私たちは今、有効なワクチンも有効な治療薬もない新規の感染症の脅威にさらされています。おそらく今までワクチン接種について軽く考えていた人でさえも、新型コロナのワクチンができる日を待ちわびているのではないでしょうか。日頃は見えていなかった感染の脅威も、いざ目の当たりにしてしまうと、ワクチンの有効性を痛感するようになるのは当然のことかもしれません。この心理はなにも責められたものではありません。恥ずかしながら、日常で感染症診療を行っている筆者も今の状況を見てワクチンの重要性をさらに強く感じている一人です。
是非このコラムを読んでワクチンの理解を深めていただき、今まで以上にワクチンの重要性に対する認識を高めていただければと思っています。
1. ワクチンとはどんなものか?
ワクチンとは感染症にかかりにくくするために作られたものです。また、感染症を重症にしにくくする効果もあります。その仕組みを理解するためには、免疫のことを知っておく必要があります。とはいえ、人体の免疫システムはとても複雑な構造になっているため簡単には理解しにくいので、論点をざっくりと説明します。
免疫の仕組み:自然免疫と獲得免疫
免疫には大きく分けて「自然免疫」と「獲得免疫」の2つがあります。
「自然免疫」とは体外から侵入してきた微生物を異物として捕食したりしながら反射的にこれを排除する仕組みです。一方で、「獲得免疫」は一度体外から入ってきた微生物を認識し個別の免疫反応を対策することで、感染が長引いた時や同じ微生物が次に侵入してきた時に活かされる仕組みです。同じ轍を二度踏まないための仕組みと考えて分かりやすいかもしれません。この獲得免疫では抗体が重要な役割を果たしています。
ワクチンはこの抗体を高めて獲得免疫を強めることで特定の感染症を予防することができます。
ワクチンは感染予防の場で活躍している
ワクチンは病院やクリニックで受けることができます。ロタウイルスのワクチンだけは飲むタイプですが、他は肩や二の腕、場合によっては太ももに注射することでワクチン成分を体内に入れます。この成分が獲得免疫を刺激して特定の抗体を作らせることによって、感染しにくくさせます。いわば疑似感染を起こして、身体に抗体を作らせているといった具合です。
2. ワクチンはどんな病気にもあるのか?
ワクチンはいろいろな種類の感染性微生物に対して存在します。例えば結核菌にはBCGワクチン、ムンプスウイルスにはおたふくかぜワクチンといった具合に、微生物に対応して作られています。また、中には複数種類の成分をあわせて1つにしたワクチンも存在します。
ワクチンで感染予防できる病気(VPD)
しかし、ワクチンは全ての病気にあるわけではないですし、存在する病気は限られています。日本で一般的に受けることのできるワクチンは次になります。
【日本で受けられるワクチンの例(2020年)】
ワクチンの種類 | 予防できる病気 | 生ワクチンor不活化ワクチン | 定期接種or任意接種 |
四種混合ワクチン | ジフテリア 百日咳 破傷風 ポリオ |
不活化ワクチン | 定期接種 |
MRワクチン | 麻しん、風しん | 生ワクチン | 定期接種 |
水痘ワクチン | 水ぼうそう | 生ワクチン | 定期接種 |
日本脳炎ワクチン | 日本脳炎 | 不活化ワクチン | 定期接種 |
BCGワクチン | 結核 | 生ワクチン | 定期接種 |
B型肝炎 | B型肝炎 | 不活化ワクチン | 定期接種 |
肺炎球菌ワクチン | 肺炎球菌感染症 | 不活化ワクチン | 定期接種 |
ヒブワクチン | インフルエンザ桿菌(B型)感染症 | 不活化ワクチン | 定期接種 |
ロタウイルス | ロタウイルス感染症 | 生ワクチン | 定期接種 |
流行性耳下腺炎 | おたふく風邪 | 生ワクチン | 任意接種 |
インフルエンザ | インフルエンザ | 不活化ワクチン | 任意接種 |
A型肝炎 | A型肝炎 | 不活化ワクチン | 任意接種 |
髄膜炎菌 | 髄膜炎菌感染症 | 不活化ワクチン | 任意接種 |
黄熱ワクチン | 黄熱病 | 生ワクチン | 任意接種 |
狂犬病ワクチン | 狂犬病 | 不活化ワクチン | 任意接種 |
ヒトパピローマウイルスワクチン | 子宮頸がん 尖圭コンジローマなど |
不活化ワクチン | 定期接種(ただし、現在は接種の勧奨を停止している) |
ここで、生ワクチンと不活化ワクチンという新しい言葉が出てきています。簡単に言うと、生ワクチンは感染性を弱める作業を経た病原体を接種するもので、不活化ワクチンは感染性をなくした病原体を接種するものです。わずかではありますが、生ワクチンには感染性が残っているので、免疫低下の持病がある人や免疫抑制剤を飲んでいる人、妊婦などでは接種制限があるのでお医者さんに相談する必要があります。
また、定期接種は予防接種法によって定められているもので、接種は無料です。一方で、後者は法律によって定められてはいないですが、感染予防の観点から接種が推奨されているもので、接種は基本的に自費になります。
ワクチンは存在の必要性が高いものに対して作られる
