自閉スペクトラム症の検査:M-CHAT、ウェクスラー式知能検査
自閉スペクトラム症の程度には個人差があり、その日によってあらわれる症状にもムラがあることが多いです。そのため、一度の診察で診断するのは難しく、いくつかの検査(テスト)が必要になることがあります。よく行われるテストにはM-CHATやウェクスラー式知能検査があります。これらの検査の特徴と解釈の仕方について説明します。
目次
1. 自閉スペクトラム症は何歳頃に診断されるのか
自閉スペクトラム症に気付くきっかけの一つが言葉の発達の遅れです。ただし、1歳6か月までは意味のある単語を言えなくても正常です。そのため赤ちゃんに自閉症があるかどうかを言葉から見分けるには、早くても1歳6ヶ月くらいが限界ということになります。
自閉スペクトラム症やそれに似た状態であっても、知能や言葉の障害がない場合もあります。特徴のひとつである「社会的コミュニケーションの障害」は他人と複雑なコミュニケーションをするようになってから目立ってくるので、4歳から5歳ごろから気付き始めることもあります。
2. 問診
いざ、診察室に入ると、子どもは緊張してしまうことが多いので、保護者が事前に子どもと話をしておくと良いかもしれません。また、心配事が多い場合は、聞き漏らし防止のためメモなどを活用してください。
問診でお医者さんに伝えたいことを伝えた後には、次で説明するテストが行われることが多いです。
3. M-CHAT:自閉スペクトラム症のテスト
M-CHATは2歳前後の子どもを対象としたテストです。23個の質問があり、子どものふだんの様子をもとに、保護者が質問に答えます。
1歳6ヶ月健診でM-CHATを取り入れ、自閉スペクトラム症の疑いがある子どもを見つける取り組みを行っている場合がありますが、ひとつの検査の結果だけですぐに診断できるわけではありません。テストの結果だけで判断しないようにしてください。
M-CHATは大きく分けて2通りの特徴をチェックします。
- 自閉スペクトラム症がなければあらわれにくい特徴(4項目)(自閉スペクトラム症がある子どもにはあらわれることがある)
- 自閉スペクトラム症がある子どもにはあらわれないことが多い特徴(16項目)(自閉スペクトラム症がない子どもには普通にあらわれる)
以上で20項目です。残りの3項目は、言語理解に関係する1項目と、運動に関係する2項目です。
M-CHATは自閉スペクトラム症を診断するためのものではなく、あくまで疑いが比較的強いかどうかを絞り込むためのものです。M-CHATの結果を参考に、小児科医などがさらに詳しく子どもの様子を聞き取るなどしたうえで、総合的に判断されます。
M-CHATの結果の意味合いが気になった時には、担当の医師などに質問してください。
4. ウェクスラー式知能検査(WAIS-3、WISC-4など)について
ウェクスラー式知能検査はいわゆるIQテストの一種です。パズル問題や計算問題、暗記問題、地理や歴史の問題などが含まれています。被験者と臨床心理士とが1対1で行い、1回あたり60-95分ほどかかります。「全検査IQ」という全般的な知能だけでなく、「言語理解」、「ワーキングメモリー」、「処理速度」といった項目に分けて知能を分析することができます。実は点数がつく項目だけでなく、検査中の態度や反応なども観察されています。
ウェクスラー式知能検査は
【知能検査での質問例】
- 初対面の人への反応はどうか? 人見知りしたり、緊張したりしていないか?
- 初めての場所で緊張しているか?
- 集中力はどのくらいか?
- 検査中そわそわしたり、席を離れることがないか?
- こだわりがないか?
- 発音はどうか?
- 鉛筆の使い方はどうか? 不器用かどうか?
