藤原道長に学ぶ糖尿病

「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」
(この世は自分のためにあるようなものだ 満月のように何も足りないものはない)
今から千年ほど前、平安貴族の藤原道長が晩年に詠んだ和歌です。道長は平安時代の華やかな貴族文化を象徴する権力者として有名で、「源氏物語」の主人公:光源氏(ひかるげんじ)のモデルになったという説もあります。
権勢を極めた道長ですが、万寿4年12月4日(西暦1028年)に62歳でこの世を去りました。当時の平安貴族の一般的な寿命から考えれば決して短命ではありませんが、持病に関して興味深い考察があります。記録が残るうちで日本最古の糖尿病患者といわれており、糖尿病が原因で亡くなったという説が濃厚です。
このコラムでは、藤原道長の糖尿病にまつわる歴史を紐解くとともに、糖尿病の症状や合併症など医学的に大事な知識を解説していきたいと思います。
1. なぜ道長が糖尿病だったと分かるのか
現代では主に血液検査で糖尿病を診断します。しかし、平安時代にそのような検査はありませんでしたし、糖尿病という概念自体が確立していませんでした。では、なぜ道長が糖尿病だったと考えられているのでしょうか。
実は道長が訴えていた不調が、まさに糖尿病の
【道長にみられた症状】
- 喉が乾いて大量に水を飲む
- 痩せてきて体力がなくなった
- 目が見えなくなった
- 背中に腫れ物ができた
なぜこれらの症状が糖尿病によるものだと考えられるのか、1つずつ解説していきます。
喉が乾いて大量に水を飲む
糖尿病は
インスリンは膵臓で作られる
このように多飲多尿になる病気は紀元前15世紀の古代エジプトの書物にも記載がみられます。道長に関する記述にも「日夜を問わず水を飲み、口は乾いて力無し」とあります。平安時代には「飲水病」として恐れられていたそうです。
痩せてきて体力がなくなった
「糖尿病は生活習慣病で、太っている人がかかる病気」というイメージを持っている人は多いかもしれません。確かに肥満は糖尿病になってしまう原因の一つです。太っている人ではインスリンの効きが悪くなるからです。しかし、糖尿病になった後はブドウ糖をうまく取り込めなくなるので、むしろ次第に痩せてくることがよくあります。ダイエットしているわけでもないのに痩せてきた場合には要注意といえます。
目が見えなくなった
多飲多尿になる、痩せてくる、だけであればそこまで怖い病気には聞こえないかもしれませんが、糖尿病の症状は他にもたくさんあります。血糖値が高い状態は全身の血管にダメージを与え、以下のような「三大
【糖尿病の三大合併症】
これらの三大合併症は糖尿病にかかってすぐ出てくるわけではなく、数年以上かけて現れてきます。神経障害→網膜症→腎症の順番に出てくることが多いです。糖尿病網膜症は現在でも失明の原因としてとても多い病気であり、道長も網膜症により視力が低下した可能性が高いと考えられます。また、糖尿病では眼のレンズの部分(
背中に腫れ物ができた
道長は亡くなる数日前から背中にできた大きな腫れ物で苦しんでいたそうです。糖尿病では
道長の背中の腫れ物も何らかの感染症で、菌が全身に回ってしまい亡くなったのかもしれません。糖尿病では「
2. なぜ道長は糖尿病になったのか
糖尿病は生活習慣から起こりやすくなることが分かっている病気です。具体的には過食や運動不足、過度の飲酒などがこれにあたります。
これを踏まえると、道長が糖尿病になってしまった背景についても記録から読み解くことができます。「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」や「延喜式(えんぎしき)」など平安時代の記録によると、平安貴族は山盛りの白米を食べ、糖度の高い日本酒を飲み、中国風の揚げ菓子や芋がゆ、そしてフルーツなどをデザートとして食べていたようです。仏教や陰陽道(おんみょうどう)の影響で獣肉食が避けられる傾向にもあったようで、かなり糖質に偏った食生活になっていたと推測されます。
また、歴史書「大鏡(おおかがみ)」によれば、道長の弓の腕は良かったようですが、平安貴族の数少ない運動機会である蹴鞠(けまり)については、道長に関する記録があまりありません。このことから、運動不足だった可能性が考えられます。
最後に、糖尿病のほとんどを占めるタイプの2型糖尿病は、遺伝的要因がかなり大きいといわれています。道長の伯父:伊尹(これただ)、兄:道隆(みちたか)、甥:伊周(これちか)なども「飲水病」であったと記録があり、道長は糖尿病家系であったようです。道長が糖尿病にかかってしまったのは遺伝の要素も大きかったと考えられます。
今回は藤原道長のエピソードを参考に、糖尿病の原因、症状、合併症などを解説しました。
古くから「飲水病」として人々に恐れられてきた病気ですが、現代では原因や対策も分かってきて、健康診断などの血液検査で手軽にチェックすることができます。今回の記事が糖尿病に関心をもつ一つのきっかけになれば幸いです。
執筆者
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。