアチームがあります。緩和ケアチームによる緩和ケアは、入院時も通院治療時も利用できます。

痛みやつらさをかかえているときは、「痛みを専門に治療する医師はいますか?」「緩和ケアを受けられますか?」「痛みの治療の専門の先生と一度話をしてみたいのですが」と主治医や看護師におっしゃってください。あるいは、がん相談支援センターに聞いてもよいでしょう。治療の初期から緩和ケアチームを利用することは治療に良い影響を及ぼします。

緩和ケアチームの役割

がんは複雑な病気です。その上、それぞれの患者さんを取り巻く状況に応じて、異なる対応をしていく必要があります。緩和ケアチームは、身体的な痛みや精神的な苦痛、心の悩みをやわらげるためにサポートします。そのために、さまざまな専門家がチームを組んで治療にあたります。緩和ケアチームの例を紹介します。

  • 体の症状を担当する医師:痛みや体の症状を緩和する治療を担当します。
  • 理学療法士など:患者さんの自立を助け、日常生活の維持のためのアドバイスや治療の補助をします(作業療法士や言語聴覚士などがチームに参加することもあります)。
  • 心の症状を担当する医師:気分の落ち込みや心のつらさを緩和する治療を担当します。
  • 管理栄養士:食生活にかかわる問題に対応したり、食事の内容や献立、味つけの工夫などについてもアドバイスします。
  • 看護師:患者さんや家族のケア全般についてのアドバイスをします。転院や退院後の療養についても相談に乗ります。
  • 臨床心理士:心のつらさを緩和するカウンセリングを行います。家族のケアも担当することがあります。
  • 薬剤師:患者さんや家族に薬のアドバイスや指導を行います。
  • ソーシャルワーカー:療養に関わる経済的問題、利用できる制度、仕事や家族の問題、社会生活や療養先などに関してアドバイスを行います。

緩和ケア病棟(ホスピス):入院して緩和ケアを集中的に受ける

緩和ケア病棟(ホスピス)では、癒すことに重点をおいた治療が行われます。苦しみや悩みを完全に解消することはできなくても、できるかぎりでやわらげてくれる場所が、緩和ケア病棟です。また、緩和ケア病棟(ホスピス)では、患者さん本人と家族ができるだけよい生活が送れることをめざして、さまざまな専門家とボランティアがチームとしてケアを提供します。

緩和ケア病棟では、患者さんがその人らしく過ごし、生きることを支えます。そのために、医療専門家が家族とも協力しあい、さまざまな側面から「癒し」をつくりだしていきます。

緩和ケア病での取り組みの例を紹介します。

  • 趣味:ボランティアなどの協力のもと、音楽を聴く、生け花、絵、折り紙など、趣味を楽しむための支援を行います。
  • 季節ごとのイベントやレクリエーションの提供(お花見、七夕、クリスマスなど)
  • 入浴や散髪などの身だしなみの手入れ、日常生活の介助をします。
  • 食事や栄養:管理栄養士のアドバイスをもとに、自分でキッチンで調理を行うこともできます。
  • 医師やスタッフの協力のもと、患者さんや家族がくつろいで日常的な時間を過ごすことができるデイルームがあります。また、面接時間の制限がゆるやかなので、家族や大切な人とゆっくり時間を過ごすことができます。

緩和ケア病棟には施設ごとに特徴があります。

病院内に緩和ケアのための病棟や施設を備えているところもあれば、施設全体が緩和ケアのみを行う完全独立型のホスピスもあります。自宅など、病院以外の場所でケアを行う「在宅ホスピス」という方法もあります。

緩和ケア病棟(ホスピス)については、がん相談支援センターに相談するほか、以下のホームページでも情報を手に入れることができますので参考にしてください。

日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団 http://www.hospat.org/

日本ホスピス緩和ケア協会 http://www.hpcj.org/

欧米では緩和ケア病棟(ホスピス)という施設がよく知られているのにくらべて、日本ではまだ認知度が低いようです。その背景には、患者さん、家族、そして医療者も、がんを「治すこと」に集中しがちであるため、体を「癒すこと」へ目を向けるのが遅くなりやすいという事情があります。

