2021年のインフルエンザ感染者数はどうなるのか皆さんも注目していることと思います。去年の数字を受けて今年のインフルエンザの流行がどうなるのかについて考えていきましょう。
1. なぜ2020年はインフルエンザが流行らなかったのか
2020/2021年の実測値を見る限り、インフルエンザは過去に例を見ないレベルの非流行状態だったのは間違いなさそうです。流行しなかった要因はどのようなものだったのでしょうか。
多因子が絡むため要因について明確にすることは難しいですが、筆者は以下の仮説を立ててみました。
【インフルエンザが流行しなかった要因の仮説】
1. 手洗いとマスク装着の予防効果が大きかった
2. ワクチンの予防効果が高かった
3. ウイルス干渉が起こった
4. あまり検査をされなかった
どれも仮説に過ぎないですが、なぜ筆者は要因の候補として考えるのか、その理由についてもう少し詳しく掘り下げてみます。
1.1 手洗いとマスク装着の予防効果が大きかった
コロナ禍によって我々の生活スタイルは大きく変わりました。ほぼ全ての人がことあるごとに手洗いか手指消毒を行い、外出時にはマスクを着用しています。2020年初頭に新型コロナウイルス感染症が報告されてから、ずっとこのスタイルで暮らしているわけで、当然コロナ以外の感染症についても予防効果が発揮されていると考えて良いはずです。予防行動のおかげでインフルエンザが流行らなかったと考えるのは自然です。
1.2 ワクチンの予防効果が高かった
インフルエンザワクチンは不活化ワクチンと呼ばれるタイプのものです。その予防効果は年によって異なりますが、およそ50%前後の発症を予防する効果があり、およそ80-90%くらいの重症化を予防する効果があります。
年によって数字が異なる理由は、インフルエンザウイルスの中に多くの種類があり、年によって流行する株が変わるからです。そのため、前年から次の年に流行する株を4種類予想して、それを用いてワクチンが製造されています。この予想が当たった場合には予防効果が高まりますし、ハズレた場合には予防効果が低くなってしまいます。国立感染研究所によると2020年のワクチンは次の4種類となっています[1]。
- A型2種類
- 広東-茂南(H1N1)
- 香港 (H3N2)
- B型2種類
- 山形系統
- ビクトリア系統
これらが読みどおりに機能したことによって流行を抑え込めた可能性はあります。ちなみに、抑え込んでしまったウイルス株は感染者の中に見えてこないため、真相をはっきりと把握するのは簡単ではありません。
1.3 ウイルス干渉が起こった
ウイルス干渉という現象があります。あまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、要は「とあるウイルスによる感染症が流行ると、他のウイルスの感染症が流行りにくくなる」というものです。なぜこういった事が起こるかについてはいくつか考えられますが、ウイルスに感染すると人体の免疫機能が高まり他のウイルスによる感染が起こりにくくなるというのが大きな理由になります。
1.4 あまり検査をされなかった
案外忘れがちな理由です。いまコロナ禍において発熱した人は何を検査して欲しいと思うのかというと、大半は新型コロナの検査です。おそらく医師側にも同じような心理が働いており、発熱患者に検査をするとしたらまずコロナの検査が頭に浮かびます。そのため今まで発熱患者に対して行われたインフルエンザの検査がコロナの検査に置き換わって、検査数が減ってしまいっていることが予想されます。こうした普段と異なる心理状態が行動を変えてしまっていることのことを認知バイアス(心理的なバイアス)と呼びます。このバイアスによって検出されずに、非コロナ感染症による発熱と診断されて見逃されていたインフルエンザは一定数あると予想できます。
2. 2021年はインフルエンザが流行るのか?
