2016.01.09 | コラム

『ブラックジャックによろしく』で読む精神医療のウソのようなホントの現実

医療フィクションのウソとホント(2)

『ブラックジャックによろしく』で読む精神医療のウソのようなホントの現実の写真

医療マンガにウソがあるのは当然。ウソを描くのがマンガです。しかし、リアリティを追及したマンガもあります。たとえば『ブラックジャックによろしく』。このマンガに描かれているように、精神医療の世界はウソのような現実がホントにあります。

私は精神科医で、マンガも好きですが、『ブラックジャックによろしく』ほどリアリティを追及した医療マンガを他に知りません。タイトルのネタ元である『ブラック・ジャック』は、前回もご紹介しましたがわかりやすいフィクションであると思います。しかし『ブラックジャックによろしく』は、特に精神科編はウソを探す方が難しいです。基本的には描かれている情報はほとんどホントと思ってもらってよいと思います。病気についての情報、数字などは、2000年の時点のものですが明らかな間違いと言えるものはないでしょう。

もちろん、架空の設定ですからそこはウソですし、医学的にも多少のウソ、というよりはやや大げさ、あるいはやや誤解を生みやすい点も見受けられます。こちらは次回以降にご紹介するとして、今回はホントの部分、特にウソかと思うような現実が描かれている箇所をピックアップしていこうと思います。

幸いこのマンガは複製が許可されていますので画像も添えていきましょう。引用元のサイトでは全巻無料で読めます。鋭い社会的な問題提起もありながら話自体も面白いです。オススメですから是非読んでみてください。

まずは、9巻に出てくる病棟の様子を見てください(図1~4)。


図1(上右)、図2(上左)、図3(下) 佐藤秀峰『ブラックジャックによろしく』9巻17~19ページ、「漫画 on web」(http://mangaonweb.com)から引用、以下の画像も同様

 


図4 9巻33ページ

非常にリアリティがあります。精神科の病棟というのは、おそらくほとんどの方は見たことがないでしょう。このマンガのテーマでもあるように、精神疾患、患者、精神医療が閉ざされていたからではないかと思います。

すべての精神科病棟がこうではありませんし、もっとすっきりしてきれいな病棟も最近は増えてきたと思いますが、少し古めの大学病院などではこのような病棟が多いと思います。卓球台は大抵あります。また、患者さんの様子もこんな感じです。同じ言葉を繰り返す方も床に寝てしまう方もホントにいます。逆に、昔の映画で出てくるような非常に劣悪な環境は現在ではほとんどなくなってきています。まったくない、とは言えないところが残念ですが。

閉鎖病棟という、出入り口にカギがかかり医師の許可なく患者さんが外へ出ることが出来ない病棟もホントにあります。

また、食事の搬入などの時にそこから患者さんが許可なく出て行ってしまうことも実際にあります。無断離院という言い方をしますが、その表現が適切かはともかく、ホントにしばしばあることです。


図5 9巻22ページ

新聞記者が取材のために精神科病棟に体験入院しています(図5)。これもホントです。実際に記者が体験入院したことがある、という話は聞いたことがあります。私が聞いたのは1泊で、この話ほど長い期間ではありませんでしたが、そのような気概のある記者、医者はホントにいるのです。


図6 9巻127ページ

統合失調症の症状のイメージもだいたいこのような感じです。特に「小沢さん」という男性患者のキャラクターはよく感じが出ていると思います(図6)。ごくたまに、テレビで統合失調症の特集がされるときに再現VTRがありますが、どこかリアリティがない気がします。役者さんがやっているからか演技的だからか、理由はよくわかりませんが、過剰にきれいにデフォルメされているところと、過剰に苦しそうにしている印象も受けます。それに比べると、マンガとは言え雰囲気がよくわかります。


図7 9巻121ページ

患者さんの外出の付き添いで医師や看護師が同伴することもホントにあります(図7)。単独での外出にはいろいろな理由で不安がある方の場合、同伴でなら外出できる、というような状況はよくあります。往々にして、外に出ると患者さんは表情が明るくなったり、しっかりしたりします。病棟という環境が、刺激を避けられて保護的にも働く一方で、現実感を失いがちになるという両面があります。とはいえ、外出によってしんどくなる場合もあるので見極めは必要です。


図8 9巻137ページ

病院の周辺住民との軋轢もホントにあります(図8)。その背景には差別意識があることが多いこともホントです。しかし、実際に外出中の患者さんが迷惑をかけてしまうことがあるのもホントです。マンガ内でも言及されているように、精神科の患者さんは「他人とうまく係わる事の難しい人達」(9巻63ページ)で、精神疾患は「人と交わる事の障害」(同)と言えるのも(大掴みな表現ではありますが)ホントです。つまり精神疾患の回復途上や調子が悪いときには、症状によって社会的能力が落ち、社会でうまく過ごすことが出来ないことがよくあります。そして、周辺住民の方のクレームに対して、病院や主治医が謝罪することがあるのもホントです。これは私の個人的な見解になってしまうかもしれませんが、患者さん個人の行動になぜ病院が謝罪するのかには、いささか疑問があります。が、これについては今回の趣旨とずれてしまうので、敢えて考察を深めないこととします。


図9 10巻22ページ

ストーリーの大きな柱となる患者さん同志の恋愛ですが、これもホントにあります(図9)。当たり前と言えば当たり前なのですが、よくあります。それによって病状が劇的に良くなることもあります。逆に病状が悪化してしまうこともあります。恋愛で楽しくなったり落ち込んだりすることは誰でもありますよね。それが恋愛ですから。病状が変化するのは、それと同じことと言えるかもしれません。恋愛自体が病気だという哲学者もいた気がしますが、それはまた別の話…。

患者さんと言えど、恋愛は自由です。通常の範囲の好き嫌いまで変えよう、というのは精神医療ではありません。しかし、アドバイスはします。今恋愛にのめりこむべきか、の助言程度はすることがあります。でも禁止は出来ません。それはそうですよね。やめろと言われてもしてしまうのが恋愛です。


図10


図11 以上2点10巻71~72ページ

同様に、仕事に就くべきかどうか、もアドバイスをすることがあります。ストーリー上でも、退院後にすぐ仕事に就くべきか、を相談するシーンがあります(図10、11)。主人公は「少し段階を踏んで」と言い、主治医は本人が望むなら良いのではないかと勧めます。このあたりは難しいところです。ストーリー上のキモにもなっていますが、少しでも早く社会に出ることが良いことなのか、本人の希望を支援するのが常に良いことなのか、あるいは、医療者がどこまで患者の行動を制限するのが正しいのか、などの問題に精神医療者は常に悩みます。また、悩むべきです。ということもホントです。

この主治医は、仮に患者や社会に問題が生じても、それが社会に差別を気づかせるきっかけになる、というような思想を持っているようです。そういう考え方が実際にあるのもホントです。

精神医療に関わらない人には、にわかには信じられないような話がいくつもあったのではないでしょうか。一つもなかった、全部知ってるので読んでいてもつまらなかった、という方がもしいれば逆に嬉しいことです。

しかし、ウソのようなホントの話はまだまだあります。次回もストーリーに沿いつつご紹介できればと思います。

執筆者

東 徹

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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