冬場のノロウイルス感染症の流行に備えて感染症内科医が伝えたいこと

冬になるとよく目にする感染症に「ノロウイルス」があります。
ノロウイルスによる胃腸炎や食中毒は年間を通して見られますが、毎年11~3月の冬期に大きな流行があります[1]。ノロウイルスの感染症といえば牡蠣(カキ)が原因と思われるかもしれませんが、それだけではありません。ノロウイルスに感染した食品取扱者から汚染を受けた食品が原因となる事例も非常に多いのです。
ノロ
ノロウイルスにはワクチンがなく、特別な治療法もありません。そのため、感染しないようにすることが大切です。私自身も数年前にノロウイルスにかかりましたが、結構つらくて、それ以降ノロウイルス感染の予防を徹底して行っています。
では、どのように予防をすれば良いのか、気をつけるべき症状は何かなど、
1. ノロウイルスはどうやって感染するのか?
ノロウイルスの感染経路のほとんどが、口から入って感染する経口感染です。人から人へ直接うつる「ヒト-ヒト感染」や、感染者に汚染された食品などを介して別の人にうつる「ヒト-環境-ヒト感染」を起こします。感染力は非常に強く、少量のウイルス(ノロウイルス粒子20個以下)でも容易に感染が起こります[2,3]。(患者の糞便1g中に含まれる粒子は100万-10億個。)
ノロウイルスの主な感染経路をまとめると下記の通りです[2-4]。
- 患者の便や吐物から人の手を介して二次感染する場合
- 人から人へ、くしゃみや咳の飛沫を介して直接感染する場合
- 食品取扱者が感染しており、その人を介して汚染した食品を食べた場合
- 汚染された二枚貝(主に牡蠣)を、生あるいは加熱不十分で食べた場合
- 汚染された井戸水や簡易水道を消毒不十分で摂取した場合
このように、ノロウイルスはさまざまな感染経路をもつために、その感染の制御を難しくしています。
2. ノロウイルス感染症の症状は?
ノロウイルスの
【ノロウイルス感染症の主な症状】
- 下痢
- 嘔吐
- 吐き気
- 腹痛
その他にも頭痛、発熱、筋肉痛といった症状がみられます。一方で、感染しても約1/3の人が症状が出ない不顕性感染です[2]。また、症状が出てもほとんどの人は28~60時間で良くなり、通常であれば、自然に
しかし、小さい子どもや高齢者、そして
次のような症状が出た場合は脱水症の可能性があります[3]。
- 尿量の減少
- 喉の渇き
- 立ち上がった時のめまい
また、小さな子どもの重度の脱水症では泣いているのに涙が出ていなかったり、
水分が十分にとれない場合や脱水症状がひどい場合、なかなか改善しない場合は点滴などの治療が必要になりますので、医療機関を受診をしてください。
3. ノロウイルス感染症の診断は?
基本的に診断は、流行状況、摂食歴(何を食べたか)、症状をもとに総合的に行われます。ノロウイルスには診断キットがありますが、診断精度が高くないため[5]、検査が陰性であってもノロウイルスではないと言い切ることはできません。
また、冬期にはノロウイルス以外にもロタウイルスや
4. ノロウイルス感染症の治療は?
ノロウイルスに効果のある抗ウイルス薬はないため、前述の通り、他のウイルス性胃腸炎と同様に対症療法が行われます。なお、ウイルスには
5. ノロウイルス感染症の予防は?