前段の話で上げた要因はいずれも単独で説明しきれていないことからも、複数の要因が絡まり合っていることは間違いなさそうです。こうした背景を踏まえて今年のインフルエンザの流行がどうなるのか考えてみましょう。
日本感染症学会は2021年にインフルエンザの流行が起こる可能性を指摘しています[2]。そのため2021年もインフルエンザワクチンの接種が推奨されています。例えば、上の1.3のウイルス干渉が理由で去年インフルが流行らなかったのだとしたら、このままコロナ患者が減っていくことで、かえってインフルエンザの流行の可能性が高まっていると考えられます。
一方で、今年も手指衛生とマスク着用をしているので流行は起こらないだろうという論調も見られます。去年のインフルエンザが流行しなかった理由が上の1.1に当たるとしたら、たしかに今年も流行しないという予測も頷けます。
個人的には感染症が流行るのか流行らないのかを断言することは難しいと思っています。その大きな理由は、多因子によって左右されるものを予測することは難しいからです。例えば、コロナのデルタ株のような変異(感染力も重症度も上昇する変異)がインフルエンザに起こってしまったら、予想なんてかんたんにひっくり返ってしまうわけです。
ですから、インフルエンザの感染流行に対しては起こらないと高を括らずに気をつけておくほうが良いと思っています。
その理由は次のようになります。
【今年もインフルエンザの流行に気をつけなければいけない理由】
1. 2021年に国内でRSウイルス感染症が流行している
2. 2021年に東南アジアでインフルエンザが流行している
3. 去年の非流行によって多くの人でインフルエンザに対する抗体が低下している
少々繋がりが見えにくいので補足します。
2.1 2021年に国内でRSウイルス感染症が流行している
RSウイルス感染症は夏から秋に乳幼児を中心に流行る子どもの風邪で知られています。この時期に発熱や鼻水、咳などが乳幼児にみられたらまず考えるべき感染症です。
ニュースでご覧になった人も多いと思いますが、今年は5月頃からRSウイルス感染症が急速に増え、結局過去最高レベルの感染者数になりました。手指衛生の徹底がスタンダードになったことがインフルエンザを流行させていない原因だとしたら、RSウイルス感染症も抑えられて良いのではないかと考えるのが普通です。
つまり、このRSウイルス感染症の事例は、手指衛生を行ってもインフルエンザを抑え込めない可能性があることを示しているとも言えます。もちろん子どものほうが感染予防策を徹底できないという背景もあるので、この説が仮説を超えることはできません。
2.2 2021年に東南アジアでインフルエンザが流行している
2021年はオーストラリアなどの南半球でインフルエンザの流行は見られませんでした[3]。そのため南半球に遅れて冬になる北半球でも流行しないという予想が散見されます。確かに飛行機が無数に飛んでいるこのご時世では、こうした南半球と北半球の時間差に注目して予想する方法は有効です。しかし、インドやバングラデシュなどではインフルエンザが2021年に流行しており、これらの地域における流行の理由には諸説ありますが、少なくとも流行地域からの国内流入には注意が必要です。
2.3 去年の非流行によって多くの人でインフルエンザに対する抗体が低下している
日本感染症学会は「去年の非流行によって日本国内にインフルエンザウイルスに対する抗体を持っている人の割合が低くなっており、今年はインフルエンザが流行しうる可能性がある」としています[2]。これは確かにありえる話ですので、ワクチンで抗体を高めておく価値は高いと判断できます。しかし、去年もインフルエンザのワクチンを受けた人は多くいることやインフルエンザの検査を受けずに自然治癒した人も少なからずいる可能性があることから、今年本当に抗体の低い人が大多数になっているのかは、確実なことは言えないかもしれません。
3. インフルエンザワクチンは受けるべきなのか?
