生活に潜んでいる糖尿病の魔の手
糖尿病は症状がないことが多く気が付きにくい病気です。しかし、放置しておくと取り返しのつかないことになりかねません。ではどうしたら良いのでしょうか? 糖尿病になった架空の人の話をしながら説明していきます。
目次
1. 健診で今まで指摘のなかった人が再検査の指示を受けた
46歳の今まで特に病気もなく過ごしていた園田さんですが、最近特に体力の落ちているのを感じていました。昔は野球部で毎日のように練習していたので体力に自信はあったのに、今では階段ですぐに息が切れてしまいます。
勤め先で毎年健診を受けているのですが、今まで異常を指摘されたことはなかったので、特に怖い思いをしたことはありませんでした。今年もいつものように受けた健診の結果が返ってきました。結果には今まで見たことがない「異常値」という文字があります。
びっくりした園田さんが検査値を見てみると、「空腹時
- 空腹時血糖値:132mg/dL
- HbA1c:7.1%
結果の最後には「医療機関にかかって
ポイント1:糖尿病はそれまで問題のなかった人にも突然やってくる
糖尿病の診断には以下の基準があります。
- 【血糖値の異常】次のいずれかがあれば異常とする。
- 早朝空腹時血糖値126mg/dL以上
- 75g経口
ブドウ糖 負荷試験(OGTT)2時間値200mg/dL以上 - 随時血糖値200mg/dL以上
- 【HbA1c(
ヘモグロビン エーワンシー)の異常】- HbA1c(NGSP方式)6.5%以上で異常とする(※HbA1c(JDS方式)だと6.1%以上)
※ HbA1cに関して、NGSPという表記とJDSという表記の2種類があり、紛らわしいと思います。我が国において、以前は日本基準のJDS方式を使っていました。しかし、世界的にみると日本基準を使っている国はほとんど無い状況でした。そのため、現在では世界基準のNGSP方式を用いて表記することで統一されています。しかし、JDSで検査結果が出ることがたまにあり、その場合は0.4%ほどプラスするとNGSP方式で出した数字として考えて良いとされています。
血糖値とHbA1cの両方が異常であった場合に糖尿病と診断します。園田さんは空腹時血糖値が132mg/dLで126mg/dL以上に当てはまり、HbA1cが7.1%で6.5%以上に当てはまるので、糖尿病の診断となります。
園田さんには今まで健康だったのにという思いがありますが、糖尿病が突然やってくる人もいます。体内の血糖値を制御するシステムが多少乱れたくらいでは
ポイント2:運動不足や食事の不摂生は糖尿病を呼んでくる
メタボリックシンドロームという言葉を聞いたことがある人も多いと思います。メタボリックシンドロームはいわゆる生活習慣病と呼ばれるもので、食事や運動の不摂生のある人に多い病気です。毎年の健診でメタボリックシンドロームをチェックすることができるようになっています。
【日本におけるメタボリックシンドロームの診断基準】
- 必須条件:内臓脂肪型肥満
- 男性のウエスト周囲長:85cm以上
- 女性のウエスト周囲長:90cm以上
- その他の項目(3項目のうち2項目以上を満たすこと)
- 脂質
代謝 異常:中性脂肪 (TG)150mg/dL以上または善玉コレステロール (HDL-C)40mg/dL未満 - 高血圧:
収縮期血圧 130mmHg以上または拡張期血圧 85mmHg以上 - 空腹時の血糖値が110mm/dL以上
- 脂質
1.と2.の条件を満たした場合にメタボリックシンドロームと判断する。
メタボリックシンドロームの条件に血糖値の項目がありますが、生活習慣が乱れていると血糖値が高くなる傾向があることからこの項目は設定されています。つまり、運動不足や食事の不摂生は糖尿病を(もちろん高血圧症や高コレステロール血症も)起こしやすくするのです。
糖尿病はメタボリックシンドロームと深い関わりがあることは間違いないですので、血糖値の指摘を受けた人はまず運動や食事が不摂生になっていないか考えてみると良いでしょう。
2. 自分の生活を考えてみた
