一般的な対策以外にも、以下のようなインフルエンザ対策を聞いたことのある人もいるかもしれません。
【インフルエンザ予防策についてのウワサ】
- 緑茶でうがいをすればインフルエンザにかからない
- 紅茶を飲んでいればインフルエンザにかからない
巷で耳にするこうした対策は本当に有効なのでしょうか?これについて医学的に検証してみたいと思います。
1. うがいは有効なインフルエンザ対策なのか?
緑茶でのうがいの効果を検証する前に、水でのうがいが有効かどうかをまず確認してみます。
実はうがいが日本ほど広く行われている国は珍しく、うがいの有効性に関する報告も多くは日本から発信されています。2005年に発表された代表的な研究(Satomura K, et al. Am J Prev Med. 2005; 29: 302-7.)では、水でのうがいで風邪を40%減らすことができたとしています。しかし、この研究での「風邪」は自己申告でしたし、うがいをしていた人は当然ですが自分でうがいをしていたことが分かっていたので(非盲検試験)、何もしていない人と比べるのは心理的にもフェアな比較ではありませんでした。
このように「うがいが風邪予防に有効」という根拠の弱いデータはありますが、「うがいはインフルエンザ予防に無効」というデータ(Kitamura T, et al. Internal Medicine. 2007; 46(18): 1623-4.)もあります。なので、「うがいは必ずしましょう!」と自信を持ってお勧めできるほどの予防策ではなさそうですが、筆者の個人的な意見としては、うがいは簡単にほぼ無料でできることなのでやっておいてよいのではないか、と思っています。
2. 緑茶は有効なインフルエンザ対策なのか?
緑茶に含まれるポリフェノールの一種:カテキンがインフルエンザ対策に有効かもしれないという報告は10年以上前からあります。緑茶でのうがい、飲用ともに有効性の報告が多くあり(Furushima D et al. Molecules. 2018; 23(7): 1795)、効果が期待されるところです。
一方で「緑茶と水道水のうがいにはインフルエンザの予防効果に差がない」とする報告もあり(Ide K, et al. PLoS One. 2014; 9: e96373.)賛否両論といった状態です。
「有効だという報告のほうが多くあるのならば有効なのではないか?」という意見もあるかもしれません。しかし、医学論文には「出版バイアス」と呼ばれている問題があります。「〜が有効ではなかった」という研究はあまりインパクトがないので、研究者が結果を論文化しなかったり、論文を書いても研究誌に掲載してもらえないということがあるのです。そのため、実際は効いた/効かないという研究結果が半々くらいだったとしても、発表された論文数だけを調べれば効いたように見えることがあり、これを「出版バイアス」と言います。緑茶の効用に関する報告についても「出版バイアス」がかかっている可能性などは否定できません。
大規模かつ質が高くて、信頼度の高い論文は出ていないため確定的なことは言えず、緑茶の効用についても「医学的に明らか」とまでは言えなそうです。
3. 紅茶は有効なインフルエンザ対策なのか?
紅茶に含まれるポリフェノールの一種:テアフラビンも近年、インフルエンザ予防効果があるかもしれないと話題になりました。テアフラビンがインフルエンザウイルスを死滅させるという論文も報告されています(Zu M et al. Antiviral Research. 2012;94(3): 217-224.)。
ところが、紅茶の有効性に関しては試験管内・実験室内でのデータの報告ばかりで、人間での有効性を医学的に検討して論文化したデータは乏しい状況です。インフルエンザウイルスに紅茶を直接ふりかければウイルスを死滅させることができる、というのは本当のようです。しかし、喉や鼻についたインフルエンザウイルスは数秒から数分以内に喉や鼻の細胞に感染すると考えられており、感染した後では紅茶はウイルスに届きません。したがって、24時間、喉と鼻を紅茶で満たし続けるでもしないと効果は期待しにくいと予想され現実的ではありません。また、緑茶と比較すると紅茶の有効性に関する論文は現段階ではだいぶ少なそうです。
筆者の意見としては、今後有効性が証明される可能性はあるものの、現時点でのインフルエンザ予防効果についての紅茶のデータは緑茶以下、と考えます。
4. 信用できる健康情報はどうやって見極めたらよいのか?
緑茶や紅茶のインフルエンザ予防効果についてはテレビや雑誌、ネットなどで多く宣伝されていたこともあり、「当然有効性が示されているものだと思っていた」という人もいるかもしれません。しかし、現状では健康情報についての過剰なプロモーション、誇大広告の取り締まりは非常に甘くなっています。「医師」や「医学博士」といった肩書きがあっても、知識不足や悪意ある営利目的などにより、誤った認識を宣伝するケースもみられます。
「〜を飲むとよい」、「〜を食べるとよい」くらいの誤情報であれば、過剰摂取でもしなければ業者が不当に儲かる程度の被害で済むことも多いかもしれません。一方で、「〜薬は有害なので使うな」、「〜ワクチンは危険だから打つな」、「〜薬は製薬会社の陰謀で、実際は効かない」といった類の誤情報は重大な健康被害を及ぼすことがあります。
こうした誤情報は今まで実質的にほぼ野放しで拡散されていました。しかし、近年はTwitterやFacebook、InstagramといったSNSを中心に、有志の医師が正確な健康情報を拡散する運動が盛り上がりを見せはじめており、より大きな動きになることが期待されます。また、各種検索エンジンやSNSの運営側も「医療デマ」の排除に本腰を入れ始めているようです。
この情報過多の時代に正しい健康情報を判断するのは難しいのが現状です。医師であっても論文を正確に読まないと分からないような誤情報もあります。「医療デマ」を見抜く簡単で確実な方法はありませんが、以下のポイントを参考にするようお勧めしたいと思います。
【正しい健康情報を手に入れるコツ】
- 保険適用の治療、標準治療を信頼する
- お医者さんから直接説明を受ける
(それでも疑問があれば、セカンドオピニオンを求める) - インターネットでは公的機関の情報、複数のお医者さんがチェックしている情報を優先的に参考とする
「保険診療」というとみんなが受けられる最低限の治療で、「自由診療」というと裕福な人が受けられるプレミアムな治療、というイメージもあるかもしれません。しかし、高い治療ほど効果があると思うのは残念ながら正しくありません。保険診療こそ良質なデータに裏打ちされた、国のお墨付きの治療なのです。自由診療にも立派な治療はあるものの、注意すべき怪しい治療も混在していることは事実です。
5. まとめ
大事な話がたくさんありましたので最後にポイントをまとめます。
- 水うがいは日本では一般的だが、実はインフルエンザの予防効果は明らかでない
- 緑茶のうがいや飲用はインフルエンザ予防になる可能性がある
- 紅茶のうがいや飲用がインフルエンザ予防になるという明確なデータはない
- 保険診療、標準治療を信頼して、怪しい健康情報を鵜呑みにしない
- 重大な判断をする際や、疑問に思ったことがあればお医者さんに直接相談する
- インターネットでは公的機関の情報、複数のお医者さんがチェックしている情報を優先的に参考とする
このコラムが、正しい知識に基づいて緑茶・紅茶を愉しむこと、そして有益な健康情報を得ることに役立てれば幸いです。
執筆者
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。