今まで色々と述べてきて、結局今年インフルエンザのワクチンを受けるべきかについてより一層悩みが深くなってしまったかもしれません。ワクチンの価値について考えるにはさまざまな切り口があるため、賛否両論に分かれたり、考えが迷走したりすることもしばしばです。とはいえ自分のコラムで混乱を招くのは本意ではないのでもう少し付け加えます。
ワクチンのメリットは重症度と流行度で変動する
私見ではありますが、ワクチンを受けるかどうかを考える上でとても重要な考え方があると思っています。それは「ワクチンの価値は一様ではなく変化していくものである」というものです。
当たり前ですが、かかったら死ぬという感染症にワクチンがあれば受けるほうが良いという判断になります。同様に、かかったら重症になりやすい人であればワクチンの価値が高まるわけで、ワクチンの価値は重症度によって変化するというわけです。
また、重症度が高くない上に全然流行していない感染症であればワクチンの価値は高くありません。しかし、2021年の新型コロナ感染症のように流行が激しいときにはワクチンの価値は高まります。このように、流行の程度もワクチンの価値を変化させるわけです。
以上のことから現状で行われているワクチンは存在価値を発揮しています。例えば、水ぼうそうや麻しんであれば、感染力が非常に高く、かかってしまったときの重症度や後遺症のリスクが高いため、ワクチンの価値が高いとなります。
やはり重症になりやすい人は受けるべき
重症になりやすい人はワクチンを受けるべきとなります。インフルエンザ関連死は毎年1万人ほどいると言われており、特に重症になりやすい人は可能な限り接種するようにしてください。
【インフルエンザで重症になりやすい人[2]】
- 6か月以上5歳未満の子ども
- 65歳以上の人
- 慢性呼吸器疾患(気管支喘息やCOPDなど)を持つ人
- 心血管疾患(高血圧単独を除く)を持つ人
- 慢性腎・肝・血液・代謝(糖尿病など)疾患を持つ人
- 神経筋疾患(運動麻痺、痙攣、嚥下障害を含む)を持つ人
- 免疫抑制状態(HIVや薬剤によるものを含む)を持つ人
- 妊婦
- 長期療養施設の入所者
- 著しい肥満のある人
- アスピリンの長期投与を受けている人
- がんを持っている人
これらに当てはまる人は毎年のインフルエンザワクチンの接種をおすすめします。
大流行した過去のある感染症は今年も流行ると思って備えておいたほうが無難
重症度と同様に流行の激しいときはワクチンを受ける価値が高まります。感染症の流行は先ほど述べたとおり予測が難しいため、たった今は流行っていなくても数週間後には大流行しているということがありえます。そのため、インフルエンザのように感染者数が大きい病気については、流行はいつでも起こりうると備えていたほうがより安全です。今年は流行らないかもなと思っていても、ワクチンは受けるほうが無難と考えておいてください。
4. インフルエンザワクチンを受けると得られるもう一つのメリット
少し医学的な部分から離れてしまうので恐縮ですが、コロナ禍においてはインフルエンザワクチンの価値はより高まっています。インフルエンザにかかるのを予防してくれるということは、発熱の出る割合もカットしてくれることになります。コロナ禍では熱が出ると日常の対応も検査もおおごとになりますし、仕事や学校は暫く休むことになりますし、場合によっては10日ほど自宅待機を言われることもありえるわけです。ワクチンはこうした不利益を回避することに貢献してくれます。これは実は結構大きなメリットですし、重症化しにくい人たちにとってもありがたい恩恵です。
2021年においてインフルエンザが流行るかどうかは不明ではあるものの、他の年よりもインフルエンザワクチンのメリットは上乗せされていますので、個人的には受けたほうが良いと考えています。もちろん強要はできませんし、アレルギーなどの理由からやむなく受けられない人もいることは事実ですので、このコラムの内容を頭に入れて自分なりの答えを出してみてください。
コロナ禍の重い空気の中ですが、みなさんが健康的な生活を送れるように願っております。
執筆者
1. 厚生労働省「2020/21シーズン向け インフルエンザワクチンの製造株について」
2. 日本感染症学会「2021-2022 年シーズンにおけるインフルエンザワクチン接種に関する考え方 」
3. オーストラリア保健省「オーストラリアのインフルエンザ患者数の報告」
(2021.10.14閲覧)
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。