前回のコラム(インフルエンザワクチンのメリットについて)はこちら
1. インフルエンザの治療薬が本当に必要な人は限られる
インフルエンザの予防には、普段からの手洗い、そしてワクチン接種が大切です(前回のコラム参照)。しかし、十分な予防をしていても、残念ながらインフルエンザにかかってしまうことがあります。「もしかしてインフルエンザにかかったかも」と思った時には、タミフル®やリレンザ®といった治療薬の名前が頭に浮かぶかもしれません。現在、治療薬として、抗インフルエンザウイルス薬は国内で5種類使われています。タミフル®、リレンザ®、ラピアクタ®、イナビル®、ゾフルーザ®です。
それではインフルエンザにかかった場合、全ての人に対して抗インフルエンザウイルス薬が必要でしょうか?
答えは「No!」です。
インフルエンザと診断されている、もしくは疑われる人の中で、抗インフルエンザウイルス薬による治療が医学的に推奨される人は、次の人に限られます[1]。
1)入院患者
2)重症患者
3)インフルエンザウイルスの感染による合併症のリスクが高い人
ここで出てきたインフルエンザウイルスの感染による合併症のリスクが高い人とは表1に該当する人のことを指します。
表1 抗インフルエンザウイルス薬による治療が推奨される人(文献1を元に作成)
・5歳未満の子ども(特に2歳未満) ・65歳以上の高齢者 ・妊婦・産後の女性(分娩後2週間以内) ・老人ホーム・長期療養施設に入所中の人 ・以下の病気をもつ人 ・気管支喘息 ・神経疾患 ・慢性肺疾患 ・心疾患(先天性心疾患、慢性心不全など) ・血液疾患 ・糖尿病などの内分泌疾患 ・慢性腎疾患 ・慢性肝障害 ・免疫機能が低下している人(悪性腫瘍の人、ステロイドを使用中の人、HIVに感染している人) ・長期アスピリン投与を受けている19 歳未満の人 ・BMI 40≧の肥満のある人 |
ですので、今まで病気をしたことがないような健康で若い人が軽症のインフルエンザになっても、必ずしも抗インフルエンザ薬を使わなくてよいのです。これは、インフルエンザウイルス感染症が多くの人にとって特別な治療を要することなく自然に改善していく病気であるためです。
2. 抗インフルエンザウイルス薬の効果とは
多くの研究の結果から、健康な大人や子どもがオセルタミビル(タミフル®)といった抗インフルエンザ薬を使用しても、症状のある期間が平均で1日前後短縮するのみで、入院率、重症化率は減少しないことがわかっています[2]。また、オセルタミビルを使用することによって吐き気や嘔吐といった消化器症状のリスクが高くなります[2]。
一方で、先程述べたような重症のインフルエンザウイルス感染症患者や合併症リスクの高い患者では、特に症状発症から48時間以内に薬を服用することで、死亡リスクや入院リスク、そして重症化リスクが減少します[3-5]。さらに、入院を要する重症患者では発症後4-5日までに薬を飲み始めた場合であってもメリットがあります[6,7]。
3. 抗インフルエンザ薬の使用によって耐性ウイルスが出現する可能性がある
以上より、インフルエンザにかかってしまった誰も彼もが抗インフルエンザ薬を使用するというよりは、必要な人に限っての使用が勧められます。
「そんな・・・熱があってしんどいのに・・・。ひどい。1日でも早く楽になりたい!」という気持ちもよくわかります。しかし、抗インフルエンザ薬を使うことで耐性ウイルスの出現を導く可能性があることを知ってもらいたいと思います[6]。耐性ウイルスとは、もともと効果のあった薬が効きにくくなってしまったウイルスのことで、抗ウイルス薬を使用することで出現しやすくなるというジレンマがあります。
実際に、2008-2009年のオセルタミビル耐性の季節性インフルエンザ(H1N1)ウイルスの世界的流行[7]が記憶にある人もいるかと思います。耐性ウイルスの流行は、先に述べたような本当に薬が必要な人達にとって特に脅威となります。
事実として、日本は世界最大の抗インフルエンザ薬使用国です。当然他の国でもインフルエンザは流行していますが、日本ほど治療薬を使用しなくても感染で社会が破綻するようなことはありません。この差についてもきちんと考察する必要があります。
一般的に抗インフルエンザウイルス薬に耐性を持ったウイルスは、周囲に拡散するスピードが遅いため、広く流行することなく、自然に消失します。幸い、2018/2019シーズンの日本における耐性ウイルスの流行報告はありませんが[8]、治療薬を現状のまま使い続けていれば、いつ耐性ウイルスが流行してもおかしくありません。
抗インフルエンザ薬を過剰に使用することで、抗菌薬の過剰使用による薬剤耐性菌拡大の問題と同様のことが起きかねないのです(薬剤耐性菌の問題についてはこちらのコラムを参照)。
抗生物質と同じように、限りある抗インフルエンザ薬も必要な人に向けて大切に使用していくべきです。
4. 感染症内科医から皆さんへのお願い
インフルエンザの流行時期に発熱と咳、鼻づまり、喉の痛み、筋肉痛、そして頭痛などの症状が出た場合、「インフルエンザかな?」と、思うかもしれません。その直感は正しく、そのような場合の約80%はインフルエンザです[9]。ですので、あなたが前述した抗インフルエンザウイルス薬が特に推奨される人でなく、余裕がある状態であれば、自宅で安静にするのは利にかなった選択肢といえます。
