2017.05.27 | ニュース

アメリカ初、「全ての臓器に使える抗がん剤」は本当に「夢の薬」なのか

FDAがキイトルーダに異例の承認

アメリカ初、「全ての臓器に使える抗がん剤」は本当に「夢の薬」なのかの写真

アメリカ食品医薬品局(FDA)が、がんが発生した臓器ではなく遺伝子の状態を基準とする史上初の扱いにより、すべての臓器の固形がんに対する治療薬としてペムブロリズマブ(商品名キイトルーダ®)を承認しました。

2017年5月23日、アメリカ食品医薬品局(FDA)が、成人または小児患者の切除不能または転移がある固形腫瘍で、以前に治療が行われたあとさらに進行し、ほかに十分な治療選択肢がなく、検査によりMSI-HまたはdMMRが確かめられたものに対する治療として、ペムブロリズマブを承認しました。

 

がんは発生した臓器によって性質がまったく違います。たとえば前立腺がんは「すぐには治療しない」という選択肢があるほど進行がゆっくりですが、膵臓がんは多くの場合急速に進行します。使える薬もがんが発生した臓器によって違います。

FDAががんの治療薬を承認するにあたって、適応(効果が期待できると判断される病気や状態)の基準をがんが発生した臓器によらず、遺伝子の状態によるとしたのは史上初めてです。

つまり、ペムブロリズマブは遺伝子の状態などが基準に合っていれば、どんな臓器のがんにも使用可能と認められました

※FDAはアメリカの機関であり、日本での承認とは別です。

 

ペムブロリズマブは最近登場したがん治療薬です。免疫チェックポイント阻害薬に分類されます。同じ分類にあたる薬のひとつがニボルマブ(商品名オプジーボ®)です。

免疫チェックポイント阻害薬は、体の免疫の働きを利用してがんを攻撃します。免疫は本来、正常な自分の体と異物を見分け、異物を攻撃します。ところが、がん細胞は免疫からの攻撃を逃れるしくみを持っています。免疫チェックポイント阻害薬は、がんが免疫から逃れるしくみを阻害し、免疫ががんを攻撃できるようにすることで、治療効果を現します。

ペムブロリズマブは以前からがん治療に使われています。日本でもメラノーマ(皮膚がんの一種)の一部と肺がんの一部に対して、一定の条件を満たした場合の治療として承認されています。

 

がん細胞が持っている遺伝子の状態を調べることにより、特定の治療薬の効果を予測できる場合があります。現在の日本でも、ペムブロリズマブを肺がんに使おうとする場合には、あらかじめ遺伝子の状態を調べることが条件とされています。

MSI-HとdMMRは、どちらもがんに関係する遺伝子の状態を調べた検査の結果です。MSI-Hは「マイクロサテライト不安定性検査で2マーカー以上陽性」、dMMRは「ミスマッチ修復遺伝子欠損」という検査結果を指します。FDAによれば、転移がある大腸がんのうち5%ほどが当てはまり、ほかのがんでも当てはまる場合があります。

以前の研究で、MSI-HやdMMRによりペムブロリズマブの効果を予測できるとした報告が出ていました。

 

FDAは今回、あらゆる臓器のがんをペムブロリズマブの適応とすることを、迅速承認制度に基づいて承認しました。

迅速承認制度は、応えられていない医療需要がある深刻な病気や状態に対して、体感できる利益に結び付く可能性が高いと合理的に考えられる代替評価項目に基づいて承認を可能にする制度です。

今回の例で言えば、ペムブロリズマブの適応はほかの十分な選択肢がない場合に限られています。評価には、「がんが小さくなる」といった指標が使われました。

がん治療では、画像上の見た目でその後の経過を正確に予測することは困難です。画像上に目立った変化がなくても症状が重くなることや死に至ってしまうこともあります。そのため、治療の効果を正しく知るには、治療後の生存期間など体感できる指標を使うべきです。

しかし、研究によって治療後の生存期間を知るには、多くの研究参加者が死亡するまでの時間をかける必要があります。迅速承認制度は予測に基づいてすみやかに承認を出すことを可能にする制度です。

迅速承認制度で承認された薬剤が実際に効果を現しているかを確かめるために、製薬企業は市販後調査を行う義務を課せられます。治療として十分な利益が示されなかった場合は承認が取り消されるか、適応が変更となる可能性があります。

 

承認にあたって5件の試験の結果が参照されました。

5件の合計で、患者149人が計15種のがん(大腸がん、子宮体がんなど)に対して治療を受けました。がんが小さくなる効果とその持続期間が評価基準とされました。

治療の結果、がんが小さくなるか、画像上で見つからなくなる反応が39.6%に現れ、そのうち78%ではがんが小さくなった状態が6か月以上維持されました

 

試験では主な副作用として、疲労感、かゆみ、下痢、食欲低下、皮疹、発熱、咳、呼吸困難、骨や筋肉の痛み、便秘、吐き気などが現れました。

FDAによれば、ペムブロリズマブは免疫の働きによる副作用として間質性肺炎、大腸炎、肝炎、内分泌腺の異常、腎炎を起こす可能性があります。重症または命に関わると思われたインフュージョンリアクションが現れた場合は使用中止となります。

妊娠中・授乳中は使用不可であり、MSI-Hの中枢神経系のがんがある小児患者に対する安全性と有効性は確立されていないとされています。

 

今回認められた条件に当てはまる人は、すべてのがん患者の中でもごく限られています。遺伝子検査の結果だけを見ても多くて数%程度です。ほかの条件も合わせるとさらに少なくなります。「すべてのがんに使える薬」と呼ぶにはかなり遠いと言うべきでしょう。

また「使える」ことと「治せる」ことはまったく違います。

今回のFDAによる承認は前例のない取扱いとなりましたが、市販後調査によって変更される可能性がまだ残っています。試験でも反応が現れた人は対象者の4割ほどであり、6割では効かないと見込まれた上で、一部の対象者に効果がある可能性を評価されたと言えます。さらに、がんが一時的に小さくなったとしても、いずれ再び大きくなってくる可能性は大きく、余命を延ばす効果につながるかどうかは結果が出るまで確信できません。

 

ペムブロリズマブと同じ働きの仕組みを持つ免疫チェックポイント阻害薬として、ニボルマブが日本でも使われています。肺がんなどでペムブロリズマブとニボルマブをどう使い分けるかは議論が進みつつある状況です。決してどちらかが「より優れている」と一言で言えるほど単純ではありません。

日本ではニボルマブが2014年に初めて承認されて以来、ニボルマブを「夢の薬」とうたう報道などが現れましたが、2016年には「がん免疫療法」と併用するという不適切な使用により、ニボルマブを使用後の患者が死亡する出来事がありました。事実を超えて期待が高まりすぎると想定外の事態をもたらすことにもなりかねません。

ペムブロリズマブの可能性は今まさに試されつつあります。新しい治療薬の可能性を引き出し、思わぬ不幸な出来事を起こすことなく、がんに苦しむ人の役に立てるために、事実を冷静かつ正確にとらえることは非常に重要です。

執筆者

大脇 幸志郎

参考文献

FDA approves first cancer treatment for any solid tumor with a specific genetic feature.

FDA News Release. 2017 May 23.

https://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements/ucm560167.htm

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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