耐性菌の少ない未来を目指して

耐性菌の少ない未来を目指して

国立研究開発法人国立国際医療研究センター病院
副院長、総合感染症科科長、国際感染症センター センター長
大曲 貴夫 先生

1.抗菌薬と耐性菌の問題に世界が動き出している

感染症治療ではしばしば抗菌薬が使われる。抗菌薬は細菌感染症から人類を救う大切な薬である一方で、ウイルスによる感染症に対して抗菌薬は全く効かない。また、抗菌薬を不適切に使用すると、抗菌薬の効きにくい細菌が出現しやすくなることがわかっている。
 
こうした抗菌薬使用の背景があり、2016年に発表された未来予測では今のままの感染症治療を続けた場合に、2050年には全世界で耐性菌が原因で亡くなる人は年間1000万人を超えると言われている。これはがんで亡くなる人よりも大きな数字である。また、その際の経済的損失はなんと100兆ドル(2017年7月換算で1京円以上)を超えるのだ。
 
さらに、2015年のWHO総会で採択されたグローバルアクションプランでは、2年以内に耐性菌の対策について国家レベルで行動することを求められている。これを受けて2016年から厚生労働省はAMR耐性菌対策のアクションプランを推進している。「不必要な抗菌薬を使わないこと」と「適切な投与量と投与期間を守って抗菌薬を使用すること」を徹底するために国民運動を展開する狙いだ。
 
抗菌薬の使い方一つでそんな耐性菌を減らすことができることは、多くの人が知っておくべきであろう。不要な抗菌薬を使わずに抗菌薬を正しく使うことで、耐性菌の出現を防げるのである。しかし、残念ながらこの考え方はまだ広く浸透しているとは言いがたい。こうした状況に警鐘を鳴らし、日々感染症対策に取り組む第一人者である大曲貴夫医師に話を聞いた。

2.耐性菌問題には論理的思考をもって対策したい

国立国際医療研究センターは感染症対策の国内屈指のセンターである。国内に4カ所ある厚労省指定の特定感染症指定医療機関の一つであり、センター内にある総合感染症科・国際感染症センターDCC・国際診療部といった部門の精鋭たちが国内外の感染症診療にあたっている。大曲医師はこれらを一手に担い指揮している。

国立研究開発法人国立国際医療研究センター病院 国際感染症センターセンター長 国際診療部部長 大曲 貴夫先生
 
感染症の治療で抗菌薬を使うと抗菌薬の効かない菌が増えてしまう一方で、抗菌薬を適正に使用すれば耐性菌の出現を最小限にできる。しかし、この「適正使用」の定義がなかなか難しいと大曲医師は言う。
大曲医師は以前からこの問題について取り組んでいる。「単純に『抗菌薬を正しく使おう』と言ってもそんなに簡単な話ではありません。なにが正しいかなんて一概に言いきれるものではないですからね。極論を言うと、抗菌薬の正しい使い方よりも感染症治療の基本的な考え方を身につけるほうが大切なんですよ」
 
大曲医師が聖路加国際病院での研修を終えた当時の日本の感染症診療は、海外に比べてだいぶ遅れをとっていたという。大曲医師が海外で研鑽を積んで帰国したあと、日々の診療と並行して医師の教育を行い、診療レベルの底上げを図っている。
大曲医師は日本の医学教育にも問題点があると考えている。現在の医学教育では、病気に関するキーワードやそれに基づく知識が中心となっている。「感染症は論理的な考え方に基いて組み立てていくことが重要であるにもかかわらず、現在の医学教育ではそこについてほとんど教えていないんですよね。考え方の基礎を学んでいないのに、医者になったら突然実践できるようになる、なんてことはないですよね」と大曲医師は残念がる。
「論理的な考え方を身に着けてほしい。考え方に筋道が立つようになると、自然と使うべき抗菌薬の根拠が考えられるようになるんです。さらに抗菌薬を使わなくて良い場面も明確になります。」と語る大曲医師の視線は真剣である。
 
ただ答えを暗記して実践するような治療は不適切であると大曲医師は言う。ものの考え方を会得することで様々なことに対応できるようになるのである。今回リリースされた「感染症治療薬ガイド」で肺炎について調べると、「基準に照らし合わせて軽症の市中肺炎と判断した上で治療方法を決定する」といった考え方が自然と誘導されるようになっている。感染症に関するものの考え方を少しでも反映しようと工夫されているのである。
成書を筆頭に抗菌薬適正使用に関するツールは多く存在するが、極論を述べるとそのいずれを用いてもよい。肝心なことはツールを用いて患者や世の中に正しく貢献できるかどうかなのである。さまざまなツールを用いることで、患者に対して正しい治療が行われることが求められている。
 
一方で抗菌薬を処方しても正しく患者が飲まなければ適正な治療は行えない。「医療者の考え方が変わることで世の中が少しずついい方向に動くようにしなくてはなりません。でも患者さんにも変わってもらいたいですね」と大曲医師は患者にも目を向ける。