そのため、患者さんや家族が緩和ケア病棟やホスピスについて知る機会がなかったり遅くなったりして、知ったときにはベッドの空きがなくてすぐに入院できなかったり、自宅の近くの施設に入ることができなかったりすることもあります。また、患者さんの容態がかなり悪くなってしまっていると、緩和ケア病棟に入っても、緩和ケアの良い点が最大限に生かされないこともあります。患者さんが充実した療養生活を送るためにも、がん治療の初期から、緩和ケア病棟(ホスピス)についての情報も集めておくことをおすすめします。

在宅ケア:自宅で療養中に受ける

自宅や現在住んでいる場所で、緩和ケアを受けながら療養を続けることもできます。

在宅ケアのメリットは、心の落ちつく環境で、自分のペースで日常生活を送ることができるという点です。

通院治療中や、治療と治療の間の療養期間に、かかりつけ医から緩和ケアを受けることもできます。手術や抗がん剤、放射線治療などの治療が一段落し、通院間隔が長くなった場合も、在宅で緩和ケアを受けるのに適した時期です。がんの治療終了後は、緩和ケアのかかりつけ医ががん治療の担当医と連絡を取りながら、患者さんが快適に自宅で療養できるように緩和ケアを担当します。

また最近では、放射線や抗がん剤の通院治療が多くなりました。こうした治療を受けた後に在宅ケアを利用する人も増えています。

■在宅ケアを利用するには?

利用できる在宅ケアの内容は、地域によって異なります。また、在宅ケアができるかどうかは病状や居住環境によっても左右されます。

在宅で緩和ケアを利用する際のチェックポイントの中でも大きなポイントは2つあります。

  1. 患者さん本人が在宅ケアを希望しているのか?
  2. 家族も在宅ケアで支えたいと思っているのか?

この2つの条件が揃っていたら、以下のポイントを確認しましょう。

  • 今住んでいる家は在宅ケアができる環境か?
  • 患者さんを支える家族のサポート体制は整っているか?
  • 問診療が可能な医院(在宅療養支援診療所)に連絡をしたか?
  • 訪問看護ステーションは決まっているか?
  • 体調が急変したときの連絡体制はどうなっているのか?
  • 必要時の入院先は、治療を受けた病院か、緩和ケア病棟なのかすでに検討しているか?

これらのポイントを踏まえて、どういった形の緩和ケアを受けるのが最も良いのか、在宅ケアを受けた方が良いのかどうかを考えていきます。

■在宅ケアの相談窓口は?

在宅ケアを利用したいと思ったら、がん相談支援センターや地域連携室、地域包括支援センターなどにまず相談してみてください。在宅ケアスタッフの派遣を要請する拠点センターの紹介を受けることができます。

■在宅ケアは柔軟に利用できます

在宅ケアと入院による緩和ケアは、患者さんや家族の状況にあわせて切り替えることができます。また、在宅ケアは独り住まいの人でも利用できます。担当してくれる医師や訪問看護チームとよく話し合い体制を整えることが大事です。

■家族の方へのメッセージ

在宅ケアには家族など、まわりの人の理解と協力が重要です。実際、家族の協力によって症状や日常生活が改善する人もいます。

また、自宅にいることが精神的なケアにつながることもあります。見慣れているものに囲まれてリラックスすることは、患者さんの体調にもよい影響を与えます。家族と患者さんの双方が生活を上手にコントロールできれば、患者さんのもつ本来の力をひきだすことができます。

一方、在宅ケアを受けることで、患者さんのほうが「家族に迷惑や負担をかけているのではないか」と悩まれることもあります。そうしたときには遠慮をせずに、訪問看護師などに相談してみてください。また、介護保険を使った短期入院を利用できる場合もありますので、それが一つの解決策になるかもしれません。

