◆脳梗塞の後遺症とは
脳梗塞は、脳の一部で血流がなくなってしまい、細胞が酸素や栄養の不足に陥って死滅した状態です。死滅した細胞がもともと担当していた機能が失われるなどして、時には命に関わる症状を現します。死滅した細胞は元には戻らないので、救命されたあとに症状が残り後遺症となることがあります。
たとえば、左右片側にだけ動かしにくさや感覚の鈍さが現れる「片麻痺」という症状は代表的な症状のひとつです。
ほかにも、脳や神経が関わっている運動・感覚に症状が出ることは多く、ろれつが回らない、身体のバランスをとれない、上手に歩けないといった症状として現れることもあります。
また脳の障害によって現れる「高次脳機能障害」も生活に大きな影響を与えることがあり、リハビリの課題にもなります。高次脳機能障害とは、言葉を出せない・理解できないといった失語症、目的に合った動作をとれない失行症など多様な症状の総称です。
これらの症状は後遺症となり生活を妨げることがあります。リハビリでは筋力をつける運動、関節を動かす練習、上手に動作をする練習などによって、社会復帰を助けるなど、生活をよりよくすることを目指します。
◆脳梗塞のリハビリでは状態をどのように評価するのか
脳梗塞後の症状は人によって種類も程度も違います。リハビリは症状による障害や問題点に対応しようとするものなので、その人ごとの状態をうまく評価し、その人に合ったリハビリの内容を考える必要があります。そこで、日常生活動作への影響の程度など、問題点に対応した評価指標を使います。発症後の時期などによって目的にかなう評価指標を選んで使います。
脳梗塞の発症後の時期は、「急性期」「回復期」「維持期」といった言葉で表現されます。発症してすぐは急性期です。脳梗塞に対するリハビリは、病気の状態などにもよりますが、早ければ発症翌日ごろから開始します。これは急性期リハビリテーションと呼ばれるもので、ずっと寝ていることにより体が弱っていくことを防ぐなどの狙いがあります。
急性期のあと、より状態が落ち着いてからの回復期や維持期と呼ばれる時期にも、後遺症が残っている場合があり、リハビリが重要です。
リハビリを考える以下の評価指標は実際に使われているものの例です。
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Fugl-Meyer Assessment
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上肢(腕や手)・下肢(脚)の運動機能などに注目しながら、全身を総合評価します
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脳卒中重症度スケール(JSS)
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意識、言語、運動、感覚など10項目を採点して総合評価します
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Stroke Impairment Assessment Set(SIAS)
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麻痺がある側の手足の様子を詳しく調べ、高次脳機能などとあわせて総合評価します
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NIH Stroke Scale(NIHSS)
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意識障害や身体の動かしづらさ(麻痺)などを総合的に評価します
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一部項目を変更したmodified NIHSSも使われています。
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Brunnstrom stage
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麻痺の回復の一般的な過程を6段階に分け、上肢、手指、下肢の各部位について、どの段階にあるかを評価します
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Ashworth Scale
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他人が関節を動かそうとした時の抵抗を評価します
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Functional Independence Measure(FIM)
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運動や認知の18項目について、自立度を7段階で評価します
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Barthel Index
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日常生活を送るために必要とされている食事や排泄、入浴などの動作を評価する指標です。注目する動作ごとに違う採点基準が決められています。たとえば食事なら、介助なしで自分で食事できると最高点の10点、全介助が必要なら最低点の0点といった評価になります
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一人にすべての評価指標が使われるわけではありませんし、同じ機能や能力を評価するにもどの評価指標を使うかは状況によって異なります。
これ以外にも、QOL(生活の質)や手の機能に特化した評価指標など様々な評価指標があります。これらの評価指標だけで治療法が決まるわけではありませんが、治療を決定するひとつの材料として用いることがあります。
それでは次に、脳梗塞のリハビリとしてよく行われている方法について解説します。
◆脳梗塞に対する一般的なリハビリ方法
