Beta 聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)のQ&A
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手術の目的は主に3つあります。
- 蝸牛神経の圧迫を取り除き、それ以上の聴力の悪化を食い止める
- 脳幹・小脳・脳神経(三叉神経など)の圧迫を取り除き、神経症状を改善させる
- 症状は出ていない、もしくは聴力は救えないが、そのままでは今後大きくなると考えられ、症状が出る前に腫瘍を取り除く
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また聴神経腫瘍の手術は脳外科手術のなかでも最も繊細な技術が要求されるものであり、上記1番の目的(聴力の悪化を食い止める)で手術を行っても、結局手術後に聞こえなくなってしまった、ということもあり得ます。これは最も慣れた外科医が行っても起こり得るものですので、手術を受けるかどうか決める前に良く検討すべきです。
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多くの場合、顔面神経が腫瘍と強く癒着しており、これを剥がす際に神経が傷むことで、術後に顔面神経麻痺を来すことがあります。顔面神経麻痺も程度によりますが、強い麻痺の場合には食べたものが口からこぼれたり、まぶたが閉じきらなくて角膜炎、結膜炎を頻繁に起こしたり、ということが起こり得ます。
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通常ガンマナイフもしくはサイバーナイフという、非常に狭い範囲に集中して放射線を照射する方法で行います。しかしこれらの装置がある病院は限られています。
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聴神経腫瘍に対しては、より歴史のあるガンマナイフの有効性に関する報告が多く、顔面神経の温存率(麻痺が出ない割合)が98-99%とされていますが、聴力に関してはその後徐々に低下してしまうという報告が多いです。また照射後に一時的に腫瘍の体積が大きくなる一過性膨大という現象が知られており、三叉神経痛がある場合などは痛みが悪化することもあります。
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良性腫瘍に対して放射線治療を行った場合に腫瘍が癌化する、ということも過去には言われておりましたが、割合としては極めて稀です。
- 蝸牛神経:「聞こえ」に関与している神経
- 前庭神経:からだのバランスを取るはたらきをつかさどる神経
聴神経腫瘍は、どんな症状で発症するのですか?
聴神経腫瘍の成長に伴って、近くにある蝸牛神経が圧迫され、聞こえが悪くなってきます。特に高い音が、比較的早い時期から障害されることが多いです。この障害された部分の音程が耳鳴りとして聞こえることがあり、耳鳴りの精密検査で腫瘍が発見されることもあります。
また、ストレスなどで起こる突発性難聴(急に聞こえが悪くなる)によって見つかる方も多いですが、突発性難聴の方に必ず聴神経腫瘍があるというわけではありません。
また、三叉神経という顔面の感覚をつかさどる脳神経が比較的近くにあるため、大きめの聴神経腫瘍によって三叉神経が圧迫されて、三叉神経痛と呼ばれる激痛を起こすことがあります。
聴神経腫瘍は、どのように診断するのですか?
CTやMRIにより見つかります。小型の腫瘍は、CTでは判別できない場合があります。
聴神経腫瘍の治療法について教えて下さい。
聴神経腫瘍の治療方法には、手術と放射線治療があります。
・聴神経腫瘍の手術
・聴神経腫瘍に対する放射線治療
聴神経腫瘍の原因、メカニズムについて教えて下さい。
聴神経腫瘍は、聴神経に発生する良性腫瘍です。聴神経と呼ばれる神経は、実際には以下の2種類の神経からできています。
このうち、聴神経腫瘍は後者の前庭神経から発生します。
この腫瘍は、通常ゆっくりと成長し、前庭神経の働きは左右反対側の前庭神経が肩代わりすることができるため、前庭神経に由来する症状で腫瘍が見つかることはあまりありません。一方で腫瘍が大きくなると、近くにある蝸牛神経が引き延ばされる形で圧迫され、聞こえが悪くなって、異常に気付かれることが多いです。
聴神経にできる腫瘍であるため、携帯電話の電波などの影響で腫瘍ができやすくなるのではないかと話題になったことがありましたが、特にはっきりした関係は示されておらず、どうしてこの腫瘍ができるのかは分かっていません。
聴神経腫瘍は、どのくらいの頻度で起こる病気ですか?
10万人あたり1人程度と言われていますが、検査機器の普及とともに、めまい・耳鳴りの患者さんに対してMRIを撮影する機会が増えています。これらの検査によって従来では見つからなかった小型の腫瘍まで見つかるケースが増えており、実際の患者数はもう少し多いだろうと言われています。
聴神経腫瘍の、その他の症状について教えて下さい。
聴神経腫瘍があることで、水頭症と呼ばれる病気が引き起こされることがあります。脳の周りにある脳脊髄液中のタンパク濃度が上昇し、髄液の吸収障害を起こすと考えられています。
症状としては、話のつじつまが合わないなどの認知症のようなもの、歩幅が狭くなる歩行障害、あるいは失禁するなどが出るようになります。水頭症の症状が進行すると、眠りがちになったり、意識障害を来すこともあります。
聴神経腫瘍の、その他の検査について教えて下さい。
脳ドックなどでたまたま聴神経腫瘍が見つかった場合には、自身では自覚していなかったとしても実際に聴力が落ちたりしていないかどうかを耳鼻科で調べる場合があります。
その他、手術を行う場合には、前庭機能がどれくらい残っているかなど、平衡機能の検査を行う場合もあります。
聴神経腫瘍の治療法の使い分けについて教えて下さい。
聴力をどうしても温存したいという場合には、小型の腫瘍でも手術を選択することがありますが、それでも聴力を100%確実に残すことは困難です。
一方で、既に症状が出ているような大型の聴神経腫瘍の場合には、腫瘍の体積を減らすことによって症状を改善することが目的となりますので、通常は手術を行うことになります。
その他の場合には、その病院の得意な治療法を第一選択としてお勧めする形になります。
聴神経腫瘍ではどの程度の入院が必要ですか?