自宅では対応が難しい症状が出たり入院が必要になったりした場合には、無理をしないで在宅ケアの担当医師に伝えることが大事です。がんの療養期間中は、患者さんの病状も、家族の状況も変化していきます。在宅であれ入院であれ、療養の内容を充実させて自分らしく過ごし時間を確保することが重要です。

7. がんと診断された患者さんとそのご家族に知ってほしいこと

がんと診断されたとき、患者やその家族には大きなストレスがかかります。そのため、冷静でいることは難しい状況にあります。ここでは、そういった場面にどういった心持ちで臨むべきかについて説明していきます。

病気が分かったとき

がんと診断されたとき、何も考えられくなったり、説明を受けても頭の中に入ってこなくなったりすると思います。病気の診断や治療の選択のときに主治医と話し合える関係が一番ですが、 まだまだ関係が浅いうちには、遠慮して本音で話せなかったりするのではないでしょうか。

治療などを進める上での重要な面談には、家族など安心できる人に同席してもらうことをお勧めします。診察が終わっても家族の中で情報を共有できることで、心が落ち着いたりすることがあります。

医師が診断や病状の話をするとき

医師は患者さんを目の前にするとなんとかして治したい、良くしてあげたいという気持ちになります。治す方法を考えるために多くの時間を費やします。

しかし、がん治療は必ずしも全て上手くいくとは限らず、医師もいわゆる悪いニュースを想定して身構えています。

一方で、職業人として、感情に流されず情報を正確に伝えなくてはという気持ちも強く、お互いに緊張して上手く伝わらなくなることもあります。

それを克服するために、医師も情報の正確性と患者さんの気持ちをくみ取るという2つの面のバランスがとれたコミュニケーションを取ろうと努めています。

面談のとき

コミュニケーションとは、一方的ではなくお互いが尊重しあってこそ成立するものです。
円滑なコミュニケーションを図るには、お互いに思いを伝え合うことや信頼し合えることが大切です。

つらさは言わなきゃ分かってもらえない

膵臓がんの痛みや吐き気などの症状は個人個人で異なります。また、病気や治療に耐える力も様々です。体がつらいと治療を続ける根気も奪われてしまいます。主治医に「つらい」ことを伝えてください。

どこがどのくらいつらいのかを正確に分かっているのは自分自身です。つらさにあった対処を考える為にも、できるだけ詳しく伝えることが重要です。

困っていることを上手に伝えるには?

同じことを言っても言葉使いや態度や関係性によって、伝わりやすさが変わります。日頃からコミュニケーションをとっていて自分の癖や特徴を知っている人には伝わりやすいです。

日ごろからちょっとしたことでも主治医とよく話したり、友好的な言葉遣いや態度を見せるとコミュニケーションの構築には有効に働くことが期待できます。

コミュニケーションをとる上での工夫

お互いに同じように分かる言葉で表現することで伝わりやすくなります。数字はお互いにとって身近なものなので、数字でたとえると伝わりやすいことがあります。

症状を数字で表す言い方があります。

  • いつもの痛みを10としたら今日は7くらいです

また、症状の特徴をとらえて表現することも大事です。

  • いつ、どこで、どこが、どんなふうに
  • 痛い、苦しい、むかむかする

医師は症状の性質から最適な治療を選択しています。困っているときは、自分の思っていることやお願いしたいことをできるだけ明確に伝えることが役立ちます。どこか医師に遠慮して伝えにくい気持ちもわかります。それでも「痛みをとりたい」「吐き気をとりたい」といった希望を伝えるのが治療の始まりです。また、受診する前にメモに書いておくと忘れにくく、まず医師に渡して読んでもらってもよいかもしれません。

味方を見つける

膵臓がんの症状は強く治療も大変なので、日頃から味方を作ることが大切です。味方はあなたのことを見ていますので、困ったときには助けてくれますし、いつもと違うことにもすぐに気づいてくれます。いろいろな場所で味方を探してみてください。

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8. 緩和ケアで使う薬について

がん患者が抱える痛みは、体の痛み以外にも、精神的(心理的)苦痛、社会的苦痛、人生観における苦痛を含めた全人的な痛みです。

疼痛(とうつう;痛み)の緩和において特に重要な役割を果たしている薬がオピオイドという薬です。

疼痛緩和で使われるオピオイド(モルヒネなど)とは?

