2015.12.31 | コラム

M-1グランプリの心肺蘇生はなぜウソなのか

医療フィクションのウソとホント(1)
M-1グランプリの心肺蘇生はなぜウソなのかの写真
(C) Tsuboya - Fotolia.com

医療ドラマの中には、医療関係者から見たら「それはないだろう」というものがたくさんあります。しかも、有名なシーンにこそ、現実離れしたウソが目立つこともあります。その中でも、あのドラマのあのシーンはホントなのかウソなのか。検証してみましょう。

医療ドラマ、医療マンガは数多くありますが、そのほとんどがフィクションです。いわばウソですね。(注;ウソが悪いという意味ではありません。フィクションの言い換えです。)しかし、もちろん全てがウソではなくて、実際の医療を元にした上でのウソですから、ホントのことも当然たくさんあります。

​しかし、何がウソで何がホントか。医療従事者で現場にいる人ならある程度はわかりますが、そうでない方はよくわからないのではないでしょうか。

例えば、『ブラック・ジャック』というマンガ。作者である手塚治虫が医師免許を持っているからといって、全部ホントの話とは思わないですよね。出てくる病気などはホントにある病気も結構多いですが、全体的にフィクションであることが比較的わかりやすく描かれています。

ところが、リアルなタッチで描かれているドラマやマンガに関しては、判別が難しいものもあります。そこで、ホントかウソか分かりづらそうな例を一つ上げてみましょう。

 

◆衝撃的な心肺蘇生

1990年代に『振り返れば奴がいる』というドラマがありました。その中で、腕は立つけど世を拗ねたような主人公の外科医が、心肺蘇生をするシーンが何度か出てきます。それはかなり衝撃的でした。両手を合わせて大きく振りかぶって全力で患者の胸を何度も何度も叩きつけるのです。ものすごい大きな音がします。「帰ってこい!」と叫びながらやっている場面もあります。

医療のことが専門ではない方、心肺蘇生を見たことがない方には、違和感があるとしても、「明らかにおかしい」と思うのは難しいのではないでしょうか。ドラマの中でも周りはちょっとビックリしている感じに描かれていたので、さすがに普通のことではないだろう、とは思うでしょう。でも全くのウソかどうかはよくわからないと思います。もしかしたら、時にはこんなことをするのかもしれない。なんとなくそう思ってしまう人もいるのではないでしょうか。

それを思い出させる場面が、ある年の「M-1グランプリ」にありました。テレビに出始めの頃の南海キャンディーズが医療ネタの漫才をしたときのことです。そこで心肺蘇生の場面が出てくるのですが、それが『振り返れば奴がいる』と同じ方法だったのです。両手で振りかぶって叩きつける。「帰ってこい」と言っていたのも同じでした。おそらくドラマの真似をしていたのだと思います。

医学の知識を持って、それが標準的な心肺蘇生術ではないことを知った上で見ると、ドラマの影響って大きいんだな、と思わされます。フィクションとして作られていても、見ている人には強い印象を与えて、中にはホントのことのように思ってしまう人もいるかもしれない、と。もちろん漫才の中のことですし、パロディとして行われていたのでしょう。それが正しい心肺蘇生術として示されていたわけでもありません。

しかし、それでもあるフィクションの中のウソの方法が、特に説明なく心肺蘇生として解釈されうる、心肺蘇生を表す記号の一つになってしまっている、ということは間違いなさそうです。これが繰り返されれば、その間違った内容が正しいものとして解釈されて広まっていくことも起こり得るのではないか、そこまでいかなくとも、何がホントかわからなくなってしまうこともありえるのではないか、と思います。そしてそれは世間に医療への誤解を生み出しかねない危ういことであるかもしれません。

ちなみに、標準的な心肺蘇生術は、両手を重ねた手のひらの基部(手首に近い部分)で胸骨の真ん中付近を1分間に100回程度のスピードで深さ5cmぐらい押す、という方法です。これは万一のためぜひ覚えておいてください。

 

◆ 実はホントにある、というのはウソ!?

これで終われば話はわかりやすいのですが、まだ続きがあります。

実は文献によると、心肺蘇生法の中に前胸部叩打法というものがあります。めったに行われることはないようですが、心室細動という不整脈に対して除細動器という器具がない場合には、胸を強く叩くという方法が使われることもあるのです。少しだけ電流が発生し、それが不整脈に有効かもしれないという考えで行われるものです。どれぐらいの効果があるかははっきりせず、行うべきか議論の余地はありますが、そういう方法も正式にあるにはあるのです。

となると、ドラマでやっていたのは全くのウソではなくて、実は実際にある方法、ホントのことを元に作られていた…のでしょうか。

実はそうとも言えません。

前胸部叩打法は片手で行います。そして20~30cmの高さから拳を振り下ろします。しかも、通常は一回だけです。両手で大きく振りかぶって何度も何度も叩きつけるようなものではないのです。やっぱりドラマはウソだった、ということになります。

 

◆ ウソかホントか精神科

話が二転三転して、ややこしくてすみません。何が言いたいかというと、医療ドラマや医療マンガの内容は、ホントかウソかは簡単にはわからない、という例をお示ししたかったわけです。

でも、なるべくなら、ウソかホントかを一般の方も判別できた方が良いでしょう。フィクションがもとで誤解が社会に広まってしまうのは望ましくありません。

そこで、次回からはいくつか例をあげて、医療フィクションの中のウソとホントを解説していきます。私は精神科医ですので、医療フィクションの中では少しマイナーなジャンルではありますが、精神科領域について解説したいと思います。

執筆者

東 徹

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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