2020.01.28 | コラム

感染症流行の恐怖とどう向き合う?「油断せずおおげさに心配せず、正しい情報を探す」のは結構難しい

新型コロナウイルス感染症の流行を踏まえて

感染症流行の恐怖とどう向き合う?「油断せずおおげさに心配せず、正しい情報を探す」のは結構難しいの写真

ニュースで中国武漢の流行感染症について連日報道されています。この感染症はコロナウイルスという微生物が原因であることが分かっており、肺や気管支などの呼吸器に感染症を起こしているパターンがほとんどです。ニュースでは死亡した人も報告されており、聞けば聞くほどウイルスの猛威に恐怖を覚える人も多いはずです。

また、今はちょうど春節(中華圏の正月)と重なっており、中国から多くの人が出国することから、感染の拡大についても懸念されています。2020年1月27日から中国政府は団体客の出国を禁じましたが、すでに多くの人が出国していると想定されており、潜伏期間を考えると出国先で発症することは十分にありえます。

こうした恐怖心が煽られる状況は特に判断の目が曇りがちなので、どの情報を信用していいのか途方に暮れている人も少なくないでしょう。現状は多くの情報で溢れており、その中には情報の真偽が怪しいものも紛れています。一方で、情報をきちんと吟味した上で発信されているものもありますが、専門家でもない限り本来見つけるべき情報にたどり着くのは簡単ではありません。

このコラムでは今回の流行について説明しつつ、正しい医療情報へのたどり着き方のコツをお伝えしていきます。

コロナウイルスって何?

医療者でなければコロナウイルスという名前はほとんど聞いたことがないと思いますが、実はお医者さんにとっては馴染みの深い微生物です。コロナウイルスは風邪(急性上気道炎)の原因になりやすいことがわかっており、国立感染症研究所の報告によれば風邪の原因の10-15%(流行期であれば35%)はこのウイルスであるとされています。感染の流行は冬季で、多くは罹患しても軽症で済みます。

まとめると、「コロナウイルスはありきたりな風邪の原因となることが多いウイルスで、ほとんどの場合で軽症で済む」というわけです。とはいえこのウイルスには忘れてはいけない過去があります。比較的最近なので、コロナウイルスの猛威に覚えのある人もいるかもしれません。

 

コロナウイルスと人間の険しい歴史

実は人類は21世紀になってから2回ほどコロナウイルスの驚異にさらされました。2002年中国広東省で発生し流行が起こった「SARS(通称サーズ)」と2015年に韓国で流行が起こった「MERS(通称マーズ)」はどちらもコロナウイルスが原因の感染症でした。いずれもありきたりな風邪を起こすコロナウイルスが原因となっているにもかかわらず、致死率が高く人々を恐怖のどん底に突き落としました。

SARSは日本名を重症急性呼吸器症候群といい、コウモリを介してヒトに感染を起こしたと考えられています。SARSを起こしたコロナウイルス(SARS-CoV)は、ヒトからヒトへ飛沫感染も起こり、重症肺炎を引き起こすほど激烈な病原性を持っていました。WHOの報告によれば、疑い例を含むSARS患者は8,069人のうち775人が重症の肺炎で死亡したとされており、致死率は9.6%と高いものでした。

また、MERSは日本名を中東呼吸器症候群といい、ヒトコブラクダを介してヒトに感染を起こしたと考えられています。MERSを起こしたコロナウイルス(MERS-CoV)は、限定的ではあれどヒトからヒトに感染をうつしたパターンもあると考えられており、SARS-CoVと同じく重症肺炎を引き起こしました。致死率は非常に高く、WHOの報告によれば、2,494人の感染者のうち858人が死亡し、致死率34.4%という恐ろしい数字でした。

ただし、SARSもMERSも重症になった人のほとんどが高齢者や基礎疾患(特に糖尿病や肺疾患、心疾患など)を有している人であることが分かっており、成人や基礎疾患のない人が感染しても軽症で済むことも多く、症状すらない状態(不顕性感染)も少なくないとされています。

 

武漢を中心に流行っている新型コロナウイルス(2019-nCoV)にはどんな特徴がある?