オピオイドはオピオイド受容体に作用する物質の総称です。オピオイド受容体は、中枢神経(脳や脊髄)や末梢神経に存在して、痛みに深く関わります。

オピオイド=麻薬というイメージもありますが、麻薬ではないオピオイドもあります。そもそも「オピオイド」という言葉が分子生物学的用語であるのに対し「麻薬」は社会的用語であるという違いがあります。

疼痛が比較的軽度である場合、NSAIDsやアセトアミノフェンといったオピオイドではない鎮痛薬が検討されることもあります。これらの薬は鎮痛効果に限界があるので、中等度以上の強さの疼痛にはオピオイドの使用が推奨されています。

がんの緩和ケアでは、一般的に痛みが軽度から中等度まではNSAIDsやアセトアミノフェン、重度な場合や痛みが増悪する場合にオピオイドの開始が推奨されています。

現在、がん疼痛の緩和ケアで使われるオピオイドはモルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、ヒドロモルフォンなどです。これらのオピオイドは一般的に有効限界がないと考えられています。つまり耐性が生じた場合などを除けば増量することによりその効果が高まります。

オピオイドによる疼痛緩和は、毎日決まった時間に使う薬と突発的な痛み(突出痛)のときに使う薬があります。

毎日決まった時間に使う薬の多くは痛みをまんべんなく抑えるように鎮痛効果が比較的持続するように造られている薬(徐放性製剤)です。

痛みを波で表現するとしたら、痛みのほとんどは徐放性製剤のオピオイドが防波堤の役目を果たし抑えてくれます。しかし時としてこの防波堤を越えるような強い痛み(突出痛)があらわれる場合があります。突出痛に対して防波堤を一時的に高くするために使われるのが、速放性のオピオイド製剤(オプソ®内服液、オキノーム®散、アブストラル®舌下錠、イーフェン®バッカル錠、ナルラピド®錠など)です。突発的な強い痛みに対して薬を使うことをレスキュー・ドーズ(以下、レスキュー)といいます。

患者さんによっては痛みを我慢することに慣れてしまっている場合もあります。しかしレスキューへの理解を深め、適切に使用することで日常生活の質の維持などが期待できます。

レスキューを使う回数が多くなるようなら、定期的に使っている徐放性製剤の増量を検討します。レスキューの回数でベースになる薬の量を調節しています。つまり普段の防波堤の高さを引き上げることも考慮します。オピオイドの使用中は痛みの有無や痛みの程度などのほか、レスキューをどのくらい使ったのかを医師や薬剤師とこまめに話すことも非常に大切です。

レスキューは突発的な痛みに使うほか、タイトレーションといって低用量から開始したオピオイドを鎮痛効果や副作用などを観察しつつ、痛みをとるために必要な量まで増量(副作用の度合いによっては減量)していくときに目安となる役割を果たしています。

モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、ヒドロモルフォンについて

がん疼痛緩和ケアにおけるオピオイドで中心となっているのは、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、ヒドロモルフォンです。オピオイド鎮痛薬にはこの3種類のほかにも、メサドン(商品名:メサペイン®)、コデイン(コデインリン酸塩)、トラマドール(商品名:トラマール®など)などの薬がありますが、臨床現場でよく使われる3種類を中心に説明します。

