非結核性抗酸菌症(NTM)症で知っておきたいこと:感染性、予後(寿命)など
非結核性抗酸菌症は、非結核性抗酸菌というタイプの菌が肺に住み着いてしまう病気です。近年、中高年の女性を中心に感染者数が急増しています。ここでは、非結核性抗酸菌症について、感染性、病気の見通しなど、知っておくと役に立つことを解説します。
目次
1. 非結核性抗酸菌症はうつるのか
非結核性抗酸菌は
結核菌は動物の細胞に感染しないと生存できないのに対して、非結核性抗酸菌は土壌や水場など環境中に広く生息しています。そして、結核菌はヒトからヒトへと感染していくのに対して、非結核性抗酸菌は環境中の菌を吸い込むことでヒトの肺に感染すると考えられています。環境中の菌を吸い込んだ時に実際に感染して
このように、非結核性抗酸菌がヒトからヒトにうつるとは考えられていません。そのため、非結核性抗酸菌症の人に対して、接触を避けるなど特別な感染対策をする必要はありません。
2. 非結核性抗酸菌症は完治するのか
非結核性抗酸菌の中にも、様々なタイプの菌があります。非結核性抗酸菌症の原因菌のうち、8-9割を占める最も多いタイプがMAC(マック)と呼ばれる菌です。MACが肺に感染する「肺MAC症」をはじめとして、ほとんどの非結核性抗酸菌症では残念ながら完治が難しいのが現状です。
非結核性抗酸菌症の治療では、3-4種類ほどの
例外としては、非結核性抗酸菌症のうち5%ほどを占める肺カンサシ症が挙げられます。肺カンサシ症は、マイコバクテリウム・カンサシ(Mycobacterium kansasii)という菌が原因で起こる非結核性抗酸菌症です。この菌は抗菌薬が効きやすいことが知られており、薬で完治が見込める唯一の非結核性抗酸菌症とも言われています。ただし、それでも1-2年ほどの治療期間を要します。
このように非結核性抗酸菌症は完治することが難しく、長期的に病気と向き合っていく必要があります。年単位での闘病生活を、お医者さんとよく相談しながら根気よく続けていくことが大事です。
3. 非結核性抗酸菌症は予防できるのか
非結核性抗酸菌は土壌中や水場などの環境中に広く生息しています。そして、環境中の菌を吸い込んだ際に感染するかどうかは、人それぞれの体質によるところが大きいと考えられます。そのため、非結核性抗酸菌の感染を予防するのは容易ではありません。
ただし賛否両論あるものの、生活の中で非結核性抗酸菌への曝露を減らすことで、感染する可能性を抑えることはできるかもしれません。全ての人が以下に説明するようなことに気をつけるのは難しいと思います。そのため、もともと肺に持病がある人、
非結核性抗酸菌の代表格であるMACの曝露を減らす方法として、以下のような工夫が考えられます。
【家庭内でMACの曝露を減らす方法】
- 2週間ごとに貯湯タンク内の温水を排水する
- 給湯水の温度を55℃以上に上げる
- シャワーヘッドを外して定期的に清掃する
- シャワーヘッドの噴出口は霧状のものではなく流水(口径1mm以上)にする
- 浴室内の換気を十分に行う
- シャワーや水道取水口に
細菌 除去フィルターを取り付ける - 2週間ごとに活性炭フィルターを取り換える
- 加湿器は使用しない
- エアコンの加湿モードを使用しない
- 10分間の煮沸で抗酸菌殺菌をした水をなるべく使用する
- 鉢植え土壌からのほこりを避ける など
感染の予防は容易ではありませんが、非結核性抗酸菌症にかかりやすいと考えられる人ではこうした対策を行うのが有効な可能性があります。こうした工夫をしたとしても感染の予防は容易ではないという説もありますが、非結核性抗酸菌症が心配な人では生活に取り入れてみてもよいかもしれません。
4. 非結核性抗酸菌症の予後(寿命)は
非結核性抗酸菌症は長年時間をかけてゆっくりと進む病気であり、
非結核性抗酸菌症が急激に増加して注目されはじめたのはここ数十年のことです。一方で、非結核性抗酸菌症の代表格である肺MAC症では、数十年経ってもほとんど病気が進行しないような人も多くいます。そのため、非結核性抗酸菌症が原因でどれくらい寿命が縮まるのか、ということを明らかにするだけのデータはまだ不十分です。
ただし、非結核性抗酸菌症が全く命に関わらない病気というわけではありません。2014年には国内で1,389人が非結核性抗酸菌症で死亡したというデータがあります。このように、重症になれば亡くなる人もいる病気ではあります。一方で、2014年の1年間に非結核性抗酸菌症と新たに診断された人は2万人近くいるため、亡くなることはそれほど多くない病気とも言えます。
5. 非結核性抗酸菌症は何科にかかればよいのか
非結核性抗酸菌症の診療を専門としているのは呼吸器内科です。咳、痰、
非結核性抗酸菌症の人ではしばしば
なお、まれではありますが、免疫の機能が著しく低下した人の腸や血液中、あるいは子どもの首の
6. 非結核性抗酸菌症の名医はどこにいるのか
非結核性抗酸菌症は呼吸器内科のお医者さんが専門としている病気です。手術が必要になる人は、呼吸器内科のお医者さんから呼吸器外科のお医者さんを紹介してもらうこともあります。