脳梗塞を発症した後のリハビリテーションを選ぶうえで、重症度は重要な判断材料です。ここでは重症度を軽度・中等度・重度に分けて、それぞれでよく行われるリハビリの方法を説明します。重症度以外にもリハビリの方法を選ぶ材料はあるので、この分類はあくまで説明のための便宜上のものです。まずは大まかな理解のため、それぞれの重症度にある程度対応するものを示します。
◎軽度の場合
脳梗塞の症状が軽度の場合では、急性期(発症して間もなく)の治療と並行して歩行練習や日常生活の動作練習が行われます。ただし、軽症と言っても発症後すぐでは麻痺が出ている方も多く、言葉が話しづらいという方もいます。運動により悪化させる恐れがないことを十分確認したうえ、できるだけ早くリハビリを始めます。
◎中等度の場合
中等度の症状がある場合、急性期から回復期にかけて、徐々にできることを増やしていきます。
急性期では、まず座る練習や起き上がる練習など基本的な動作から、立つ、車椅子への乗り移りなどを練習します。手を使った動作を反復するなどの練習も行いますが、麻痺した手だけではなく、麻痺していない手で行えることも、増やしていきます。回復期に転院する場合、さらにその動作の難易度を上げながら、より実際の生活に近い場面での練習を行うことになります。
麻痺によって体重移動がうまくできないなどの場合には、装具を作成することもあります。
高次脳機能障害に対しては、言語に関わるリハビリテーション(言語聴覚療法)や、プリズム眼鏡をかけて見える向きをずらす訓練、認知リハビリテーションと呼ばれる注意や遂行機能に対する訓練、目標を達成するために正しい行動を考えるゴールマネージメント練習といった方法が使われる場合があります。
嚥下障害(飲み込みの障害)がある場合には、食べ物が食道ではなく気管や喉頭に入ってしまう危険性があるので、食べ物を使わないで飲み込みの動作を訓練するなどのリハビリ方法もあります。
◎重度の場合
重度の症状がある場合では、たとえばできるだけ座っていられることがリハビリの目標になります。また、普段動くことができない人では、関節が固まってしまったり、麻痺していない方の筋力も落ちてしまったりと悪影響があることから、関節を動かす練習やストレッチ、筋力をつける運動をベッド上で行います。
状況によっては早期から装具を用いて歩くこともあります。早期から歩き、足に体重をかけ、さらに足を交互に動かすという運動は長期的に見た時に有効である可能性があります。麻痺が重いと肩の亜脱臼を起こすことがあり、さらに自分の手がどこにあるかわからないといった状態の場合、知らない間に手の上に寝てしまったり、手をどこかに挟んでしまったりということが起きます。そのため、アームスリングという道具で腕を吊って支えることもあります。
◆脳梗塞のリハビリについての近年の研究
最後に、脳梗塞後のリハビリ方法の中でも効果などについて近年の研究報告があり、診療ガイドラインにも記載されているものの例を紹介します。
医療機関によってはこれらの方法を取り入れている場合がありますが、必要な設備などが条件となるものもあり、かつ誰にでも有効と言えるものではありません。一般的なリハビリの考え方と同じように、どんな状態の人に適しているかを吟味したうえ選ぶ必要があります。
◎CI療法
麻痺した手を積極的に使うために、麻痺していない手の使用を制限する方法です。さらに、その状態でその人に合った適切な難易度を調整しながら麻痺した手を使う訓練方法もあります。
◎トレッドミル練習(歩行練習)
地上で歩くだけではなく、スポーツクラブなどで見かけるランニングマシーン(トレッドミル)の上を歩く練習方法です。また、トレッドミルと体重を支える装置を組み合わせた免荷式トレッドミル練習なら、重度の麻痺があり、歩くのにかなりの介助量が必要な場合でも、安全にかつ長時間にわたって歩くことができます。
◎自転車エルゴメーター
スポーツクラブにあるような、自転車エルゴメーターを用いた練習方法です。座って行えるため、比較的安全に練習することができます。自転車を漕いでいる時の筋肉の活動が、歩いている時の筋肉の活動に似ているため、自転車を漕いだ後に歩行能力が向上するという報告もあります。また、持久力をつける練習にもなります。麻痺した足で漕ぐことができない場合は、アシスト付きの自転車を使ったり、専門家がアシストして漕いだりする方法もあります。
◎末梢電気刺激
足や手を電気で刺激しながら、動作を行います。動作を行わずに刺激する場合もあります。その効果としては、筋肉の緊張が和らいだり、手や足を動かしやすくなったりするという報告があります。電気刺激自体は、痛いものではありません(人によって感じ方は異なりますが、強い痛みが出ることは非常に稀です)。
◎反復経頭蓋磁気刺激
頭に磁気で刺激を行い、脳の活動をよくするという方法です。頭への磁気刺激は少し衝撃がありますが、安全性は検証されています。
脳梗塞では障害を受けた側の脳を活動させる目的で行われることがほとんどです。脳梗塞を起こした側と反対側の脳では、脳梗塞を起こした側との連携がうまくいかず、過剰に活動することもあります。その場合には、反対側の脳活動を少し下げるという方法も行えます。
手や腕の障害がある場合などに反復経頭蓋磁気刺激が検討される場合があります。
◎経頭蓋直流電気刺激
反復経頭蓋磁気刺激と似ていますが、経頭蓋直流電気刺激は頭の上に電極を貼り、電流を流す方法です。電極によって脳の活動を上げたり下げたりすることもできるため、反復経頭蓋磁気刺激と同様の目的で使うことができます。
経頭蓋直流電気刺激は手や腕の障害がある場合などに使用を検討される場合があります。
◆まとめ
脳梗塞後に行われるリハビリの例を解説しました。脳梗塞後の状態は人によって大きく違い、さまざまな症状に対応するリハビリにも多くの方法があります。ここに記載した方法はあくまで一部です。
自分に合ったリハビリを選ぶためには、主治医や理学療法士・作業療法士・言語聴覚士などの専門家にリハビリで目指したいことなどの希望を伝え、予想される効果などについて適切な情報を得たうえで、医療者や家族などとよく話し合ってください。
注:この記事は2016年3月21日に公開しましたが、2018年2月23日に編集部(大脇)が更新しました。
執筆者
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。