■モルヒネ

モルヒネはケシを原料とするアヘンの主成分として初めて単離されたアルカロイド(アミノ酸や核酸など別のカテゴリーに入る生体分子を除く、窒素を含む有機化合物)です。

内服薬(錠剤、散剤、液剤など)、坐剤、注射剤といった剤形があり、患者の状態に合わせて種々の投与経路(経口、静脈内、直腸内、皮下、硬膜外、くも膜下腔内)によって使用できるメリットがあります。

オピオイドの種類を変更するオピオイドローテーションにおいてモルヒネはオキシコドンやフェンタニルの効力(力価)の指標にもなっています。同じ薬剤量で比較した場合に例えば「モルヒネ内服の効果1に対してオキシコドン内服の効果1.5」などと表現されます。

モルヒネなどのオピオイドはオピオイド受容体に作用することで効果をあらわします。オピオイド受容体にはμ(ミュー)、κ(カッパ)、δ(デルタ)の3種類のタイプがあります。

痛みは主にμオピオイド受容体が関わります。モルヒネは主にμ受容体に作用することで鎮痛効果をあらわします。

副作用としては、オピオイド鎮痛薬に共通する吐き気、便秘、眠気、せん妄、幻覚、呼吸抑制、口渇、掻痒感、排尿障害のほか、肝機能障害があります。便秘は一般的にオキシコドンやフェンタニルと比べてモルヒネのほうがあらわれやすいとされ注意が必要です。また腎障害がある場合には活性代謝物の蓄積により眠気やミオクローヌスなどの副作用があらわれやすくなる可能性もあります。

■オキシコドン

オキシコドンはモルヒネ製造過程で得られるテバインという物質から作られます。モルヒネに類似した化学構造を持っています。主にμオピオイド受容体への作用により鎮痛効果を発揮します。

オピオイドローテーションで目安となるモルヒネとの力価比は飲み薬であれば「モルヒネ内服の効果1に対してオキシコドン内服の効果1.5」と考えられています。

オピオイド鎮痛薬に共通する吐き気、便秘、眠気、せん妄、幻覚、呼吸抑制、口渇、掻痒感、排尿障害のほか、肝機能障害やアナフィラキシーなどにも注意が必要とされています。

便秘は一般的に、モルヒネよりあらわれにくく、フェンタニルよりあらわれやすいと考えられています。

■フェンタニル

フェンタニルはモルヒネやオキシコドンとは大きく異なる化学構造を持つ合成オピオイドで、強力なμ受容体作動作用をあらわす薬です。

μ受容体にはμ1受容体とμ2受容体のタイプがあります。μ1受容体は脳における鎮痛、縮瞳、吐き気、尿閉、掻痒感、徐脈などに関与します。μ2受容体は脊髄における鎮痛、鎮静、身体依存、消化管運動抑制などに関与するとされています。多くのオピオイド鎮痛薬には受容体のタイプへの選択性がないとされていますが、フェンタニルはμ1受容体への選択性が高いと考えられています。

フェンタニルは鎮痛効果としてはモルヒネに類似していますが、静脈内投与した場合の鎮痛効果はモルヒネの約50倍から100倍と考えられています。

フェンタニルは皮膚からの吸収が良好で、がん疼痛の緩和ケアでよく使われているのはパッチ剤(貼付剤)になります。

オピオイドスイッチングで目安となるモルヒネとの力価比は「モルヒネ内服の効果1に対してフェンタニルパッチの効果100」とされています。実際の製剤に置き換えると、モルヒネ内服20〜30mgに対してデュロテップ®MTパッチ(3日に1タイプ)の2.1mg、ワンデュロ®パッチ(1日1枚タイプ)の0.84mg、フェントス®テープ(11タイプ)の1mgがほぼ同等と考えられています。

フェンタニルに関してもオピオイド共通の吐き気、便秘、眠気、せん妄、幻覚、呼吸抑制、口渇、掻痒感、排尿障害などに注意が必要です。また不整脈期外収縮、興奮、筋硬直などはフェンタニルでは特に注意が必要とされています。

