2017.07.29 | ニュース

がんがあっても待機する治療法は乳がんと甲状腺がんでも可能か?

過剰治療の解消に向けて
from The New England Journal of Medicine
がんがあっても待機する治療法は乳がんと甲状腺がんでも可能か?の写真
(c) milatas - Fotolia.com

前立腺がんは検査で発見されても治療するメリットが小さいと見てすぐには治療しない場合があります。同様に経過が非常に穏やかなことで知られる乳がんと甲状腺がんの一部に対しても待機が可能かという考察を紹介します。

早期前立腺がん非常に進行が遅いこと、また高齢男性に多いことが知られています。前立腺がんが命に関わる状態に進行するよりも先にほかの原因が寿命を決めることはよくあります。日本の統計で、ステージIIIまでの前立腺がんが診断された人のうち、治療の結果5年後まで生存している割合は同じ年齢・世代の男性に比べて「100.0%」とするものがあります(「がんの統計 ‘16」に記載された5年相対生存率。以下の統計も同様)。

前立腺がんを見つける検査(スクリーニング)のひとつに、血液検査のPSAという項目があります。症状などがない中高齢男性のPSA検査によって、ごく早い段階の前立腺がんが見つかることがあります。

前立腺がんが見つかっても寿命を縮めないと予想された場合、治療する意義が小さくなります。対して手術やホルモン療法により治療した場合には、治療による害が現れる可能性もあります。そのため、早期前立腺がんの一部の場合で、すぐには治療せず定期的に検査をして治療時期をはかる監視療法が可能とされます。すべての早期前立腺がんに対して監視療法が適しているわけではありません。

 

乳がんスクリーニング検査としてマンモグラフィーなどがあります。検査によって、非浸潤性乳管がん(DCIS)と呼ばれるものが見つかることがあります。DCISは乳がんのごく早い段階にあたります。

乳がんも治療後長期生存の確率が高いがんです。日本でステージIの乳がんを診断された女性の5年相対生存率は100.0%とする統計があります。

甲状腺がん超音波検査などで見つかることがあります。ステージIIまでの甲状腺がんが診断された人は男女計で5年相対生存率が100.0%と報告されています。

 

米国予防医学作業部会(USPSTF)は、「PSAに基づいた前立腺がんのスクリーニングは行わないことを勧める」また「症状のない成人で甲状腺がんのスクリーニングは行わないことを勧める」としています。また日本乳癌学会は30歳あるいは35歳以下で症状がない女性に対してマンモグラフィ検診を「行うべきではない」としています(別の場合でスクリーニングが勧められているものもあります)。

いずれも早期発見の利益が小さいと思われることに対して、多数の人が検査を受けることで悪い結果を引き起こす場合があることを重視しています。

検診が勧められない場合があることは、早期発見しようとしても利益が小さいことの例ですが、すでに見つかったがんをどのように治療するかは別に考える必要があります。

 

ミシガン大学の研究班が、医学誌『The New England Journal of Medicine』に寄稿した総説の中で、低リスクのがんに対して今後監視療法が試みられることを予想し、そのうえで課題になると思われる点を提示しました。

低リスクのがんとして、主に3種類が挙げられています。

以上のうち検査などによって低リスクと見られたものについて議論されています。

低リスク前立腺がんに対しては、すでに監視療法が一般的なものになっています。その歴史の中で見つかってきた問題に加えて、甲状腺がんとDCISに固有の問題として想定されることを含め、以下の5点の課題がまとめられています。

  • 監視療法として、どの程度の期間にわたって、どんな画像検査などを行うことが適切かを決めること
  • 臨床医と患者が監視療法の方針を取ることに合意すること
  • どんな患者が監視療法に適しているかを決めること
  • 監視療法の期間中に患者が通院をやめるなどの状況で、がんの進行を見逃す恐れに対処すること
  • がんが指摘されたのにすぐ治療しないことに対する患者の感情面に配慮すること

研究班は、これらの課題を挙げたうえで、「ほとんどの低リスクがんの予後が非常に良いことと、治療による副作用を減らせる可能性を合わせて考えれば、監視療法はより強力な治療法のほかに加わる選択肢として期待でき、ひいては過剰治療を減らすことにもなるかもしれない」と主張しています。

 

低リスクのがんをすぐに治療しない方針についての考察を紹介しました。

想定として、治療を待った期間によって結果に影響が出ないか無視できる程度なら、治療による体と生活への負担を避けられる点で、監視療法が妥当な選択と言えることになります。たとえばDCISに監視療法を行い、結果として数十年にわたりDCISがさらに大きくなることもなく、死因にもならなかったとすれば、乳房に傷をつけるなどの負担を避けられたことは良いことだったと言えるでしょう。

そのような状況を現実に見分けて監視療法を実行できるかという問題の中で、上に提示された点が今後も意味を持ってくるかもしれません。

なお、監視療法はがんを「放置する」という意味ではありません。また「治療しない」と決めるわけでもありません。定期的に検査をして手術などの治療のタイミングをはかることが監視療法の枠組です。

現時点では監視療法は限られた場合でだけ認められたものとなっています。「すぐに治療しない」ということは、患者にとってと同じように、責任ある医師にとっても勇気の要る判断です。たとえば「手術は嫌だ」という思いに反して手術を提案されたとしても、その判断には多くの要素が働いています。上に紹介した論点はあくまで一例です。

どの治療が最も良い結果につながるかは常に予想できない部分を含んでいます。医師は少しでも良い結果に近付けるよう多くの面を考えます。患者自身もその思考過程を知ることが、個人の希望をより確かに医師に伝え、意思決定に主体的に関わる助けとなるのではないでしょうか。

執筆者

大脇 幸志郎

参考文献

Active Surveillance for Low-Risk Cancers — A Viable Solution to Overtreatment?

N Engl J Med. 2017 Jul 20.

http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp1703787

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。