2016.02.13 | コラム

『ブラックジャックによろしく』を読んで勘違いして欲しくないこと

医療フィクションのウソとホント(4)
『ブラックジャックによろしく』を読んで勘違いして欲しくないことの写真
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極めてリアルに描かれた医療マンガ、『ブラックジャックによろしく』精神科編。その中にも少しですが、「ウソ」とは言えないまでも、大げさ、紛らわしい表現はあります。そのいくつかをご紹介します。

まず、全体的なところから話を始めたいと思います。これまでの本コラムでもご紹介しているように、このマンガは非常にリアルに描かれています。その中で最大の「ウソ」は何かといえば主人公である研修医、斉藤英二郎です。これは精神科編に限らないかもしれませんが、周囲の設定はほぼ現実に存在しうると言えますが、こんな研修医はいません。もちろんこれがこのマンガのマンガたる所以なのですから無粋なことを言っているようですが、実はとても重要なことです。

リアルな設定の中で架空のキャラクターが動くことにより、様々な現実には起こらない、しかしリアリティのある問題が生じてストーリーが生まれているわけです。逆に言えば、もしもこんな研修医が現実にいたとしたら、このマンガのような事件が実際に起こる。その可能性は否定できません。

この主人公は非常に正義感が強く患者想いで行動力があります。しかし、直情的で短絡的とも言えます。非常に極端です。この主人公の行動は必ずしも全て正しいとは言えません。それは周りの指導医や看護師なども指摘します。それでもやはり主人公が正しいのではないか、本来はこのような行動を誰もが取るべきなのではないか、と思わせる説得力があります。それがこのマンガの最大の魅力でしょう。しかし、現実にはこのような物語は起こらない。その乖離を読者に示すのもこのマンガの狙いと言えます。おそらくそのための演出上の狙いもあり、随所に過剰な表現もみられます。それを今回は「ウソ」として指摘していこうと思います。そういう意味で、このマンガの最大の「ウソ」は、この主人公と言えるのです。そう思って読んでもらえると、少し俯瞰的な視点で見えてくるものもあると思います。

 

さて、各論に移りましょう。リアルなマンガですのでウソを見つけるにはどうしても細かい指摘になってしまいます。いずれもウソとまでは言えないのかもしれませんが、その中でも大げさ、誤解が生じうるものを指摘していきたいと思います。

まず、主人公の研修医が精神科に初めてやってきて指導医に病棟を案内されるシーン(図1)。指導医が「ネクタイは外したほうがいいですよ……患者に引っぱられて首が締まる可能性がある」と指導します。

 

図1 9巻15ページ

図1 佐藤秀峰『ブラックジャックによろしく』9巻15ページ、「漫画 on web」(http://mangaonweb.com)から引用、以下の画像も同様

 

このセリフは大げさです。実際にネクタイをして診療することはいくらでもあります。確かにネクタイを締めることにそのような身体的な危険が生じる可能性はありえますが、それはネクタイに限りません。またこの表現は、患者はネクタイで首を締めるような危険な存在であるかのような印象も読者に与えてしまいます。これは、このストーリーのテーマでもある「精神科患者は危険な存在ではない」という主張と矛盾しています。誤解を生む表現と言えるでしょう。

次に、取材のために体験入院をしている新聞記者が保護室で主人公と話をするシーン(図2、3)。

 

図2 9巻39ページ

図2 9巻39ページ

図3 9巻40ページ

図3 9巻40ページ

 

保護室に入るのは自傷他害の恐れのある患者さん「だけ」ではありません。「他の患者との人間関係を著しく損なうおそれがある等、その言動が患者の病状の経過や予後に著しく悪く影響する場合」など厚生労働省の告示で5つの基準が示されています。その中に自傷他害の恐れがある場合も含まれますが、それだけではありません。補足しておくと、保護室は患者さんを「保護」するためであって、懲罰のために使うわけではありません。

確かに保護室は、内側から開けられない鉄の扉があり、外から鍵をかけさせていただく部屋ですが、現在の多くの病院の保護室には鉄格子はありません。強化ガラスが主流です。まだ鉄格子がある病院もあるのは事実ですが、少数です。これも誤解を生む表現の一つです。

