2020.12.08 | コラム

患者と医者の会話はどうして噛み合わない?

医療情報を発信してきた臨床医の目線から考えます
患者と医者の会話はどうして噛み合わない?の写真
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「お大事にしてくださいね。」

外来受診を終えて部屋から出るとき、たいていの医者はこの言葉を使います。身体がしんどいところ頑張って受診した最後に、ドクターからこういった言葉をかけられた記憶があることでしょう。おそらく診察中には「お大事に」とか「大変ですね」といった言葉以外にも声をかけられているはずなのですが、病気の説明などは案外記憶になかったりするものです。なんなら医師として働いている筆者も、いざ患者として受診したときに受けた細かい部分は覚えていなかったりします。(良くないですね……。)

もちろん患者の状況を伝える作業を含めて診療ですので、医者はコミュニケーションを図っているのは確かなのに、すれ違いがなぜだか起こってしまうわけです。この原因には体調不良で朦朧(もうろう)としているしていることが考えられますが、他にも問題が横たわっていると感じます。筆者は医療情報の発信を長らくやっていますが、最近になって患者と医者の間には見えない大きな溝があることを感じる場面が多くなりました。もしかしたらこのギャップこそが医療現場に潜む見えざる敵なのかもしれません。

何を語っているのかわかりにくくなくなってきましたが、医師と患者の両サイドからもう少し切り込んでいくのでしばしお付き合いください。

 

診察時の医師の気持ち

筆者は病状を伝えるとき、できるだけ齟齬が起こらないようするために紙に書いて説明を加えます。隣の外来ブースから聞こえてくる声から、他の先生も苦心しながら伝えようしているのが伝わってきます。僕の見る限りほとんどの医師は患者さんに説明を理解してもらいたくて、試行錯誤して頑張っていると思います。

一方で、僕の携わっている医療情報の総事典に寄せられる患者さんからのコメントでは、「外来の先生の言葉が理解できなかった」といったものや「自分の病気のことなのにわからない状況でとても不安だった」といったものが少なくないのも事実です。

残念な話ですが、医者は頑張って説明しているのにどうもうまく噛み合っていない状況になっています。なんだかもったいないですが、医師側にはどんな原因が考えられるのでしょう。

 

忙しくて説明に十分な時間が取れない

外来業務はとても忙しいです。もちろん医療機関や医師によって数字は変動しますが、午前か午後の枠で30人くらいの患者を診るのはザラで、多い場合には4-50人を診ることになります。(余談ですが筆者は午前枠で70人以上を診たことがありますが、忙しすぎてランナーズハイのような状態になり、終わった瞬間に灰になりました……。笑)

半日で大体3-4時間診療するので、一人あたりの診察に使用できる時間が計算できます。具体的な数字をご覧に入れます。

 

【例:3.5時間で休みなく35人を診察した場合】

210分÷35人=6分/人

 

上の例にあるように外来では患者一人に6分ほどしかかけられません。もっと時間をかけて欲しいと思う気持ちはわかりますが、後ろにも多くの患者さんが控えている限り、この程度の時間しか割けないのです。医師は休憩時間を取らずに動いていますが、このくらいの時間が精一杯です。さらに検査や書類作成などが加わると一人に6分なんてとても割けなくなったりもするのです。

こんなタイトスケジュールの中で診察してから病状をきちんと伝えるというのはけっこう大変な作業です。細かい部分まで説明すると10分や20分くらいは軽く経ってしまうので、要点を中心に話すことが多くなります。

こうしたバタバタ感の中で診察する限り、伝わりきらないという事態はどうしても起こってしまいがちです。

 

ついつい難しい言葉を使ってしまう

医学の言葉は難しいです。単なる「風邪」のことを医学用語では「急性上気道炎」や「流行性感冒」と言ったりします。また、「エーラス・ダンロス症候群」や「混合性結合組織病」などは字面を見ても正直どんな病気か想像がつきません。医者はこうした堅苦しい言葉の中で生活しているため、当たり前のようにわかりにくい言葉を使ってしまいます。

実際に筆者が毎日病院で勤務していた時代を振り返ると、患者さんに対して難解な言葉を使ってしまっていたと思います。相手に伝わらない言葉によって会話が噛み合わなくなることに気づいているものの、特に若い頃は医学用語を使うことで、一人前の医者になった感覚を背伸びして味わっていたかもしれません。(本末転倒で恥ずかしいほど青いですね……。)

医療情報を発信するようになってから痛感していることですが、噛み砕いた言葉を使わないと、患者に伝えるべきことがほとんど伝わらないということです。僕ら医師もいきなり専門外である法律用語で話しかけられたらしばし思考停止するわけで、至極当たり前のことです。「難しい内容をわかりやすく伝える」姿勢がなければギャップは埋まりません。

 

受診時の患者の気持ち

診察をしていると患者さんの気持ちには大きく分けて2つのパターンがあるように感じます。「細かいことはどうでも良いから早く楽にして欲しいパターン」と「どうして自分の身体がこんなにもしんどいのかを知りたいパターン」です。前者に関してはそもそも興味がない状態なので特に言うことはありませんが、後者に関しては自分のことを把握したいのに理解できていないもどかしさが残ります。

患者側の理解を妨げる原因には次のようなものが考えられます。

 

