せん妄の予防・治療について:原因への対処や薬物療法など
せん妄では予防のための対策が重要です。入院などの環境の変化が影響するため、高齢者や認知症のある人などせん妄になりやすい人では、事前の対策を講じるのが望ましいです。せん妄の治療では、原因を取り除くことが優先されます。せん妄の原因がなくなれば、せん妄の症状は数日から数週間かけて良くなります。また、せん妄による不眠や幻覚は
1. せん妄予防のために周りの人ができること

せん妄になりやすい人として、高齢者、認知症の人、入院中の人、脳卒中になったことがある人が挙げられます。本人だけで予防策を講じることは難しいので、家族や介護者などの周りの人が協力して試してみてください。
睡眠のリズムを整える
日中は日光を浴びるようにして、夜間は不要な光が目に入らないように暗くしておくと、睡眠リズムが整います。とはいえ、部屋に日光を入れようとしても自分ではカーテンが開けられなかったりすることも少なくありません。そのようなときには周りの人が手助けしてあげてください。また、日中に歩くなどして身体を動かすことも、睡眠リズムを整えるのに役立ちます。歩くのが難しい人はベッドの上で脚や腕などを動かすのでも効果が期待できます。
日付や時間を意識させる
せん妄の人は日付や時間がわからなくなりがちです。わからないことで不安になってしまうことがありますので、日付や時間をさりげなく伝えてあげてください。たとえば「お昼の12時なのでご飯を食べましょう」、「朝の8時なのでカーテンを開けますね」のように話しかけるとよいです。また、カレンダーやスケジュール帳を見ながらその日の予定を一緒に声を出して言うのもよい方法です。
普段と同じ環境をつくる
せん妄の人は環境の変化によって不安を感じやすく、その不安がせん妄を悪化させる、という悪循環におちいってしまうことがあります。そこで、入院することになった際には、できるだけ普段の環境に近づけてあげることが重要になります。たとえば、使い慣れた食器、寝具、洗面用具などを持っていってあげると良いです。また、家族の写真を置いたり、家族ができるだけ面会にいくのも本人の安心につながります。
視覚や聴覚を補助する
見え方や聞こえ方に問題があると、不安を招いてせん妄の要因になるといわれています。そのため、普段使用している眼鏡や拡大鏡などの補助具を本人の手の届くところに置いておくとよいです。また、会話をする際には、聞こえやすいほうの耳の近くで、はっきりとした声で話すと安心につながります。加えて、騒音が聴覚の妨げになっていることがあるため注意が必要です。周りに電車や工事によって騒音が発生していないか、同室にいる人がうるさく音をたてていないかを確認して対処するのも、せん妄予防・治療につながります。
不快な症状をなくす
不快な症状があるときには、せん妄になりやすいといわれています。たとえば、痛み、便秘、
2. せん妄の治療について
原因となる病気があれば、その病気の治療がせん妄の治療にもなります。
せん妄の原因となりうる代表的な病気として
また、薬がせん妄の原因になっている人では、薬の中止でせん妄が良くなることが期待できます。ただし、突然中止すると副作用がでてしまう薬もあるため注意が必要です。たとえば、ベンゾジアゼピン受容体作動薬を急に中止すると、不安や頭痛などの離脱症状がでることがあります。このような薬では、突然やめるのではなく少しずつ量を減らしていくほうが望ましいです。
薬の中止や変更には慎重な判断が必要なので、必ずお医者さんに相談するようにしてください。
3. せん妄の薬物療法
せん妄で現れる症状のうち興奮、幻覚、不眠に対しては薬で対処することが可能です。特に興奮や幻覚は、患者さん本人や周りの人を危険にさらすこともあるため、取り急ぎの対応として薬を使うこともあります。
抗精神病薬
種類によって作用が異なりますが、どの抗精神病薬にも共通するのが「ドパミン」という物質への作用です。ドパミンは神経をコントロールするのに重要な物質であり、D1受容体やD2受容体などいくつかの部位に作用します。抗精神病薬は主にドパミンのD2受容体への作用を抑えて幻覚を抑える薬です。
せん妄の人によく使われるのは、抗コリン作用の懸念が少ないものです。抗コリン作用とは、
下記の4つがせん妄の人によく使われる抗精神病薬です。
| 第1世代抗精神病薬 | ハロペリドール(主な商品名:セレネース®) | |
| 第2世代抗精神病薬 | MARTA | クエチアピン(主な商品名:セロクエル®) |
| SDA | リスペリドン(主な商品名:リスパダール®) | |
| ペロスピロン(主な商品名:ルーラン®) | ||
