2015.10.10 | コラム

幹細胞とは何か?(3)「胚」からつくられる「ES細胞」

倫理的問題と技術的問題
幹細胞とは何か?(3)「胚」からつくられる「ES細胞」の写真
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前回は、この連載の題名にもなっている「幹細胞」とは何かを説明してみました。この連載では、とくに「多能性」を持つ幹細胞である「多能性幹細胞」を取り上げていきます。

有名な多能性幹細胞は2種類あります。1つはいうまでもなく、山中伸弥・京都大学教授が開発したiPS細胞(人工多能性幹細胞)で、もう1つはES細胞(胚性幹細胞)です。歴史的には後者のほうが先に登場しました。

 

ES細胞とは、その和訳からもわかるように、「胚」からつくられる多能性幹細胞のことです。一方、後に登場するiPS細胞は「体細胞」からつくられることがES細胞との大きな違いです。

精子と卵子が受精すると「受精卵」ができます。受精卵という1個の細胞は、細胞分裂を繰り返して「発生」していきます。細胞が100個ぐらいの状態になったものを「胚盤胞」といいます。「胚」というときには、一般的にこの「胚盤胞」のことを意味します。

ES細胞は、1981年、英国のマーチン・エバンスらが、マウスの胚から多能性を持つ幹細胞を分離することに成功したことによって、初めて開発されました。このマウスのES細胞は、簡単に増やすことができて(自己増殖能があって)、あらゆる細胞になることができる(多能性がある)ことから、遺伝子を組み変えたマウスをつくることに役立ちました。

とくに特定の遺伝子を働かなくさせた「ノックアウトマウス」の開発が1989年に成功したことが画期的でした。機能の知られていない遺伝子をノックアウトした(働かなくさせた)マウスを通常のマウスと比較することによって、その遺伝子の機能を推測したり、機能の知られている遺伝子をノックアウトすることによって、ある病気を研究するためのモデル動物をつくったりすることが可能になりました。

エバンスはこのノックアウトマウスの開発という業績によって、共同研究者のマリオ・カペッキ、オリバー・スミシーズとともに、2007年、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

つまりES細胞が開発されたときに期待されていたことは、いまとは異なっていたのです。

 

1998年にアメリカのジェームズ・トムソンらが、ヒトの胚からES細胞を樹立することに成功したときには、たいへんな話題になりました。

その理由の1つは、ES細胞のような多能性を持つ細胞は「再生医療」に役立つと見込まれたからです。生物の持つ「発生」という能力を応用する医療技術のことを「再生医療」といいます。たとえば、糖尿病患者にはES細胞からつくった膵臓のベータ細胞を、心筋梗塞患者には同じようにつくった心筋細胞を、パーキンソン病患者にはドーパミン神経細胞を移植してやれば、画期的な治療効果をもたらすことが期待されたのです。

 

一方、問題も指摘されました。

1つは、ヒトのES細胞を得るためには、ヒトの胚、つまり1人の人間になる可能性のあるものを破壊しなければならない、ということです。トムソンらは、体外受精で使われず、廃棄されることの決まっていた「余剰胚(予備胚)」を実験で使いました。

そのためES細胞研究は、人間の生命の始まりを「受精の瞬間」からだと考える人々から反対されました。とりわけ、そもそも人工妊娠中絶に批判的なキリスト教、とりわけカソリックや福音派からの反発は苛烈でした。この問題は「生命倫理」の問題として議論され、米国では大統領選挙の論点にもなりました。

もう1つは、技術的・科学的・医学的な問題です。たとえES細胞から、病気を治療するために移植できそうな細胞をつくることができても、それは患者とは遺伝学的に異なるものです。つまり移植しても、免疫機構によって拒絶反応が起こる可能性が高いのです。

 

この免疫拒絶反応の問題を克服するために、あるアイディアが生まれました。次回はそのアイディアにもとづく特殊な多能性幹細胞「クローンES細胞」についてお話します。

執筆者

粥川 準二

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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