体調不良で理解力が落ちている

単純に病気が理解力を下げている場合は多いです。体調不良で意識朦朧となった経験はないでしょうか。実際に意識を失うまではいかなくとも、熱や体調不良によって頭がはっきりとしない状態は誰もが経験するものです。このぼんやりした状態で説明を受けても簡単には理解できません。集中力も落ちてしまっているわけで、やむを得ない状況です。

 

気持ちの整理がついていない

人のこころの状態は頭の回転に大きく影響します。人間は気持ちが落ち着かないときやパニック状態のときには驚くほど集中力が落ちてしまいます。さらに、あせればあせるほど覚えようとしても覚えられないという状況が生じます。気持ちがバタバタしているときに医師の話す内容を把握せよというのは酷な話です。

 

もともと医学の知識が不足している

医学はとても難しいです。医師になって10年以上が経過ちましたが、まだまだ知らないことだらけです。言い訳のように聞こえてしまいますが、医学はとても広範囲で奥が深いものですし、新しいことが時々刻々と見えてくる学問なので、おそらく一生かけても「完全にわかる」という領域まで達することはできないのであろうと思っています。

そんな難しい医学に普段慣れ親しんでいない人がいきなり医学用語を投げかけられたときに、理解するのはとても困難な話です。しかも、前述の理解力の低下が加わると本当に五里霧中状況になってしまっても仕方がないことと思います。

 

ギャップ解決策の提案

忘れてはいけないのは、このギャップの良くない影響が降り掛かってくるのは紛れもなく患者だということです。ですから、自分の身体で起こっていることを理解し、自分の望ましい治療を選ぶのが理想的です。しかし、「しっかりと話を聞ける状態になっていない中で、難しい医学の話をされても理解が難しい」という状況が横たわっています。

臨床現場の経験を踏まえた上で、個人的な解決策を3つ提案してみます。

 

その1:大事なことは紙に書くor書いてもらう

物を忘れるのは人間の短所でもあり長所でもあります。ですが、病状説明のシチュエーションではあまり望ましいことではありません。だったら機械的に紙に覚えてもらおうという作戦です。全部を写すのはかなりしんどい作業ですので、キーワードだけでも良いので紙に書いておけば、後に単語を見ると話された内容が案外蘇ってくるものです。

また、家族も一緒に聞いてもらうことで、備忘録になってもらうことも有効です。家族からより客観的な意見をもらえたりするので、内容の記憶以外の意味でも役に立ってくれます。

 

その2:サイトや書籍を上手に使って医者に言われたことを振り返ってみる

学生時代に授業で先生に習ったことを家で復習すると習熟度が格段に増したのと全く同じように、医者に言われたことを振り返るとその効果は絶大です。以前までは書籍が主体の情報発信でしたが、近年IT化の躍進によりweb媒体の医学情報サイトは日増しに充実してきています。かくいう自分もweb上の医療情報発信の黎明期から「MEDLEY医療事典」の充実・改善に尽力してきましたが、他にも「メディカルノート」や「MSDマニュアル」など複数のサイトが至極まっとうな情報を発信していると思います。また、ここ数年は情報の正確性のみならず読みやすさにも格段の進歩が見られており、これらが無料で読める状況を利用しない手はないと思います。

一方で、まだまだ粗悪な情報がweb上に溢れているのも事実で、流されずにより正しい情報を拾う心構えが必要になります。中にはデマゴーグやポジショントーカーも紛れているので、常に情報を懐疑的に見て、批判的吟味を加えるくらいの姿勢で良いかもしれません。

 

その3:新型コロナをきっかけとして目と耳を慣らしてしまう

「批判的吟味を加えろと簡単に言われてもできっこないよ」と思った人もいるかも知れません。それもそうです、知らない分野の内容はどれが白でどれが黒かもわかりません。ですので、まずは情報に慣れることが大事です。最初はよくわからなかった経済の新聞も読んでいれば段々と理解できるようになりますし、自分も初めてスポーツ新聞の競馬欄を見たときには何が何やらさっぱりわからなかった記憶があります。でも最初はちんぷんかんぷんであっても、習慣化して眺めていると「わからないもの」と「わかるもの」が見えてくるようになってくるはずです。

今は言うまでもなくほとんどの人が健康や医学に興味があるはずです。こうした機会を逃さずに、医療情報を眺める時間を作って目と耳を慣らすようにしていただきたいです。

 

最後に

コラムを読んで、当たり前のことを書いてあったなと思う人もいるかも知れません。そう思われた人のリテラシーの高さに脱帽しますが、僕の知っている限りでは、こうしたことをちゃんと実践している人はあまり多くないと思います。病気というものはかかって初めて向き合うものですので、健康なうちから医学情報と向きあう人のほうが特殊だと思っています。

しかし、今我々は新型コロナという大きな敵と対峙しており、健康や医療への関心はかつてないほどに高まっていると思います。生活は自粛色が強く、娯楽も制限されている状態で、2020年は何も良いことがない1年だったという人も珍しくないことでしょう。こういう状況だからこそ、せめてコロナのおかげで良い方向に進めたと言えるものを持っていただきたいと思っています。つまり、コロナのおかげで「健康や医学と向き合う習慣ができた」という側面です。皆さんの未来に向けて転ばぬ先の杖となるものですので、ほんの少しの時間でも良いですから、医学に関する情報に目を向けるようにしていただきたいです。数ヶ月後にはぜんぜん違う自分にきっと気づくことになります。

 

患者さんが頑張る姿を見たら医療者もうかうかしていられません。するとどうでしょう、患者と医者の間にあるギャップが埋まっていく未来が見えてきますね。

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。