2017.06.08 | ニュース

なぜ看護師はがん患者を「モンスター」と呼んだのか

オピオイドの適正使用のために

from The New England journal of medicine

なぜ看護師はがん患者を「モンスター」と呼んだのかの写真

がんが進行して強い痛みが出た場合、緩和ケアが欠かせません。ところが、治療薬に悪いイメージを持っている人もいます。アメリカの医師が、オピオイド鎮痛薬の適正使用に向けた考察を著しました。

オピオイド鎮痛薬は痛みを和らげる強力な作用のある薬剤です。モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルなどがオピオイド鎮痛薬に分類されます。

オピオイド鎮痛薬はがんの痛みなどに活用され、患者が治療中の生活を維持するために欠かせない役割を持っています。がん治療の中で、オピオイド鎮痛薬を含む緩和ケアが近年特に重視されています。

オピオイド鎮痛薬は副作用として、吐き気・嘔吐、便秘、眠気、呼吸抑制などを引き起こす場合があります。また、まれに薬物依存を引き起こします。

医療用の目的を離れてオピオイド鎮痛薬を不正に使用することは薬物乱用として問題にされます。アメリカではオピオイド鎮痛薬の乱用に対して社会から強い関心が向けられています。

 

ペンシルベニア州立大学ミルトン・S・ハーシー医療センターで緩和ケアを専門にしている医師のスーザン・グロッド氏が、医学誌『The New England Journal of Medicine』に寄稿したエッセイで、「別の犠牲者たち」への配慮を訴えました。

このエッセイは、グロッド氏が担当していた患者が、オピオイド鎮痛薬を使うことに妨げがあったことを記しています。その患者はジェリーという名前で、がんが広い範囲に転移して激しい痛みを起こしていました。

ジェリーはがんを診断される前にコカインを乱用したことがありました。ジェリーが痛みを感じてがんを診断され、緩和医療クリニックでグロッド氏の診察を受けました。

ジェリーは痛みの治療に規制物質を使うことに強く反対しました。その後数か月のあいだ、神経ブロック治療や鎮痛補助薬だけでなく、マッサージやレイキ(霊気)まで使って痛みの治療が試みられました。痛みが激しくなり、抗がん剤の点滴を打ってもらいに行くこともできなくなったとき、ジェリーはオピオイドを使うことに同意しました。

ジェリーには小さい娘と10代の息子がいました。抗がん剤治療にもかかわらずがんは肝臓、肺、脊椎に転移しました。ベッドから起き上がるためにオピオイドの増量が必要になりました。ジェリーは病院に通うと過去について繰り返し尋ねられ、なぜそれほど多くのオピオイドを要求するのか疑いの目で見られるという理由で、通院に苦痛を感じていました。

痛みが激しくなり、嘔吐して受診したとき、オピオイドの点滴は自宅で飲んでいた量に比べてわずかな量しか使われていませんでした。

グロッド氏はジェリーの痛みを和らげるために薬剤をオーダーし、担当の看護師に説明しました。すると看護師は薬剤の量が多いことに疑問を示し、「彼が中毒患者なのはご存知ですね」と答えました。そこは病室のすぐ外で、ドアは開いてあり、ジェリーに会話は聞こえていました。グロッド氏が痛みを治療する必要があることを説明すると、看護師は「そうやって私たちはモンスターを生み出すんですよ」と答えました。グロッド氏が病室に戻ると、ジェリーは泣いていました。

 

グロッド氏は、アメリカで最近20年ほどのうちにオピオイドを使った痛みの治療が重視された結果「オピオイドの流行」が社会の関心を集めるようになったことを指摘し、患者がオピオイドを恐れるあまり「命の終わりに近づいたとき、薬物依存の可能性がある治療を試すよりも寝たきりになることを選ぶ患者もいる」と記しています。

 

薬物乱用は社会全体で立ち向かうべき問題です。しかし、ただ乱用を悪として扱うだけでは解決しません。適切な医療用目的のオピオイド鎮痛薬は、がん治療には欠かせません。乱用の経験があるかどうかにかかわらず、必要なだけの緩和ケアを受ける権利が侵害されるべきではありません。まして患者を医療者が「モンスター」と呼ぶようなことはあってはならないことです。

薬物依存を治療する観点からも、乱用をした人を責めるのではなくサポートすることが重視されています。ほかの研究では、麻薬乱用者への聞き取りの中で、家族から責められるとむしろ再び薬物乱用をしてしまう傾向が指摘されています。またアメリカでオピオイド鎮痛薬を乱用した人を対象に行われた調査では、治療を受けていた人が26%にとどまっていたことが報告されています。

薬物乱用は間違ったことです。しかし、乱用をした人も人間です。乱用を反省したり、依存の症状に耐えて再び乱用しないよう努力することは、人間としての意志があってはじめて可能になります。その意志は、オピオイド鎮痛薬が必要になったのに使用をためらうことにも結び付きます。

激しい痛みがあるときに有効な薬が提供されることは、最低限の医療の一部です。「オピオイド依存は悪いこと」という考えにとらわれて、人間としての患者の感情と痛みを想像できなくなってしまうことは、正しい医療とは言えません。

グロッド氏はエッセイの中で「振り子」という表現を使っています。オピオイドは良いか悪いかという思考を往復するだけでは解決は見えてきません。どんな薬にも良い面と悪い面があります。どちらかの面を価値判断に置き換えてしまう考え方ではなく、人間としての良心によって目の前の状況をとらえることが、誰にとってもますます重要になっているのではないでしょうか。

 

松本俊彦・今村扶美『SMARPP-24 物質使用障害治療プログラム』(金剛出版、2015年)

執筆者

大脇 幸志郎

参考文献

The Other Victims of the Opioid Epidemic.

N Engl J Med. 2017 June 1.

[PMID: 28564563] http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp1702188

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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