◆ スポーツの価値を否定するドーピング
現在オリンピックなどの国際的なスポーツ競技大会は、世界アンチ・ドーピング規定というルールに基づいて実施されています。この規定にはドーピング対象となる禁止薬物の他、倫理観・フェアプレーと誠意・健康…等といったスポーツの持つ固有の価値も挙げられています。
一言でドーピングといっても様々であり、禁止薬物に指定されている成分を含んだ風邪薬などを飲んで検査に引っかかってしまったいわゆる"うっかりドーピング"と呼ばれるものあります。しかし、一般的にドーピングと聞いてイメージするのは、競技者本人又は本人ではないがコーチなどの周囲の人間による意図的なドーピングによる違反ではないでしょうか?
意図的なドーピングで使用される代表的な薬物に"ステロイド"があり、過去多くの選手がこの薬物を使用し制裁の対象となっています。
医療用でステロイドというと一般的に副腎皮質ホルモンを元に造られた糖質コルチコイドというものを指すことが多く、免疫疾患や血液疾患など幅広い領域で使用されている薬剤です。一方、スポーツ界において話題になるステロイドの多くは性腺ホルモン(男性ホルモンや女性ホルモン)を元に造られた薬物を示します。それは一体どの様なものなのでしょうか?
◆ 男性ホルモンとステロイド
スポーツの世界においてドーピング違反となるステロイドの中でも特に問題とされるのがタンパク同化男性化ステロイド薬(Anabolic Androgenic Steroids:AAS)というもので、大きくわけて「男性化作用」と「タンパク同化作用」の2つの作用をもつ薬剤であり、これを外因的に投与された場合に禁止薬物となります。
男性化作用は文字通り、生殖器官の発達などに関与する作用であり、タンパク同化作用は、筋肉の発達などに関与します。私たち人間の体内にあるAASの代表がテストステロンという男性ホルモンであり、このテストステロンを元に「男性化作用」を弱めると共に「タンパク同化作用」を強めた化合物が外因性タンパク同化ステロイド(外因性AAS)と呼ばれる薬剤です。
この外因性AASは医薬品として日本でも、メテノロンやメチルテストステロンなどという薬剤が使用されていますが、臨床上広く一般的に使用されている薬剤ではありません。AASを投与した場合、得られる作用は筋肉量・筋力の増加、骨量増加、赤血球増加などが挙げられます。しかしその反面、薬としての副作用もあります。
有名なものとしては「男性は女性化する」「女性は男性化する」ことですがそればかりではなく、男性であれば「精巣の萎縮」「前立腺がんの発症・悪化」など、女性であれば「体毛の発達による多毛」「嗄声(させい:しわがれ声)」「胎児の男性化」などが引き起こされる可能性が考えられます。
また男女共通で問題となっている副作用が精神障害で、AASが原因とされるうつ病などは時に深刻な問題を引き起こし、ドーピングを行っていた現役中はもとより現役引退後においても自傷、自殺に至ったという例は決して少なくないのです。また、筋肉増強などの目的でAASを使用する場合は長期間でしかも病気の治療における使用量よりも高用量で用いる場合も多く、医薬品としての副作用よりも深刻なものになりがちです。
近年ではAASが検査機器に検知されないように巧妙に造られた、いわゆるデザイナーズドラッグが問題となっています。
科学の発展は色々な角度から人体のメカニズムを解析可能にし、スポーツの世界でもより質の高いトレーニング方法などが開発され、競技記録の更新や競技レベルの向上といったものがもたらされてきました。
しかし、そこにはスポーツに携わる人々の地道で誠実な努力があったからこそです。これらを真っ向から否定するデザイナーズドラッグなどのアンフェアな進化は、フェアプレーの精神や競技者及びその周囲の人間の肉体・精神の健康を蝕む有害因子となります。過去のドーピング違反の事例からスポーツの根底にある価値とは何かを今一度考える必要があるのではないでしょうか?
執筆者
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。