2017.08.24 | ニュース

直腸がん末期の80歳男性はなぜ家に帰れなかったのか

南相馬市から症例報告
from Journal of medical case reports
直腸がん末期の80歳男性はなぜ家に帰れなかったのかの写真
(c) robypangy - iStock

がん治療には周りの人からの支援も欠かせません。福島県南相馬市で直腸がんを診断され、終末期は自宅で過ごすという希望を叶えられなかった男性の例が報告されました。

南相馬市立総合病院の尾崎章彦医師ほかの著者らが、社会的に孤立した状態で進行直腸がんの治療を受けていた80歳男性の例を、専門誌『Journal of Medical Case Reports』に報告しました。

この男性は2016年6月に血便・めまいを訴えて南相馬市立総合病院に紹介されました。

2015年5月に血便を自覚し、大腸がんかもしれないと思っていましたが、出血が少なくほかに症状がないので1年以上診察を求めませんでした。めまいが出てから医師に相談しました。

血液検査ではヘモグロビン7.4g/dl、平均赤血球容積78flと、かなりの血液が失われていることが疑われました。大腸内視鏡腹部CTで進行直腸がんが見つかりました。

 

この男性は、がんの診断は怖くなかったと言っていました。42歳で離婚してからは独居でした。2人の子供とも会っていませんでした。2011年の東日本大震災の前は近所の友人で集まることが多く、健康について話すこともあり、大腸がんで血便が出ることがあると知ったのは友人の集まりででした。

震災後は近所の人が避難して友達とほとんど会わなくなり、症状を感じてから病院に行く前には誰にも症状の話をしていませんでした。

 

2016年6月に手術が行われました。しかし、がんの広がりが強く取り切れませんでした。7月から抗がん剤治療が開始されました。残ったがんの影響でしだいに臀部の痛みが現れました。

痛みを和らげるために放射線治療が提案されましたが、結果として放射線治療は受けないことに決まりました。放射線治療のためには60km以上離れた病院に通う必要があり、自動車は持っていないこと、送ってくれる人もいないことが理由でした。

終末期は自宅で過ごしたいと希望し、ソーシャルワーカーなどと何度も相談しましたが、家族や近所の人から十分な支援を得られず、退院ができませんでした。2017年1月に長期ケア施設に転院となり、2月に亡くなりました。

報告の著者らは考察の中で「災害後の状況では孤立を減らすことを公衆衛生上の決定的な問題と考えるべきである」と述べています。

 

直腸がんの診断と治療に、震災による社会的孤立が影響したと思われる例を紹介しました。

がんかもしれないと思ってから受診まで1年以上の間隔があったこと、放射線治療を断念せざるをえなかったこと、亡くなる前の期間を自宅で過ごせなかったことのどれも、孤立していなければと思わざるをえません。

この報告の著者らはほかにも、乳がんの症状に気付いてから受診までが遅くなった人が震災後に増えたことを報告しています。

関連記事:乳がんの症状に気付いたのに病院に行かなかったのはなぜ?震災前後の変化

こうした例が全体に当てはまるかどうか、また震災がなければ違っていたと言えるかどうかは、確かめられない部分もあります。しかし、震災・津波と原発事故のあと、生活環境が大きく変わった人は実際にいます。

生活環境の変化、特に孤立は、震災後の医療にとって大きな課題と言えるのではないでしょうか。

執筆者

大脇 幸志郎

参考文献

Social isolation and cancer management - advanced rectal cancer with patient delay following the 2011 triple disaster in Fukushima, Japan: a case report.

J Med Case Rep. 2017 May 16.

[PMID: 28506309]

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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