今問題となっている新型コロナウイルス(2019-nCOV)も何らかの形でウイルスの性質が変化し、病原性が強くなったと推定されます。とはいえ、なぜコロナウイルスが人類に対して獰猛に変化したのかについて現段階では明らかになっていません。一方で、不明確な状況の中でも、「分かっていること」/「おそらくそうだろうと考えられていること」/「分かっていないこと」があるので、それらを切り分けて考えてみます。

 

新型コロナウイルス(2019-nCoV)について分かっていることと分かっていないこと

今回の流行に関して確実にわかっているのは、「コロナウイルスが原因」で「中国の武漢を中心に流行している」ということです。また、「一般的なコロナウイルス感染症と異なり、重症の肺炎が起こって一部の人が亡くなっている」ことも確実です。現段階の報告では感染者の致死率は暫定的ですが2-3%程度と高値になっており、水際で食い止める前から日常生活の中で感染対策に勤しむことは非常に重要です。(2020年1月27日の報告では感染者の致死率は80人/2,798人≒2.86%と単純計算できます。ただし、不顕性感染の人が分母に含まれていない可能性があるなど、致死率の数字には注意が必要です。)

感染の拡大スピードや患者の存在する位置から、おそらく「ヒトからヒトへの感染も起こっている」と考えられています。感染しやすさについてWHOは2019-nCoVの基本再生産数(一人の感染者が周囲の何人にうつすかの数字)を暫定的に1.4-2.5と報告しています。季節性インフルエンザの基本再生産数は2-3といわれていますので、数字上はインフルエンザより少し周囲にうつりにくい程度と考えて良さそうです。しかし、これらの数字は平均としてのものであり、過去の感染症流行の報告にも平均的な数字を遥かに超えて周囲に感染させる人(スーパースプレッダーといいます)の存在が指摘されているため、数字をそのまま鵜呑みにはせずに、参考とするほうが良いかもしれません。また、初期感染者の大多数が武漢の市場に関わっていると考えられており、当局の調査によって市場にウイルスが存在していたことが報告されている点も今回の流行の注目すべきポイントです。

一方で、「正確な感染経路に関しては未だ明確なことは分かっていない状況」です。何を介して人間が感染したのか、ヒトからヒトへの感染経路はどういったものなのかは、今後情報が集まってくる中でだんだんと見えてくるかもしれません。また、もちろんことですが、今後どこまで流行が拡大するかや日本でどの程度の影響が出るのかについても分かっていません。

 

新型コロナウイルス(2019-nCoV)にかかった人の症状の特徴

2019-nCoVに感染した人の特徴について、世界有数の医学雑誌であるLancetで速報的な論文が出されています。論文によれば感染者には次のような症状が見られたとされています。

 

【2019-nCoV感染者に見られた症状】

  • 発熱(98%)
  • 咳嗽(76%)
  • 呼吸困難(55%)
  • 筋肉痛または倦怠感(44%)
  • 喀痰(28%)
  • 頭痛(8%)
  • 喀血(5%)
  • 下痢(3%)

 

リストを見ても分かる通り、一般的な風邪と症状の種類はあまり変わりません。このことは重症になるまでは単なる風邪と見分けるのが難しいことを意味しますし、感染してから症状が出るまでの潜伏期間が1-2週間と見込まれていることも状況を複雑にしています。ポイントとしては症状の程度がいつもの風邪よりも強い場合は要注意と考えたほうが良いです。

これらに加えて、ARDS、ウイルス血症、急性心不全、二次感染などが合併症として挙げられており、こうした状況に至った場合は予断を許さない状況になります。これは新型コロナウイルス感染症に限った話ではありませんが、明らかに身体が疲弊して動けない人や意識が朦朧(もうろう)としてしまう人は医療機関を受診するようにしてください。特に高齢者やもともと持病を持っている人は要注意です。

ただし、New England Journal of Medicineで速報的に発表された論文によると、現段階ではSARSやMERSと比較すると今回のコロナウイルス感染症の重症度は低いと考えられていることは知っておいても良いかもしれません。

 

現在の流行の状況

2020年1月27日のWHOの報告によると2,798人が2019-nCoVに感染したことが確定しており、そのほとんどが中国国内発症です。

 

【発症状況(2020年1月27日現在)】

国名 患者数
中国 2,761人
日本 4人
韓国 4人
ベトナム 2人
シンガポール 4人
オーストラリア 4人
マレーシア 4人
タイ 5人
ネパール 1人
アメリカ 5人
カナダ 1人
フランス 3人
合計 2,798人