こうした点も踏まえて結果を総合的に解釈し、対応に結び付けます。
ウェクスラー式知能検査は、1938年に「ウェクスラー・ベルヴュー尺度」として発明されました。その後、幼児から成人まで年齢層別に改変され、いくつかの違った検査として発展しました。例として以下の3種類があります。
- WAIS-3(Wechsler Adult Intelligence Scale):成人用(16~89歳)
- WISC-4(Wechsler Intelligence Scale for Children):児童用(5~16歳)
- WPPSI(Wechsler Preschool and Primary Scale of Intelligence):幼児用(3~7歳)
その中でもWISC-4は特に児童の発達障害の診断で使われることが多いです。ここでは、よく使われている成人用のWAIS-3と児童用のWISC-4について説明します。
WAIS-3(成人用の検査)の概要について
WAIS-3の対象年齢は16-89歳とされています。
「言語性IQ」「動作性IQ」に加え、2つのIQの合成である「全検査IQ」が検査結果として得られます。他に4つの群指数(傾向)として「言語理解(VC)」「知覚統合(PO)」「作動記憶(WM)」「処理速度(PS)」をみることもできます。
WAIS-3で実際に行われる検査は「言語性検査」と「動作性検査」に分かれ、下記のような項目があります。
言語性検査 | 動作性検査 |
単語:口頭で指示された単語の意味を答える 類似:共通の概念を持つ2つの言葉が口頭で示されて、どのように類似しているかを答える 算数:口頭で言われた算数の問題を、暗算して答える 数唱:聞いた数列を、同じ順番や逆の順番で答える 知識:日常的な事柄や地理、歴史についての質問に答える 理解:日常的な問題の解決、社会的なルールに関する質問に答える 語音整列:読み上げられた数字とかなを指示された通りに並べる |
絵画完成:簡単な物語を描いた絵で欠けている部分を答える 符号:数字と記号の組み合わせを記憶して、記号に合う数字を書き込む 積木模様:提示された模様を積み木で再現する 行列推理:複数の絵の中から法則性を見つけ、適切な絵を選択肢から選ぶ 絵画配列:共通の特徴を持つ絵を、グループになるように選ぶ 記号探し:左側に示された記号が、右側の記号のグループの中にあるか探す |
WAIS-3の4つの群指数(傾向)は、以下の項目の点数によって算出されます。
言語理解 | 知覚統合 | 作動記憶 | 処理速度 |
言語の理解や表現、思考の能力 | 視て記憶したり思考したりする能力 | 聞いて記憶したり思考したりする能力 | 視覚的な情報を用いて作業するスピード |
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WISC-4(児童用の検査)の概要について
WISC-4の対象年齢は5-16歳です。
「全検査IQ」に加えて、4つの指標得点(傾向)として「言語理解指標」「知覚推理指標」「ワーキングメモリー指標」「処理速度指標」を計算することもできます。4つの指標得点(傾向)は、以下の項目の点数によって算出されます。
言語理解指標 | 知覚推理指標 | ワーキングメモリー指数 | 処理速度指標 |
言語の理解や表現、思考の能力 | 視て記憶したり思考したりする能力 | 作業中の一時的な記憶の能力 | 視覚的な情報を用いて作業するスピード |
類似:共通の概念を持つ2つの言葉が口頭で示されて、どのように類似しているかを答える 単語:口頭で指示された単語の意味を答える 理解:日常的な問題の解決、社会的なルールに関する質問に答える (知識:日常的な事柄についての質問に答える) (語の推理:提示されたヒントから共通する概念を答える) |
積み木模様:提示された模様を積み木で再現する 行列推理:複数の絵の中から法則性を見つけ、適切な絵を選択肢から選ぶ 絵の概念:複数の絵を見て、共通の特徴を持つ絵を選ぶ (絵の完成:簡単な物語を描いた絵で欠けている部分を答える) |
数唱:聞いた数列を、同じ順番や逆の順番で答える 語音整列:読み上げられた数字とかなを指示された通りに並べる (算数:口頭で言われた算数の問題を、暗算して答える) |