病院によりますが、ガンマナイフの場合は2泊3日、手術治療の場合は10日から2週間程度の入院が必要です。
聴神経腫瘍は、遺伝する病気ですか?
聴神経腫瘍は通常左右の片側にのみ発生する腫瘍ですが、まれに左右両側に聴神経腫瘍ができる方がいます。神経線維腫症2型と呼ばれる遺伝性の疾患が原因です。神経線維腫症2型は、元々血縁者に患者さんがいなかったとしても発症することがありますが、いったんこの病気を患うと、概ね1/2の頻度でお子さんに遺伝します(常染色体優性遺伝)。
したがって、聴神経腫瘍そのものは通常遺伝するものではないのですが、その原因の一部である神経線維腫症2型は遺伝します。そしてこれが原因となって、結果的に聴神経腫瘍が遺伝することもあるということになります。
聴神経腫瘍が重症化すると、どのような症状が起こりますか?
聴神経腫瘍は、脳の中で小脳橋角部という部分に発生します。これが本来収まっている内耳道から概ね2cmを越えてはみ出すようになると、脳幹に接触するようになります。良性腫瘍ですので、ゆっくりと成長して脳幹を押していく形になりますが、一定の大きさを越えると、脳幹・小脳の機能障害による症状を起こします。
具体的には、腫瘍がある側の動きのコントロールがうまくできなくなり、ものをうまく掴めない、何か動作をしようとするとぶれたり震えたりする、歩くときふらついてしまうといった症状が出ます。
聴神経腫瘍と診断が紛らわしい病気はありますか?
聴神経腫瘍ができる場所は、脳の小脳橋角部と呼ばれる部分です。この部分にできる他の腫瘍には、髄膜腫、転移性脳腫瘍、類表皮腫などがあります。
聴神経腫瘍は聴神経からできるため、CTやMRIでは内耳道と呼ばれる骨のトンネルの中を充満していることが多く、「くわい」のような形をしていることで、髄膜腫と区別されます。また髄膜腫は、MRIの画像で栄養血管が入っている部分から放射状に筋が入っているように見えるため、この点から区別ができることもあります。
転移性脳腫瘍は髄膜腫や聴神経腫瘍と比べると形がいびつで、大きさの割に周りの組織に浮腫を来していることが多く、また成長が早いために顔面神経麻痺などの症状が早期に現れやすい特徴があります。
類表皮腫は稀な腫瘍で、CTやMRIの所見が特徴的なので、間違えることは比較的少ないと考えられます。
聴神経腫瘍は、再発を予防できる病気ですか?
手術後の聴神経腫瘍の再発は少ないですが、もし再発があった場合にはガンマナイフなどの放射線治療を選択することが多いと思われます。
手術で腫瘍が残っている場合にも、それに対して(悪化する前に)予防的に放射線治療を行うということは少ないと考えられます。
放射線治療後の腫瘍の増大に関しては、前述の一過性膨大と鑑別する必要がありますが、大きくなったことによって、何らかの神経症状(三叉神経痛や小脳障害)が新たに現れるような場合には、手術をお勧めすることがあります。
聴神経腫瘍に関して、日常生活で気をつけるべき点について教えて下さい。
特別な注意事項はあまりありません。
ただし、片側の耳が聞こえないと、音が聞こえてくる方向が分かりづらくなるため、道路などで車の来る方向がよく分からず、事故に遭ってしまう可能性があります。
聴神経腫瘍は、完治する病気ですか?あるいは、治っても後遺症の残る病気ですか?
腫瘍が手術で全摘出された場合には、再発はほとんどないと思われます。
手術によって顔面神経麻痺が残った場合、麻痺の程度にもよりますが、軽い麻痺であれば他の人には分からない程度に回復することもあります。一方で、目を閉じ切ることができないような強めの麻痺の場合は、ある程度回復しても他人から見ても分かる麻痺が残ることがあります。
また手術後に、手術前に聞こえていた聴力がなくなってしまった場合、その後の聴力の回復はきわめて難しいです(放射線治療でも同様です)。
その他、前庭神経の機能は通常なくなっているはずですが、手術後に「なんとなくふわふわする」というめまい症状を感じる方がいます。このような場合には、1年から3年程度で症状がなくなる方が多いです。