2016.03.17 | コラム

続『ブラックジャックによろしく』を読んで勘違いして欲しくないこと

医療フィクションのウソとホント(5)
続『ブラックジャックによろしく』を読んで勘違いして欲しくないことの写真
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極めてリアルに描かれた医療マンガ、『ブラックジャックによろしく』精神科編。その中にも少しですが、「ウソ」とは言えないまでも、大げさ、紛らわしい表現はあります。前回に引き続きそのいくつかをご紹介します。

この物語の主要な点として、統合失調症の小沢さんと早川さんの恋愛があります。小沢さんが病棟で早川さんに一目惚れをし、そこから徐々に恋愛に発展します。そこで、指導医以外の医師たちからは、患者同士の恋愛について問題視する場面があります(図1-1、1-2)。

図1-1 10巻47ページ

図1-1 佐藤秀峰『ブラックジャックによろしく』10巻47ページ、「漫画 on web」(http://mangaonweb.com)から引用、以下の画像も同様

図1-2 10巻49ページ

図1-2 10巻49ページ

 

病状の悪化につながる、病棟の雰囲気を乱す、という理由です。これも誤解を生む描写でしょう。確かに、このようなことを気にする精神科医もいるのでしょうが、それほど一般的なことではありません。実際、患者同士で結婚することは多くありますし、患者間の出会いの場として院内にディスコを作った病院もあるぐらいです。このマンガ内では恋愛を問題視する医師の方が多数派に見えますが、実際は少数だと思います。

 

次に、その早川さんについてです。早川さんは20歳女性、統合失調症です。その発症までの様子が何度かに分けて少しずつ描かれています。やや専門的で細かい話になりますが、そこに二つ違和感があります。経緯をまとめましたのでまずは見てください。

早川さんが中学生のころ。両親の離婚後、転校します。母親はラブホテルの清掃で夜の仕事が多く、寂しい日々を過ごします。転校前の友達とも疎遠になってしまい、孤独感から夜の街に出て、多くの男性と肉体関係を持ちます。妊娠してしまいますが、父親が誰かもわからず誰も責任を取ろうとしません。打ちひしがれながら、さらに別の男性と関係を持っている時に、幻聴、妄想が出現します。ピーターパンが自分を迎えに来てくれる、という妄想です。そのうちに、窓を開けていないとピーターが来ないから、という妄想にとらわれ、窓を開け続けるようになります。窓を閉めようとした母親に暴力をふるい、入院となりました(図2-1~2-3)。

図2-1 11巻105ページ

図2-1 11巻105ページ

図2-2 10巻97ページ

図2-2 10巻97ページ

図2-3 10巻25ページ

図2-3 10巻25ページ

 

違和感の一つ目は発症までの描写です。発症の原因は孤独感が全てであると描かれているような印象を受けます。他の場面でも描かれているとおり、統合失調症の発症には遺伝子的な要因が半分、環境要因が半分、関係していると言われています(図3)。

図3 12巻31ページ

図3 12巻31ページ

 

もう一人の主要な登場人物、男性の小沢さんも統合失調症ですが、元々の性格(これを病前性格と呼びます)は過度に真面目で不器用で周囲に溶け込めない様子が描かれています。それと比較しても、早川さんは、環境因子のみが強調されており偏っている印象があります。

もう一つのより大きな違和感は、妄想の内容です。ややファンタジック過ぎる気がします。統合失調症の妄想は、見られている、狙われている、襲われそう、など自分が脅かされるものが典型的です。背景には不安感、孤独感などがあるのでしょうが、ピーターパンが迎えに来てくれる、というのは願望充足的(願望を妄想として表現されていること)で、牧歌的で統合失調症のイメージに馴染みません。

二つの違和感を合わせると、統合失調症ではなく、パーソナリティ障害解離性障害など他の診断名の方がしっくりくる気がします。このような症状の統合失調症もありえますが、小沢さんの描写とは違って、典型的ではない、という印象を精神科関係者の多くは持つのではないかと思います。細かいことですが、統合失調症のイメージをより正確に持っていただくために挙げてみました。

 

次に、これは主人公の研修医についてのことなので、このマンガの根幹に関わる演出ではありますが、いくら親身になると言っても、一晩、保護室の前で過ごす、というのはやり過ぎだと思います(図4-1、4-2)。悪いこととは思いませんが、これは尋常ではない、ということは指摘しておこうと思います。

図4-1 9巻194ページ

図4-1 9巻194ページ

図4-2 9巻197ページ

図4-2 9巻197ページ

 

別の観点でいえば、不穏な方に対してもじっくり話を聞き、寄り添い、安心してもらう事で、保護室に隔離しなくても済む、という手法は実際にあります。精神科病院を極力減らしたイタリアでそのような方法が取られることがある、と耳にしたことはあります。とは言え、今回は保護室に隔離した上で、その前で研修医が寝ている、という状況なので、中途半端と言えます。