園田さんが高血糖についてインターネットで調べてみたところ、メタボリックシンドロームという言葉が目につきました。診断基準を見るとウエストやコレステロールに関しても記載があったので、健康診断の結果をよくよく見返しました。
- LDLコレステロール:158mg/dL
- 中性脂肪:162mg/dL
腹部エコー検査 :脂肪肝
つまり、高コレステロール(脂質異常症)と脂肪肝の指摘もあります。
メタボリックシンドロームの基準と自分を照らしあわせると、
- ウエストは88cm
- 中性脂肪150mg/dL以上
- 空腹時の血糖値が110mm/dL以上
が当てはまります。園田さんはメタボリックシンドロームだったようです。
生活を振り返ってみると運動は月に1回くらい草野球をやっていますが、言われてみれば月のうち29日は運動をやっていません。食事は仕事が忙しいことを言い訳に深夜のドカ食いをしています。
園田さんは、「そりゃ身体の調子も悪くなるわな。」と思いながらも、「特に調子が悪い自覚はないのに、なんで急にいろんな病気が出てくるんだろう。」と悲しくなってきました。
あまり病院が好きではない園田さんも、意を決して病院で精密検査を受けることにしました。
ポイント1:糖の異常と血圧やコレステロールの異常は一緒にやってきやすい
今まで健康と自覚していた人でも、不摂生な生活が続くと生活習慣病はさまざまな方面から襲ってきます。
生活習慣病とはまさに不摂生な生活が原因となる病気のことで、その代表格がメタボリックシンドロームです。
生活習慣病の特徴は、次の病気の全てが起こりやすくなることです。
これら3つが同時に存在する人も珍しくありません。ですから、高血圧症・糖尿病・脂質異常症のいずれかを指摘された人は、他の病気が同時に存在していないかきちんとチェックする必要があります。
ポイント2:糖尿病は初期症状がないことがほとんどである
園田さんのように、特に体調の悪い自覚がないのに健康診断でいきなり悪い結果が出て愕然とさせられる人は大勢います。
糖尿病は放っておくといろいろな症状を引き起こす怖い病気ですが、初期の段階では症状はほとんどなく、気付かないうちにじわじわと身体を蝕んでいきます。
糖尿病の症状として、
- 口の渇き
- 多尿
- 身体のだるさ
- 気持ち悪さ
- 嘔吐
- 頭痛
- 体重減少
が起こりやすいと言われていますが、実はこれらの症状はかなり進んだときにはじめて出てくることが多いのです。糖尿病の初期段階では症状が目立たないので、元気に生活できているからといって決して油断はできません。
健康診断はこのような隠れた糖尿病や糖尿病予備群といわれる状態をみつけるために役立ちます。
3. 病院で糖尿病と診断されたらなにをすれば良い?
さて、園田さんは健康診断の結果を持って近くの病院にかかりました。
案の定お医者さんから「この結果ですと糖尿病ですね。」と言われました。そう言われることは分かっていたもののショックを受けてしまう園田さんですが、お医者さんが続けて「でも軽症ですから
ポイント:糖尿病でも軽度ならインスリンの注射をしなくてよい
糖尿病というとインスリン注射が思い浮かぶかもしれません。実際に、身体が自然に作っているインスリン(
しかし、軽症の糖尿病(目安として空腹時血糖250mg/dL未満)なら、まずは食事の改善や運動で治療できるのです。これでも血糖値が下がらなかったときには、血糖値を下げる飲み薬があります。糖尿病の治療といえばインスリンを打つイメージがあるかもしれませんが、他の治療もあるのです。
4. 食事制限と運動をするように言われたけれど献立がわからない
生活を変えるようにいわれた園田さんは、もちろん不摂生の自覚があったので頑張ろうと決心しました。しかし、園田さんには疑問が浮かびます。
(生活を変えるったって、一体何をどう変えればいいんだ? 甘いモノを食べなきゃ良いのかな?)
「先生、生活を変えるってなにをすればいいんですか?食べるものはどんなものにすればいいんですか?おすすめの運動はありますか?」
当然の疑問です。みなさんも園田さんのような疑問をいだいたことはありませんか?