 

上の表を見ても分かるように、現在の日本では単発の発症が4件見られている程度です。また、発症者はみな日本国の生活者ではなく武漢からの入国者です。これから春節期間を経てどれだけ世界各国に流行が拡大していくのかは不明ですが、少なくとも日本で流行しているわけではないので、過度に心配しすぎなくとも良いと思います。もちろん、急性上気道炎に対する感染対策(手洗いとマスク着用など)を行うべきであることは言うまでもありませんが、神経質になりすぎても生活の質を落としかねないので、生活する上で冷静なマインドセットを持っておくほうが望ましいです。とはいえ、日に日に患者の数が増えているので、しばらくはニュースや公的機関のリリースから感染状況を把握していく姿勢も必要です。

潜伏期の人や不顕性感染を起こしている人がどのくらい周囲に感染を起こすかははっきりとしていませんが、今後の流行拡大には注意が必要です。また、基本再生産数が高くないからといって、一部に存在するスーパースプレッダーが大きな流行を引き起こす可能性があるという理由からも油断はできません。

 

感染症は過去がヒントを与えてくれる

先ほど述べたように、同じコロナウイルスが過去に人命を脅かした例として「SARS」と「MERS」があります。いずれも飛沫感染が推定されており、飛沫感染であれば咳やくしゃみや会話の際に唾液などの飛沫(しぶき)が飛び散ることでうつります。そのため、飛沫感染を防ぐためのマスクは今回の2019-nCoVに対しても有効であろうと推測できます。

また、コロナウイルスは石鹸による手洗いやアルコール消毒に弱いため、感染予防に役立ちます。おそらく2019-nCoVにおいてもこの特徴がある可能性が高いので、日々の生活に取り入れるようにしてください。

さらに、過去のどちらの強毒コロナウイルスの流行も動物を介してスタートしています。そのため動物との接触、とりわけ過去に媒介となったパターンがわかっている動物(この場合はコウモリとラクダ)との接触については慎重に行うようにしてください。

 

困った時、不安なときはどうやって情報を集めたら良い?

こうした情報をインターネットから手に入れることができるとありがたいですが、怪しい情報も紛れているのが現状です。患者さんから「ネットで情報を集めたけれど、色々あるからどれが良い情報なのかがわからない」と相談されることがあります。医学情報は時々刻々と変化するため絶対的に正しい医療情報というのは定義するのが難しいですが、情報を比べるとより正しいものは存在します。おそらくこれが答えになるかと思いますが、それを見つけることは確かに難しいです。

より信頼できる医療情報の特徴は「正確性」「更新性」「中立性」にあるのですが、こうした特徴を踏まえ医療情報の収集のポイントは次の3種類です。

 

【信頼できると思われる情報の例(下は具体例)】

 

もちろんこのリストにないサイトにも良い情報はありますので、参考例としてご紹介しました。一大事になってから慌てて情報検索しても良いものが得られない場合は少なくありません。ですので、日頃から趣味と実益を兼ねた情報検索を行っておくと、いざという時にも情報検索がしやすくなり、メリットは大きいかもしれません。

 

今忘れずに僕らがやっておくべきこと

恐怖に直面した時、人は頭が真っ白になりがちです。幸いにも日本では流行が始まっていませんので、今のうち感染予防でやっておくと良いことをお伝えします。CDCで2019-nCoVの感染に関連して推奨している予防策を踏まえて、次のことを心がけると良いと思います。

 

【日常生活の中の感染予防策】

  • 20秒以上石鹸と流水を用いた手洗いをする(手洗いできない場合にはアルコールで手指消毒をする)
  • 洗っていない手で目や口を触らない
  • マスクを着用する
  • 病気とわかっている人と必要以上に接触しない
  • 自分が病気のときは自宅から出ない
  • 咳をするときや鼻を噛むときはティッシュなどで覆って、その後ゴミ箱に捨てる
  • よく触るものはきれいにし、消毒するように心がける

 

これらを全てこなすことは大変ですが、身に迫る恐怖を感じる今こそ習慣化すると良いタイミングなのかもしれません。感染予防を日々行うことで、今回の感染症以外の予防にも繋がります。

 

自分だけでなく周囲の人を守る意味でも、みんなで感染予防を実践し、流行を阻止できる世の中になることを願っております。

 

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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