 

次に疑問がある点は、「精神科医は患者の妄想を否定してはいけない」という主人公の解説です(図5)。

図5 11巻65ページ

図5 11巻65ページ

 

自分のせいでテレビの子達は死んでしまった、という早川さんの妄想を主人公の研修医は否定しません。しかし、実際は必ずしも妄想を否定してはいけないわけではありません。

ここにも描かれているように、確かに妄想は辛い現実からの逃避という側面もありますが、そうでない妄想もあります。被害妄想などは否定して安心してもらうことが時として有効です。逃避のための妄想でも、回復期などであれば現実感を持ってもらうために妄想を否定することもあります。安心できる場所や時間を提供できているなら、妄想を否定されても追い込まれることはないでしょう。

むやみに妄想を否定しないように、という教訓としては有用かもしれませんが、それだけにとらわれてはいけません。これは、有名になった「うつを励ましてはいけない」という考えにも近いところがあります。うつの時も励まして良い場合は多くあります。どちらも、ケースバイケースなのです。ただ、その判断は高度に専門的で難しいので、妄想は否定しない、うつは励まさない、としておく方がリスクは少ないとは思います。

 

大げさだと感じた点としては、40年入院を続けている統合失調症患者の描写があります。人格が荒廃してしまった様子が描かれています(図6-1~6-5)。

図6-1 11巻163ページ

図6-1 11巻163ページ

図6-2 11巻164ページ

図6-2 11巻164ページ

図6-3 11巻165ページ

図6-3 11巻165ページ

図6-4 11巻166ページ

図6-4 11巻166ページ

図6-5 11巻167ページ

図6-5 11巻167ページ

 

確かに、このような方がいること、偏見や差別で社会から隔離されていたことがその一因であることはホントです。しかし、現在の医療水準で適切と思われる治療をしても、どうしても良くならない方は少なからずいるのです。また、罹病期間が長くなればどうしても病状は進行します。

発症から40年も経っていれば相当病状が進んでしまってもそれほど不思議ではありません。このような状態を残遺状態と言いますが、それほど珍しい状態でもないのです。この方が、若い頃に社会に受け入れられていれば回復していたか、と言われればその可能性はありますが、それは確かめようがありません。

指導医の「適切な治療が受けられなかったため人格はすでに荒廃し」という言葉はやや過剰です。それ以上に、この絵柄、トーンが醸し出す空気が不穏すぎます。病気の悲劇性、差別偏見の強調の演出としては良い表現かもしれませんが、普段精神医療をしている側から見ると大げさな描写に見えます。

統合失調症でなくても、寝たきりの方で疎通の取れない方はたくさんおられます。そのような方と同様に、普通に接すればよいのです。統合失調症を軽く見る必要はありませんが、同時に過度に重く考える必要もありません。実態を冷静に正確に把握することが差別解消の第一だと思います

 

最後に、誤解を生む描写、というよりは統計の解釈の問題を指摘しておきます。フィクションである物語を裏打ちするように、現実に全国精神障害者家族会連合会が行ったアンケートの結果が提示されています(図7-1、7-2)。

図7-1 12巻113ページ

図7-1 12巻113ページ

図7-2 12巻114ページ

図7-2 12巻114ページ

 

附属池田小事件の報道で患者にどのような影響があったか、というアンケートは、「「症状が不安定になった」――57.6%」、など衝撃的な数字が並びます。この解釈には少し注意が必要です。この数字自体には間違いはないと思いますし、実際に報道の仕方で患者に悪影響があったのも事実だと思います。

しかし、アンケートの対象が偏ってしまっている可能性も考慮しなければいけません。変化を感じた医師の方が、感じなかった医師よりもより積極的に回答している可能性はあります。そして、事件がない場合でも症状が不安定になる方はいるわけですから、事件後、どれほど状態が悪くなったかの正確な判定には、本来、比較対象が必要です。

この数字には印象、主観が入り込んでいる可能性が高いでしょう。これを客観的な数字と捉えるのは危険です。偏った解釈は、余計な感情的な反発を受けることにもなりかねませんし、冷静な判断を阻害してしまい誤解の元になります。数字自体はウソではなくても解釈に注意が必要なのです。ただし、今回の件に関しては、そういう印象を持った医師が少なからずいた、ということは言えそうです。

 

以上、数回にわたって、「ブラックジャックによろしく」のウソ、ホントについて細かい点を指摘させていただきました。ウソとまでは言えないものが多くありましたが、医療フィクションを見る上で、少し違った視点を提供できたのではないかと思います。また、このウソ、ホントの指摘を通じて、精神科の実態を少しでもお知らせできていれば、また、少しでも精神医療に興味を持っていただければ、嬉しく思います。

執筆者

東 徹

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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