非結核性抗酸菌症は近年患者数が急増している病気なので、呼吸器内科を専門とするお医者さんであれば基本的に診断・治療についてよく知っているはずです。そのため、呼吸器内科を専門とするお医者さんにかかることが名医探しの第一歩と言えると思います。
ところで一般論として、何をもって名医とするかはとても難しいところです。手術をする外科のお医者さんであれば、手術が上手いか下手かというのはそれなりの指標になるかもしれませんが、非結核性抗酸菌症で外科手術を受けることはさほど多くありません。内科のお医者さんの場合には、何をもって名医とするかはっきりとした目安はありません。
若手のお医者さんは勉強熱心なことも多く、最新の治療や、非結核性抗酸菌症以外の分野の知識も豊富かもしれません。また、普段からよく自分で手を動かしている分、処置がうまいかもしれません。一方で、ベテランのお医者さんは長年の経験があって、医学書には書かれていないような面での勘が鋭いかもしれません。患者さんへの接し方にも余裕があるかもしれません。
ただ、上に挙げたような差も、結局はお医者さん個人の特徴であり、若手かベテランか、有名かどうかで判断できるようなものではありません。無名でも立派な診療をしているお医者さんは山ほどいますし、有名でも例えば研究に没頭して、あるいは管理者としての業務が忙しくて患者さんを熱心に診る余裕のないお医者さんもいます。
日常的に非結核性抗酸菌症の診療をしているお医者さんであって、患者さんや家族が信頼して話せるのであれば、それは患者さん・家族にとっての名医と言えると思います。
7. 非結核性抗酸菌症の人が日常生活で気をつけること
非結核性抗酸菌症の人で、かかりつけのお医者さんから処方された薬がある人は、説明された薬をきっちりと使用することが大事です。ここでは、それ以外に自身で気をつけられることについて説明します。
ワクチン接種
肺の非結核性抗酸菌症の人は、風邪やインフルエンザ、肺炎などに伴って状態が悪化しやすい可能性があります。風邪をひかない、というのは現実的に難しいですが、インフルエンザワクチンや
運動について
肺の
身の回りについて
あまりはっきりとしたことは分かっていませんが、外部から追加で非結核性抗酸菌を吸入することで病状が悪化する可能性が懸念されています。「3. 非結核性抗酸菌症は予防できるのか」で示したような対策をとって、菌に曝露する機会を減らすことは有効な体調管理になる可能性があります。ただし、そうした対策はあまり意味がないとする意見もあり、神経質になりすぎない方がよいかもしれません。
8. 非結核性抗酸菌症に漢方薬は効くのか
非結核性抗酸菌症は完治が難しく、長年にわたって病気と付き合っていく必要があることが多いです。そこで何かできることはないか、ということで漢方薬を試そうと思う人もよくいます。しかし、漢方薬が非結核性抗酸菌症に有効であるという十分な医学的データはありません。
一方で、漢方薬について良い報告が全く無いわけではありません。かなり小規模な研究ではありますが、痰の中の菌が減った、
【非結核性抗酸菌症で使われることのある漢方薬】
- 補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
- 人参養栄湯(にんじんようえいとう)
- 柴陥湯(サイカントウ)
- 炙甘草湯(シャカンゾウトウ)
- 麦門冬湯(ばくもんどうとう)
- 清肺湯(せいはいとう)
- 六君子湯(りっくんしとう)
- 通導散(つうどうさん) など
この他にも、オリジナル配合の漢方薬など色々なものが使われます。漢方薬は多種、多量に飲むことで副作用が出てきたり、飲み合わせが問題となることもあります。そのため漢方薬を飲む際には、非結核性抗酸菌症を診てもらっている主治医のお医者さんともよく相談したうえで試すことをお勧めします。
漢方薬で非結核性抗酸菌症を完治させることは期待できないものの、主治医のお医者さんから特に問題ないと判断されれば、飲むことで明らかな悪影響はないものと思われます。
参考文献:抗酸菌症の抗菌化学療法への生薬・漢方薬の併用の試み 結核 第92巻 第10号 2017年10月 603-612頁
9. 非結核性抗酸菌症にガイドラインはあるのか
非結核性抗酸菌症については2022年4月現在、日本でのガイドラインはまだ存在しません。ただし、日本結核病学会から「非結核性抗酸菌症診療マニュアル」が出されており、多くのお医者さんがこれを参考にしています。
なぜ「ガイドライン」ではなく、「マニュアル」という名称なのかについては、この診療マニュアルの序文に記載されているので、以下に一部引用します。
「〜。やっと『診療マニュアル』が作成できる条件が整備されたといえるでしょう。しかしまだまだわからないことの多いあいまいな病気です。いわゆる『エビデンス』は乏しく、『ガイドライン』は作成できないのが現状です。〜」
このように書かれています。「エビデンス」とは研究データに基づく医学的根拠のことです。つまり、まだガイドラインとして確立できるほどのデータには乏しい病気だということです。したがって、今後研究が進むにつれて治療内容なども変わってくる可能性が大きい病気と言えそうです。
参考文献
日本結核病学会/編, 非結核性抗酸菌症診療マニュアル, 医学書院, 2015