便秘は一般的にモルヒネ、オキシコドンよりもあらわれにくいとされ、眠気などの行動抑制や呼吸抑制は一般的にモルヒネやオキシコドンよりおこりやすいと考えられています。臨床においてはフェンタニルは眠気などがモルヒネやオキシコドンより少なかったという報告もあります。投与経路や個体差などによっても、副作用の発現頻度や強度に相違があらわれると考えられています。

フェンタニルは貼付剤の登場後しばらくは注射剤を除けばレスキュー・ドーズ用の製剤がありませんでした。代わりにオキシコドン製剤のオキノーム®などが使われていました。今はアブストラル®舌下錠やイーフェン®バッカル錠といったレスキュー(突出痛)用の速放性製剤が加わりフェンタニルに絞った緩和ケアも実施しやすくなりました。

■ヒドロモルフォン

ヒドロモルフォンは2017年に日本で保険適用となった半合成オピオイドです。モルヒネに似た化学構造を持っており、モルヒネやオキシコドンとほぼ同等の鎮痛効果を持つと言われています。海外では1920年代から使用されており、WHO方式がん疼痛治療法や欧州臨床腫瘍学会のガイドラインなどにも記載されています。モルヒネやオキシコドンと同じくμオピオイド受容体に作用します。

オピオイドスイッチングで目安になるモルヒネとの力価比は「モルヒネ内服の効果1に対してヒドロモルフォン内服の効果5」と言われています。

副作用はオピオイドに共通する吐き気、便秘、眠気、せん妄、幻覚、呼吸抑制、口渇、掻痒感、排尿障害などに注意が必要です。

ヒドロモルフォンには内服の徐放性製剤(毎日決まった時間に使う、効果が長く続くタイプの薬)としてナルサス®があり、レスキュー(突出痛に対して臨時で使う、早く効くタイプの薬)で使うナルラピド®があります。ナルサスは1日1回の服用で効果が持続するため、薬の内服が負担になっている場合にはナルサスに切り替えることで内服回数を減らすことができます。

オピオイドは呼吸困難にも効く?

オピオイドの副作用には呼吸抑制がありますが、これを逆に「がんによる息苦しさ」を緩和するために利用する場合もあります。

がんの治療中に息苦しさ(呼吸困難)があらわれることがあります。

がんが全身に広がり胸に水が溜まったりして呼吸が苦しくなり、呼吸困難として自覚されます。また、放射線治療の後の放射線肺臓炎という炎症が原因となったり、体力や筋力の低下によるもの、不安などの心理・精神的なものが原因となる場合もあります。

息苦しさがあらわれ、それを我慢していると日常生活に影響を及ぼしてしまう可能性もあります。酸素の不足による息苦しさであれば酸素吸入によって改善する方法などもありますが、がんの息苦しさは酸素の投与では十分ではない場合があります。

モルヒネやヒドロモルフォンなどのオピオイドには咳を抑える効果、呼吸回数を抑えて酸素の消費量を少なくする効果が期待できるとされています。実際に、ステロイド抗不安薬などと並びオピオイドががんによる息苦しさを改善する選択肢となっています。

オピオイドによる副作用はどうすればいい?

オピオイドは痛みに深く関わるオピオイド受容体に作用することで高い鎮痛効果をあらわします。その一方で中枢や末梢に存在するオピオイド受容体に関連する症状が副作用としてあらわれる場合があります。がん疼痛を上手くコントロールすることは非常に大事ですが、オピオイド使用による副作用にうまく付き合うこともとても大切です。

便秘

便秘に対してはセンナ(センノシド など)、酸化マグネシウム、ビサコジル、ラクツロース、ピコスルファートナトリウムなどの薬(下剤)を使います。薬によっては錠剤、散剤、水剤、坐剤などの薬の形があり、患者さんの状態に合わせた薬が選択されます。薬以外には水分や食物繊維の摂取、可能であれば適度な運動などにより便秘の改善を促します。

