2015.11.16 | コラム

幹細胞とは何か?(7)iPS細胞で倫理問題は解消されたのか?

とりわけ「移植」や「生殖」において慎重さが必要
幹細胞とは何か?(7)iPS細胞で倫理問題は解消されたのか?の写真
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前回は、iPS細胞についてお話しました。iPS細胞はES細胞とは違って体細胞からつくられるため、1人の人間になる可能性を持つ胚を壊すことがありません。そのうえ患者自身の体細胞からiPS細胞をつくり、それからさらに移植用の細胞をつくれば、それは患者と同じ遺伝情報を持つため、拒絶反応を回避することができるかもしれません。

iPS細胞はいいことばかりのようにも見えます。しかし、iPS細胞が倫理問題を引き起こす可能性がないかどうかは、応用方法によります。おそらくより重要になるのは、iPS細胞のもととなる体細胞の採取・提供の時点ではなく、それ以降の時点でしょう。

フィンランドの循環器専門医アルト・セタラらは2009年の時点で、iPS細胞の応用においてはとくに2種類のものが論争を呼ぶ可能性が高い、と推測しています。1つは「移植」にかかわる応用方法であり、もう1つは「生殖」にかかわる応用方法です。どちらも体細胞の提供者(由来者)がそれらを認めないことがあると予想されるからです。また、どちらもiPS細胞を使うかどうかに関係なく、現時点ですでに、厳格なインフォームド・コンセント(情報を得た上での同意)が求められる応用方法だからです。

 

◆移植にかかわる応用の問題

iPS細胞をつくるためにそのもととなる体細胞を入手することは、たとえば血液や皮膚、手術で切除した臓器などを患者やボランティアのインフォームド・コンセントを得たうえで提供してもらえば、それほど難しくはないかもしれません。

iPS細胞は前述のように自分の体細胞を使う方法が期待されているのですが、コストや時間がかかりすぎることが指摘されています。そのため現実には、さまざまな人に由来するiPS細胞を備蓄しておいて、その「ストック」から、患者と白血球の「型」が合い、拒絶反応が起こりにくいものを選んで使用する、というシステムが構築され始めています。自分に由来する細胞が他人の身体の一部になることを望まない人への配慮が必要になるのです。

また、人間に移植することができる臓器の作成を目的にして、動物の胚に人間のiPS細胞を注入し、人間の臓器を持つ「キメラ動物」をつくるというアイディアもあり、そのための基礎技術の研究が進められています。移植用の臓器は慢性的に不足しているので、それを解消できる可能性があります。しかし体細胞の提供者のなかには、宗教的な信念や不快感などを理由に、自分の細胞が動物の細胞と混ぜ合わせられることを嫌う人もいるかもしれません。

 

◆生殖にかかわる応用の問題

一方、近年、iPS細胞から生殖細胞、つまり精子や卵子をつくる研究に注目が集まっており、そのための基礎技術の研究が進められています(なおES細胞でも同様の可能性があります)。つまりiPS細胞は移植医療としての再生医療だけでなく、不妊治療やその研究に有益になりうるのです。不妊に悩むカップルや同性愛カップルには朗報でしょう。

その精子や卵子は、そのiPS細胞のもとである体細胞の提供者と同じ遺伝情報を持つことになります。しかし提供者のなかには、自分の体細胞に由来する精子や卵子を、体外受精など生殖にかかわる医療やその研究に使われることを嫌がる人もいるはずです。

さらに理論的には、1人の人間の体細胞からiPS細胞をつくり、それからさらに精子と卵子の両方をつくり、それらを受精させて1人の人間を誕生させることもできるかもしれません。クローン人間ではありませんが、何か奇妙な、クローン的なことが可能になるのです。

 

以上をまとめるならば、iPS細胞の倫理問題は、それが通常の、つまり受精胚由来のES細胞とは違って、現在も生存している個々の人間と同じ遺伝情報を持つことによって生じる可能性があるのです。いい換えれば、通常のES細胞と同じ遺伝情報を持つ人間は存在しないことに対して、iPS細胞と同じ遺伝情報を持つ人間は存在する、ということです。インフォームド・コンセントなど、より慎重な取り扱いが必要なのは明白でしょう。

 

iPS細胞の登場によって、ES細胞しかなかった時代に指摘されていた倫理問題は「解消された」のではなくて「変容した」とみなすべきです

 

次回は、iPS細胞と同じように体細胞からつくられる「万能細胞」として登場したものの、残念な結果に終わってしまった「STAP細胞(と呼ばれたもの)」についてお話します。

執筆者

粥川 準二

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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