符号:数字と記号の組み合わせを記憶して、記号に合う数字を書き込む 記号探し:左側に示された記号が、右側の記号のグループの中にあるか探す (絵の抹消:複数の絵の中から動物のみに素早くマークをつける) |
※( )は通常、全検査IQや指標得点の算出に関与しない補助検査
ウェクスラー式知能検査に基づく対策について
WAIS-3もWISC-4も4つの群指数や指標得点によって計算されます。この検査を通じて本人の弱い分野と強い分野を知り、家庭や学校の環境、生活で困っているポイントを総合的にみながら、臨床心理士が評価とアドバイスを行ってくれます。
たとえば「言語理解が苦手で、知覚統合(知覚推理)は得意」という場合が考えられます。これは言語を使って考えたり理解するのは苦手だけれども、図・絵・地図といった視覚的なものを使って理解し考えるのは得意ということです。
ここから、勉強するときには単純に言葉を覚えるのではなく、イラストや図解をうまく利用して記憶する、という工夫が考えられます。また、初めての場所に行く場合には、言葉で行き方を教わるよりも地図を使って教えてもらったほうがスムーズです。このように、ウェクスラー式知能検査を通じて、その人の得意分野を生活に活かす方法を考えることができます。
ウェクスラー式知能検査で知っておきたいこと
自閉スペクトラム症をウェクスラー式知能検査(WAIS-3、WISC-4)だけで診断することはできません。また、子どもの体調や、検査を担う臨床心理士によって、結果に変動があります。さらに、知能指数は高ければ優れているというわけでもありません。
テストを受けたけれども結果をどう解釈したらいいのかわからなかった、ということがあれば、担当の臨床心理士などに相談してください。
5. 自閉スペクトラム症の診断基準
精神科領域の病気を診断するうえでは、アメリカ精神医学会の『DSM-5』や世界保健機関(WHO)の『ICD-10』が参照されることがあります。どちらも世界的に支持され参照されていますが、どちらが主と決まっているわけではありません。いずれも訓練された精神科の医師が使うものなので、初めて見た人であれば難しいと感じたり、戸惑いを覚えたりする点はあると思います。
しかし、こうした専門的な内容を大まかにでも知っておくと、お医者さんの説明を理解する助けになるかもしれません。
DSM-5
2013年に刊行された『精神疾患の診断・統計マニュアル』(DSM-5)では、「自閉症」や「アスペルガー症候群」という病気の概念がなくなり、「自閉症
自閉スペクトラム症の診断基準について、概略では以下のような内容の記載があります。
- A. 社会的コミュニケーションに持続的な障害がある
- B. 限定された反復的な行動様式がある
- C. 以上の症状は幼いころから存在する
- D. 症状によって職業などにおいて問題が現れている
- E. 知的能力障害や全般的発達遅延としては説明がつかない
アスペルガー症候群は一般的に言語の障害がない場合を指すとされますが、DSM-5にある自閉スペクトラム症の概念は、言語の障害がない場合もある場合も含んでいます。
ICD-10
ICD-10では「自閉スペクトラム症」という分け方はなく、「広汎性発達障害」の中に「小児自閉症」や「アスペルガー症候群」が定義されています。アスペルガー症候群は広汎性発達障害のうちのひとつに分類されていますが、説明の中には「疾病分類学上の妥当性が確かでない障害」とも記されています。
ICD-10でも、DSM-5との共通点として「相互の社会的関係の質的異常」と「限定されて型にはまった、反復的な関心と活動のパターン」が特徴であり、アスペルガー症候群では「言語または認知発達において全体的な遅延や遅滞がない」という点が自閉症との違いとされています。
6. 発達障害という言葉について
発達障害という言葉も目にすることがあるかもしれません。日本の発達障害者支援法では、発達障害を「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」と定義しています。
「これに類する」という言葉がありますが、それぞれの症状に違いがあり、また同じ診断でも個人による違いがあります。つまり「発達障害」と一言で言っても、とても多様であるとイメージしてください。
参考文献
・文部科学省ホームページ「5.発達障害について」(2022.1.14閲覧)