(MARTA:多元受容体標的化抗精神病薬、SDA:
それぞれの薬にはメリットとデメリットがあり、薬の特徴や病状を考慮して処方されます。
◎第1世代抗精神病薬:ハロペリドール(主な商品名:セレネース®︎)
抗精神病薬のなかでも比較的古くからある薬であり、「第1世代抗精神病薬」に分類されています。第1世代抗精神病薬は定型抗精神病薬といわれることもあります。
副作用として、手足がふるえたり、乳汁分泌や月経に影響がでたりすることがあります。また、ごくまれではありますが、悪性症候群、SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)、無顆粒球症などの、すぐに対処の必要な副作用が生じることがあります。これらの副作用に気づくきっかけとなるのは下記の症状です。
これらの症状があらわれるのはまれではありますが、ハロペリドールを使用している人は頭の片すみに入れておくとよいです。そして、もしもこれらの症状が出た時には急いで受診してください。
◎第2世代抗精神病薬(MARTA):クエチアピン(主な商品名:セロクエル®)
クエチアピンは2004年に承認された比較的新しい抗精神病薬であり、第2世代抗精神病薬(非定型抗精神病薬)に分類されます。先ほど説明したドパミンD2受容体だけでなく、セロトニン5HT-2A受容体をはじめとした複数の受容体へ作用をあらわすため、MARTA(Multi-Acting Receptor-Targeted Antipsychotic:多元受容体標的化抗精神病薬)という種類に分類されることもあります。
クエチアピンは興奮を抑えて眠たくする効果が高く、即効性もあります。しっかりとした効果がすぐに期待できるので、夜に興奮して眠れないときの使用に適しています。また、効果が切れるまでの時間が比較的短く、睡眠のリズムを崩す心配が少ないことも、せん妄の人に使いやすい理由のひとつです。一方で、幻覚を抑える効果は弱く、あまり期待できません。
主な副作用には、眠気、
◎第2世代抗精神病薬(SDA):リスペリドン(主な商品名:リスパダール®)、ペロスピロン(主な商品名:ルーラン®)
リスペリドンやペロスピロンも、せん妄の患者さんによく使われる内服薬です。クエチアピンと同様に比較的新しい抗精神病薬であるため、第2世代抗精神病薬(非定形抗精神病薬)に分類されています。ドパミンD2受容体だけでなく、セロトニン5-HT2受容体を遮断する作用があるため、セロトニン・ドパミン・アンタゴニスト(SDA)という種類に分類されることもある薬です。
リスペリドンとペロスピロンはクエチアピンを使用できない糖尿病の患者さんにも使えます。クエチアピンほど強くは興奮を抑えられないものの、ある程度の興奮を抑える効果も期待できますし、幻覚や妄想などを抑える効果はクエチアピンよりも勝ります。
主な副作用には、眠気、便秘、吐き気、
メラトニン受容体作動薬:ラメルテオン(商品名:ロゼレム®)
メラトニンという睡眠に深く関わる
抑肝散
漢方薬(漢方処方製剤)の中には、せん妄などの精神神経系症状の改善が期待できるものもあり、抑肝散(ヨクカンサン)はその主たる方剤のひとつです。方剤名にある「肝」は「怒り」などをあらわす言葉で「怒りを抑える薬=抑肝散」というのが名前の由来とされ、神経過敏で興奮しやすい、怒りやすい、イライラする、眠れないなどの精神神経症状に対して改善が期待できます。近年では、夜間せん妄、幻覚、妄想などの認知症の周辺症状(BPSD)の改善に使われることもある漢方薬で、過鎮静などへの懸念はややあるものの一般的に副作用へのリスクは少ないとされ、高齢者などに対しても比較的安全に使用できる点もメリットです。
ベンゾジアゼピン系薬剤:ジアゼパム(主な商品名:セルシン®︎、ホリゾン®)
ジアゼパム(主な商品名:セルシン®︎、ホリゾン®)は、アルコールの離脱症状として現れるせん妄によく使われる薬です。興奮、不安、けいれんといった症状を抑えることができます。ただし、アルコール離脱せん妄以外のせん妄の人では、反対に症状が悪化することがあるのでほとんど使われません。
ジアゼパムは主に脳内の
なお、ジアゼパムの副作用として、眠気やふらつきなどの精神神経系症状、吐き気などの消化器症状、呼吸抑制などがあります。
参考文献
・井上真一郎/著, せん妄診療実践マニュアル. 羊土社, 2019
・Delirium:prevention,diagnosis and management. National Institute for Health and Care Exelence.(2020.6.22閲覧)