上にあげた病気以外にも多くの病気は存在しますが、それらに対するワクチンは存在しません。もとよりどうやってもワクチンを作れない病気は存在しますし、ワクチンを作るのには莫大な費用と人的リソースがかかることから、必要性の高い病気から作られているという事実があります。その必要性を決める軸は複数ありますが、大きな軸として「罹患者の多さ」と「疾患の重篤さ」があげられます。つまり、昨今話題の新型コロナウイルス感染症は、感染が広く流行していることや関連した死者の数が多いことに鑑みて必要度が高いと判断されたため、急ピッチでコロナワクチンの開発が進んだというわけです。
3. ワクチンの注意点
ワクチンは感染予防に役立つ一方で、注意点がいくつか存在します。注意点を踏まえておくことでワクチンを安全かつ有効に利用することができるので、次の話を参考にしてください。
ワクチンを打つタイミングは決まっている
ワクチンは効果が見られるまでに時間がかかりますし、効果が持続する時間もある程度決まっています。また、感染症もかかりやすい年齢や時期があるため、それらを踏まえてワクチン各々で接種が推奨されるタイミングがあります。
特に子どもではワクチンを1年余りでかなりの数を打たなければならないので計画的なスケジューリングが必要になってきます。スケジュールに関する詳細については「2歳までに16回!赤ちゃんの予防接種スケジュールの上手な立て方」に譲りますが、綿密なスケジュールをこなすために一回に何本かのワクチンを打つ同時接種が行われています。
新型コロナウイルス感染症について述べると、2021年4月現在、日本で打たれているファイザー社のもの(コミナティ®)は2回打ちになっており、1回目を打ってから3週間後に打つ段取りとなります。なおCDC(アメリカの疾病対策予防センター)の推奨によれば、3週間後に2回めのワクチン接種ができなかった場合であっても、6週以内に受けることができるとされています。日本でこうした柔軟な判断をするかはケースバイケースになると思われるので、どうしても3週間後に打てなくなってしまった場合には担当機関に相談するようにしてください。
余談になりますが、外来をしていると「本当にワクチンを同時に何本も打って大丈夫なのか」と聞かれることがあります。結論から言うと、ワクチンを同時に打つことは可能です。日本だけに限らず海外でも同時接種は主流です。また、生ワクチンと不活化ワクチンといった種類が異なる場合でも同時に打つことができます。
ワクチンの副反応について
薬にはどうしても副作用が出てしまうことがありますが、同じようにワクチンにも有害事象が起こることがあります。これを副反応といいます。一般的に起こる副反応は次のものにまります。
【ワクチンで起こりうる副反応の例】
- 注射した部位が腫れる
- 注射した部位が赤くなる
- 注射した部位が痒くなる
- 注射した部位が痛くなる
- 熱が出る
- 身体がだるくなる
また、極めてまれですがさらに重症になると、全身に皮疹が出たり、息苦しくなったり、意識が朦朧としたりします。もしこうした症状が見られた場合には遠慮せずに医療機関に一報を入れるようにしてください。
ここまで書くと副反応が怖くてワクチンを打ちたくないという人も出てくるかもしれません。それでもワクチンは打ったほうが良いと思います。もしワクチンを打たないで実際に感染症になってしまったら上にあげた症状よりもひどい状態になる人が少なからず出てきます。ワクチンのメリットとデメリットを天秤にかけたときに、今存在するワクチンはメリットのほうが勝るものばかりです。
できるだけ多くの人が打ったほうが効果がある(集団免疫)
ワクチンを打つことで、自分がかからなくなるだけでなく、周囲にうつさないようにすることができます。多くの人がワクチンを打つと、うつされやすい人が減るので、ますます感染が周囲にうつりにくくなります。これを集団免疫といいます。
【集団免疫のイメージ図】
つまり、ワクチンを打つことは自分だけでなく社会全体で感染する人を減らす効果があり、重症になりやすい子どもや高齢者、免疫の落ちている人などを感染症から守ってあげることができます。
4. 新型コロナウイルス感染症のワクチンについて
新型コロナウイルス感染症が猛威を奮っている今、ワクチンの開発が急ピッチで進められています。現状では治療薬も見つかっていないため、ワクチンに対する期待感はかなり強まっています。
新型コロナウイルス感染症が認識されだした2020年1月の段階ではウイルスの培養がままならない状況であったため、ワクチンの精製はかなり難しい状況でした。しかし、人類の努力の結果、その後ウイルス培養が成功し、ワクチンの精製が世界各国各社で驚異的なスピードで進められています。
アメリカや中国を筆頭に、イギリス、ドイツ、フランス、そして日本などが叡智を振り絞って精製にあたりました。その甲斐あってワクチンの製品化に成功したものが増えてきており、その一部は臨床試験も経て実際に接種されています。本来は有効性と安全性の確認は慎重を要するため、その道程は数年から10年ほどと言われていましたが、わずか1年足らずでワクチン実施にたどりついたという事実は、人類の科学進歩はとてつもないことが実感させてくれます。一般的に臨床試験は3段階で行われますが、その詳細についてはここでは説明しません。「本当に安全で効果がある薬が患者さんに届くまで:治験とは何か?」で新薬開発の臨床試験について詳しく説明していますので、もし興味がある人はそちらも参考にしてください。
国内のワクチンはいつできるのか?