次に、小沢さんと言う統合失調症の患者さんが無断離院をした後に指導医と話をするシーン(図4、5)。

 

図4 9巻83ページ

図4 9巻83ページ

図5 9巻84ページ

図5 9巻84ページ

 

話をしているうちに興奮して妄想が出現しますが、指導医が小沢さんの肩をたたくと小沢さんが落ち着きます。これも細かい指摘になりますが、こんなに簡単には患者さんは落ち着きません。実際にこのような方法でうまくいくこともありえますが、統合失調症の妄想は肩をやさしく叩かれたぐらいでは消えないのが普通です。そもそも小沢さんの妄想の内容、出現の仕方にも違和感があります。話の流れに沿って都合よく妄想が出現しているように見えます。しかし、通常は妄想の多くは脈絡が感じられず、内容も唐突で奇異な感じがあることが多いです。そのような状態に「了解不能」という呼び方を用いたりします。

あるいは、これは実は病的な妄想が出現しているのではなく、小沢さんは妄想的な内容を利用した言い方で指導医を否定しているのだ、という解釈もあるかもしれません。それならそれで、統合失調症の方が妄想を利用しているというのも不自然です。妄想は他人から見れば妄想ですが、患者さんにとっては事実と感じられているものなのです。「やっぱり」というような言い方で簡単に浮かんだり消えたりするのも、典型的な症状の出方ではありません。

精神科医療者の中にはこの見解に異論のある方もおられるかもしれません。しかし、そもそもがフィクションの話ですから診察ができるわけもなく、印象で語らざるをえないので、ある程度の意見の相違はやむをえません。その当否はともかく、精神科というのはこのようなことをあれこれと考えるものなのだということを紹介する意味も含めて書いてみました。

 

もう少し重要なところに移ります。主人公の研修医と小沢さんが一緒に外出をしていると小沢さんの調子が悪くなって通行人を追いかけるシーン(図6、7)。これも違和感があります。

 

図6 9巻129ページ

図6 9巻129ページ

図7 9巻130ページ

図7 9巻130ページ

 

確かに統合失調症では、自分と関係ないことを自分と結びつけて被害的に捉える関係妄想という症状が起こりえますから、小沢さんの行動は関係妄想によるものと考えることもできます。しかし、統合失調症の方には二重見当識と言って病気の世界と健康な世界が共存していると言われています。病気の世界の話は他人には理解できないことが多くあっても、その一方で現実的な対応は普通にできている、ということはよくあるのです。小沢さんは研修医同伴とはいえ外出もできており会話もスムーズです。そのような比較的安定した状態の方が突然、遠くの笑い声に反応し、威嚇するだけでなく、わざわざ走って追いかけていく、というのは症状の悪化が唐突すぎるように感じます。これも、このストーリーのテーマでもある「精神科患者は危険な存在ではない」という主張とも齟齬を感じます。これでは本当に「精神科患者は外に出しては危険」とも捉えられかねません。このシーンだけではなく、全体的に小沢さんはやや暴力的すぎます。

しかし逆に言えば、その割には他の点で正常な機能が保たれすぎている、というべきなのかもしれません。すぐに暴力的な行動に出てしまうほど症状に切迫感のある方は、ここまで現実的な話がスムーズに出来るのだろうか、という違和感があります。話の流れとしては、これだけ状態が悪かった人が回復して社会の中に帰っていく、という展開にするために症状の重さを強調したいのでしょうし、一方でストーリーを語る上で小沢さんにはしっかり話してもらう必要があり症状が軽めに描かれているのかもしれません。その演出は理解できないわけではありませんが、一つの症例としてみると一貫性がないように感じますし、リアリティが損なわれている印象は否めません。

 

全体的に細かすぎたでしょうか。確かに「ウソ」と呼ぶのは言い過ぎでしょう。決してマンガに難癖をつけたいわけではないのです。しかし、精神科医療を紹介する目的もあり、敢えて誤解を与えかねない箇所を細かく拾い上げてみました。

次回も引き続いて、ウソあるいは誤解を与えかねない点を指摘したいと思います。

執筆者

東 徹

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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