耐性菌の少ない未来を目指して

耐性菌の少ない未来を目指して

国立研究開発法人国立国際医療研究センター病院
副院長、総合感染症科科長、国際感染症センター センター長
大曲 貴夫 先生

3.「薬を飲めば安心」から「薬は必要なときだけ」という文化へ

風邪をひいたときに以前処方された抗生剤を飲んでおこうと思った経験はないだろうか。こうした行動を大曲医師は非常に問題視する。「必要な場面で適切な抗菌薬を使うことは大切ですが、間違った抗菌薬を飲んだらかえって病気が治りにくくなることや、害があるという考えはまだ日本には馴染んでいないと思います。むしろ東洋では薬はありがたいものだという文化が根付いているので、そこから変えなくてはならないんですよね」
海外の方が日本よりも医療費の患者負担額が大きい。また、薬に頼らないという文化が根づいている国もあり、薬を使わないという方向付けが欧州などでは難しくないと大曲医師は指摘する。「抗菌薬は必要なときだけ使うという考え方が日本で根付くためには、医者だけでなく、患者さんも意識を変えていかなければならないのです」。
 
ひとたび耐性菌が感染症を起こすと治療が難しい。耐性菌を増やさないためにも患者側の意識も変える必要がある。しかし、なかなか正しい知識を患者が知ることは難しいのが現状である。そのため、感染症治療薬ガイドなどを用いて、患者が自分の使っている抗菌薬が正しいのかを確認できるようになることは重要である。

4.専門的な知識が届かない地域をITの力で救え

日本の感染症診療の問題は非常に難局を迎えている。その原因の1つに地域の格差があると考える大曲医師は、様々な観点から切り込んでいく。
「抗菌薬を適正に使用しようという考えが届いてない地域が依然として存在するという問題があります。このギャップを埋めなければなりませんよね」。

国立国際医療研究センター病院 副院長、総合感染症科科長、国際感染症センタ大曲 貴夫先生ー センター 長

病院だけでなく高齢者施設や長期療養型施設、はたまた自宅といったいたる所で、感染症の問題は起こりうる。「特にどう治療したら良いのかが分かりにくい場面で必要のない抗菌薬が使われがちなんですよね」と残念がる。
医療者の数が限られている状況で簡単には解決できない問題ではあるが、事実に蓋をしていても事態は好転しない。「ときおりでも良いから感染症に長けた医師が高齢者施設を見回りに行くだけでも多くの命が助かるはずです。もしかしたら感染症コンサルタントのような医師が転々と施設を回っていくようなやり方もあるのではないでしょうか」と大曲医師は考える。昨今のIT技術は著しく進歩している。IT技術を用いて感染症医の知識と経験を効率よく全国の伝搬させることで、現場の課題を解決していくやり方も今後は求められるだろう。

5.実感のない耐性菌の恐怖を認識することで次世代に負の財産を残さないために

大曲医師は感染症治療の難しさについても説明する。「今目の前にある病気をただ治せばよいというものではないんですよね。上手に抗菌薬を使った治療をしないと、身体の中に耐性菌が出現してしまいます。耐性菌が体内にいても全く自覚症状がないことがほとんどだから怖いですよ。それに今我々の身体に存在する耐性菌は、次世代の人たちを苦しめるかもしれません。実感がないからなかなか気づきにくいんですが、未来の子どもたちに負の財産を渡さないように、たった今から僕らが襟を正さなければなりません」。
 
感染症の問題は地球温暖化の問題に似ている。死に至るような恐怖は身近にないが、確実に人類の脅威となるのである。一人の力だけでこうした難問に対応するにことは容易ではない。多くの人の力必要であるからこそ、ITの力を用いていくことは一つの選択肢になると言う大曲医師のまなざしは力強い。彼の熱い思いと広い視野は日本の感染症診療を変えていくだろう。そして、その先には耐性菌の少ないきれいな未来が見えているのである。

聞き手の一言

感染症診療はシンプルに見えても実は非常に難しい。目の前の感染症を治すことだけでなく、患者の未来そして社会の未来にまで気を配らなくてはならないのだ。「僕達が今きちんとしたことをやらなくてはならないのです」と大曲医師は言う。大曲医師の言葉からは、難しいのだからこそチャレンジしなくてはならないという気概がにじみ出ている。日本の感染症診療のトップランナーであるというプライドがそうさせるのだろう。
 
耐性菌の悩みの少ないきれいな未来を目指すためにはどうしたら良いのか。この目標を達成するためには医療者も患者も感染症について正しい知識を持つ必要があるが、なによりもみなが同じ方向を向く必要があると大曲医師は言う。正しい知識をみなで共有することが大切なのである。誰でも簡単に情報へアクセスできることが強みであるこの感染症治療薬ガイドが、大曲医師の目指す方向の一助となることを願うばかりだ。

国立研究開発法人国立国際医療研究センター病院

副院長、総合感染症科科長、国際感染症センター センター長

大曲 貴夫先生

佐賀大学 医学部医学科 卒業
聖路加国際病院 内科レジデント
2002年 The University of Texas-Houston Medical School 感染症科 フェロー
2004年 静岡がんセンター 感染症科 医長
2007年 静岡がんセンター 感染症科 部長
2011年 国立国際医療研究センター 国際疾病センター 副センター長
2012年 国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター センター長
2015年 国立国際医療研究センター病院 国際診療部 部長
2017年 国立国際医療研究センター病院 副院長、総合感染症科 科長