上記のような症状がある人のなかには、インフルエンザかどうかはっきりさせるために病院やクリニックを受診したいと思う人がいるかもしれません。しかし、残念ながらインフルエンザの検査の精度は不十分です(検査についてはこちらのコラムを参照)。ですので、インフルエンザの疑いが強い人が検査のために受診するのはおすすめしません(検査が陰性であってもインフルエンザの可能性が高いですし、仮に検査の精度が高くても検査を受ける必要がない場合が多いです)。また、インフルエンザ以外の病気で上記の症状がある場合であっても、他の人にうつす可能性があることや、ゆっくり休むのが有効な治療であることに変わりありません。
もちろん、症状がつらければ受診しても良いですが、インフルエンザと診断されて抗インフルエンザ薬があなたに処方されなくても、その医師を責めないでほしいと思います。なぜならば、その医師はおそらく薬を患者に対して適正に使用する医師であると考えられるからです。
「そうはいっても、少しでも早く仕事に復帰したい!」という気持ちもわかります。しかし、インフルエンザは発症から約7日間はウイルスを排出しています[10]。周囲にうつさないようにするためにも、ウイルスを排出している間は、外出を控える必要があります。また、抗ウイルス薬によって身体の中のウイルス量を減らすことはできますが、他の人へうつす可能性が減るかどうかについてははっきりとわかっていません。
参考までに、現在、学校保健安全法では「発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日(幼児にあっては、3日)を経過するまで」をインフルエンザによる出席停止期間としています。ですので、あなたがすぐに仕事に復帰した場合、他の人にうつしてしまうリスクがあります。
そこで目先を変えた一つの提案です。
「インフルエンザになったときくらい、たまには自宅でゆっくりしていても良いのではないでしょうか・・・。」
5. このコラムのまとめ
- インフルエンザの流行期に検査の必要性は低い
- インフルエンザの治療薬の効果は限定的である
- ほとんどのインフルエンザ患者にとって抗インフルエンザ薬は必須ではない
- インフルエンザに限らず、風邪の症状が強いときは自宅で体を休めることが大切である
・1)Influenza Antiviral Medications: Summary for Clinicians. CDC.
・2)Jefferson T, et al. Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in healthy adults and children. Cochrane Database Syst Rev. 2014 Apr 10;(4):CD008965.
・3)Hsu J, et al. Antivirals for treatment of influenza: a systematic review and meta-analysis of observational studies. Ann Intern Med. 2012 Apr 3;156(7):512-24.
・4)Louie JK, et al. Neuraminidase inhibitors for critically ill children with influenza. Pediatrics. 2013 Dec;132(6):e1539-45.
・5)Muthuri SG, et al. Impact of neuraminidase inhibitor treatment on outcomes of public health importance during the 2009-2010 influenza A(H1N1) pandemic: a systematic review and meta-analysis in hospitalized patients. J Infect Dis. 2013 Feb 15;207(4):553-63.
・6)Hayden FG, et al. Baloxavir Marboxil for Uncomplicated Influenza in Adults and Adolescents. N Engl J Med. 2018 Sep 6;379(10):913-923.
・7)Hurt AC, et al. Antiviral resistance during the 2009 influenza A H1N1 pandemic: public health, laboratory, and clinical perspectives. Lancet Infect Dis 2012; 12: 240-8.
・8)抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランス. 国立感染症研究所.
・9)Monto AS, Gravenstein S, Elliott M, Colopy M, Schweinle J. Clinical signs and symptoms predicting influenza infection. Arch Intern Med. 2000 Nov 27;160(21):3243-7.
・10)David L. Heymann: APHA (An official report of the American Public Health Association):Control of Communicable Diseases Manual. INFLUENZA. APHA PRESS, 2015. p306-313.
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。