実は筆者は医者として診療に当たっているのですが、実際の外来の現場できちんと食事療法と運動療法のやり方を伝えている医者は多くないような気がします。(かくいう筆者もきちんと伝えきれている自信はなかったりします。)
園田さんが気を付けるべきことは一体何なのかを考えていきましょう。
ポイント1:食事はどんなことに気をつけるべきなのか
糖尿病を治療するうえで食事は非常に重要です。どんなに最先端の薬で治療をしても、食事が乱れていては血糖値はなかなか下がりません。
血糖値を直接上げるのは炭水化物です。炭水化物は甘いものだけに含まれているわけではありません。ライスやパン、うどんなど多くのものに含まれているのです。これらを摂り過ぎないようにすることで血糖値は上がりにくくなります。
詳細は「糖尿病の食事療法」の項で説明しますので、ここではエッセンスを箇条書きにして示します。
- 炭水化物を摂り過ぎない
- 炭水化物を絶ちすぎない→カロリーの50-60%程度を炭水化物で摂る
- 食品交換表を上手に使う
- 食物繊維をしっかりと摂る
ビタミン 摂取も心がける
このエッセンスを守ることは非常に重要なのですが、いきなりやれと言われてできるものではありません。そこで食事に関して適切なアドバイスをくれるのが管理栄養士です。彼らは栄養のスペシャリストですので、困ったときは是非相談してみてください。たいていの病院には在籍していますし、かかりつけのお医者さんや看護師さんに相談すれば紹介してくれるかもしれません。
最後に食事療法を行ううえでのポイントです。
- 腹八分目を心がける
- いろいろな種類の食品を摂取する
- 朝昼晩の食事を規則正しく摂る
- ゆっくりよく噛んで食べる
- 間食を摂るなら炭水化物をあまり含まないものを食べる
お菓子のような甘いものを食べたくなる気持ちは分かりますが、甘いモノは血糖値を跳ね上がらせるので要注意です。
とはいえ厳しく規制すると逆に欲しくなるのが人間です。スイーツはご褒美的にたまには(週に1回か2回くらいまでは)食べるくらいにしておくことが現実的かもしれません。
ポイント2:運動はどんなことをするべきなのか
運動は血糖値を下げます。ただ、やり過ぎはかえって良くないこともわかっています。何ごともほどほどといいますが、運動も自分に適した範囲で行うのが良いのです。
運動は大きくわけて、有酸素運動とレジスタンス運動の2種類があります。前者はウォーキングやゆっくりとした水泳のようなもので、後者は筋肉トレーニングのようなものに代表されます。詳細は「糖尿病の運動療法」の項に譲りますが、いずれも血糖値を下げるために重要になります。
筋肉が動くとブドウ糖や脂肪酸を消費します。またそれだけではない効果が期待できると考えられています。以下にその効果を示します。
- ブドウ糖や脂肪酸を消費する
- インスリン抵抗性(インスリンが効きにくく血糖値がなかなか下がらない状態)が改善する
- 消費エネルギーが増えて減量しやすくなる
- 筋力や運動能力が向上する
- 心肺機能が向上する
- リフレッシュできる
ただし、運動をやり過ぎるとかえって身体に負担がかかったり、疲労感がしばらく残ってしまったりしますので、適度な負荷でとどめてください。適度な負荷とは心臓に負担をかけ過ぎないことが大事で、心拍数が1分間に100から120くらいまでのことです。
また、運動前後の準備体操と整理体操は欠かさないようにしてください。
5. 規則正しく食べ過ぎない食事と毎日30分のウォーキングを心がけてみた
園田さんはお医者さんに食事と運動を変えることを提案されましたので、毎日7時・12時・18時に腹八分目の食事を摂ることにしました。また、通勤の帰りにひと駅手前で降りて自宅まで30分歩くことにしました。
2ヶ月後の血糖とHbA1cの再測定の日になりました。ドキドキと頑張った達成感をもって採血に臨んだあとに、いよいよ診察です。
お医者さんは、「よく頑張りましたね。血糖値は102でHbA1cは6.3%です。糖尿病の範囲から脱しましたね。」と言ってくれました。園田さんは、本当に良かったと表情を緩めたのでした。
しかし、お医者さんは続けます。
「油断はしないでくださいね。まだ完全に正常範囲ではないのです。油断すると、また糖尿病になりますよ。」
達成感を味わった園田さんは、今の生活を続けようと心に誓うのでした。
ポイント1:食事と運動の節制を頑張れば糖尿病は治る
特に軽症の糖尿病では、食事の節制と運動を行うことで血糖値が下がりインスリン抵抗性も改善されていきます。これを行っても血糖値が高い場合は、血糖値を下げる薬を飲んだりインスリンを注射したりする必要が出てきますが、食事や運動に気をつけるだけで血糖のコントロールがうまくいくことは案外多いです。
ポイント2:血糖値が正常になっても油断しない
食事の節制や運動をしたうえ、薬の力も使って血糖値が下がり正常化したとしても、元の不摂生な生活に戻すと血糖値も元に戻ってしまいます。一生懸命努力をし続けることは非常に難しいですが、元の生活に戻れば血糖値も悪化してしまうことを忘れてはなりません。実際、1回糖尿病になってしまった人は、血糖値が下がったとしてもまた糖尿病になる可能性は健康な人よりも高いですので、食事や運動を習慣化してしまうことが大事になります。
大変とは思いますが、適度な息抜きをしながら頑張っていきましょう。
園田さんは食事と運動に気をつけることで、糖尿病の飲み薬も使わずに血糖を正常値にすることが出来ました。
このように、糖尿病の治療は自分自身の頑張りが占める割合が非常に高いです。お医者さんからの一方通行の治療では不十分で、患者とお医者さんの共同作業になります。
ぜひみなさんもこのサイトの情報を活かして糖尿病と向き合っていきましょう。
参考文献
・日本糖尿病学会/編, 糖尿病
・メタボリックシンドローム診断基準検討委員会. メタボリックシンドロームの定義と診断基準. 日本内科学会雑誌 94 (4), 794-809, 2005