便秘は腸管のμオピオイド受容体への作用により腸の活動が低下することを原因の一つとします。近年ではμオピオイド受容体へ拮抗する作用をあらわす薬の開発が進んでいます。ナルデメジンという末梢性μオピオイド受容体拮抗薬などが今後承認を受け、便秘改善の選択肢になると期待されています。

■吐き気(悪心)

オピオイドによる吐き気(嘔気)には、吐き気止め(制吐薬)で対処します。プロクロルペラジン(商品名:ノバミン®)、メトクロプラミド(商品名:プリンペラン®など)といった薬が一般的に使われます。これらは神経伝達物質のドパミンに拮抗して作用する薬で抗がん剤の制吐管理としても使われることがある薬です。頓服(とんぷく)としても使われ、吐き気に応じて使うように指示される場合もあります。継続して使っていく中で抗ドパミン作用による錐体外路症状(すいたいがいろしょうじょう)には注意が必要となります。

せん妄

せん妄に関してはハロペリドール(商品名:セレネース®など)などの抗精神病薬という種類の薬の使用が考慮されます。

抗精神病薬は神経伝達物質であるドパミン受容体に作用することで、せん妄だけでなく幻覚、不安、焦燥などの症状を改善する効果が期待できる薬です。

ハロペリドールは抗ドパミン作用などをあらわす薬で吐き気の改善として使われることもあります。他にはオランザピン(商品名:ジプレキサ®など)、リスペリドン(商品名:リスパダール®など)などの薬の使用が考慮されます。

■眠気や鎮静

眠気に関してはオピオイド自体の影響のほか、他にもいくつか要因が考えられます。通常、オピオイドを継続していく中で解消されてくることが多いです。それでも眠気・鎮静といった症状があらわれる場合もあり、カフェインなど覚醒作用がある薬の使用、オピオイドの減量、頻回分割投与などが検討されます。

オピオイドローテーション(オピオイドスイッチング)

オピオイドローテーション(オピオイドスイッチング)とは、オピオイドの副作用により鎮痛効果を得るだけのオピオイドを投与できないときや、鎮痛効果が不十分なときに、投与中のオピオイドから別のオピオイドに変更することです。

オピオイドでは、一般的な薬にみられる交差耐性という、ある一つの薬に対して耐性ができてしまった場合に類似した構造をもつ別の薬に対しても耐性を獲得してしまうという性質が不完全とされます。このためオピオイドローテーションには効果があると考えられています。あるオピオイドを使用していて耐性ができてしまい鎮痛効果が低下した場合でも、オピオイドの種類をかえることで、鎮痛効果の回復が期待できると考えられています。

またオピオイドローテーションでは変更後のオピオイドが変更前のオピオイドとの等力価の換算量よりも少しの量で済むことも良い効果の一つです。等力価の換算量とは、例えば「モルヒネ内服1に対してオキシコドン内服が2/3」というように変更の目安となる換算比から同等の効果が得られると考えられる量です。

変更後のオピオイドが計算上の換算量よりも少なく抑えられる可能性もある一方で、効き過ぎてしまうことにより過量投与となったり、逆に十分な効果が得られなくなる可能性もあり注意が必要です。

このようにオピオイドローテーションは鎮痛効果などへの多くのメリットが考えられる一方で、副作用の再出現などのデメリットも考えられます。オピオイドローテーションを実施する際には患者さんの状態によって細心の注意を払いながら調整が行われます。

多くの場合、緩和ケアスタッフなどの専門の医療スタッフが介入し、患者さんの負担をできるだけ軽減しつつ疼痛緩和が行えるような計画によって実施されています。

現在のオピオイドの投与量が比較的大量となっている場合は、一度に変更せずに数回にわけてオピオイドローテーションを行ったり、比較的重い状態や高齢である患者さんには計算上の換算量よりも少量からの変更が考慮されるなど、それぞれの状態に合わせた配慮がされています。

オピオイド以外の痛み止めの薬とは?

