新しく承認された「CAR-T」とは?
2017年8月30日に、ノバルティス社の新薬チサゲンレクロイセル(商品名キムリア)が、急性リンパ性白血病(ALL)患者の一部に対する治療として、米国食品医薬品局(FDA)から承認されました。
キムリアは、患者の体からT細胞を取り出し、遺伝子操作を加えて体に戻す「CAR-T」による治療です。T細胞は血液の中にある免疫に関わる細胞です。CAR-Tは免疫のしくみを利用することから「免疫療法」のひとつとされます。
キムリアの薬価は1回の治療で47万5千ドル(およそ5,300万円)です。日本では未承認です。つまり、日本で保険診療の範囲内で治療する限り、キムリアは使えません。
CAR-Tはがん治療を変えるのか?
アメリカのメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの医師3人が、医学誌『JAMA』に寄稿した意見文で、CAR-Tの費用などの複雑な問題に対する注意を訴えました。
副作用はないのか?
キムリアには副作用も指摘されています。添付文書では最も強い警告を示す黒枠警告で、サイトカイン放出症候群が現れる可能性があり、死亡に至る恐れもあることが書かれています。
臨床試験では、軽度のものも含めると対象者の半数近くでサイトカイン放出症候群が発生しました。意見文の著者らは、CAR-Tが正常細胞を攻撃することで長期的な害が現れることも考えられると予想しています。
治るのか?
添付文書上で、キムリアが使える患者は「25歳以下のB前駆細胞型急性リンパ性白血病患者であり、難治性または2回目の再発または遅延した再発」があった場合と決められています。
ロイター通信が伝えたところによると、ノバルティス社はキムリアが使える患者の人数を年間600人ほどと見積もっています。
臨床試験ではキムリア使用後の1年生存率は80%近く、意見文の著者らは「ほかの治療ではこのような結果には到達できない」と記しています。
費用は5千万円?
意見文は、1回47万5千ドルの薬価に加えて、サイトカイン放出症候群などの副作用を防ぐまたは起こった場合に治療する目的でさらに費用がかかることを指摘しています。
CAR-Tは夢の治療なのか?
意見文は「新治療が公衆に向かって、奇跡のようで人を力付けるものだと説明されることがあまりに多い」として、期待が先走っているという見方を示しています。
またその状況に対して「治癒という言葉は、メディアであまりに多く言いふらされているが、CAR-Tについての真剣な議論からは徹底して排除されるべきであり、代わりに現時点でCAR-Tの可能性についてわかっていることに集中した議論がなされるべきである」と提言し、状況認識としては「現時点では、参照できるデータが不十分であり、CAR-T治療には大きな希望があるが、費用は巨額であるという以上に多くのことは主張できない」と述べています。
新治療をどうとらえるか?
CAR-Tに対する慎重な意見を紹介しました。
CAR-Tは日本では未承認です。つまり、保険診療として治療に使うことはできません。将来CAR-Tや類似の治療法が日本に入ってくることも考えられますが、そのときに副作用や費用の問題を避けては通れません。そして世界的にも、従来の治療に加わる新しい選択肢として定着するか、従来治療より劣ることがわかって使われなくなるかはまだ予想できません。
実際、すでに他社の(キムリアとは別の)CAR-T治療の臨床試験が、死亡者が出たことなどにより実施保留命令を受けています。
関連記事:免疫療法「CAR-T」で患者死亡、臨床試験に実施保留命令
まだわからない部分にまで期待が高まりすぎると、よくない結果が出たときに強い反発が生まれる恐れがあります。新技術の可能性を育てていくためにも慎重さは大切です。
執筆者
FDA Approval of Tisagenlecleucel: Promise and Complexities of a $475 000 Cancer Drug.
JAMA. 2017 Sep 20.
[PMID: 28975266] http://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2654900※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。