残念ながらノロウイルスにはワクチンがありません。自分がかからないためにも、周りの人にうつさないためにも、石鹸と水による手洗いと以下の予防方法が有効です。
◆ しっかりと手洗いを行う
ノロウイルスは糞便から大量に排出され、手を介して口に入ることで感染します。そのため、特に下記の場面での手洗いを徹底してください。
- トイレを使用した後
- 感染者のおむつ交換をした後
- 食事の準備や、食事の前
ノロウイルスが不顕性感染している場合や、症状が出る前にもウイルスが排出されます。ウイルス排出のピークは発症してから1-3日ですが、最大で56日間排出していたという報告もあります[2]。そのため、感染した人は症状が良くなってからもしっかりと手洗いを行うことが、周りにうつさないために重要です。
なお、手洗いに加えてアルコールベースの手指消毒剤を使用しても良いですが、あくまでも手洗いの補助と考えておいてください[3,4]。
◆しっかりと加熱する
ノロウイルスは熱に対して比較的
◆ノロウイルスに感染している人は食事の用意や介護を行わない
症状が改善してからもウイルスを排出するため、感染した人はしばらくの間は食事の準備を避けてください。また、高齢者や免疫機能が低下している人は感染しやすく重症化しやすいです。うつさないために、介護や患者のケアを避ける必要があります(少なくとも2日間)[3,4]。
◆汚染の可能性のある調理台や調理器具、感染者の食器を消毒する
ノロウイルスを完全に失活化する方法としては、次亜塩素酸や加熱による処理があります。
調理器具などは食器用洗剤で洗浄した後、次亜塩素酸(塩素濃度200ppm)で浸すように拭くことでウイルスを失活化できます。(次亜塩素酸はハイターなどの家庭用塩素系漂白剤に含まれています。)
また、加熱できるものに関しては熱湯(85℃以上)で1分以上の加熱が有効です。なお、二枚貝などを取り扱うときは調理器具を分けるなどして、他の食材へ二次汚染しないようにしましょう。
◆吐物や便の処理を適切に行う
吐物・便には、大量のウイルスが存在し感染源となるため、処理には十分注意します。床等に飛び散った患者の吐物・便を処理するときには、以下の手順で行います[4]。
|
衣服が汚れた場合は、できれば処分をするか、できなければ付着した汚物中のウイルスが飛び散らないように処理し(上記を参考)、洗剤を入れた水の中で静かにもみ洗いした後に次亜塩素酸や熱湯で消毒するようにしてください[4]。
ノロウイルスは乾燥すると容易に空中に漂い、これが口に入って感染することがあります。吐物や便が乾燥しないうちに処理を行い、処理後はしっかり換気を行ってください。
6. よくあるノロウイルスの疑問についてお答えします
Q1:以前ノロウイルスに感染したので、もう感染する可能性はありませんか?
ノロウイルスにはさまざまなタイプがあるため、一生のうちで何度もノロウイルスに感染してしまう可能性があります[3]。ヒトに感染する主なノロウイルスは、現在2つの遺伝子群(GIとGII)、さらにGIは9種類(GI.1~GI.9)、GIIは22種類(GII.1~GII.22)の遺伝子型に分類されています [4]。
そのため、一度感染したタイプのノロウイルスに対しては
Q2:血液型がB型だとノロウイルス感染症を発症しづらいのですか?
血液型がB型だとノロウイルス感染症が発症しにくい、ということを聞いたことがあるかもしれません。これは、2002年に報告された研究結果によります[6]。しかし、その後の研究で、血液型とノロウイルスの発症しやすさの関係はノロウイルスの型によって異なることが分かりました[7,8]。ですので、B型だからノロウイルスにかからない、というわけではありません。
Q3:市販の牡蠣はノロウイルスにどの程度汚染されているのですか?
国内各地の市販生食用牡蠣のパックを用いた研究では、シーズンによって多少汚染率に差があるものの約10%が汚染されていることが分かりました[9]。さらに、高濃度の汚染は12月から2月の間に認められました。そのため、冬場の牡蠣の生食はなるべく控えた方が良いです。また、火を通して食べるにしても、十分な加熱(中心部85-90℃で、90秒以上)が必要と考えられます。
ここまで、ノロウイルスについてポイントを絞って説明してきました。ノロウイルスは感染力が強いうえに、かかると辛いものです。かからないためにも、うつさないためにも、本コラムを参考に適切な対処を行ってもらえれば幸いです。
1. 厚生労働省. 食中毒統計資料.
2. Glass RI, Parashar UD, Estes MK. Norovirus gastroenteritis. N Engl J Med. 2009 Oct 29;361(18):1776-85.
3. CDC. Norovirus.
4. 厚生労働省. ノロウイルスに関するQ&A.
5. Khamrin P, Nguyen TA, Phan TG, Satou K, Masuoka Y, Okitsu S, Maneekarn N, Nishio O, Ushijima H. Evaluation of immunochromatography and commercial enzyme-linked immunosorbent assay for rapid detection of norovirus antigen in stool samples. J Virol Methods. 2008 Feb;147(2):360-3.
6. Hutson AM, Atmar RL, Graham DY, Estes MK. Norwalk virus infection and disease is associated with ABO histo-blood group type. J Infect Dis. 2002 May 1;185(9):1335-7.
7. Rockx BH, Vennema H, Hoebe CJ, Duizer E, Koopmans MP. Association of histo-blood group antigens and susceptibility to norovirus infections. J Infect Dis. 2005 Mar 1;191(5):749-54.
8. Halperin T, Vennema H, Koopmans M, Kahila Bar-Gal G, Kayouf R, Sela T, Ambar R, Klement E. No association between histo-blood group antigens and susceptibility to clinical infections with genogroup II norovirus. J Infect Dis. 2008 Jan 1;197(1):63-5.
9. 国内産生食用カキのノロウイルス汚染状況. IASR, Vol.26 p335-337.
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。