がんによる痛みの多くは痛いと感じる部分に原因がある疼痛です。痛みは体性痛(皮膚、骨、筋肉などに由来する痛み)と内臓痛に分かれます。

ほかにも、痛いと感じる部分ではなく神経の損傷や障害によって別の場所が痛むこと(神経障害性疼痛)があります。神経障害性疼痛にはオピオイドが効きにくいとされています。

神経障害性疼痛には抗うつ薬や抗けいれん薬などの鎮痛補助薬と呼ばれる薬が有効とされます。モルヒネなどオピオイドの効果が不十分な場合には鎮痛補助薬を併用することは有効であるとされています。

ただし、鎮痛補助薬は個人による効果の差が大きいので副作用や患者の体質・病態・全身状態などを考慮して薬が選択されます。

三環系抗うつ薬(ノルトリプチリン、アミトリプチリンなど)などの抗うつ薬は神経障害性疼痛に使われてきた薬です。神経障害性疼痛の改善効果が期待できます。タキサン系薬剤やプラチナ製剤などの抗がん剤の治療後にみられることがある神経障害性疼痛に対しても、デュロキセチン(商品名:サインバルタ®)などの抗うつ薬によって改善効果があるとされています。

抗うつ薬では眠気などの副作用に注意が必要です。薬によっては口の渇き、便秘、排尿障害などの副作用があらわれる場合もあり注意が必要となります。

抗けいれん薬に分類される薬も神経障害性疼痛に効果が期待できるとされています。ガバペンチン(商品名:ガバペン®)などがオピオイドと同時に使われることがあります。またガバペンチンに類似した作用をあらわすプレガバリン(商品名:リリカ®)は神経障害性疼痛の治療薬として承認を受けた薬です。プレガバリンはがん疼痛以外にも様々な神経の痛みに対する治療薬として使われています。

ここで挙げた薬以外にもそれぞれの痛みに合わせた薬剤選択が考慮されています。

炎症を伴う痛みにはNSAIDsやコルチコステロイド、骨転移による痛みにはNSAIDs、放射線治療、神経ブロック、ビスホスホネート製剤などが選択肢とされます。

9. オピオイド以外の疼痛緩和の方法とは?

膵臓がんで問題になる痛みは上腹部や背部を中心としたものです。この原因は、腹腔神経叢(ふくくうしんけいそう)という神経にあります。腹腔神経叢は膵臓の近くにあるので、膵臓がんが浸潤したりしやすい位置にあたります。膵臓がんの浸潤による痛みに対しては、神経ブロックという方法で痛みの感じやすさを鈍らせたり、膵臓がんの浸潤を防ぐ意味で放射線治療(化学放射線治療)を行うことが有効な場合があります。

神経ブロックや放射線治療が上手くいけば疼痛が和らぎオピオイドの使用量を減らすことができます。

神経ブロック

腹腔神経叢に針を刺してエタノールなどを注入することで神経が痛みを感じにくくなり、痛みが軽減することがあります。

■神経ブロックの方法(手技)

腹腔神経叢ブロックはうつ伏せで行います。針を刺す部位の消毒を行った後に局所麻酔を行い針を刺します。放射線検査や超音波検査で針の先端の位置を確認しながら深く刺していきます。針の先端が神経叢に入っていることを確認して、エタノールを注入します。

■神経ブロックの効果は?

腹腔神経叢ブロックにより、痛みが軽減してオピオイドの使用量が減ることなどが期待できます。腸の動きが改善して、オピオイドの副作用である便秘などが改善することもあります。

放射線療法(化学放射線療法)

膵臓がんが切除できなかった場合や切除後に局所再発(がんがもともとあった場所での再発)が発生した場合は、がんが腹腔神経叢に浸潤することがあります。腹腔神経叢への浸潤は、痛みの原因になります。

放射線治療は腹腔神経叢浸潤による痛みに効果があります。再発または切除できない膵臓がんに対して放射線を照射することで痛みが和らぎ、オピオイドの使用量が減ることなどが期待できます。