上で述べた実用化されているコロナワクチンはいずれも海外のものです。もちろん国内でも複数のものが開発されており、2021年4月現在で精製され臨床実験で有効性と安全性が確認されている段階です。
しかし、候補となる成分の精製が済んでも、その有効性と安全性を確認して市場に出回るまでには多くのハードルが存在しています。有効性が乏しかったり、安全性が保てなかったりして途中でボツになることも少なくないありません。多くの開発が同時並行されている状況ですので、そのうちの一つでも成功すればよいと考えることができます。国内生産のワクチンは早くても市場に出回るのは2022年と考えられていますが、その日が早く来るように願っていましょう。
ワクチンができれば新型コロナにはもう感染しないのか?
「ワクチンを接種したからもう大丈夫」という意見を聞くことがあります。実はこれは厳密には間違っています。ワクチンを接種すれば必ず感染予防できるというわけではなく、ワクチンは感染率を下げるものであるという考えでいてください。
もちろんその種類によって感染を予防できる割合は異なってきますので、新型コロナのワクチンがどの程度の予防効果をもたらすのかは不明です。参考までに麻しんはワクチンを打ってしばらくは100%に近い予防効果があると考えられています。しかし、インフルエンザワクチンを打った場合には、発症する人が約半分になり、重症になる人は5分の1になる程度の効果ではないかと考えられています。この数字を見るとワクチンの効果が思ったより低いように感じる人もいると思いますが、背景にはインフルエンザの遺伝子変異が起こりやすいことがあると考えられます。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)も同様に遺伝子変異が起こりやすいことがわかっており、ワクチンの予防効果が100%に近いものである可能性はあまり高くなさそうです。実際コロナウイルスの変異株の話題が世界各国から上がっており、ワクチンとウイルス変異がいたちごっこになる可能性もありえます。一方で、変異したウイルスに対してもワクチンが有効である可能性もあるため、ウイルスの性質の変化と感染の状況について今しばらく注視していく必要があると思われます。
そこで、我々は今回の経験で得た高い衛生観念を忘れないことが重要になってきます。ワクチン接種にあわせて、手洗いを習慣化して、新型コロナ以外の感染症も含めて起こりにくいように努めていけるとなお良いです。要は油断しないということですね。
5. 新型コロナウイルスの脅威を経験した我々はワクチンの重要性を再認識している
新型コロナウイルス感染症のワクチンを自分も打ちたいと感じる人がほとんどだと思います。ウイルスの恐怖を目の当たりにしている状況でで、ごく自然な気持ちの流れだと思います。でも冷静に考えると、このことは他のワクチンでも言えることであったりします。つまり、既存のワクチンを打たなかった場合には、実際に感染することでしか抗体を作ることが出来ないので、抗体のない状態では多くの人で感染が起こるということになります。すると、今までなかった感染の流行が起こり、多くの重症者が見られるようになってしまいます。(国内で起きた麻疹流行について「麻疹流行に備えて感染症内科医から伝えたいこと」も参考にしてみてください)。
ワクチンを打つと、「自分がかかりにくくなる」、「周囲にうつしにくくなる」、「重症になりにくくなる」ことが期待できます。僕自身も今回の新型コロナウイルス感染症の流行によってワクチンにの重要性を再認識していますし、多くの人にワクチンを利用して欲しいと願っています。是非みなさんも今回をきっかけに、利用できるワクチンを忘れずに打つように心がけてください。
一般的な成人であれば「インフルエンザワクチン」と「肺炎球菌ワクチン」がこれに当たります。「インフルエンザワクチン」は毎年10月から11月に「肺炎球菌ワクチン」は65歳以上から5年毎に接種すると良いです。また、小さいお子さんを抱えている親御さんはたくさんのワクチンを打たないといけないため大変ですが、ワクチンスケジュールに乗っかって接種を忘れないようにしてあげてください。
今回はワクチンについて考察しました。新型コロナによって社会も個人も閉塞的になってしまっていますが、せめてこの経験を次に活かすようにしていければ気持ちの落とし所が見えてきます。感染症が大流行するのをなんとか避けるためには、僕たちは気持ちと行動をバージョンアップしていくと良さそうです。
今やれることをやっていくことで、今までの生活をより早く取り戻すことができるようになるはずです。
【参考文献】
Interim Clinical Considerations for Use of COVID-19 Vaccines Currently Authorized in the United States
【2021.04.23】
新型コロナウイルスの感染症の状況に鑑みて一部内容を改変しています。
執筆者
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。